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日米亜欧州戦争記  作者: √2
第六章  灼熱のビルマ
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第六章 第八話

  一〇〇式司令部偵察機は、この時点における最新の日本製戦略偵察機だった。九七式司令部偵察機により、戦略偵察機の運用を確立した日本陸軍が、その後継として開発したのがこの一〇〇式司偵だ。

  速度と高々度性能を優先したその姿は、流麗ですらある。

 時代へ追随するため、度重なる改良を加えられてはいたが、最新の一〇〇式司偵三四型もその美しさを未だに維持している。

  ラングーンに展開する日本空軍第501飛行隊に所属の一〇〇式司偵もその三四型の中の1機だ。

「電熱服を着てるとはいえ、寒いな」

 上池田かみいけだ あゆむ空軍少尉は、一〇〇式司偵を操縦しながら、そんなことを言った。

  彼が操縦する一〇〇式司偵は、現在インド洋上空1万メートルを飛行している。機外の気温は氷点下50度を下回る、過酷な環境だ。

  そのため高々度を飛行することが多い一〇〇式司偵の搭乗員たちには、電熱服が供給されていた。

  上池田も当然、電熱服を使用している。

  最近の電熱服は、一昔前の電熱服のように通電すると尻やら腹やらだけ、火傷しそうなぐらいに熱くなる、なんて不具合は起こさなくなっていた。だが、その分発熱量そのものは落ちているのではないか? と上池田は思っている。

  通電しても肌寒いのだ。

  それに、電熱服は指先までは温めてはくれない。寒さで指先の感覚がなくなりそうだった。

「ですねぇ。与圧されてるらしいですが本当かどうか、疑わしいですよ」

 上池田の愚痴に、原田はらだ 経信つねのぶ少尉が相槌を打つ。

  彼は上池田のペアだった。上池田が操縦員、原田が偵察員だ。ペアを組んでからそろそろ1年になる。気心もしれていた。

  二人が搭乗している、一〇〇式司偵三四型の操縦席は与圧がなされていた。

  ただ、それは簡易的なものであり、例えば現在試作中のB-29などに施されているような本格的なものではない。機体の構造を強化して気密性を高め、キャノピーの開閉部分には低圧環境では膨張するよう、内部に空気を入れたゴム製のパッキンが2重でなされているだけの、簡単なものにすぎなかった。

  「されていないよりはマシ」程度の与圧だ。

 そのため、この機体に乗る時は電熱服と酸素マスクが手放せない。

  それでも、与圧がされていなかった、かつての司偵と比べるなら格段に快適なのだけれども。

「されてはいるんだろうさ。そうでなきゃ、今頃俺は腹痛で悶え苦しんでる」

 上池田はそう言うと、小さく声を上げて笑った。

  司偵に乗り始めてから日の浅い原田は知らないのかもしれないが、昔は司偵の搭乗員は全員が徹底した食事管理を受けていた。

  食事管理なしに高々度に上がった場合、腸内のガスが膨張して激痛を引き起こし、失神する場合があるからだ。

  納豆が嫌いで魚と肉が大好きな上池田に取っては、苦痛の多い食生活だった。好きなモノが食える、月に一日の開放日と休暇が死ぬほど恋しかったことを、今でも覚えている。

  簡易与圧がされた三三乙型や三四型になってからは、食事管理は搭乗予定の前日からに限定されていた。腸内でのガス膨張のリスクが下がったからだ。

  ある程度好きなものが食えるというのは、上池田的にはとてもありがたいことだった。他の古参搭乗員たちからも、歓声をもってむかえられたほどだ。

「そうなんですかねぇ。実感がありませんわ」

 原田は不思議そうに言った。

  まあ、仕方がない。彼は偵察を生業とする501飛行隊に赴任してから、一年と少ししか経っていない。

  その頃には既に一〇〇式司偵は三四型か三三型に簡易与圧を施した三三乙型が主力だった。

  その頃には食事制限も大幅に緩和されていたから、彼は毎食納豆という地獄のような食生活を経験したことがないのだろう。

  羨ましいことだった。

「お前は、この飛行機を作った技術者さん達に、もう少し感謝した方がいい」

「は、はぁ・・・・・・」

 ゆっくりと、実感を込めて語られた上池田の言葉に、原田は戸惑いながら答えた。

「俺たちが好きなものを食えるのも、今まで生き残れているのも、この機体のおかげなんだからな」

「まあ、その辺はわかってます」

 何となく怯えたような声で原田が答える。

  上池田の鬼気迫る声に、恐怖を感じたのかもしれない。

  ただ、上池田の言葉は全くの事実だ。

  一〇〇式司偵三四型は、高性能戦略偵察機である一〇〇式司偵の最新バージョンであり、日本空軍の現在の主力偵察機だ。

  エンジンはそれまでの金星系空冷エンジンから、昭和製液冷エンジン「ハ-五二-二」に変更され、機首の延長や主翼への層流翼の採用など、空気抵抗軽減のために機体構造にも改修が加えられている。

  エンジン換装によって、合計で500馬力近い出力向上と、機体構造の改修による大幅な空気抵抗の軽減を果たした司偵の最高速度は、時速700キロを超えていた。

  一〇〇式司偵三四型は日本の実用機としては、初の700キロオーバーの速度を記録した、金字塔的な機体なのだ。

  また、実用上昇限度は12700メートルに達しており、これも日本軍機としては破格の数字となっている。燃費効率の良い液冷エンジンに換装したことにより、航続距離も伸びていたし写真機も最新のものに変更されていたから、偵察機としての能力は格段に進歩していた。

  アメリカ陸軍航空隊も一時期、興味を示したほどなのだ。

  もっとも、アメリカ軍的には一〇〇式司偵は強度面で不安があったため、採用はされていない。

  アメリカ陸軍航空隊の偵察に対する発想は、あくまでも戦術偵察であり、低高度から高速で強行侵入することが前提だ。

  それには対空砲火を掻い潜る必要があった。そのため、アメリカではP-38やP-51などの戦闘機を改造した機体で偵察を行う事が多い。高速でなおかつ頑丈であるからだ。

  アメリカ軍が一〇〇式司偵が行う高々度からの偵察任務は、四発重爆改造の偵察機で事足りる、と考えたのも理由としては大きい。

  日本軍的には敵戦略拠点に対する強行偵察に速度の遅い四発重爆を投入するのは、いかにもリスクが高い行為だった。迎撃を受けやすいからだ。そのため、余程に航空優勢を強固としている場合か、余程かさばる特殊な機材が必要な場合以外は、あまり行われていない。

  日本軍とアメリカ軍の、偵察に対する発想の違いだった。

  日本軍は強固に防衛された戦略拠点に対する偵察を重視していたのに対し、アメリカ軍は戦術目標への偵察を重視していたのだ。

  この差異は、この時点ではどちらかが明確に優れている、というほどの差ではない。

  単に「偵察」という任務に対する発想の違い、という次元でしかなかった。

  上池田達の今回の任務は、トリンコマリー軍港への強行偵察だった。

  連合国軍は現在、ビルマへ兵力を上陸させている最中だ。電撃的に占領したラングーンとその周辺の港湾・海岸を利用して、大規模に陸軍兵力を揚げている。

  沖合には護衛空母を中心にした援護艦隊が展開し、陸軍に対して航空戦力を提供していた。

  正規空母戦力が、投入できないからだ。

  その最大の理由が、トリンコマリーに展開している枢軸艦隊だった。

  戦艦11隻、空母8隻、軽空母5隻を基幹としたこの艦隊は、日米を主体とした連合国艦隊をしても無視出来る戦力ではない。いや、航空機の数で考えるなら脅威ですら有る。

  単純に空母艦載機の数であれば、連合国艦隊は枢軸艦隊を圧倒していた。だが、ビルマは未だそのほとんどが枢軸軍の支配下であり、航空基地も多い。それらの基地からの陸上機の支援が行われる可能性もあったからだ。

  陸上機によって大型艦艇に大きな打撃を与えることが可能であることは、ニューギニアにおいてドイツ軍が実証していた。

  戦艦ですら大破させることが可能なのだ。空母であったなら、沈んでいても可怪しくはない。

  日米両海軍は、陸上機と艦載機が連携した場合を酷く恐れていた。

  それは、過去の日米海軍合同演習において、彼等自身が多用した、あるいはされた戦術であったからだ。特に日本軍はそれ専用の軽爆撃機、「陸上攻撃機」を開発し、各前線に配備していた程である。その戦術の怖さはよくわかっていた。

  そのため、連合国軍はトリンコマリーにその意識を集中させている。

  トリンコマリーの枢軸艦隊が出撃してきたなら、即座に主力の艦隊、正規空母と新型戦艦を主力としたそれ、を叩きつけるためだ。そのため、陸上支援のローテーションから正規空母と戦艦を外していた。

  連合国海軍は可能な限り敵陸上機の影響がない沖合で迎撃したかったのだ。また、艦載機の航続距離では連合国軍のそれは、枢軸軍の艦載機に優越している。沖合であれば艦隊運動の自由度が広がるから、航続距離の優越を活かしやすいという目算もあった。

  そして、その計画を実行に移すために必要なのは、トリンコマリーの枢軸艦隊の動向監視だ。

  そのため、連合国空軍はタイ西部の都市、バンガーにある航空基地からトリンコマリーまで頻繁に偵察機を飛ばしていたし、セイロン島周辺には多数の潜水艦を配置している。

  ただ、Uボートとの死闘を経験している枢軸海軍、正確にはイギリス海軍、の対潜戦闘能力は侮れないものであると連合国軍は判断していたし、そもそも潜水艦の哨戒能力は潜水艦という艦種の性格上、どうしても限定的だ。取りこぼしの可能性は常にある。

  結果として連合国軍は偵察機による偵察を重視していた。アメリカ軍は自軍の偵察機をバンガーに展開。連日の偵察を開始する。

  ただ、問題が有った。

  アメリカ陸軍航空隊が行っている四発重爆による偵察では、被害が大きかったのだ。

  アメリカ陸軍はB-17やB-24の偵察機型を投入していたが、頑丈さには定評のあるそれらの機体であっても、単機での偵察行は非常にリスキーだったのだ。

  枢軸軍はセイロン島にレーダーを設置し、早期警戒網を構築していたし、セイロン沖合に漁船を改造した特設哨戒艇を派遣している場合もあった。

  特に特設哨戒艇に補足された場合は悲惨だった。

  トリンコマリー近郊の航空基地には、スピットファイアの最新型、Mk.14とFw-190の最新型、D型が配備されており、濃密な迎撃を受けたからだ。

  どちらも高速で、なおかつ高々度性能も火力も高い戦闘機であったから、高い高々度性能をもつ米軍の四発重爆であっても補足される事が多かった。

  そして、補足された場合は単機の偵察機は多くが撃墜されることになった。少なくとも、追い返される。

  大規模爆撃時のように、相互に支援する立体陣形を組むことが出来ないから、抵抗も難しい。

  そして、四発重爆改造の偵察機は1機落ちるだけで10人もの搭乗員が失われることになる。

  さすがにアメリカ軍でも耐えかねたのだ。

  それが戦争の勝利に結びつくならば、彼等は多少の損害を躊躇しない。その程度の非常さは、持ち合わせた組織なのだ。

  だが、未帰還率が3割、撤退も加算するなら任務未達成率7割に達する偵察など、話にならない。

  そのためアメリカ軍は日本軍に対し、支援を求めた。

  アメリカ軍は、日本軍が驚異的な高速を持つ専用偵察機、司偵を運用していることを知っていたからだ。

  日本軍はアメリカ軍の要請に答え、偵察専門の飛行隊、第501飛行隊がバンガー基地に展開し、偵察を始めることになる。

  今回の偵察は、日本軍によるセイロン島への初めての偵察行動だった。

  日本空軍はこの任務に対し、相当に気合を入れていた。司偵の有効性を、如実に示すことが可能な任務であるからだ。

  そのため、古参搭乗員である上池田と優秀な偵察員である原田のペアが選抜されていたし、機体も501飛行隊の中で最も調子の良い機体が選抜されていた。

  写真機も緊急で増設されており、既存の高性能写真機の他に、日本光学製の新型赤外線写真機が追加されてもいる。また、電探と逆探も新型のものが搭載されていた。

  気象部の予測によれば、今日のトリンコマリーは晴天のはずだ。

  絶好の偵察日和だった。

「大尉。目標まで、400キロを切りました」

「了解。高度を上げる」

  上池田は、原田の報告に従い、司偵の高度を上げ始める。限界まで上昇することで、敵の迎撃を躱すためだ。

  改良の結果、機首の延長が行われた一〇〇式司偵三四型には、比較的機内スペースに余裕があった。

  そのスペースには他のいくつかの機材とともに、ロラン電波航法システムの機材が搭載されていた。

  ロラン電波航法システムは、亡命イギリス政府から技術資料の提供があった、GEE電波航法システムを日米海軍が更に発展させた装備だ。地上局から発信される電波により、現在位置を確認可能であり、航法の労力を著しく軽減できる。

  日米の海軍は、艦船を中心にこの装置の搭載を急速なペースで進めていた。省力化につながるからだ。

  上池田の一〇〇式司偵に搭載されたそれは、艦船に搭載されているもののような、本格的なものではなく、あくまでも簡易的なものだった。簡単に言うなら、目標や出発地までの概算距離と方位を算出できる程度の装置でしか無い。

  だが、それでも航法は随分と楽になっていた。

  天測航法も、もちろん併用されていたけれども誤差や計算ミスによる遭難の可能性は劇的に少なくなっている。航法に必要とされる労力の低下は、偵察員や操縦士の作業量の低下と、他の作業への注意力の向上につながっていたから、一〇〇式司偵の総合的な能力は向上していた。

  上池田の司偵は、徐々に高度を上げ最終的には1万2000メートルもの高々度に到達した。

  この高度になると、体感気温は更に低下し、手足の末端がかじかみ始める。上池田も原田も、数分置きに操縦桿や機材から片手を離して、握り、開く。

  血行を促進して、多少でも感覚を取り戻すためだ。

  手がかじかんで動かなくなってしまうと、緊急時に対応できなくなる。それを防ぐために、司偵の搭乗員の間では日常的に行われていることだった。

「逆探に反応。波長からするなら、イギリスのレーダーですね」

「もうそんな距離か」

 上神田は原田の報告に対し、そう、感想を言った。

「トリンコマリーまでの距離は?」

「300キロ弱ですね」

 上神田は少し考えこむ。あと10分強も飛べば、敵のレーダーに補足されるだろう。そうなれば、迎撃機が飛び立つ。

「速度を上げる。増槽を捨てるぞ」

「了解」

 原田の返答の直後、司偵の主翼下から大型の増槽が落ちてゆく。空気抵抗が大きく減り、速度が急速に上昇し始めた。

「ああ、それと一応記録とっといてくれ。情報部の連中が五月蝿いからな」

「了解」

 そう言うと、原田は装置の電源を入れた。カタカタと音がして、紙テープに何かの情報が記録されてゆく。

  記録されているのは敵電探の電波情報、つまり周波数や発信強度などだ。

  情報部はこの紙テープに記録された敵電探の情報を解析して、対抗手段を練るのだという。

 この記録装置は、情報部の強い要請で司偵へ搭載されていた。司偵は敵地に侵入するし、速度が早いため生還率も高い。この手の電波情報を記録するにはうってつけの機体ではある。もっとも、記録される情報は簡単なものでしかないが。

  情報部は四発重爆である泰山や連山を改造した専門の電波・信号情報収集機を所有していたが、徹底した改造を加えた結果、驚く程高価な機体に仕上がってしまっていた。そのため、余程の理由がない限り高いリスクは犯せない。

  司偵から収集出来る情報は、情報部にとっては貴重な情報だった。司偵の装備で記録できるのは、簡単な電波情報でしかないが最新情報の場合が多い。司偵は日常的に敵地偵察を行うからだ。

  だが、この記録装置は重量があったから、司偵の搭乗員たちからは嫌われていた。速度や加速が鈍るためだ。

  上池田も原田も、下ろせるなら下ろしてしまいたい装備だった。だが、上官から正式に命令が出ている。

  下ろす訳にはいかない。

  下ろせないなら、せめて使ってやろう。それが上池田たちの考えだった。何に使えるのか、上池田達には今一理解できてはいないが、それなりに役には立つのだろう、とは思っている。

  なら、使っておこう。その程度の認識だ。

  低下する速度に関しては、予測して先にあげておけばいいのだ。そうすれば、よっぽどに速度差がない限り逃げる分にはなんとかなる。

  もっとも、加速に関してはなんとかしてほしいとは思っていたが。

  上池田は司偵の最高速度に近い、時速680キロ前後でトリンコマリーに接近する。

  上池田の頭には既に、枢軸軍の新型戦闘機の性能は頭に入っていた。イギリスも、ドイツも、イタリアも、フランスも新型戦闘機の性能は驚異的なものが有る。

  特にイギリスとドイツの戦闘機は高々度性能と速度に優れた機体だ。たとえ速度に優れた司偵であっても、油断すれば簡単に落とされるだろう。

「電探に反応です。機数4」

「了解。原田、悪いが今回は一航過だけだ。写真を頼む」

「分かりました。任せてください。雲さえなきゃあ、行けます」

 上池田の言葉に、原田は自信に満ちた声で答えた。原田の撮影技術は、501飛行隊全体でもトップクラスの腕前だ。どんな状況であっても、鮮明な写真を取ってくれるだろう。

  上池田はスロットルを全開にする。

  エンジンの回転数が跳ね上がり、加速が始まった。急激に速度が上がり、時速710キロ近辺で司偵の速度計は停滞を始めた。

「そろそろ、上空です」

「了解した。電探画面はこちらで確認する。写真を頼む」

「了解しました」

 一〇〇式司偵の電探は、操縦士の席でも確認が可能だ。司偵に搭載された新型電探である「六号2型」電探は前方限定のPPI表示方式、いわゆるBスコープ方式であったから、直感的な把握が可能であり、操縦士にも昔の電探ほどには負担を掛けない。

 原田の返答の直後、上池田の後方でカチャカチャと音がした。原田が写真機の操作を初めているのだろう。

  司偵の機首下面に装備された二種の写真機は、偵察員席から遠隔で操作される。撮影タイミングはプリズムと鏡を使ったペリスコープから取る必要があったから、技術を必要とした。

  だが、原田の腕は確かだった。原田の写真の腕前は、天禀と言ってもいいぐらいのレベルにある。

 飛行する上池田の視界に、港湾が映り込み始めた。事前に見せられた地形模型と、一致する地形だ。

  トリンコマリー港だった。

「トリンコマリーが見えた」

「港湾へ、直進をお願いします」

「了解」

 既に、ペリスコープを覗きこんでいるのだろう。

  物事に集中している人間に特有な、少し険のある声が帰ってきた。

  今日の原田はよく集中しているようだ。

  上池田は、そう思う。

  原田の声はいつになく真剣な声であり、緊張と弛緩が程よく混じっている。極度の集中状態にあるのだろう。

  で、あるならば、こちらもそれに答えてやらなければならい。

  上池田は深呼吸をすると、気合を入れる。酸素瓶の酸素が、珍しく心地よく感じた。

  上池田は、操縦桿に微妙な操作を常に加え、気流に揺すられる司偵を安定させる。直線飛行を続ける司偵は、凪の日のボートほどにも揺れずに飛行を続け、トリンコマリーの港湾上空まで侵入した。

  下方で高射砲が打ち上げられ、黒煙の華が咲く。

  だが、高度1万メートルを遥かに超える高度で侵入している上池田の機体には、破片すら当たらなかった。少し、五月蝿いだけだ。

  上池田は機体を直進させることと、電探画面に意識を集中させた。

  現時点で重要なのは、原田に鮮明な写真を取らせることと、敵戦闘機に接近されないことだ。

  敵機は未だ、離れた位置にいる。

  高度を上げているのか、電探画面上での速度は酷く遅い。

  少なくとも、直進している間には追いついてはこないだろう。

  だが、不安はあった。

  直進を終了する直後に、敵戦闘機と最接近する必要があるのだ。直進中に最接近しないだけ、遥かにマシではある。

  だが、500メートルを切るような距離で直進にしろ、旋回にしろ、敵戦闘機のそばを通るのはなかなか恐ろしい物がある。

  司偵には一切の武装が搭載されていないのだ。

  敵機の高度と速度が、上がりきっていないことを願うしかなかった。

  抵抗など、出来はしないし、急降下ができるほど頑丈な機体でもないのだ。

  上池田たちの命綱は、速度だけだった。

「撮影、始めます」

「了解」

 上池田は、更に集中して操縦を行う。撮影中の振動は、写真の出来に関わってくるからだ。

  この一〇〇式司偵三四型の写真機には、ジャイロを使った安定装置が採用されてはいたが、所詮は簡易的なものにすぎない。一番いいのは揺れないことなのだ。

  上池田は5分ほど直線飛行を続ける。

  その5分は、永遠かと思うほどに長かった。

「撮影終了」

 原田の声が、上池田の耳に響く。

  待ちに待った言葉だった。

「旋回する」

 上池田は短く、そう告げると機体を大きく傾け、旋回する。

  急ぐ必要があった。

  上池田の視界には、小さくではあったが黒点が見えていたからだ。

  敵の戦闘機だ。

  撮影開始のあたりから、上池田はすでにその黒点を視認していた。その黒点は時間の経過とともに徐々に大きくなっている。

  接近してきているのだ。

 上池田の司偵は敵機に対して、未だに高度的な優位にある。だが、その優位は急速に薄くなってきていた。

  敵機の上昇力はそら恐ろしい。

  それが上池田の感想だった。

  日本の戦闘機には、あれほどの上昇力を持った機体はいないのではないか?

  そう思えるほどだ。

  実際のところ、その敵機、スピットファイアMk.14、は水メタノール噴射装置による緊急出力によって上昇を掛けていた。グリフォンエンジンを搭載し、馬力に余裕のある機体が更にその馬力にムチを入れてまで上昇しているのだ。

  上昇力が高いのも当然ではある。

「後を見てくれ」

 上池田は原田にそう言った。

  司偵の後方視界は、お世辞にも良好ではない。そもそも、戦闘機のような見張り能力は要求されていないのだ。そのため、後方の確認には機体を大きく揺するか、偵察員に後を見てもらう必要があった。

  また、見張り電探も後方に対しては見張り能力を発揮しない。専門の早期警戒機でもない限り、全周に対しての見張り能力を持った電探搭載機は、この時代は珍しかった。

「追いついて来てます」

「やっぱりか」

 原田の報告に、上池田は舌打ちをしたい気分に襲われる。

  上池田の司偵を追いかけてくるスピットファイアMk.14の最高速度は、時速720キロに達していた。この時期の戦闘機の中では最速の部類に入る。

  しかも、この時期のイギリス軍戦闘機は概ね水メタノール噴射装置、あるいは亜酸化窒素噴射装置によるブーストが備えられていた。

  連合国軍の四発重爆を、効率よく迎撃するためだ。

  そのため、高い最高速度は更に高くなっている。上池田の機体を負うスピットファイアも、ブーストを使用し出力を増強していた。もちろん、それは一時的なものでしかないのだが、上池田は知らないことだ。

「増速する」

 このままでは追いつかれる。

  上池田はそう、判断した。

  上池田は、最近増設されたボタンを押下する。直後、エンジンが異常な振動を始め、停滞していた速度計の針が動き始めた。

  そして、針は時速730キロを示す。

  彼等も水メタノール噴射装置を使用したのだ。

  水メタノール噴射装置により、限界以上の出力を絞り出したエンジンは、強烈に消耗する。そのため、整備員には嫌われている装備だ。

  また、燃料品質の著しい向上を見た現在の日本軍においては、あまり必要性がない装備でもある。

  通常のエンジンで、十分に高い出力を維持できるからだ。

  そのため、戦闘機や爆撃機への搭載例は少ない。搭載例は、出力の低いエンジンを装備していた零戦などの前世代機に数例ある程度だ。

  だが、偵察機においては違った。

  情報を確実に持ち帰るためには、速度は重要だったからだ。そのため、一時的な増速装置ではあっても意味があった。また、多少のエンジンの消耗も許容された。偵察飛行隊に限定するなら、最悪エンジンを使い捨てにしても補給はなんとかなるからだ。

  エンジンの価格以上に、日本軍は情報を重視していた。

  この加速により、上池田の司偵は敵機を引き離し始める。水メタノールのタンク容量上、10分も続かない速度だ。だが、敵機を諦めさせるには十分な速度でもあった。

  もともと、英独の戦闘機は足が短いのだ。特に高出力故に燃費効率がよくないグリフォンエンジンに換装したスピットファイアMk.14は、更に航続距離が短くなっている。増槽を搭載していない迎撃戦闘時は、然程長距離は追撃できない。

「敵機、引き返します」

 原田の明るい声が聞こえた。上池田は、原田に聞こえないように小さく安堵の溜息を吐く。

  今後は、敵の電探網に対する対抗手段は必要かもしれない。

  上池田はそう思う。

  敵迎撃機の迎撃はとてつもなく、正確で高速だった。これまでアメリカ軍の四発重爆改造偵察機に大きな被害が出たのも納得だ。速度性能に優れた一〇〇式司偵であっても、補足される可能性が少なくない。

  まあいい。これは今後の課題だ。報告書を挙げておけば、誰かが何か考えつくだろう。

  上池田そう割り切ることにする。

  それに、今はそれよりも重要な事があった。

「原田。写真はどうだ?」

「ええ、大尉。バッチリです」

 原田は明確な自信を込めた声で、返答した。この男がそういう声を出す、ということは良い写真が撮れているということだ。

「そいつは良かった。早いとこ帰って、解析屋に見せんとな」

「そのことなんですが、大尉」

「なんだ?」

「すぐに電文を打った方がいいと思います」

「どういうことだ?」

 上池田は疑問を覚えながら確認した。すでに敵迎撃機は振りきっている。電探を見る限り前方での待ち伏せもない。

  だが、電波の発信はこちらの位置の暴露に他ならない。あまり行いたいことではなかった。

「トリンコマリーの港ですが、船が殆どいませんでした。この高さですから、断言は出来ませんが、少なくとも軍艦はいなかったと思います」

「平文でいい。打電しろ」

 上池田は間髪を入れずに言った。

  重要な情報だった。伝達するのは、一秒でも早い方がいい。

 直後、打鍵の音が響き渡る。

  これが、トリンコマリーの枢軸艦隊出撃の第一報だった。

  この電文の受信により、ビルマ沖合の連合国艦隊は激しく動き始めることになる。

  この電文こそが、第一次ビルマ沖海戦の幕開けだった。

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