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日米亜欧州戦争記  作者: √2
第六章  灼熱のビルマ
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第六章 第三話

 戦争特需という言葉がある。

  戦争が原因となり発生する、特需景気のことだ。

  戦争は様々な物を浪費する。鉄もアルミも銅も石油も、人命でさえも。

  そのため、生産活動も活発となる。ならざるを得ない。

  大量に消費される諸々を補充する必要があるからだ。

  『鵜来』の定期補修のため、久方ぶりに本土へ戻ってきた白井黒重しらい くろしげ海軍少佐の眼前には、戦争特需を象徴するような光景が広がっていた。

「すごいな。一体、何隻あるんだ」

 大分県大神にある、日本最大、いや、世界でも最大級の海軍工廠である大神海軍工廠の艤装岸壁には、多数の海防艦と護衛空母が係留されていた。

  海防艦の数は優に50を、護衛空母も10を超えるだろう。

  海防艦のシルエットは白井の艦である、『鵜来』と良く似ていた。だが、細部が異なる。

 『鵜来』型と比較しても直線が更に多く、優美さとは無縁のシルエットをしていた。武骨ですらある。

 それらの海防艦は、外見上では見分けがつかないが、3種存在していた。

  『丙』型、『丁』型、『戊』型の3種だ。

  これら3種の海防艦の艦体設計は、完全に同一化されている。ただ、機関が違った。

  『丙』型にはディーゼルエンジンが、『丁』型には艦本式タービンエンジンが、『戊』型には戦時標準船に採用されている統制型のスチームエンジンが搭載されている。

  機関の生産が間に合わないからだ。

  艦船用ディーゼルは上陸用艦艇に、艦本式タービンは駆逐艦にも利用されている。アメリカと比較するなら、艦船用機関の生産能力に劣る日本は大量生産が必要な海防艦の機関を、統一出来なかったのだ。

  そのため、これら3種の海防艦のなかでは『戊』型が最も生産数が多い。統制型スチームエンジンは商船用の生産設備で量産ができたし、戦前から商船の生産では造船大国であった日本には、生産設備が整っていた。また、戦争が始まってからは、戦時標準船の大規模増産のために造船関連の設備には、膨大な投資もなされていたから、商船向けエンジンの生産量には余裕があったのだ。

  護衛空母の方も3種の機関を採用しており、艦形の違いとなっている。

  日本は護衛艦艇に関しては、まず何よりも数を優先していた。

  その方針を、白井は正しいと思う。

  現在、日本の商船団はアメリカはもとより、東南アジアやオーストラリアにまで足を伸ばしている。

  だが、それらの海域は、安全とは到底言えない状況だ。

  特に東南アジアとオーストラリア方面の海域は、危険ですらある。

  枢軸国の潜水艦の脅威を完全には、排除できていないからだ。

  スンダ海峡やマラッカ海峡などには、航空機や駆潜艇を利用した、濃密な対潜哨戒が敷かれているが、それを掻い潜るやり手の潜水艦が何隻かいたし、海峡が無いティモール海やアラフラ海では跳梁する潜水艦を、完全に押さえ込むのは難しい。

  現在の日本では、東南アジアとオーストラリアに航行する商船の独航は、原則として禁止されていた。それらの方面へ向かう商船は、全て護衛船団を組むことが義務付けられている。

  これは商船会社としても、実はありがたいことだった。

  商船の沈没は、彼等にとっては重大な損害だ。商船三井や日本郵船にような、百を超える大量の商船を保有している大会社だというならまだしも、中小の海運会社にとって、一隻の商船の沈没は大損害だ。特に速度や設備に優れた、いわゆる優良商船が沈んだ場合は、致命的ですらある。

  優良商船は、中小の海運会社のとっては稼ぎの多くを生み出す存在だった。優良商船のローテーションを組む作業が、ほぼイコールで営業だと言ってもいいぐらいなのだ。

  だが、護衛船団に参加した場合、話は違ってくる。

  護衛船団へ参加している商船が撃沈された場合、国庫からの保証があるからだ。

  補償が支払われるという事実は、優良商船であっても旧式商船であっても違いはない。もちろん、保障額に違いはあるが。

  また、護衛船団の商船乗員は、船長は准尉あるいは少尉、一般乗員は下士官相当の軍属として扱われる。そのため護衛船団への参加中に乗組員が死亡した場合は「戦死」として扱われることになっていた。つまり、保証は国庫持ちになる。

  更に、燃料費に関しても国庫から補助費が出ていた。

  もちろん、 護衛船団の航行スケジュールは、国防省と逓信省が決定したスケジュールに固定されていたから、利益率は低い。

  だが、リスクと天秤に掛けるなら、目を潰れる程度の問題だった。

  つまり、商船会社にとって護衛船団への参加は「ローリスク・ローコスト」なのだ。

  これらの膨大な数の商船を護衛するには、まず何よりも海防艦は数が必要だった。艦としての性能は、一定水準を保っていればいい。聴音・水測装置やレーダーの性能が揃っているなら、護衛艦としては十分だったのだ。

  そして、それらの装備は安定した生産量を示し続けている。東南アジアやオーストラリア方面の船団護衛は、海防艦は数を優先する、という方針のお陰で辛うじて回っている状態だった。

  商船の数が、恐ろしいペースで増え続けていたからだ。

  戦時標準船の生産が開始された結果、月間、十数万トンから下手をすると三十万トン近いペースで日本の商船船腹は増え続けている。

  海上護衛総隊も綱渡りなのだ。

  海上護衛総隊としては、アメリカ向け航路に枢軸軍の攻撃がない事実が、実にありがたかった。というか、この航路にまで枢軸軍の攻撃があったら、海上護衛総隊の船団護衛スケジュールは破綻していただろう。

  現在、アメリカへの太平洋航路ならば、独航船が認められている。だが、この航路は飽和しかけていた。日米の巨大海運会社がこぞって優秀船舶を投入して、輸送シェアの多くを早期に確保していたからだ。

  いくら世界の富の20パーセント以上を生み出すドル箱航路といえども、限界がある。横浜やロサンゼルスなどの太平洋岸港湾の港湾能力の限界もあったから、価格競争力に劣る中小の海運会社にとっては新規参入が厳しい航路になっていた。

  また、弟どものグチを聞かされそうだな。

  白井は、漠然と思った。

  彼の実家は、大神の郊外にある。元々両親や弟達は佐世保に住んでいたが、長男の白井が大神に家を購入したため、こちらに移り住んでいた。

  そのため、白井の家には弟も集まる。時期的には微妙なところだが、1人2人は家にいる可能性があった。

  白井の3人の弟は、全員が商船の乗員だった。

  次男は、一昨年に大型貨物船の船長になっていたし、三男や末弟も中型船の船長や、大型船の一等航海士をやっている。

  中小の海運会社ではあるが年齢から考えるなら、まずまずの出世速度だ。

  海上護衛総隊で、小型艦の艦長をやっている長男よりも、稼ぎはいいだろう。

  ただ、それは平時での話だ。

  今は戦時だ。

  護衛船団に参加すれば、大型船の船長であっても権限上はペーペーの少尉と変わらない。そして、弟達の会社は中小である。会社方針として、護衛船団への参加は不可避だった。

  結果として、弟たちは自分より若い連中に命令される立場にある。また、戦死の場合の保証も正規の上級将校よりは安い。

  何の保証もなかった第一次欧州大戦の頃よりは、遥かにマシな対応ではあるのだが、商船の船長達にはストレスの貯まる環境なのだろう。白井的には、比較対象が間違っている気もするのだが。

  このため、白井は弟達と顔を合わせるたびに、愚痴を聞かされる羽目になっている。

  やれ、なんとか中尉が横柄だの。やれ、なんとか大佐の命令が理不尽だの。

  疲れるから、正直やめてほしい。

  それが白井の偽らざる心境だった。

  そんなに嫌なら、海軍に志願すればいいのだ。ポストならいくらでもある。商船学校出身の元船長や一等航海士ともなれば、志願直後に艇長ぐらいになら、なれるだろう。

  今の海軍は、雑役艦艇の艦長・艇長や乗組員が足りなくて、悲鳴を上げている状態だ。

  駆潜艇、哨戒艇、掃海艇、揚陸艦、水雷艇。そう言った艦艇が現状、それぞれ100隻単位で量産されている。

  こういった小型の艦艇はそのサイズの小ささ故に、零細の造船所でも十分に生産可能であった。また、生産性の確保とコストの圧縮のためブロック工法や溶接が早くから取り入れられている。

  駆逐艦や巡洋艦よりも、海軍中央の反発が少ないため、技術蓄積に持ってこいだったからだ。

  開戦から一年と経っていない現在ですら、これらの雑役艦の就役数は200を超えていた。

  結果、海軍では八八艦隊計画の頃に大量に育成された士官たち、今は予備役に放り込まれている彼等を召集してもなお、海軍の士官は足りていない。

  そのため、海軍は商船学校の卒業者や商船の乗組員をも予備士官として受け入れていた。一般の大学生とは異なり、「潮気」がある商船の乗組経験者は現場からは人気がある。

  だが、給与面でやや渋い海軍軍人は、商船乗組員からは転職先としては人気がなかった。危険海域での航海には、海運会社の多くは危険手当をつけていたから、この時期の商船乗組員の多くは高給取りだ。船長や一級航海士ともなれば、給料は結構な額になる。

  同じ危険を犯すなら、給料が高い方がいい。そう考える人間は少なくなかった。ただ、それでも息子みたいな年齢の中尉に命令されることには不満を覚えるらしいが。

  そして、海軍の人材不足は加速する。

  実際のところ、哨戒艇や駆潜艇の艇長になって後方の根拠地にでも配属されれば、危険海域を護衛船団で航行するよりよっぽど安全に戦争を過ごすことが出来るだろう。

  白井は、戦争とはそういうものだということを知っていた。

  雑役艦の管轄も海上護衛総隊であり、後輩にはそういった艦艇の艦長・艇長をやっている者が大勢いたからだ。

  トラック島の駆潜艇などでは、日常業務がF作業(つまりは釣りのことだ)、なんてのどかな話もよく聞く。

  そういった実例は、当然、弟達には白井は説明していた。また、弟達をそういう安全な地域に配置させる程度の「運動」なら、白井でも可能だった。人事方面には何人か親しい同期がいたし、予備士官を安全な地域に配置すれば、現状そこに配置されている訓練を受けた正規の軍人を前線に回せるから、人事的にも美味しい話なのだ。だから、目処はあった。

  だが、それでも「戦闘艦艇」というものに対する商船乗組員のイメージは崩し難い物があるらしい。つまり、戦闘の矢面に立つ役である、というイメージだ。

  もっと商船乗組員が海軍に来てくれれば、俺の船も楽になるのに。特に、弟共とか。

  弟共は、無能ではない。士官学校出たての新品少尉よりは使えるだろう。兄貴の贔屓目を抜いても、莫迦を出世させるほど、海運会社は愚かではないだろうから。

  人員が増えれば、俺の船からベテランが引き抜かれる頻度も下るだろうし。

  『鵜来』型海防艦は、『丙』型『丁』型『戊』型の各海防艦の設計母体になっている。

  機関以外の多くの装備が共通しており、『鵜来』型を乗りこなせれば量産中の3種の海防艦も、「理論的には」概ね乗りこなせるのだ。

  また、『鵜来』型海防艦には常に新型の電探とソナーが装備されていた。

  そのため、『鵜来』型は量産型海防艦の、絶好の「練習艦」だった。

  結果、白井の『鵜来』に限らず『鵜来』型の各艦からは装備に習熟した各ベテランが次々と引きぬかれている。

  現状、白井の『鵜来』は極々少数のベテランと大多数の新米で運営されていた。

  『鵜来』は数ヶ月に一回の整備入渠をするたびに、各種装備は交換され、次々と省力化されている。『鵜来』の運用に必要な人員は、建造当初と比較して9割にまで減少していた。

  そして、減った人数は当然のように引きぬかれ、別の海防艦へと配属されている。

  艦長としては、あまり楽しくない事態だった。

  つまり、交代人員が少なく、練度が下がっているということだからだ。

  艦が被害を受けた場合の応急は、人間の頭数も重要なファクターだったから、実に楽しくない。

  だが、海軍全体の慢性的な人員不足についても白井は理解できる。特に、連合艦隊よりも遥かに人員面の層が薄い、海上護衛総隊において、それは顕著だ。

  だから、文句も言えない。

  そのくせ、弟どもからの愚痴も聞かねばならない。

  たまらない立場だった。

  白井は、嫁と両親と、そして弟どもが待つ家に帰るのが、憂鬱だった

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