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日米亜欧州戦争記  作者: √2
第五章 マレーの戦い
37/50

第五章 第十五話

  きつい。

  それがここ数日の戦闘に対しての、アウグストの感想だった。

  既に今日は4度目の出撃だ。疲労が重なり、そろそろ事故が起きても可怪しくはない。

  彼等はそれ程に消耗していた。

 アウグスト達、黄色中隊を含むニューギニア方面の枢軸空軍は、10月終わりには、その戦力のほぼすべてをビアク島に後退させていた。

  サルミ、ワクデ両基地にアメリカの海兵隊が上陸したからだ。

  ワクデ島のオランダ陸軍は装備が悪く、短時間で撃破された。サルミのドイツ陸軍も、数で勝るアメリカ海兵隊相手には然程長くは持たなかった。

  アメリカ海兵隊は装備面でサルミのドイツ陸軍を優越していた。彼等が装備していたM4シャーマン戦車は4号戦車にほぼ匹敵し、部分的に凌駕する性能を持っていた。1000メートル位内なら、最大80ミリの装甲を持つ、3号突撃砲でも危険な相手なのだ。

  サルミに派遣されていたドイツ陸軍は3号突撃砲とマルダー対戦車自走砲を主力としており、待ちぶせにより海兵隊に少なくない出血を強いている。だが、突撃砲や隊戦車自走砲はあくまでも待ちぶせ戦法を主眼において設計されていた。つまり、逆襲には全く向いていなかったのだ。

 結果、ドイツ陸軍は善戦しつつも、海兵隊の橋頭堡への反撃は出来す、そのまま敗走することになったのである。

  また、空軍は海兵隊の上陸直前には、機材の殆どを消耗し尽くしており、陸軍への航空支援を行えなかった。

  アメリカ海軍機の圧倒的な数と、戦艦の強力な火力に押し切られたのだ。

  アメリカ海軍はアウグスト達、枢軸空軍の迎撃を圧倒する数の艦載機を送り込み、航空基地に大きな損害を与えた。

  また、アメリカ海軍は戦艦2隻を大破させられてなお、艦砲射撃を強硬し、サルミとワクデ島の航空基地を完膚なきまでに叩き潰したのだ。

  アウグストとしては信じがたい事実だったが、アメリカ海軍としては戦艦2隻はそれ程大きな損害ではなかった。

  枢軸空軍は整備士やパイロットを中心に、輸送機で人員のみを後退させた。整備用機材や部品類を運ぶ時間的、輸送量的な余裕は全くなかったからだ。そのため、サルミやワクデ島の基地に集積されていた補給物資は、そのほとんどが爆破、あるいは焼却処分されている。

 現在のアウグスト達の主任務は、枢軸側の輸送船団やニューギニア北西部の都市を狙ってくるアメリカ陸軍航空隊の爆撃機や攻撃機の迎撃だった。現在、枢軸軍はニューギニア島北西部の要所、サンサポールやソロンを経由して後退を始めている。

  枢軸国は、太平洋方面では貴重になりつつある商船の大部分を動員して、この後退作戦を実施していた。陸軍は兵力の半数が、海軍は艦艇の6割が消耗した状態であったが、ニューギニアに投入された戦力の規模はかなり大きかったから、後退させる意味はあった。

  それに、ここで見捨てた場合、他の方面で戦っている枢軸軍の士気に盛大な悪影響があることは簡単に想像がつく。

  枢軸軍首脳部はそれを恐れていた。

  彼等の戦争は、本土防衛線ではない。あくまでも植民地争奪戦だ。少なくとも、現状では。

  そんな状態で首脳部が味方を見捨てたとあれば、各方面では戦線が崩壊しかねない。特に。アジア方面の主力の一角でありながら、植民地人の兵力が多いイギリス軍はその悪影響が大きい。

  イギリス軍が崩壊すれば、シンガポールは早期に陥落してしまうだろう。シンガポールが早期陥落すれば、スマトラ島やジャワ島の防衛計画は、完全に破綻してしまうのだ。もともと、マレー半島とシンガポール要塞で半年は粘ることを前提としていた、枢軸軍のスマトラ島・ジャワ島防衛計画は、現時点ですでに破綻半歩手前の状態だった。

 日本軍の侵攻が急激であったからだ。

  日本軍の侵攻速度から逆算すると、スマトラ島とジャワ島防衛用物資の輸送計画は、ニューギニア島脱出作戦以前で、既に綱渡りだった。

  だが、ここに来てニューギニア島脱出作戦である。

  スマトラ島とジャワ島の防衛を行うためには、ニューギニア島から友軍撤退がする必要がある。だが、それを実施するとスマトラ島とジャワ島の防衛計画が破綻しかねない。

  そういう二律背反に枢軸軍は陥っていた。

  そのため、スマトラ島とジャワ島の防衛計画は大きく見直しがされていた。必要な物資は可能な限り現地で調達することにされたのだ。

  そのため、色々と諦めなければならないことも多く出ていた。

  例えば、コンクリート製の滑走路を備えた飛行場にする予定を、地盤を固めただけの野戦飛行場に変更する、などだ。

  そのため、スマトラ島とジャワ島では、Fw-190がドイツ空軍の主力戦闘機となっている。野戦飛行場でも使える頑丈さがあったからだ。また、Fw-190はBf-109よりも航続距離が長い。太平洋の戦場では、航続距離は重要な性能だ。

  結果、スマトラ島とジャワ島に配備されるはずだったBf-109は、その多くがビアク島の部隊に配備されている。

  ビアク島には整備された飛行場が存在し、Bf-109の運用にも支障がないからだ。

  アウグスト達黄色中隊が、今駆っている機体はBf-109の最新型、G6型だった。

  G6型はエンジンを最大1800馬力を発揮する新型DB605へ換装し、方向舵を再設計した上で武装を強化した機体だ。

  30ミリ機関砲1門と20ミリ機関砲2門、そして13ミリ機銃2門の重武装は、アメリカ軍の4発爆撃機相手でも対応可能だ。

  ただ、新型のエンジンが曲者だった。

  飛行中にグズることがあるのだ。

  96オクタンの燃料に合わせてブースト圧を変更した新型DB605は、それまでのエンジンと比較して可動率が低い。耐久性に何らかの問題が有るのかもしれなかった。

  その上、この新型DB605にはMW50も搭載されている。

  MW50は猛烈にエンジンを消耗させる機材だったから、アウグストはこの機体に、今ひとつ信頼が置けていない。

  マルセイユなど、「フリードリヒ(Bf-109Fの愛称)の頃が懐かしい」とまで言ってのける有様だ。

  実際、マルセイユは比較的性能が安定している。Bf-109G3型に好んで乗っていた。

  上層部からは、新型に搭乗するように何度も訓令が来ている。だが、マルセイユは平然とそれを無視していた。

  彼にこのようなわがままが許されたのは、彼が敗戦続きのニューギニア戦線で、唯一明るいニュースの種だったからだ。

  マルセイユの総撃墜数は148機。もう少しで150に届こうという勢いだ。

 彼は、暗雲立ち込めるニューギニア戦線で唯一輝く存在だった。まさに、ニューギニアの星なのだ。

「ああ、たまらんですねぇ。機体が重くていけない」

 急降下からの引き起こしをかけていると、無線機から星の声が聞こえた。不満たらたら、といったような声だ。

  今日、マルセイユは元来の愛機ではなく、Bf-109G6型に乗っていた。マーキングこそ、「黄色の14」に塗り替えられているが、彼本来の愛機ではない。

  今日は基地に、本国の報道班が来ていた。そのため、マルセイユは不本意にも新型機に載せられることになっている。

  報道班は「最新鋭機に乗り、敵機を翻弄する年若きエース」を取材したがっていた。そのため、政治的な影響を考慮したドイツ空軍アジア方面司令アルベルト・ケッセルリンク元帥から、マルセイユに新型機への登場命令が出ていたのだ。

  さすがのマルセイユも、元帥の命令には逆らえなかった。

  結果、渋々とBf-109G6に乗っている。

  ただ、彼からすれば不本意な搭乗だったから、不満は多いらしい。基地を飛び立ってから、ずっと愚痴っている。

  その元気は羨ましいが、やかましいことこの上なかった。

「『黄色の1』より『黄色の14』。私語は慎め」

  溜息とともに、アウグストは注意をする。既に敵機との戦闘に入っている。一撃目はこっちが取れたが、これから先はわからない。それに何よりも忍耐の限界だった。

 うーす、と気のない返事が、マルセイユから帰ってくる。

  一気に疲労が増した。

  アウグストの中隊は、今、アメリカ軍と思われる敵機の迎撃を行なっている最中だった。

  敵はおそらく、4発重爆を主力とした戦爆連合。

  ビアク島基地の能力を低下させるために、定期的に送り込まれる攻撃だ。アウグストたちは、これを「定期便」と呼んでいる。

  この定期便は、実に厄介だった。

  戦闘機に護衛された、数十機の四発爆撃機の編隊は、ビアク島基地の全力をあげて迎撃する必要がある相手だ。四発爆撃機の爆弾搭載量は多く、気を抜けば基地の燃料庫や弾薬庫を吹き飛ばされかねない。

  また、護衛の戦闘機も厄介なのだ。

  初めの頃、双発液冷双尾翼の重戦闘機P-38が相手のころ、は楽だった。火力は強力であり、速度も侮れないものだったが、直線飛行以外の空戦機動では鈍く、Bf-109で十分撃退できたからだ。速度も「侮れない」であって、追いつけないほどの差ではない。高度の優位を確保しておけば、楽な相手だった。

  だが、ここ2週間は話が違った。

  2種類の新型戦闘機を、敵が投入してきたからだ。

  1機は液冷の戦闘機だった。細く尖った機首と、スマートな胴体が印象的な、見るからに俊敏そうな機体だ。P-51と言うらしい、この機体は見た目どおりに高い運動性を持っており、高度的優位を取った場合でもBf-109を翻弄した。火力も機銃6門を装備しており、脅威だった。

  また、P-51は何よりも高々度での性能が脅威だ。

  Bf-109G型は、ドイツ空軍機の中ではFw-190のD型やE型に次ぐ程度の高々度性能を持っている。だが、P-51は高高度性能に優れたエンジンを搭載しているらしく、8000メートルを超えるような高度においても、高い性能を維持し続けている。

  コクピットを与圧していないBf-109G6では、きつい高度だ。この機体に対抗出来るのは、おそらくはFw-190D型やE型か、開発が噂されるBf-109の高々度型ぐらいだろう。

  やや、被弾に弱いらしく20ミリを当ててやれば、割合簡単に落とせるのだが、それはこちらも似たようなものだから、さしたる優位点とはいえない。

  そして、もう1機はP-51に輪をかけて厄介だった。

 P-47と言うらしい、その空冷エンジン搭載の戦闘機は、太い胴体に似合わず動作は俊敏だ。Bf-109を上回る程に高速であり、高々度性能も高い。低速旋回性能はそれ程高くないようだったが、それはBf-109も大差なかった。むしろ、急降下性能ではP-47はBf-109を上回っている。

  しかも、こいつはP-51より頑丈なのだ。13ミリ機銃ではまず落ちない。20ミリ機関砲でも1発程度の命中では、逃げられる事がある。

  その上、火力が異常だった。20ミリ級の機関砲を、主翼に6門も搭載している。

  脅威的だった。

  そして、そんな戦闘機達がアウグストの中隊の前に立ちふさがっている。敵の間接護衛隊に捕まったのだ。

 ああ、貧乏クジだ。

  アウグストは思った。爆撃機ではなく、戦闘機相手とは。

  手強い上に、実りの少ない相手だ。戦闘機はどれだけ撃墜しても、基地への爆撃は防げないからだ。

  唯一、マルセイユはハッスルしていたけれども。

  この時アウグストの中隊は高度的優位を取れており、急降下による奇襲の一撃を仕掛けることに成功していた。だが、その一撃で落とせたのは3機だけだ。敵機はまだ、20機近くもいる。

  しかも、全機がP-47だ。

  面倒なこと、この上ない。

  アウグストの中隊は、補充を受けて16機と定数を揃えている。補充兵は全員がニューギニア戦線で戦ってきた他の中隊からの転籍者ばかりだったから、練度は十分だ。もっとも、それは本国や他の地域からの補充が届かず、現地での再編成で凌いでいるということの裏返しではあったけれど。

「『黄色の1』から『黄色』全機へ。敵の急降下には付き合うな。旋回戦闘に持ち込め。それなら、互角に戦える」

 アウグストは部下たちにそう命令した。口惜しいが、戦闘機としての性能は、敵の空冷機の方が優っているのだ。

  アウグスト達のBf-109G6は対爆撃機戦闘を意識して、重武装化した機体だった。主翼下には20ミリ機関砲の機銃ポッドが増設されており、その空気抵抗のために運動性と速度が低下している。

  それでもBf-109は軽量であったから、上昇性能では辛うじてP-47に優っていたし、旋回性能でも五分だ。だが、それでも不利なことは確かなのだが。

「『黄色の14』より、『黄色の1』へ。前に出ます」

 浮ついた声だった。弾んですらいた。

  まったく。

  アウグストは軽くため息を吐く。だが、不利なこの局面を打開出来るとしたら、この天才しかいない。

「『黄色の1』より『黄色の14』へ。好きにしろ」

 アウグストの返答と同時に、マルセイユが解き放たれた矢のような勢いで、敵機に向けて突撃してゆく。マルセイユの僚機が、慌ててその後を追った。

  鉄砲玉か、あいつは。

  ため息とともに、アウグストは自らの乗機のスロットルを開いた。

  新型DB605は急速に出力を上げる。最大で1800馬力を発揮するこのエンジンは、武装が増えてやや重くなっているBf-109G6を最大で630キロにまで引っ張ることが可能だった。

  MW50を使用すれば、もっと高速も狙えるのだが、今回は緊急発進時の上昇で使用し尽くしている。

  アウグストはゆっくりと高度を上げながら、狙い目の敵機を探した。

  敵はマルセイユの突貫にあわてているらしく、編隊がバラけている。

  まあ、当然だろう、とアウグストは思う。

  たった2機、実質1機で多数の編隊の中に殴り込むなんて、無茶な真似をされたら、自分でも慌てる。

  だが、慌てた結果には練度が如実に現れるものだ。

  マルセイユの突撃に慌てたP-47の反応は概ね2種類だった。

  急降下するものと、旋回するものだ。

  当然、アウグスト達は旋回する機体を狙う。

  急降下したP-47と旋回を選んだP-47は、戦力としては二分されていた。このため、アウグストたちは短時間ではあったが、数的な有意を確保できた。

  また、旋回を選ぶということは自分の機体の特性を理解できていない、ということだ。つまり、練度が低い。

  狙い目ではある。

  だが、実際にはそう簡単な相手ではないのだ。

「『黄色の2』より『黄色の1』。すいません。仕留めきれませんでした」

「『黄色の1』。了解。仕方ない。切り替えろ」

 アウグストが傷つけた敵機に、僚機が止めをさせなかったらしい。

  P-47が厄介なのはここだった。

 落ちない。とにかく落ちないのだ。

  対戦闘機戦闘において、Bf-109は主として機首に装備された2門の13ミリ機銃を用いる。命中精度が高いからだ。

  だが、13ミリ機銃2門程度の火力ではP-47をまず落とせないというのが現状だった。

  アウグストたちは、P-47を相手にする場合、主翼の20ミリや軸内砲の30ミリも併用することにしている。これならば、当たれば少なくとも大きなダメージを与えることが出来る。30ミリなら、一撃での撃墜も夢ではない。

  ただ、20ミリも30ミリも命中精度は低い。

  20ミリは初速も高く、弾道は安定している。だが、これまでのBf-109とは異なり、主翼に装備されているため、パイロットが慣れておらず高い命中精度は望めなかった。

  また、30ミリは初速も遅い上に発射速度も低い。余程に接近しなければ命中は望めないのだ。

  そのため、なかなか敵機を落とせない状況が続いていた。

  撃破はできているから、敵機の数は減ってはいる。だが、撃墜は出来ていない。

  まずいな。

  アウグストは焦り始めていた。彼の中隊はこの数分で数機のP-47を撃墜、あるいは撃破後退に追い込んでいる。現状での数的優位はドイツ側にあった。

  だが、はじめに急降下をした敵機が上昇を開始している。

  既にその集団はアウグスト達が空戦を演じている高度より、高い位置に遷移していた。

  彼等が降下してくると、黄色中隊の数的優位は消滅する。

  敵機のキャノピーがきらりと光った。敵機がロールを仕掛けている。急降下の前兆だった。

「『黄色の1』より『黄色』全機へ。敵の残りが急降下を仕掛けてくる。避けろ」

 アウグストの声に、中隊隊員から声が帰ってきた。

  上空の敵機が、急速に近づいてくる。

  早い。

  驚異的な速度だった。レンガを全力で放り投げたような急激な加速で、敵機が降ってくる。

  できるだけ、引きつけなければならない。タイミングを誤れば、瞬時に撃墜されるだろう。

  なかなかシビアな状況だった。

  ロールを打って、緩降下しつつ旋回で逃げる。

  それが、アウグストの考える回避プランだ。

  引き付ける。

  ギリギリまで引き付ける。

  今。

  アウグストは操縦桿を横に押し倒そうとし、そして直後に失敗を悟る。

  しまった。

  ロールを打つタイミングが僅かに遅れたのだ。この時、アウグストの腕力は疲労により落ちていた。そのため、操縦桿の操作が僅かに遅れたのだ。

  だが、その遅れは致命的だった。

  1機のP-47がアウグストの機体に接近する。

  間に合わないな。

  アウグストは瞬時に悟り、神に祈る。せめて、コクピットには当たりませんように、と。

  コクピットへの直撃さえなければ、生き残れる可能性もあるからだ。

  アウグストは、直撃の瞬間を思い、身構える。

  だが、その瞬間は来なかった。

  アウグストを狙っていたP-47が爆散したからだ。

「『黄色の14』より『黄色の1』へ。危ないですよ」

 マルセイユだった。

  この男はアウグストの命令に従わずに、敵機を迎え討っていた。

  マルセイユは機体を僅かにずらして敵弾を回避し、そして味方の最大の脅威、つまりはアウグストを狙っていた敵機を迎撃したのだ。

  しかも、呆れたことにマルセイユは、P-47へ30ミリを直撃させていた。彼は加速しつつ降下しているP-47の未来位置を予測し、そこに30ミリを撃ちこむという離れ業を披露していたのだ。この時、マルセイユは3発の30ミリ機関砲弾を発射し、2発を命中させている。

  驚くべき腕前だった。

「『黄色の1』より『黄色の14』へ。すまん。助かった」

「『黄色の14』より『黄色の1』へ。気にしないでくださいよ」

「『黄色の1』より『黄色の14』。じゃあ、後で説教だ」

「こちら『黄色の14』。そいつは遠慮します」

 そう言うと、マルセイユは朗らかに笑って、旋回を始める。次の獲物を狙っているのだろう。

  アウグストは大きくため息を吐く。

  助かった。

  それがアウグストの感想だった。

  全く。あのお星様は、とんでもない。

  マルセイユはトラブルメーカーであり、スターであり、中隊の要であり、そして救いの星だった。

  大した男だ。

  アウグストは大きく息を吸い込むと、気合を入れなおす。疲労した肉体を計算に入れて、行動を切り替えることにした。

  早め早めに動くのだ。

  アウグストにはそれが出来るだけの経験と技術があった。

 アウグスト達は数回の急降下攻撃を受けることになる。だが、アウグストの中隊はその全てを回避した。

 その後の展開はマルセイユの独壇場だった。

  マルセイユは小さな円の旋回を何度も繰り返し、手足のようにBf-109を操り、敵機を翻弄する。翻弄された敵機は、アウグスト達に攻撃を仕掛ける機会を喪失することになる。

「『鷲の巣』より『黄色』へ。敵爆撃機による爆撃が終了した。飛行場の損害は軽微。後退せよ」

「『黄色の1』より『鷲の巣』へ。了解。後退する。『黄色の1』より『黄色』全機へ。後退するぞ」

 全機から了解の返答があった。今日は全機欠ける事なく、帰還できそうだった。

「『黄色の15』より、『黄色』全機へ。聞いてください。『黄色の14』の今日の戦果は撃墜3です。総撃墜数150超えです」

 全員から驚きと賞賛の声が上がる。

  総撃墜数150機を超えた人間は、少なくともドイツ空軍初だ。もしかしたら、世界初かもしれない。

「おめでとう、中尉」

「ありがとうございます、大尉」

 アウグストの称賛に、マルセイユは照れたような声で言った。

  子供みたいな奴だ。

  アウグストは苦笑する。

  色々と迷惑をかけられているが、何となく憎めない相手なのだ。マルセイユという男は。

  後はもう、帰るだけだった。

  もう夕方だ。今日の出撃はもうあるまい。

  彼等は高度を一定に保ち、ビアク島への帰還コースを取る。ビアク島が見えてきた。後十数秒も飛べば、基地だ。

  その時だった。

「あれ?」

 マルセイユの声だった。

「どうした? 『黄色の14』」

「こちら、『黄色の14』。機内に煙」

「どういうことだ?」

「前が見えない」

 アウグストはマルセイユの機体を見る。エンジン部分から激しく黒煙が上がっていた。

「もうダメだ」

「脱出しろ」

 アウグストは命じた。すでにアウグストたちはビアク島上空に入っていた。味方勢力圏であるビアク島のであれば、脱出しても救助が期待できる。

「脱出する」

 か細い声が無線機から聞こえてきた。

  おそらく、無線機にも不具合が出始めているのだろう。

  このオンボロめ。ニューギニアの星を殺す気か。

  アウグストは内心でDB605を罵る。そして、この機体への搭乗を強要した上層部も。

  マルセイユの機体は背面飛行に移り、キャノピーを弾き飛ばす。

  よし、そのまま脱出しろ。

  それが中隊全員の心だった。

  だが、マルセイユは機外に出ない。

  マルセイユの機体はそのまま急降下へと移り、そして、そのまま地面へと激突した。

「マルセイユ!」

 アウグストが叫ぶ。声が、虚しく響いた。

  マレーの星は、ビアク島に落ちたのだ。

 

  史上初の150機撃墜を成し遂げた、陽気で無邪気な天才は、戦いではなく、事故で死んだ。

  アウグスト指揮する黄色中隊が、イギリス領セイロン島に後退することが決定する、一週間前のことだった。


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