第五章 第十二話
「損害の集計が出ました」
参謀長が、フレッチャーに書類を手渡した。
フレッチャーは書類に視線を落とす。第16任務群が受けた被害の、簡単な集計だった。
フレッチャーは集計にざっと目を通してから言った。
「想定外だな」
「ええ、想定外です」
「報告に間違いはないのか?」
「あり得ません。生存している艦艇全てに連絡を取り、確認しました」
「なんてことだ」
フレッチャーはため息を吐く。
「こんなに損害軽微だとは」
「全くです」
参謀長は頷く。フレッチャーも僅かに笑みを浮かべながら頷いた。
フレッチャーのため息は安堵の溜息だったのだ。
戦艦2隻の大破と軽空母1隻、駆逐艦数隻の中破、そして軽巡1隻と駆逐艦1隻の喪失は、第61任務部隊にとっては、完全に想定内の損害だった。
彼等は、第16任務群が壊滅することすら想定していたのだから。
アメリカ海軍は、ワクデ島とサルミに展開している枢軸空軍の能力を。非常に高く評価していた。、
両基地には、300機に達する作戦機が展開されていた。
これだけの作戦機があれば、戦艦の2隻や3隻は沈められてしまう。
アメリカ海軍は本気でそう考えていた。
彼等が艦艇に対する航空攻撃能力の基準としていたのは、日本空海軍の航空攻撃だったからだ。
彼等は枢軸軍の作戦機が、日本海空軍の作戦機と同等の対艦攻撃能力を持っているものとして、作戦を組み立てていた。
アメリカ海軍は日本海軍や空軍との共同演習において、何度も煮え湯を飲まされた経験があった。アメリカ海軍は艦隊防空システムを、日本海空軍による航空攻撃を想定して組み上げている。
日本海空軍による航空攻撃は、アメリカ海軍とってトラウマになっていた。訓練とは言え、輪形陣を突き破られ、戦艦や空母に次々と撃沈判定を受けたのだから。
アメリカ海軍の艦隊防空システムは、彼等的には未完成な状態だった。
日本海空軍による、多方面からの波状的航空攻撃には未だ対処出来ないからだ。
アメリカ海軍が一度に対処可能な敵機の数は、概ね150機前後だった。それも、理想的な状況下で、オペレーターやパイロットがひとつ足りともミスをしなかった場合で、だ。
アメリカ海軍は、枢軸空軍も日本軍に匹敵する航空攻撃を仕掛けてくるものと想定していた。
その場合、問題となるのは空母の防衛だ。
空母は戦艦よりも攻撃に対して脆弱であり、そのくせに目標としての価値は戦艦より高い。
空母は艦艇攻撃から対地攻撃、艦隊防空に、揚陸支援、航空索敵、対潜哨戒。何にでも使える非常に汎用性の高い艦艇だ。
そんな便利な艦は、戦闘となれば何を置いても先に潰すべきだった。それが合理主義というものだ。
ただ、日米合同演習では、その重要な空母を守りきることが出来ないという結果が出ている。
だが、空母は守りぬかねばならない。何を犠牲にしても。
その結果、第16任務群が編成されることになる。
第16任務群の第一の任務は、彼等に伝えられていた通り、ワクデ島の沿岸砲や航空基地機能の排除だ。
だが、第16任務群には知らされていない任務として、敵の攻撃の吸引役があった。
アメリカ海軍は、旧式戦艦4隻を集めたこの部隊先行させ、敵の攻撃を誘引、正規空母への攻撃を減らそうと考えたのだ。
アメリカ海軍全体に取って、旧式戦艦4隻と軽空母、巡洋艦数隻程度は、さしたる痛手ではない。
正規空母の方が遥かに価値があった。
「損害を受けた艦艇には、駆逐艦をつけて後退させろ。この機会に空母からは第3波を発艦させる。第16任務群の上空には戦闘機を張り付かせるぞ。戦闘機を多めに出せ。第18任務群を前進させろ。大破した戦艦の穴埋めをやらせる」
フレッチャーは部下に命じる。
これまでの航空攻撃は、敵戦闘機の妨害により予定ほどは高い効果を上げていなかった。
ただ、アメリカ海軍の航空機隊は戦闘による損耗を加味しても、未だに十分な戦力を保っている。空母への着艦事故などにより生じた損耗は、後方の護衛空母からの補充で充足されていた。
対して、枢軸側の抵抗は下火になりつつある。第二波で敵の飛行場に、多少とはいえ損害を与えることが出来たのが、その証拠だった。
もう一撃加えれば、敵の飛行場に大きな損害を与えることが出来るはずだった。そうすれば、敵の攻撃はもはや恐ろしくはない。
そろそろ夕方だから、枢軸軍は夜の間にある程度飛行場を修復するかもしれない。だが、双発爆撃機を大量に送り込むような真似は難しくなるはずだったし、翌朝の航空攻撃で止めをさせるだろう。
沿岸砲は、第16任務群と第18任務群で対応可能だ。
第18任務群は『ノースカロライナ』級戦艦の『ノースカロライナ』と『ワシントン』を基幹とした任務群だった。最大速度は25ノットを超えるから、全力で前進すれば、夜までには第16任務群に合流できる。損傷を受けた戦艦分の火力は、この2隻で十分に補いがつくはずだった。
「さあ、始めろ」
フレッチャーが命じる。
『レキシントン』のCIC内部でフレッチャーの部下たちが、慌ただしく動き始めた。
サルミ・ワクデ島の戦いは佳境を迎えていた。




