第六章 第十話
アメリカ海軍第3艦隊の旗艦である戦艦『アイオワ』のCICは薄暗かった。もう少し明るくてもいいな。
その時、彼はそんなことを考えていた。
そのため、参謀長の声は彼にとって、ある意味奇襲だった。
肩を震わせなかった自分を褒めてもいいと思うぐらいだ。
「日本艦隊から、支援要請が来ております」
「支援要請?」
参謀長の言葉に、彼、アメリカ海軍大将ウィリアム・フレデリック・ハルゼーは頭の中で疑問符を浮かべながら言った。
日本の艦隊は強力だ。支援なんぞ、要るのか?
それがハルゼーの偽らざる気持ちだった。
あまり認めたくはない話だが、日本海軍のパイロット達の練度は驚異的だ。ハルゼーが愛する合衆国海軍のパイロット達は、合同演習において、日本海軍に何度も煮え湯を飲まされている。
もちろん、それなりの回数、日本海軍にも煮え湯を飲ませてはいるのだが、それでも頻度としては、飲んでいる回数のほうが多い。
ハルゼーはアメリカ海軍のパイロットたちの練度向上の為に、あらゆる手段をとっていた。ハルゼーは世界最高を誇るアメリカの石油産業が供給する、豊富な燃料を利用して訓練時間を大幅に伸ばしたり、新型機の開発に関しても積極的に運動し、アメリカ海軍母艦艦隊に新型機を供給している。
だが、それでもなお練度面では日本海軍のパイロットと比較した場合には、劣っている面がある。
それがハルゼーの認識だった。
そんな日本海軍が、「支援要請」?
ハルゼーは数瞬、考えこんだ。
まず始めに思いついたのは、日本海軍がこちらを利用しようとしている、ということだった。
例えば、リスクの高い行動をこちらに押し付け、自らの損害を削ったりなどだ。あるいは囮にするつもりかもしれない。
だが、と思いなおす。
「どうしますか? こちらを囮にする可能性もありますが・・・・・・」
「何を、躊躇する?」
ハルゼーは、言葉を濁す参謀長に対し、不機嫌そうに鼻息を吹き出しながら言った。
「そんなものは、お互い様だろうが」
そうなのだ。
そんなのは当然のことなのだ。
ハルゼーだって、必要な状況になったら、日本軍にできるだけ損害を押し付ける手段を考えるだろう。可能な限り穏便に。ただ、ハルゼー的な穏便さではあるのだが。
「失礼しました」
参謀長は、恐縮したような声で言った。
「考えすぎていたようです」
「それでいいんだ」
ハルゼーはニヤリと笑いながら言った。
そう言う小難しいことは、後で考えればいいのだ。向こうがこちらを嵌めようというなら、こちらも嵌めてやればいいだけ。
目には目を、歯には歯を。
世の中シンプルな方がいい。
「日本人たちは、何をしろと言って来てるんだ?」
「枢軸艦隊の居場所を絞り込んだらしく、指定する海域に、偵察機を飛ばしてほしいそうです。ただ、日本の艦上偵察機が何機も落とされているそうで。日本艦隊も出せる偵察機は全部出すそうですが」
「そうか、日本艦隊の偵察機が、な」
ハルゼー言った後で、重大な問題に気がつく。
「おい待て。日本艦隊の偵察機は、やたら足の速い奴じゃなかったか?」
「ええ。F6Fでも追跡が難しい専用の高速偵察機です。F4Fでは、完全に振り切られるでしょう」
「そんなのが、何機も落とされたってのか?」
「そういうことになります」
「そりゃ、日本人も困ってるだろうな」
ハルゼーは渋い顔をする。
「こっちも困っちまうが」
「全くです」
参謀長も、落ち込んだ声で言った。
ハルゼーに至っては、軽い頭痛すら覚えている。
アメリカ海軍に艦上偵察機という機種は、存在しない。アメリカ海軍は主として艦上爆撃機を偵察機として運用しており、機種としても偵察爆撃機に分流していた。
艦上爆撃機は、その多くが複座であるから偵察機として運用してもその能力には問題ない。また、航続距離も長いし、運用上の柔軟性も高かった。
小型爆弾を搭載し、偵察任務中に発見した敵目標に対して爆撃を仕掛ける偵察爆撃任務もこなせるし、通常の対艦攻撃も、爆弾を搭載しない普通の偵察にも使えるからだ。
ただ、問題もあった。
専任の艦上偵察機と比較して、能力的には劣るのだ。
例えば、日本の二式艦上偵察機は時速600キロ近い最高速度を持っている。
それは一世代前の艦上戦闘機を上回り、現用世代の艦上戦闘機にせまる速度だ。
これは、爆撃関連装備を取り払い、実質的に専用の高品質燃料を供給することで実現した速度だった。
だが、このような措置は艦上爆撃機を偵察任務に割り振る、現在の体制を続ける限り、アメリカ海軍には到底出来ない。
性能面や整備面で他の艦上爆撃機と格差が出てしまい、運用上の問題になるためだ。
もちろん、これは性能にも由来することだが、専任偵察機よりは偵察任務の艦上爆撃機は生還率が劣る。
これは情報入手の可能性が減ることとイコールであったが、アメリカ海軍は運用上の柔軟性を取っていた。
日本海軍は柔軟性を捨てて、情報入手の確実性をとった形になる。
ただ、アメリカ海軍のこの決断が、ハルゼーにとって現在の頭痛の種になっていた。
ハルゼーの艦隊に配備されている艦上爆撃機、SB-2Cヘルダイバーは、用兵側からするなら、そう悪くない機体だ。
前世代の機体である、SBDドーントレスよりも遥かに高速であり、頑丈で、兵装の搭載量も多い。つまり、攻撃力が高く、生存性が高い。
運動性の悪さや失速性能の酷さなどにより、着艦事故の多い機体でもあったが、日本海軍がフランス海軍から学びとって開発・改良した、光学着艦システムを導入することにより、事故率は許容範囲内に収まっている。
ただ、偵察機として見るなら、日本の二式艦上偵察機には明らかに劣っている。速度的には100キロ以上の差を付けられていたし、レーダー関連の装備も劣るからだ。
そんな機体で、ハルゼーの部下は偵察をしなければならない。それも、性能的に勝る二式艦上偵察機を何度も叩き落とした敵艦隊に対して。
たまらんな。
ハルゼーは心のなかで愚痴をこぼす。
だから、高速の艦上運用可能な偵察機を配備しろ、って何度も口を酸っぱくして言ったんだ。だってのにキングの野郎、聞きやしねぇ。
この戦いが終わったら、何が何でも高速偵察機の開発をねじ込んでやる。
ハルゼーはそう、決意する。
きっとキング作戦部長には嫌われるだろう。目を付けられ、潰されるかもしれない。
だが、知ったことか、とハルゼーは思う。
部下共の被害が減るなら、他人のことを馬鹿にしきった、あの色情狂に嫌われるぐらい、どうということはない。そもそも、ハルゼーだってキングは嫌いだ。嫌いな奴に嫌われようが、どうだって良かった。
「仕方ない。弾薬は必要最低限まで減らせ。戦闘機に狙われたら、主翼の機銃なんぞお守りにしかならん。爆弾は積むな。偵察爆撃なんぞやってられる状況じゃない。可能な限り軽くするんだ。ちっとでも速度が上がれば御の字だ」
ハルゼーはため息と吐きながら言った。
きついなぁ。この偵察でどれだけ部下共が落ちることになるのか。
豪快を持って鳴らすハルゼーであっても、胃が痛くなる決断だった。
「どれだけ出します? 現状では、50機程度は飛ばせますが」
「半分は通常の索敵に回す。残り半分で日本艦隊の増援をやる」
ハルゼーは、参謀長の質問に間を置かずに答えた。
「同盟国を疑うわけじゃないがな。だが、敵が艦隊を分派してる可能性は捨てきれない」
常識的な判断と言えた。
この辺りの判断は、実は日本艦隊も同じだ。
違いとしては、日本艦隊は巡洋艦搭載の水上偵察機を通常の索敵に回し、艦上偵察機は全て例の海域に回したぐらいだ。
日本海軍の主力水上偵察機である、零式水上偵察機は水上機としては高い性能を持っていた。また、『阿賀野』型軽巡などに搭載されている、新型の水上偵察機「紫雲」は、零式水偵を上回る性能を有している。
紫雲の最高速度は、水上機でありながらヘルダイバーにさほど劣らないのだ。
紫雲は整備面で難しいところのある機体ではあったけれど、改良の結果、運用上の努力でなんとかなる程度にまで不具合は抑えられていた。
日本海軍は、自軍の水上偵察機の能力にある程度自信を持っていた。索敵任務なら、十分任せられると判断していたのだ。
「了解しました。半分は通常の索敵に回します」
「ああ、それと増援組には、海域にはできるだけ多方向から、時間を合わせて突入するよう言っておけ。時間についてはこちらが指示する、ともな」
「日本艦隊の偵察機と、タイミングをあわせるのですか?」
参謀長の質問は、明らかに確認のためのものだった。
特定空域へ多数の航空機が同時多方向から侵入した場合、迎撃側の労力が膨大なものとなることは、彼も知っているのだ。
「そうだ。その方が日本も嬉しいだろう? 被害が減るんだから。向こうの狙いそのまんま飲んでやるってんだ。断りゃしねぇだろうさ」
「でしょうね。日本艦隊に偵察機突入の時刻を問い合わせます」
「おう、急げ」
ハルゼーは大きく頷くと、手を降って参謀長を急かした。
「敵は待ってくれねぇんだ。早いとこみつけて、早いとこ殴ろうぜ」
ハルゼーはそう言うと、獰猛な笑みを浮かべる。
ハルゼーの航空戦術の骨子は攻撃に有る。突撃馬鹿と罵られようが、そこを変えるつもりはさらさら無い。
ストレスは、全部ジョンブルとトミーにぶつけてやる。
ハルゼーはそう、心に誓うのだった。




