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日米亜欧州戦争記  作者: √2
第一章 ノモンハンの日
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第一章 第三話

 左後方で九七式中戦車が一両、煙を上げて停車した。各部のハッチが開き、乗員が大急ぎで車外に飛び出す。

  周辺の兵員輸送トラックから歩兵が飛び降り、乗員たちに援護射撃を行い後退を支援した。

  妹尾は展望塔から周囲を確認する。左前方に75ミリ級と思しき火砲が見えた。長砲身高初速のソ連製野砲は、徹甲弾を使用した場合1000mを割り込むと、九七式中戦車の傾斜した正面装甲ですら貫通する事がある。背の高さから発見は用意であったが、本職の45ミリ対戦車砲より威力では秀でていた。

「弾種、榴弾。11時半」

「弾込めよし。閉鎖よし」

「照準よし!」

 わすかに砲塔が旋回し、装填手と砲手から砲撃準備完了の声が返ってくる。

「テッ」

 号令とほぼ同時に主砲が火を吹いた。砲弾は極わずかに右に逸れ、敵野砲の数メートル横の地点に着弾し、爆発する。砲弾の破片と爆風により、砲手達と野砲が吹き飛ぶのが見えた。これでこの野砲は無力化できたろう。

  ソ連軍は砲撃戦と空襲の間、76.2ミリ野砲の一部とその砲弾を温存していたようだった。そして、温存された野砲は現在、水平射撃での対戦車戦闘に投入されている。

  防戦時、日本軍と在満米軍が砲兵陣地近辺まで戦車の侵入を受けた場合に苦肉の策として行なっていた対戦車戦術を、そのままやり返された形だった。

  ただ、味方側とは異なり、ソ連の76.2ミリ野砲は高初速であり徹甲弾まで用意されていた上、砲兵陣地ではなく歩兵陣地に展開されていたのだが。

  間接照準という、高度な技能を要する砲兵を使い潰しにするようなこの戦術は、日米両軍にとっては信じがたい暴挙だった。

  だが、効果はあった。

  対戦車砲よりも遠距離から、九七式の正面装甲を貫通できる火砲の存在は、日本軍にも在満米軍にも想定外であり、連隊の稼働戦車は攻撃開始後、じわじわと数を減らしている。

  それでも攻撃を継続出来ているのは、戦車第4連隊の奮戦の他に妹尾達が予想していなかった追加戦力があったためだ。

  発砲。

  直後、爆発によってソ連軍の機関銃陣地が吹き飛ばされる。

  相互に支援する形で設置されている機関銃陣地の一角がなくなった結果、ソ連軍の防御射撃に僅かな隙が生まれた。

  機関銃陣地を吹き飛ばしたのは米軍の装甲車両だ。10輌を超える装甲車両が、直接照準でソ連軍陣地に対して砲撃を加えている。

  それらは、ひどく不恰好な車両だった。

  軽戦車を流用したのだろう、小ぶりな車体の上には、ほとんど括りつけるような形でアメリカ製の75ミリ野砲M1916が搭載されていた。

  それらの車両は、1台1台すべて細部が異なっている。オープントップではあるが全周を装甲に囲まれているものもあれば、野砲の防盾以外むき出しのものもあった。

  当然だった。

  それらは戦闘で砲塔を吹き飛ばされたM1戦闘車やM2軽戦車の車体に、同じく車輪を破壊された野砲を半ば無理やり載せたものだったからだ。

  在満米軍の戦車は火力が不足し、陣地攻撃においても有効な運用が難しかった。そんな彼らが、苦肉の策として現地部隊の改造によってでっち上げた車両がそれらの簡易自走砲だった。

  改造を担当した整備部隊の要領の良さが、装甲板の多寡だった。その辺は現地改造の限界だろう。だが、少なくとも陣地攻撃において、簡易自走砲は純正の軽戦車よりは有効だった。

  簡易自走砲が作った隙を見逃さず、在満米軍の歩兵たちは突撃を慣行し、塹壕へと躍り込む。

  彼らの一部はトンプソン短機関銃を手にしていた。合衆国本土の常備軍では1000丁も配備されていない貴重品だ。

  だが、満州では奉天のオートオードナンス社工場で、奉天軍や国民党軍向けに大量生産されているため、それほど珍しい存在ではなかった。事実、関東軍の下士官や将校の中には、自弁でこれを購入し、装備しているものも少なくはない。

  塹壕戦で高い効果を発揮する短機関銃を手にした在満米軍の歩兵達は、塹壕内での接近戦でソ連兵相手に優勢に戦いを進めていた。どうやら、ソ連軍はそれほど多くの短機関銃を配備してはいないようだった。

 あっちの方は任せて良さそうだ。

  妹尾はそう判断すると、別の目標を探す。

  周辺の敵塹壕の多くにはすでに味方の兵が乱入しており、主砲や機銃で支援するのは危険と思えた。

  少し、先に進むか。

  妹尾はそう考え、ハッチを開け頭を出す。周辺の歩兵に声をかけて、随伴してもらうつもりだった。

 ソ連軍は丘の斜面全体を縦深として陣地を構築していた。裾野から頂上近辺にかけては機関銃と対戦車砲、75ミリ野砲を配置した対歩兵・対戦車陣地を、丘の頂上付近からその反斜面にかけて野戦重砲を中心とした砲兵陣地が構築されていることが、偵察機からの情報でわかっている。

  味方は丘の中腹付近まで制圧に成功していた。敵の戦車は空爆で大きな損害を出したのか、これまでBT戦車数輌程度にしか遭遇していなかった。

  もう少し進めば、ソ連軍の砲兵陣地を蹂躙できるかも知れない。そうすれば、ソ連はこちらを撃破するために必要な火力を失うことになる。そうすれば、この戦争はこっちの勝ちだ。

  妹尾が周囲を見回す。

  瞬間、目に入ったものを疑った。

  巨大な戦車が前方の丘の向こうから、こちらへ向かってきていたのだ。

  ひと目見ただけでわかる大きさだった。BT戦車と比較して、明らかに一回り大きい。自分たちの九七式と比較しても、おそらく向こうのほうが大きいだろう。

  主砲塔両脇に2基の機銃塔も見える。一時期流行っていた多砲塔戦車だ。

  一見した印象では妹尾にはその戦車がT-28中戦車に見えた。だが、彼の知っているT-28よりも、その戦車は随分と見た目の重厚さと複雑さを増しており、別の車両に思えた。

  噂に聞いた敵の重戦車ってやつか。

  妹尾はそう判断すると、即座にハッチを閉め、車内に潜り込んだ。

  敵重戦車の主砲は、短砲身ではあったが75ミリ級と見えた。歩兵にとって脅威だ。

「目標2時方向、敵重戦車。弾種、特徹。装填急げ! 3号車、右! 4号車、左! 回り込め! 2号車は1号車とともに正面から叩く!」

 内心の焦りをそのままに、妹尾は部下たちに命じる。

  あれが自由に動いたら、こちらの歩兵は駆逐されるかもしれない。

「装填よし!」

「照準よし!」

 装填手と砲手から報告が入る。今回主砲に装填されたのは、事前の輸送が間に合った新型の徹甲弾、九九式徹甲弾だ。技師の説明によるなら、砲弾命中時の砲弾の割れを抑止しつつ装甲の傾斜で砲弾がはじかれることも防いでいるという。貫通力自体も、これまでの徹甲弾より2割近く増しているそうだ。

  こいつなら、重戦車もやれるだろう。実際、この新型徹甲弾、現代的に言うならAPCは1500メートル以遠でのBT戦車撃破に成功している。

  ソ連軍重戦車との距離は1000メートルを切っていた。

  重戦車相手でも、正面からの撃破が狙えるだろう。

「テッ」

 妹尾の号令の直後、主砲が発射された。それにわずかに遅れて、2号車の主砲も発射される。

  24口径の砲身で加速された2発の九九式徹甲弾は、いずれもソ連軍重戦車の主砲塔を直撃する。そして、ソ連軍重戦車はなんの影響もなかったかのように、動き続けた。

  馬鹿な!

  妹尾は驚愕する。

「どんな面の皮してやがる!」

  いくら短砲身とはいえ、九七式中戦車の主砲は75ミリ砲である。その貫通力は旧式の徹甲弾ですら、1000メートルで45ミリを超える。まして、新型の徹甲弾だ。技師の話が確かなら、1000メートルで60ミリ程度の装甲は貫通するはずだった。

  妹尾は知らないことだが、このソ連軍戦車はT-28中戦車と呼ばれる多砲塔の中戦車へ増加装甲を施した改良型だった。重戦車と誤認されたのは、戦場でよくある情報の錯綜だ。もっとも、30トンを超える重量の戦車だから、当時の日本軍の基準で考えれば重戦車と誤認されても仕方ないのだが。

  この戦車はもとは30ミリ程度だった砲塔正面の装甲が、80ミリにまで強化されている。他の部分の装甲も大幅に強化されていた。今年度中に生産が開始される予定の改良型、T-28Eの試作車両だ。あまりの戦車の損害の多さに、ソ連の現地司令官が半ば無理やりに投入させた試作車両群の一両だった。

  九七式中戦車の九六式二四口径七五粍戦車砲から発射された九九式徹甲弾は、砲口を装甲板に接触させて撃ったとしても、最大82ミリ程度の垂直装甲板を貫通する能力しかない。900メートル程度の距離を置き、角度までついた現状では試作T-28Eの主砲塔正面の装甲は貫通が難しかった。

「運転、ジグザグ! 2号車も!」

 詳しく考えるより先に、妹尾は反射的に指示を出した。すでに試作T-28Eの主砲塔はこちらを向き始めている。敵の主砲は九七式の主砲よりも短いようではあるが、さすがに直撃は食らいたくなかった。

  直後に乗車はジグザグ機動を開始する。体が左右に振られる感触が不快だった。気分が悪くなりそうだ。だが、砲弾の直撃よりはマシだろう。

  敵が発砲する。

  砲弾は、妹尾の乗車からわずかに外れて地面へ着弾した。砲弾の破片が乗車の装甲を叩いた。

  爆発の規模が大きい。やはり、九七式と同等クラスの口径の砲を積んでいるようだ。

「3、4号車、側面狙えるか?」

「こちら3号車。すみません、BT2輌に捕まりました。抜けられそうもありません。何とかなりますが、時間がかかります」

「こちら4号車。何とか狙えますが、角度があります。いい窪地がありましたので、そこで待ち伏せします。もう少し、引きつけてもらえれば、殺れます」

 3号車と4号車の車長から報告が入る。3号車は難しいようだが、4号車はなんとか試作T-28Eの側面を狙えるらしい。

  戦車は一般的に、正面の装甲が一番厚く、側面や後背の装甲は薄いものだ。稀に例外はあるが、その常識に従うなら、側面からの砲撃なら、この敵戦車を撃破できる可能性はあった。

「4号車、特徹を使え! しくじるなよ。2号車、敵重戦車を引き付ける。交互射撃で行く。こっちが先だ。止まれ!」

 急激な停車に、体が前方に投げ出されそうになる。足に力を込めて、それに堪える。バスケット構造を取り入れた九七式の砲塔には、力を込める床が存在していた。

 数秒の間、慣性による車体の動揺が収まるのを待つ。動揺が収まらない状況で射撃をしても、命中しないからだ。

  注意を引くだけであるから、必ずしも当てる必要はない。だが、当てたほうがより注意を引けるだろう。

「装填よし」「照準よし」

「てっ!」

 装填手と砲手からの報告が入ると同時に妹尾は命じた。

  砲弾が試作T-28Eの左副砲塔に命中する。主砲塔より装甲は薄かったらしく、砲弾は装甲を貫通し、内部で炸薬を炸裂させ、副砲塔が吹き飛ぶ。

  この時期の日本軍の九九式徹甲弾には少量ではあるが炸薬が仕込まれており、徹甲榴弾としての効果が期待されていた。

  今回、それが効果を発揮した形だ。

  実質的には機関銃塔である試作T-28Eの副砲塔は、爆発によって完全にその機能を停止したようだった。これまで周囲の味方歩兵、稀にソ連軍歩兵に対しても、撒き散らされていた機銃が沈黙したからだ。

  ただ、試作T-28Eは未だ前進と、主砲塔の旋回を続けていた。戦車全体としてはさほど大した傷ではないらしい。

  発砲とほぼ同時に、妹尾の1号車は急発進する。運転手は心得た下士官だったから、命令されるまでもなく自発的に行動していた。

  妹尾からの命令が出るまでぼんやりと待っていたら、敵の主砲弾が命中してしまう。徹甲弾威力がどの程度かは分からないが、少なくとも砲口径はこちらと同等の相手だ。正しい判断だった。

 1号車の発進直後、2号車が停車する。

  そして、発砲。

  だが、今回は妹尾たちの場合と少しだけ異なっていた。

  敵戦車も発砲したのだ。敵はこちらの行動を読み、2号車に的を絞っていたらしい。

  2号車の砲弾は、試作T-28Eの車体正面に命中した。これは角度が浅かった上に装甲が主砲塔の次に厚いため、試作T-28Eの内部に轟音と振動を響かせた以外はさしたる被害を与えることはなかった。

  対して、試作T-28Eの76.2ミリ砲弾は、2号車の砲塔正面に命中する。

「主砲閉鎖機破損! 砲手、装填手負傷。ほか被害なし」

 2号車から報告が入る。その報告の内容は2号車の戦闘能力が、事実上失われたことを意味していた。

  後に制式採用されたT-28Eの主砲は、23.7口径の新型砲を搭載いている。だが、この試作車両は旧来の16.5口径の短砲身砲を使用していた。用意されていた徹甲弾も実質的には徹甲榴弾であり、貫通力も低い。100メートルを切らなければ、九七式の正面装甲は貫通されることはない。

 だが、この時期の九七式中戦車は砲塔部分に、未だリベットによる接合を用いていた。被弾時にこのリベットが破断し、車両内部で銃弾のように飛び回ることは、実験や実戦の経験からわかっていたことだったが、溶接技術の未熟から溶接による接合は、未だ車体部分と砲塔の一部分のみに限られていた。

  これが今回災いした。

  直撃を受けた主砲塔内部で破断したリベットが飛び回り、主砲閉鎖機を破壊し、乗員に負傷を負わせてしまったのだ。乗員に死者がいないのは幸いであったが、2号車は戦力にはならなくなってしまっていた。

「2号車、後退しろ」

「・・・・・・了解しました」

 2号車長が悔しさを滲ませた声で回答した。気持ちはわかるが、このまま攻撃能力がない状態で残っていても、足手まといになる。2号車長もわかっているのだろう。敵に正面を向けたまま、ゆっくり後退してゆく。

 敵も2号車は無力化出来たと考えたのだろう。妹尾の1号車へと進路を変えた。

  もともと、囮を務める予定であったから、ちょうどいいと言えばちょうどいい。

「ゆっくりと、ジグザグで後退しろ」

「怖気づいたみたいにですか?」

 運転手が笑いながら言った。経験豊富な下士官であるこの男は、この状況で冗句を飛ばしてきたのだ。

「そういうことだ、うまいこと演技しろよ」

「了解です。アラカン並の演技をして見せますよ」

「エノケンにしておけ。そっちのが現実味がある」

「ひでぇ」

 戦車内で失笑が漏れた。まあ、悪くない空気だ。多少、不謹慎な気はするが、ガチガチに固まるよりはマシだ。

「装填は榴弾でいい。派手に爆発したほうが注意が引ける。照準はだいたいでいい。そっちの方が泡食ってるように見えるだろう。無線、4号車に連絡しろ、正面まで引っ張ってやると。後は、エノケンに期待だ」

 乗員たちは、妹尾の指示に了解の声を返してきた。操縦手だけはエノケンは嫌だ、とぶつぶつ言っていたが、それでも仕事はきっちりこなす。

 ジグザクに後退しながら、時折停車してあまり照準の合っていない砲撃を行う。

  こちらがわの砲撃を弾き、一輌を無力化したことで敵戦車兵は自身をつけたのだろう。彼らは妹尾達を追ってきた。

「4号車、後どれだけだ?」

「あと100、お願いします」

「了解した」

 じわりじわりとした、後退が続く。三味線を引いているとはいえ、敵の主砲の直撃は怖い。こちらの砲手は律儀に一発榴弾を当てていた。だが、あわよくば、と思っていたリベットの内部剥離は発生しなかったようだった。

  まあ、いい。本命は4号車だ。

  運転手は泡を食っているように見せつつ、確実に試作BT-28Eを四号車が潜む窪地前面へ誘導する。確かにアラカン並の名演技だった。顔さえ伴えば、賛同してやってもいいぐらいだ。

  とは言え、その名演の最中にも敵は砲撃を行い、その砲弾は徐々に妹尾たちの車両に近づいてくる。

  なかなか心臓に悪い。

  だが、それも終わりだった。すでにT-28Eは100メートル、妹尾たちの車両に引っ張り出されている。

「停車!」

 ブレーキが踏まれ、1号車が急制動する。敵は砲撃のために止まったと判断したのだろう。彼らも停車すると、こちらに砲を向けた。

  悪くはない判断だった。日本側の砲弾は自分たちの戦車に大きな損傷を与えられないが、自分たちの砲弾は、少なくと直撃させれば戦闘能力を奪う程度の損害は与えられるのだ。

  ならば、相手の停車、砲撃に合わせてこちらも砲撃をくれてやればいい。双方の砲弾が当たれば、敵側が勝つのだ。

  だが、彼らの敵は1号車だけではない。それをT-28Eの乗員達は忘れていた。

  窪地から砲塔だけを出して待機していた4号車が、停車した試作T-28Eに対して素早く照準をあわせ、発砲する。

  毎秒452メートルまで加速された九九式徹甲弾は300メートルほどの距離を疾走した後、試作T-28Eの砲塔側面にほぼ垂直に突き刺さった。

  砲塔側面の装甲を貫通した九九式徹甲弾は、内部に搭載された150グラムほどの炸薬を炸裂させ、大小の破片を周囲にまき散らす。破片は情け容赦なく硬いものと柔らかいものに自らが持つ運動エネルギーを開放し、切り裂き、跳ねまわり、破壊した。

  発砲から数瞬の間を置いて、試作T-28Eは砲塔上部のハッチを吹き飛ばしながら爆炎を上げる。

  妹尾は大きくため息をついた。安堵の溜息だった。

  装甲が厚い。敵戦車が九七式に優っていたのは、おそらくそこだけだろう。

  だが、ただその一点のみで妹尾達は大いに苦戦した。

  一両が要修理となり、負傷者が二名出ている。結果だけ見るなら、勝利だが、薄氷の勝利であることは妹尾が一番理解していた。

  少し間違えば、2号車だけでなく、1号車も撃破されていた可能性があるのだから。

  妹尾は装填手に残りの砲弾数を確認させる。結果は、予想より随分と少ない数字だった。特に徹甲弾が足りない。

  一旦、補給に戻る。

  妹尾はそう決断した。この戦全体は、味方の勝ちだろう。

  だが、個々の戦闘では損害が出る可能性は非常に高い。さっきみたいな重装甲の戦車が出てくれば、それだけで厄介だし、BTとて十分優秀な戦車なのだ。

  油断はするべきではない。

  今は体制を万全にすべきだ。

「一旦後退する」

 妹尾は配下の車両にそう伝達した。反対意見はなかった。彼らも相当数の砲弾を消費していたからだ。

  だが、この地域のソ連軍の組織的抵抗はこれで終わりだろう。

  すでにソ連軍は戦車の大半が撃破され、塹壕への歩兵の浸透もされている。すでに対戦車砲陣地の一部は味方歩兵達による制圧が成功していた。

  だが、まだしばらく、ソ連は粘るだろう。まだ砲兵陣地の蹂躙には成功していないからだ。友軍がソ連軍砲兵を叩き潰すまではソ連軍は後退すまい。

  ソ連軍は、そういう性格の軍隊であること、妹尾は戦闘の間に感じていた。

  だから、ノモンハンでの戦闘の終了までは、しばらく時間がかかる。

  それが妹尾の観測だった。

  その時間の間に、どれだけの血が流れるのか、妹尾には想像が付かなかった。

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