第六章 第七話
「予想より1週間近く早かったな、が、今回は割合と正確な情報だったようだ」
ラングーンからの緊急電を読みながら、ヴィルヘルム・モーンケ武装SS少将は呟いた。
枢軸国の情報部は、連合国が物資の集積を完了させるまで、後一週間程度は猶予が有る、と報告していた。
だが、現場の人間は誰もそんなことは信じていない。
ドイツ軍はニューギニアにおいて、アメリカの膨大な物量を実感していたし、イギリス軍やフランス軍は仏印とマレーにおいて日本軍の驚異的な水陸両用作戦能力を目にしている。
彼等は連合国が持つ、高い船舶輸送能力を戦友や自らの肉体によって理解していたのだ。
そんな連合国の物資集積を、情報部は未だ自国の能力をベースに産出している。そんなものが当たるわけはないのだ。
ただ、褒めるべき点もあった。
彼等は連合国がビルマを攻略する際は、まず始めにラングーンへ侵攻してくるであろう、と予測していたのだ。
彼等はこれまでの連合国軍の侵攻パターンから、その行動を予測していた。連合国軍は、まず始めに港湾を確保してから地盤を強化する傾向にある。船舶による輸送を重視しているためだ。反面、地上輸送に関しては、可能な限り短距離に縮めようとする傾向が見える。
そのため、情報部は連合国軍はタイ国境からの侵攻ではなく、上陸作戦によるラングーンへの侵攻を行うと読んでいたのだ。
それは、見事に的中していた。
連合国軍は、ラングーンにおいて発生した現地人ゲリラによる蜂起に便乗する形で、ラングーン港湾施設へ空挺部隊を投入。港湾施設を短時間で確保し、後続部隊の揚陸を迅速に成功させた。
イギリス軍主体で編成されていたラングーン防衛隊は、その大部分が連合国軍空挺部隊や現地人ゲリラとの戦闘で大きな損害を受け、ラングーンから後退していた。もともと軽武装な防衛隊では、迫撃砲や歩兵砲まで投下した空挺部隊と、数が多いゲリラを、同時に相手にする事はできなかったのだ。
「敵の様子はどうか?」
モーンケは参謀に質問した。参謀は手に持った書類に目を落とし、数秒間その内容を確認すると、口を開く。
「陥落したラングーンに後続の部隊を揚陸しているようです。規模としては、現状で少なくとも10個師団程度かと」
「そうか」
モーンケは深呼吸をすると、吐き出すように言った。
「予定通りではあるな」
内陸部に引き込んで、得意な陸上戦で敵陸軍をすり潰す。
それが、枢軸国軍のビルマ防衛における基本方針だった。枢軸国はこれまで、海上の戦いにおいて有利な戦闘を行えていない。
今回はトリンコマリーに大規模な艦隊を待機させているが、その大艦隊を持ってしてもヒトラーの安心を確保することは出来なかったのだ。
そのため、枢軸軍は基本的に陸戦にて敵と戦うことにしていた。ポーランド、フランス、イギリスと欧州各国の陸軍を撃破した経験を持つ欧州最強のドイツ陸軍を中核として、枢軸各国の精鋭を集めたビルマ防衛軍は、十分に連合国軍を撃退できると思われている。
もちろん、トリンコマリーの艦隊には、連合国軍の艦隊と戦ってもらう。
ただ今回の艦隊には、例えば仏印での防衛戦における英仏合同艦隊のような、大きな期待は持たれていない。
彼等の任務は連合国の艦隊に相応の打撃を与え、ビルマ沖合から後退させることだった。連合国艦隊が後退すれば、セイロンを根拠地とした潜水艦部隊による、通商破壊作戦が行える。船舶輸送に補給の多くを頼る連合国軍の補給は、大きな制約を受けることになるだろう。
対して枢軸軍の補給は、インド方面からの陸路と鉄道にて賄う予定だった。連合国軍のビルマ侵攻の可能性が大きくなった、43年時点でインドのアッサム州からビルマまではレド公路と呼ばれる道路が、枢軸各国の機械化工兵と大量の中国人人夫を投入することによって整備されていたし、それに沿うような形で、軽便鉄道ではあったが鉄道も開通して居た。
この軽便鉄道は複線化されており、蒸気機関車の牽引能力も高かったから、存外と輸送能力は高い。
集められるだけのトラックと物資はビルマ北部やインド東部に集積されていたし、鉄道も民間輸送はほぼストップされ、軍事輸送のみに絞られている。河川舟艇も多数が挑発され、河川輸送による補給も可能な体制となっていた。
ビルマ全土に展開している、枢軸国陸軍18個師団の兵站は陸路でも十分まかなえる体制になっていたのだ。
モーンケが指揮する第一SS装甲師団「アドルフ・ヒトラー」はその18個師団のうちの一つだった。彼等は現在、ラングーンの北西250キロほどのところにある都市、ピエに駐留していた。ピエはイラワジ川に面しており、水運がよく道路も通っていたから補給の都合もいい。
もともとはヒトラー、あるいはナチ党の私兵として出発した武装SSは、ナチ党の強力な後押しによる兵器の優先的供給の結果、一般的な国防軍部隊よりも強力な部隊が多くなっている。
もちろん、数も戦闘経験も国防軍の方が多いのだが、武装SSの兵士は一般的な国防軍兵士よりも土壇場での度胸というか、踏みとどまれる時間が長い場合が多かった。それは、彼等の多くが志願兵であることも理由であったし、政治的にナチズムに傾倒した人間が多かったのも理由だ。また、外人兵は外人兵で帰るところがない、後のない兵士達が多かったのも理由の一つだった。
結果、武装SSはポーランドでもフランスでも、高い戦果を上げることになる。もちろん、損害もそれなりに大きかったが。
この時期の武装SSは、彼等を嫌う国防軍からも一目置かれる存在となっていた。
国防軍は武装SSを嫌っていたが、それでも実績を積み重ねてきた彼等が、優秀な戦闘部隊であることを認めざるをえないところにまで来ていたのだ。
もちろん、武装SS全てが優秀な戦闘部隊だったわけではない。
例えば「ディルレヴァンガー旅団」のように、悪名を轟かせる部隊もいくつかあった。だが、それらは一応、武装SSの中でも少数派だ。そもそも、その手の「ろくでなし」の大部分は欧州内部でレジスタンスの鎮圧任務に精を出していたから、アジア方面では顔すらも滅多には見ない。
暑くてジメジメしていて、その上に戦車の稼働率を下げる不快な土地ではあるが、あの「ろくでなし」共の顔を見ずに済む点は評価してもいい。
モーンケは割合と本気でそう思っていた。
「戦車の状況はどうか?」
モーンケは参謀に確認する。
ビルマの高温多湿は、欧州での戦闘を前提に開発されたドイツ製の戦車にとっては過酷な環境だった。
部品の劣化が加速するからだ。
第一SS装甲師団は2ヶ月ほど前にラングーンに到着していたが、ピエまで移動する際、実験的に戦車を自走させて移動していた。
その結果は惨憺たるものだった。
7割の車両で大小の故障が発生し、5割の車両には重整備が必要なほど重大な故障が発生したからだ。
いくら新型とは言え、これはひどい。
それがモーンケの感想だった。
モーンケの第一SS装甲師団が主力として装備している車両は、五号戦車パンターだった。
パンター戦車はイギリスの巡航戦車と歩兵戦車、双方に対抗することを目的に開発された戦車だ。
ドイツ製としては最新の中戦車であり、40トンを超える重量と、それに見合う装甲と火力を有している。機動性に関しても十分なものを確保していた。
モーンケの部隊に配備されていたパンター戦車は、初期型のD型ではなく、改良型のA型だった。
ニューギニアでドイツ陸軍が遭遇した、アメリカ製戦車シャーマンの影響を受け、初期型ではさほど考慮されていなかった避弾経始を考慮した傾斜装甲が採用されており、大きく外見が変わっている。A型の装甲厚は、D型とそれほど変わらないが、防御力は遥かに高い。
だが、外見と同時に製造工程も大きく変化したため、生産現場は混乱しており、A型の生産数は少なかった。現時点では実質的に第一SS装甲師団専用戦車に近い状況だった。
つまり、運用や整備の経験蓄積が薄いのだ。
その上、パンター戦車は慢性的な病を抱えてもいる。
パンター戦車はともすれば、未だに3号戦車を使い続けている、ドイツ陸軍の戦車を一新するために、コスト面で非常に気が使われている戦車だ。
装甲板は希少金属があまり使われていない鋼板が採用されていたし、サスペンションにも現有の4号戦車やティーガー戦車に使用されている部品が流用されている。
ただ、結果としてパンター戦車のサスペンションは、信頼性に非常に大きな爆弾を抱えてしまっていた。流用部品の寿命が短く、よく破損するのだ。
コスト面の要求から、旧来の部品を可能な限り流用した結果、信頼性の面にしわ寄せが来てしまっていた。
特に、ビルマに多い、深い泥濘では故障する頻度が高い。
このサスペンションの信頼性の低さは、技術者がどれほど努力しても根本的には解決できていない。現状のパンター戦車の運用は、「騙し騙し」という言葉がしっくり来る状況だ。
A型はこのサスペンションに生産段階で調整がなされており、統計上は改善が見られていたが、乗員や指揮官の体感的には然程変わったようには感じられていなかった。
また、パンター戦車はエンジンも故障が多い。パンター戦車のエンジンは高温多湿環境にはあまり適しておらず、オーバーヒートを起こす傾向が強かった。
更に、排気関係の部品は欧州と比べるなら腐食が早く進む事実も発見されていたから、部品交換の頻度は高い。
由々しき問題だった。
このままではパンター戦車はまともに戦闘すら出来ない。下手をすれば、突撃砲大隊が装備している3号突撃砲や、戦車猟兵大隊装備の4号駆逐戦車を主力に戦う羽目になってしまいかねない。
これらの車両とて、必ずしも優秀な可動率を誇っているわけではない。だが、8割が可動するだけパンター戦車よりは、だいぶマシではあったのだ。
「だいぶ改善しています」
参謀は明るい声で言った。
「本国から技術者を呼んだかいがありました。部品を新型のものと交換し、エンジンの調整を行った結果、4号戦車ほどではありませんが、実戦には問題ない仕上がりになっています。多少、性能は低下していますが」
「性能低下とはどの程度か?」
「最高速度が5キロほど低下してしまいました。エンジンのオーバーヒートがどうしても解決できなかったらしく、出力と回転数を抑えたそうで」
「5キロ程度か。ならば大した問題ではないな」
モーンケは頷きながら言った。
無理を言って、本国からメーカーの技術者を呼びつけたのは、間違いではなかったようだ。
パンター戦車の最高速度は、整地路面で55キロから60キロ程度ということになっていた。これは、パンター戦車の開発時にイギリス軍の巡航戦車に劣らない機動性が求められたためだ。
ただ、現実的な話、パンター戦車がこの速度を持続すると、少なくない確率でトランスミッションに故障が発生する。そのため、実戦どころか訓練ですら、最高速度は滅多には発揮されることはないのが現実だった。
事実上、性能実験時の速度にすぎないのだ。
そんなものが5キロ程度下がったところで、運用には影響はなかった。
回転数に関しては、登坂時に乗員がエンジンを吹かしすぎるのが原因だろう。回転数を下げた以上、多少は登坂能力などが下がっている可能性はあったが、それも運用上は大きな問題にはなるまい。ビルマ西部から南部にかけては平野が多い。大きな登坂能力が必要な場面は少ないはずだ。
「これで目処はたったな」
モーンケはつぶやく。
連合国軍に一泡吹かせてやれる。パンター戦車は、あらゆる連合国軍戦車に対して有利に戦えるはずであったし、モーンケの部下は厳しい訓練に耐えた精兵なのだ。
「全部隊に出撃準備をさせておけ。そう遠くないうちに、出撃命令が来るぞ」
モーンケは、自信を持って断言した。
既に連合国軍はこちらの作戦に嵌りつつある。罠の口を締めるのは、我々の役目だ。
ドイツ最優の部隊である、彼等第一SS装甲師団は、その武名をアジアにおいても轟かせることだろう。
モーンケはそう確信しつつ、参謀に支持を出しはじめた。




