第六章 第二話
アメリカ軍司令部に向かうジープからは、日本軍の戦車部隊が見えた。
シンガポールには現在、多数の連合国陸軍が集められている。ビルマへの侵攻のためだ。
日本軍の戦車部隊は、それらの部隊の一つだった。。
ボウルを伏せたような丸い砲塔が特徴的な中戦車と、それよりはやや小柄な角ばった印象の中戦車が、そのほとんどを占めているようだったが、結構な数の重戦車も見える。
おそらくは90ミリクラスの主砲を装備しているのだろう、その重戦車は、いかにも強力そうであり、装甲も厚そうだ。
あれを思う様、指揮してみたい。
ジョージ・パットン アメリカ陸軍少将はジープの上で、そう思った。
「羨ましいなぁ、おい。重戦車だぞ、重戦車。なんで、ウチにはでかい戦車がないんだろうなぁ」
「まあ、本国では何やかや有るらしいですから、仕方ないのでは?」
ジープの後部座席の隣に座った参謀が言葉を濁す。
アメリカ陸軍の戦車部隊は現在、M4シャーマン中戦車を主力として装備していた。M4中戦車の性能は優れたものであり、信頼性が高く、野砲をベースとした主砲の75ミリ砲は歩兵支援用としては十分な能力を持っている。
ただ、対戦車用として考えるなら、問題があった。
主砲の75ミリ砲は初速が遅く、貫通力が低いのだ。最近は日本の三式中戦車と同型の長砲身75ミリ砲を搭載した、対戦車向けの改良型M4中戦車の生産も行われていたが、未だ数は少ない。
M4中戦車は、もともと歩兵支援を目的として設計された戦車であったから、仕方のない面もある。
だが、第二次世界大戦が始まるまで仮想敵国第一位だったソ連が、あれだけ大量に戦車を装備しているという現実があるのに、対戦車用に開発した戦車を配備しようとしないAGF、陸軍地上軍管理本部、の方針に、パットンは疑問を感じてた。
ソ連がKV-1と呼ばれる重戦車を開発していることは、日本のみならずアメリカも察知している。また、ドイツもマレー半島で新型の重戦車ティーガーを投入していた。
パットンが見る限り、新型の長砲身型M4中戦車であっても、ドイツ軍の重戦車ティーガーを相手取るには能力不足だ。
最低限、装甲と火力で同等でなければ、正面切っては戦えない。
パットンはそう考えている。
装甲で劣る戦車が、装甲で勝る戦車と戦う場合、どうしても戦術が限定されてしまうのだ。
具体的に言うなら、待ち伏せか奇襲しかない。
パットン自身は「装甲など飾りだ」と公言してはいた。兵たちに勇気を求めるためだ。だが、戦術的な柔軟性が下ることについては、彼的に看過できることではない。
AGFは新型M4中戦車の主砲であれば、1000メートル以内でティーガーの装甲を抜ける、と主張していた。
それは事実だろう。
日本軍がマレーで破壊したティーガーの車体を利用した実験をおこなっている。その結果でも、1000メートル辺りでティーガーの正面装甲を抜けるという結果が出ている。
だが、AGFが意図的に無視している点がある。
ティーガーは2000メートル以内でM4中戦車の装甲を抜けるという事実と、新型M4中戦車は全体の2割に満たいないという事実だ。
不利なんてものではない。
本国では既に重戦車の試作品が完成しているという噂を、パットンは知っていた。
彼は上司であるドワイト・アイゼンハワー東南アジア方面司令を通して、本国に重戦車配備の嘆願を行なっている。だが、その結果は芳しいものではなかった。
アイゼンハワー自身が、AGFの報告を信じていたからだ。
彼はAGFの数値データを信頼していた。アメリカ陸軍は実戦では、未だティーガーには遭遇していないから、AGFのデータに対する実証的な批判をパットンはできていないのだ。
それ故に、アイゼンハワーはAGFの進言に従い、補給に混乱を発生させかねない重戦車の配備には賛成していない。
パットンとアイゼンハワーの関係は悪いものではない。個人的な関係は、良好であり友人といってもいい仲だ。
だが、アイゼンハワーの戦術指向は、どちらかというなら航空重視でありパットンほどには戦車に精通していない。また、アイゼンハワーという人物は、公私は厳密に分けるタイプの人間であるから、「友情」にも期待すべきではなかった。
つまり、当面は自分の配下への重戦車の配備は期待できないということだ。
「欲しいなぁ。是非欲しい」
パットンは二式重戦車を見つめながら言った。まるでおもちゃ屋で駄々をこねる、子供のような声だった。
「いっそ、盗っちまうか」
「無茶言わんデください。国際問題になりますよ」
参謀が青い顔をしながら、慌てて言った。パットンという男はかなり無茶をする男だ。口に出した、と言うことはやりかねない。
日本は重要な同盟国だ。国際問題など、参謀は御免だった。上級将校ともなると、揉め事一つですらキャリアに傷がつく。国際問題など起こしたら、パットンだけではなく、自分のキャリアもお仕舞いなのだ。
「いっそ、重戦車部隊の派遣を日本軍に依頼したらどうです? 彼等は重戦車を連隊規模で独立部隊にしてるらしいですから、要請すれば派遣の可能性はあるのでは?」
参謀は慌てて穏健な方法を提言する。この方法もなかなか無茶な方法ではあった。だが、泥棒よりは何億倍もマシだ。
「ほう、日本人たちは重戦車を独立部隊で運用してるのか。運用に柔軟性が出るし、補給も別にできる。良いアイディアだ。勉強になる。そして、いい情報だ。おい、運転手。急げ」
パットンは大声で命じると、運転席の背もたれを蹴る。
イエスサーの声とともにジープの速度が上がった。参謀からは運転席の、まだ子供みたいな年の上等兵の顔が見える。今にも泣きそうになっていた。
少将などという、上等兵にとっては雲の上の存在から怒鳴られるのは、怖くてしかたがないのだろう。
もちろん、参謀はパットンを諌めたりしない。上等兵はかわいそうだが、参謀は自分の身のほうが大事なのだ。
偶然、パットンが到着した時に飛行場近くを走っていた、自分の不運を呪ってもらうしかない。あとは、時間に遅れた本来の迎えを恨んでもらうぐらいか。
「急げ、急げ、運転手。アイクにねじ込まにゃならんのだ。おら、急げ」
パットンの声に従って、ジープの速度が上がる。
アメリカ陸軍東南アジア方面司令部正面玄関に、法定速度をぶっちぎりで無視したジープが滑りこむのは、この5分後の事だった。




