第五章 第十三話
2人の衛兵は完全に油断していた。
無理もない。
日本軍の本隊は、水道を挟んで、ここから遥かに遠方に布陣している。日本軍は航空消耗戦に終始し、陸軍部隊は遠巻きにしているだけだ。
ここ、シンガポールには、防衛用の15インチ砲台が用意されていた。
15インチ砲の威力は絶大だ。戦艦であっても撃沈しうる。
それが陸上に向けられた場合の威力は、想像を絶するだろう。この砲台がある限り、シンガポールは難攻不落。
そんな意識が、兵隊の中にまで浸透している。
こんな重要施設の見張りがたったの2人だけ、というのはそのせいだろう。
藍上英明少尉は匍匐で、物音を立てないよう、極力注意して衛兵に近づく。
周囲は暗闇だ。施設入り口には、電灯があったからその周囲は多少は明るかったが、それだけだ。
あと2時間ほどで夜明けを迎える、そんな時間だ。夜襲には理想的な時間帯でもある。
衛兵まで10メートルほどの距離にまで近づいた。藍上は相方の確認をする。
相方の泉北寅吉伍長は既に、もう一人の衛兵の至近距離にまで近づいていた。
2人は例の手製の偽装服を着用している。敵兵に見つからないためだ。この偽装服は、夜間でも十分な迷彩効果があった。
藍上は泉北に視線で合図をする。
泉北は藍上の意図を完全に理解していた。
2人は手にした自動拳銃で狙いをつけ、そして撃つ。
2人は何れも敵兵の頭と胸を狙い、3発の銃弾を発射していた。頭に1発、胸に2発。制音器を装着されたコルト社製45口径拳銃は、常より遥かに小さな発砲音しか発しなかった。
鈍い音を立てて、衛兵2人は崩れ落ちる。
藍上と泉北は腕を回し、合図を送る。微かに物音がして、周辺の茂みから十数名の人影が現れた。
特殊作戦隊から選抜された、襲撃部隊だ。
彼等の任務は、シンガポール要塞の要塞砲用射撃指揮装置を破壊することだった。
襲撃部隊の隊員は、多くが短機関銃を装備している。それらは陸軍に配備されている、百式短機関銃ではなく、アメリカ製のM3短機関銃を改造したものだった。銃口部にネジが切られ、制音器を装着している。
M3短機関銃の総合的な性能は、百式短機関銃にいささか見劣りする。だが、使用する45口径拳銃弾は制音器と相性がいい。そのため、特殊作戦隊では隠密任務用として大量に採用されていた。
藍上と泉北は、偽装服を脱ぎ拳銃を腰のホルスターに戻すと、背中に背負っていた銃を下ろし、構える。
藍上と泉北の銃はM1カービンの改造型だった。銃身の大部分が制音器になっており、発射音が非常に小さい。2倍率の低倍率スコープが装着されており、近距離での狙撃用に改造されていた。
特殊作戦隊の装備は、意外にアメリカ製が多い。
アメリカは銃器メーカーが多く、民間市場が成熟しているため個人の特殊注文にも答える能力をもったメーカーが多い。そのため、特殊用途向けのカスタマイズにも答えてくれるのだ。
日本の場合は銃器市場が熟成していないため、メーカーの生産能力はともかく、特殊注文に答える能力が無いに等しい。
そのため、特殊作戦隊は特殊用途銃器の多くは、アメリカのメーカーに発注されることが多かった。
藍上と泉北は、衛兵が守っていた扉に手を掛ける。ゆっくりとノブを回し、ドアを押す。
防爆式の分厚いドアは酷く重かった。
ドアはゆっくりと開き、ベトンで固められた通路が見える。襲撃部隊の隊長が手で合図を送る。事前に決められていた順番通りに、隊員が突入を開始する。
藍上と泉北は最後だった。
いつも思うが、突入はきついな。
藍上はそう、内心で独白した。
藍上は狙撃兵だ。突入作戦と、狙撃任務では必要とされる忍耐力には、違いが有る。突入作戦のそれが短距離走的なものだとするなら、狙撃任務のそれは持久走的なものだ。心理的な圧迫感に大きな違いがある。
彼が受けてきた訓練には、もちろん突入作戦の訓練も存在していた。
藍上と泉北の教官は、狙撃の腕前と同等に短機関銃の扱いにも習熟していた存在だったから、その扱いも学んではいる。ただ、2人共狙撃ほどには短機関銃の扱いを得意とはしていなかった。と言うよりは、両方得意な教官が異常なのだ。
今回の任務で2人に求められた任務は、味方の短機関銃により動きを制限された敵を狙い撃つ任務、近距離狙撃任務だった。
そのため2人は今回、短機関銃ではなく、近距離狙撃用にカスタマイズされたM1カービンを装備していた。
いつも行なっている長距離狙撃とは多少、勝手が違うが、短機関銃よりは扱いに共通点がある。
この地域に派遣されている特殊作戦隊の数は少ない。今回は自分たちの隊しか侵入作戦用部隊は編成できなかった、と藍上は聞いていた。
そのため、多少苦手であっても似た畑の仕事であれば、やらなければならないのだ。
襲撃部隊は、するすると施設内を進んでゆく。
目標までのルートは、全員が頭に叩き込んでいた。彼等は自由イギリス経由でこの施設の地図を確保している。内部構造に変更が加えられている可能性はあったが、大まかな位置関係は変えようがないだろう。
ただ、藍上が見る限り、内部構造には手は加えられていない様だった。ベトンは古びており、何らかの改装を加えた様子は見られない。
急に先頭を進む隊員が、握りこぶしを頭の横に上げる。
「止まれ」の合図だった。
瞬時に隊員が停止し、それぞれの銃を構える。
前方のT字路から足音が聞こえた。まず、間違いなく要塞の守備兵だろう。
2人の兵士が、T字路を右から進んで来た。視界に入った瞬間、隊員は発砲する。制音器を使用しているとはいえ、大口径銃弾の連射は相応の大きさの音を出していた。
鼓膜がビリビリと痛む。
先頭の兵士2名が、前進して敵兵の状態を確認する。
死亡していたのだろう、手で「進め」の合図を送ってきた。
藍上達は先を急ぐ。
先ほど始末した兵士たちは、定期哨戒の兵士だろう。となれば、一定時間連絡が無い場合は厳戒態勢に以降するはずだ。
その「一定時間」が来る前に、目的地に到着する必要がある。
目的地までは、それ程時間はかからないはずだ。
襲撃部隊は、静かに先を急ぐ。
目的地までは8分ほどの道のりだった。
途中、2回扉を開け、1回階段を降りる。
先頭を進む隊員が、止まった。目前には、入口と同様に防爆仕様なのだろう、鋼鉄製の扉が見える。
藍上たちの目的地は、シンガポール要塞の要塞砲の発射を統括する、射撃指揮所だった。
シンガポール要塞に配備されている15インチや9.2インチの大型要塞砲は、30年代後半に射撃システムを艦艇のそれに類似した形式に改めていた。
射撃指揮所にデータを集積し、同一の目標を狙えるようにするためだ。
30年代後半は、日米を中心に新戦艦が続々と就役しており、シンガポール要塞の要塞砲は、その威力を相対的に落としていた。その威力を補うため、命中精度を上げることを目的に、この射撃指揮所は設置されたのだ。
射撃指揮所の設営の結果、シンガポール要塞の要塞砲は場所によっては単一の目標を指向可能となり、破壊力と命中精度を飛躍的に増すことになる。
これは日本陸軍に取って大きな問題だった。
現在日本軍は、ジョホールバル市街の一部を占領したのみで、シンガポール要塞の設備に対しては、ほぼ手付かずのまま静観している状態だ。
日本陸軍は3個師団を超える戦力を、ジョホールバル近郊に貼り付けていた。
これはシンガポールに篭るイギリス軍総兵数7万と比較するなら、やや少ない数だ。この時、シンガポールの守備隊は、マレー半島南部から後退してきた兵員を吸収することで増大していた。
だが、日本陸軍は装備面ではイギリス軍に優越していたし、イギリス・インド軍や現地人の部隊を多く含むイギリス軍よりは士気、練度両面で優っている。航空優勢も確保できていたから、戦術的優位は日本側似合った。
だが、それらの優位点を覆しうる可能性を持った存在が1つだけある。それが、シンガポールの要塞砲だ。
特に、5門の15インチ砲と6門の9.2インチ砲は厄介だった。
これらの火砲が射撃管制を受けた上で効率的に射撃を行うと、陸軍の基準で換算するなら師団を壊滅させうる火力となりえた。
日本陸軍がマレー方面に展開可能な戦力は、現状この三個師団強が限界だった。数ヶ月もすれば徴兵により集められた兵員が充足された師団が、本土から送られて来るだろう。
だが、それは未だ先の話だ。今後のスケジュールも考えるなら、大きな損害は避けたいところだった。
射撃指揮所さえ何とかしてしまえば、ここの大砲は連携を失う。そうなれば、接近も容易だ。
その射撃指揮所を何とかするために、藍上達特殊作戦隊は投入されていた。
射撃指揮所はシンガポール要塞の一部である、シロソ砦の奥深くに建設されている。
予算の関係なのだろうが、旧来の設備からは実質的に独立して建造されていた。無線や有線での連絡は保たれていたが、人間の連絡の場合は地上の道路を一キロ近く移動する必要がある。特殊作戦隊には都合が良かった。何かあっても衛兵が大挙して押し寄せてくる可能性が低いからだ。
扉を確認した隊長は、口元を抑えるようなジェスチャーをする。防毒面の装備指示だった。
先頭の2名を除き、襲撃隊員たちは腰のケースから防毒面を取り出し、装着する。その後、先頭2名も防毒面を装着した。
先頭の2名が鋼鉄製の扉に手をかけ、音を立てないよう細心の注意を払いながら開ける。
30秒近い時間をかけて、扉に10センチほどの隙間が開いた。
その隙間に後続の兵が、3つの手榴弾を放り込む。それらは一般的な手榴弾のような卵型はしておらず、円筒形をしていた。円筒部分には黄と青のラインが描かれている。
閃光手榴弾と催涙手榴弾だった。
先頭の2名は扉を閉じる。閃光と轟音がでダメージを受けないようにするためだ。
手榴弾の炸裂の直後、襲撃部隊は突入することになる。
藍上は軽く深呼吸をした。突入までは数秒しかない。だが、覚悟を決める時間があるのはありがたいことだった。
扉の向こう側で、轟音が3つ重なって響く。
2個の閃光手榴弾と、1個の催涙手榴弾が炸裂した音だった。
先頭の2名が直後、扉を開く。後続の全員がその扉に向けて、突入を開始した。
藍上と泉北もそれに続く。
内部は比較的明るかった。円形のその部屋は、中心に向かってゆるやかに傾斜しており、無線や有線の通信装置が多数据付られている。
中心部分は、シンガポール要塞周辺を図示するためなのだろう、大きな地図が据えられた机があった。扉の向こう側には多数のメーターやハンドルがついた、一際巨大な装置が据え付けられている。おそらくは、それが射撃盤なのだろう。
室内には30名ほどの敵将兵が詰めていた。軍服から見るに、全員がイギリス軍だ。
ほとんどの将兵は、顔を抑えてへたり込んでいる。閃光と催涙ガスによる効果だ。ただ、扉から遠い位置にいた兵士の中には、腰から拳銃を抜き払っているものも居た。
藍上と泉北は、そういう兵士を優先的に排除する。
それが最も効率的だからだ。
M1カービンの30口径カービン弾は、M3短機関銃の45口径拳銃弾よりも高い威力を持っている。また、藍上と泉北は狙撃兵としての教育を受けていたから、他の兵士よりも視野が広く判断力が高い。
脅威度の高い目標を無力化するには、うってつけだった。
藍上は4回、引き金を引いた。くぐもった音と共に、4発の銃弾が発射され、2人の将校を射殺する。
泉北も同様に、2名の兵員を射殺していた。
十秒ほどで射撃指揮所は完全に制圧される。すぐに数名の兵士が射撃盤に取り付き、作業を始めた。爆薬を設置しているのだ。
彼らが設置しようとしている爆薬は、少し特殊な形状をしている。羊羹のような長方体であり、乳白色をしていた。
RDXを主成分とし、可塑剤を添加したその新型爆薬は、日本では粘土爆弾などと呼ばれている。アメリカ軍も採用しており、アメリカ軍ではC4爆薬と呼ばれていた。
この爆薬は同重量のTNTの1.3倍と強力な威力を誇りながら、比較的安定しており雷管を装着しない限りは、火に放り込んでも爆発しない。形状も粘土のように自由に変えることができるから、使い勝手が良く、持ち運びも便利だった。
そのため、この「粘土爆弾」は日米の陸軍で工兵用爆薬として急速に普及している。特殊作戦隊でも破壊工作用に大量採用されていた。
爆破工作を担当している兵員以外は、拳銃を使って敵兵に止めをさしていた。頭に2発づつ撃ちこむのだ。
藍上はこの手の作業は好みではないが、必要な作業ではあった。捕虜など取る余裕は欠片もないし、万が一生き延びていて、爆薬を無力化されたり、予定より早く増援を呼ばれたりしたら、とても迷惑だからだ。
「時間はどうします?」
「10分だ」
爆薬担当の隊員が隊長に確認し、隊長が答える。
入口から、この射撃指揮所までの時間が、およそ8分。不意の敵兵との遭遇などを計算に入れても、妥当な時間だ。
「設置、できました」
「撤退する」
隊長の命令とともに、全員が再度隊列を組んで、後退を始める。
既にこの施設に用はないのだ。
外に出るまで、敵兵との遭遇はなかった。
襲撃隊は外に出て数分、茂みの中で待機する。
轟音が響き、施設出入り口の防爆ドアから爆風が吹き出した。仕掛けた爆薬が爆発したのだ。
「成功だな」
隊員の誰かが呟いた。
周辺が慌ただしくなる。サイレンが鳴り響き、周辺の兵士がこちらに向かってくる気配がした。
「脱出する」
隊長が命令のもと、隊員達は静かに脱出を開始する。途中、2度敵兵と遭遇したが、彼等はその全てを「静かに」処理し、脱出を成功させた。
損害はなかった。
この夜、シンガポール要塞では2箇所で爆発が発生していた。要塞砲射撃指揮所と副射撃指揮所の2箇所だ。
どちらも火の気も爆発物もない場所での爆発だったため、連合国軍による破壊工作だと思われた。
爆発自体は小規模だ。
精々が30キロ前後のTNTが炸裂した程度。だが、被害は甚大だった。
正副、双方の射撃盤が破壊され、射撃指揮用の通信設備も殆どが破壊されてしまったのだ。
この夜、シンガポール要塞は日本軍に対しての大きなアドバンテージを失う事になった。




