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日米亜欧州戦争記  作者: √2
第六章  灼熱のビルマ
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第六章 第九話

「艦偵12号機からの通信が途切れました」

 静かに告げた通信士の声に、戦艦『土佐』のCIC内では静かな動搖が広がった。声に出して驚くものは誰も居ない。だが、それでも驚愕すべきことが発生していた。

「3機目か」

 CIC内の誰かが、言った。たぶん、参謀の誰かだろう。

  彼の声には、呆然とした人間に特有の、どこか投げやりな様子が含まれている。

「二式艦偵ですらこの有り様かよ」

 第一機動艦隊司令長官、大西瀧治郎中将は眉根に皺を寄せながら言った。

  二式艦上偵察機は海軍が配備している偵察機の中では、最速の機体である。二式艦偵ですら落とされるとなると、今後は艦隊の索敵活動に支障が出てしまう。

  それに、二式艦偵の運用には2名もの搭乗員が必要だ。訓練された搭乗員2名、それも偵察任務専任のそれ、の損失は日本海軍にとってはとても痛いものだった。

  日本海軍にしろ日本空軍にしろ、航空機の搭乗員は最優先で増員がなされている。

  日本は国策により南洋群島の多くに飛行場を建築していたため、アメリカほどではないにしろ、民間航空機の操縦員の需要は存在していた。また、軽自動車や小型バイク、農業用トラクターなどの大規模な普及により、機械に慣れた人間が増えている。

  そのため、航空機搭乗員の育成は、日本軍の当初の予想よりは順調に進んでいた。

  だが、「操縦出来る人間」と「任務をこなせる人間」はまた違うのだ。

  後者の育成には、酷く時間がかかる。特に、爆撃手や偵察員などのある種の特殊技能者の育成は、非常に大変だった。

  そのため、日本海空軍では搭乗員の生残性の向上、機体の性能強化や救出体制の構築に、非常に熱心だ。新型の二式大型飛行艇は、再優先で救難飛行隊に配備されているほどに力を入れていた。

  ただ、それでも痛いものは痛い。

  そもそも、部下6人が失われたのだ。大西の胸中には、たまらない物があった。

  敵の艦上戦闘機は、インドシナ沖の時とは比べ物にならないぐらい強力になっている。

  それが大西の実感だ。

  情報は受け取っていた。情報部は、枢軸海軍の艦上戦闘機に大きな改良があったことを掴んでいたからだ。

  だが、ここまで強固な防空網を構築しているとは思っていなかった。

  これは大西だけではなく、日本海軍全体の責任だ。

  日本海軍は、インドシナ沖海戦の結果、枢軸軍の海上航空戦力について下方修正を加えており、枢軸艦隊の航空戦力を過小評価していたからだ。

  日本海軍は二式艦偵であれば、十分な生還率を達成できると考えていたし、日本海軍がビルマ沖に派遣している、第一機動艦隊、空母8隻を主力としたそれ、だけで枢軸軍の海上航空戦力を撃滅できるとすら考えていた。

  端的に言えば、枢軸艦隊を舐めていた、と言ってもいい。

  だが、それは大きな間違いだったようだ。

  高速で鳴らす二式艦偵が、3機も立て続けに落とされたているのだから。

  それはつまり、高速の艦上戦闘機を主軸とした、強力な艦隊防空システムを枢軸海軍が作り上げていることの証左なのだ。

  二式艦偵の搭乗員6名は、枢軸海軍を舐めた日本海軍のツケを一身に払わされたと言ってもいい。

  大西は責任を痛感していた。全ては自分のミスだ、とすら思っていた。

  彼は生来、「割り切る」ことが苦手な性質の人間だ。部下の安全には、常に気を配り、生死の問題ともなると酷く心を痛める。

  彼自身、あまり司令長官には向いていない、と思っていた。だが、それでも彼は日本海軍の航空戦術のオーソリティの一人なのだ。

  一時期、戦闘機無用論に被れていた事もあったが、そんな妄想は昭和と三菱の七試艦戦によって罅を入れられ、三菱の九六式艦戦で破壊され、川崎の九八式戦闘機に粉微塵にされている。結果として現在の彼は、戦闘機優先主義者になっていた。

  彼の提唱する航空戦術は、戦闘機を多く護衛に付けた攻撃隊を、敵より早く飛び立たせるという、酷く単純でオーソドックスなものだ。だが、その点こそが上層部には評価されていた。

  正攻法であるからだ。

  このビルマ方面の海上では、艦隊航空戦が予想されていたから彼のような優れた海上航空戦指揮官は、どうしても必要だった。

「これは、本土に新型の開発を急がせんといかんな」

 大西は、泣き出したい気持ちを押さえつけながら言った。

  彼は中島飛行機が、新型の艦上偵察機を試作していることを知っていたのだ。彼の以前の役職は、国防省航空兵器総局総務局長、つまり日本の航空行政の責任者の一人だったのだから、当然といえば当然ではあったが。

  部下の言葉を信じるなら、その偵察機は画期的な性能の機体になるはずだった。中島製の新型空冷エンジン「誉」を搭載し、無駄を削り絞り上げた機体は、高速と長い航続距離を約束する。

  部下から聞いたのは、そういう話だ。

  海軍軍人である彼は、中島飛行機を贔屓にしていた。創設者が海軍出身であったし、中島飛行機は軍の要求に従順だったからだ。

  だが、採用された機体の数そのもので言えば、実際のところ中島飛行機の成績はここ数年低調になっている。

  川西航空機や昭和航空機などの新興メーカーの伸長が著しいからだ。

  そのため、大西はこの新型艦偵には注目していた。中島復権のきっかけになるかもしれないからだ。

  ただ、中島の新型には当然のように対抗馬がいたが。

「今回の状況は、報告書に特記したまえ」

「了解しました。たしかに、特記に値します」

 大西の言葉に参謀長の小田原俊彦おだわら としひこ大佐は、大きく頷きながら言った。彼も航空屋だ。海上航空戦における、索敵と偵察の重要性は強く理解している。

  今回、第一機動艦隊司令部の幕僚は、航空に理解の有る人間で固められていた。枢軸海軍がトリンコマリーに空母を集めていることは、連合国海軍の間では周知の事実であったからだ。つまり、日本海軍は今回の海戦は航空機が主力になると読んでいた。

  それは、アメリカ海軍も同じことだった。彼等も新型の『エセックス』級2隻を含む8隻の空母と2隻の軽空母をこの海域に展開している。アメリカ海軍も日本海軍と同じ結論に達していたのだ。

「敵艦隊の位置は確認できたか?」

 大西は幕僚たちに尋ねる。

  日本海軍は偵察機からの電文を複数の艦艇で受信可能なよう、各艦艇の通信設備を刷新している。刷新された通信設備は、ループアンテナや八木アンテナを回転させることで、電文の発信源の大本の方角が分かるようなシステムになっていた。

  所詮は手動による操作と、聴力に頼った確認であるから、信頼性は低い。だが、それでも意味はあるのだ。

  何隻かの艦艇から発信源の方角データを集約すれば、発信源の位置が特定出来るのだから。

  もちろん、相当に曖昧だ。

  だが、一定時間以上電文の発信ができれば、それで位置を特定してもらえるというのは、偵察機乗りたちにとってはありがたいことだった。

  万が一敵機に捕まっても、自分たちの命が無駄にはならないからだ。

「かなり大まかですが」

 参謀の一人が、海図に鉛筆を当ててぐるりと円を描いた。だいたい、半径25キロぐらいの円だ。第一機動艦隊からは、400キロほど西南になる。

「この範囲内のどこか、です」

「広すぎる」

 大西は切り捨てるように言った。

「ここまで広くては、空振りの可能性がある」

「再度、偵察機を送り込みますか?」

 小田原の提案に、大西は考えこむ。

  現状、彼の指揮下には未だ60機を超える数の二式艦偵が存在していた。ただ、彼は敵艦隊の防空網の程度が不安だった。

「あまり、搭乗員たちに無理はさせたくないのだがな」

 大西はため息とともに言った。これ以上、偵察機を落とされたくはなかった。あまり落とされると、明日以降の索敵や偵察に支障が出る。

「今日だけで戦闘が終わるとは限らない。艦偵戦力は、維持したい」

「では、この海域に現在出撃可能な偵察機を集中させてはどうでしょう?」

 小田原は、円の内側、電文の受信ポイントを指しながら言った。

「現状、我が艦隊は40機程度でしたら艦偵を同時に飛ばせます。40機の航空機が、やや広いとはいえ一海域に集中すれば、それに対応することは・・・・・・」

「我が軍であっても一苦労だな」

「その通りです。この際、索敵は水偵に任せ、艦偵は集中させてはいかがかと」

 大西の言葉に、小田原は頷いた。

  偵察機と「思しき」40機の航空機が波状的に飛来する状況というのは、想像するだけでなかなかに厄介だ。ほぼ単機で、多方向から連続的に飛来する敵機の迎撃には、膨大な労力を必要とする。

  40機ともなれば、レーダー管制を受けたとしても能力的に飽和しかねない。

  それに偵察機と「思しき」敵機というのが味噌だった。攻撃機や爆撃機が混じっている可能性を、敵は常に考えなければならないのだ。そうなると、敵は常に撃墜を念頭に行動する必要がある。労力は更に膨大なものになるだろう。

  行けるかもしれないな。

  大西は思った。

  これなら、部下が生きて帰ってこれるかもしれない。

「提案があります」

 若い参謀が、手を上げながら言った。

「言ってみたまえ」

「出撃させる二式艦偵に、噴進増速装置を搭載してはどうでしょうか? 二式艦偵は爆弾倉は電探で埋め尽くされておりますが、主翼の懸架装置は残っています。懸架装置は、全機種共通です。噴進増速装置の取り付けは可能かと」

 若い参謀の提案に、大西は考えこむ。それが可能なら、魅力的であるからだ。

  噴進増速装置とは、固体ロケットを燃焼させることで機体速度を増加させるための装置だった。外見は魚雷型の金属製の筒のような形をしており、一本辺り400キログラムの推力を15秒ほど発生させることができる。

  それは元々は、空母から大型の機体を発進させるための装置、後のRATO、として開発されていたものだ。だが、高出力の油圧式カタパルトの実用化によって無用となり、結果、航空機の緊急増速用として運用されていた。一般的には速度の遅い艦上攻撃機に積載されることが多い。

「航空参謀。搭載は可能か?」

「可能です。ただ、増槽は搭載できませんので、足は短くなります」

 大西の質問に、航空参謀は淀みなく答えた。

  あるいは、この提案をある程度予測していたのかもしれない。場合によっては、航空参謀の仕込みの可能性もあった。だが、大西にとってはどうでもよいことだ。

「参謀長。偵察機の足が短くなった場合、影響はあるか?」

「足については問題ないかと。すでに海域は特定されています。数も集中させますので、見落とす可能性は低いと思われます」

 大西は頷くと、視線を航空参謀に向けた。

「航空。どの程度の速度が出るか?」

「条件によりますが、二式艦偵の主翼下で2本を燃焼させた場合は、最高で350ノットを超えます。ただ、ごく短時間です」

 350ノット。

  時速に直すなら、630キロ強。悪くない数字だった。

  情報で上がっている、新型艦上戦闘機の最高速度と同等だ。たとえ短時間でも二式艦偵の生存率は、間違いなく上がるだろう。

「いいな。それはいい」

 大西は呟くように言った。

「そいつで行こう。出撃可能な全艦偵に増速装置を大急ぎで取り付けさせろ。この海域に、出せる偵察機を集中させる」

「私からも、提案が」 

 小田原が、手を上げながら言った。

「アメリカ艦隊にもこの情報を伝えましょう。そうすれば、彼等も偵察機を出します」

「つまり、この海域の上空における偵察機の密度を、上げるということか?」

「その通りです」

 小田原は大西の言葉に頷きながら言う。

「ついでに言うなら、我が軍の偵察機の相対的な濃度を下げる事にもなります」

「アメリカさんの偵察機を突っ込ませることで、我が方の偵察機が補足される可能性を削るということか。悪辣だな」

「やめますか?」

「いや、やろう」

 大西は反吐を吐く気分で言った。

「我が軍の損害が減るなら、万歳だ。それに、そもそも我が艦隊だけで枢軸艦隊を痛打するのは難しい。敵の防空は強力なのだ。アメリカさんの手は、どのみち借りねばならん」

 それは紛れもない現実だった。

  敵艦隊の防空システムは大幅に強化されている。第一機動艦隊だけでは倒しきれない可能性が高いのだ。敵を撃退するには、どう考えてもアメリカ艦隊の力は必要だった。

  ならば、早い段階から借りた方がいい。その方がこちらもむこうも損害も減るし、無用な誤解も受けずに済むのだ。

「アメリカ艦隊には、こちらが掴んでいる情報と我々の状況を全て打電しろ。正式に協力を要請する。偵察機の準備が済み次第、攻撃隊の編成に入る。航空参謀。戦闘機を多めにしたまえ」

「了解しました」

 ここに、第一機動艦隊の方針は決定した。

  後に、ビルマ沖海戦と名付けられる海戦は未だ始まったばかりだった。

 

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