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日米亜欧州戦争記  作者: √2
第五章 マレーの戦い
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第五章 第十一話

「いやぁ、意外と当たるもんですね。始めは信じられんでしたが」

 眼下に広がる光景を眺めながら、マルセイユは楽しげな声で言った。

  不謹慎な、とアウグストは思う。

  敵戦闘機はすべて撃墜するか、不時着水をさせていた。彼等の視界の中には、既に敵機は存在しない。

  だからといって、油断していい場面ではない。

  眼下に見える敵小型空母は、損害を受けているようだが、後方にいるだろう正規空母は無傷だ。何時、敵機の増援があるかわからない。

「『黄色の1番』より『黄色の14番』。下ばかり気にしないで、周辺に注意を配れ。何時敵機が来るか分からん」

「『黄色の14番』より『黄色の1番』。了解です」

 アウグストの注意に、あまり緊張感のない返事が返ってくる。おそらく、奴は敵機が来るには時間が有ると思っているのだろう。腹は立つが、この手の戦闘の「勘」についてはマルセイユは獣染みている面がある。おそらく、当分敵機は来ないのだろう。だからといって油断はしないが。

  アウグストはちらりと海面に目をやる。

  その視界に映る光景は、確かに壮観だった。マルセイユならずとも、声が弾むのは仕方ない、と思う程度に。

  戦艦2隻が煙を上げており、一隻は行脚を止めてすらいた。小型空母も軽く傾斜していたし、巡洋艦一隻に至っては艦首部分を破断されており、完全に動きを停止している。

  9機のDo217による戦果だ。

  最初12機だったDo217には、それぞれ一発づつ新兵器が搭載されていた。

  それは、フリッツXと呼ばれる誘導爆弾だ。

  フリッツXは操作員の手動操作によって無線誘導される、原始的な誘導爆弾だった。操作員が投弾と同時に爆弾尾部に灯るフレアを目印として手動で操作し、目標まで誘導するシステムだ。

  フリッツXは自力推進はしないが、滑空により5キロ前後の射程を持つ。

  この兵器は1930年代の末から、ドイツで開発が開始されたものだ。この時期のドイツは航空魚雷の技術において、他国に大きく遅れを取っていた。そのため、ドイツは大型誘導爆弾という、ある種の博打を打ったのだ。

  ただ、航空魚雷についてはイギリスを降伏に追い込んだ時点で、世界でも上位3番めぐらいに位置する、優秀な航空魚雷を手に入れる事ができるようになっていた。もっとも、1位2位との技術差は大きいのだが。

  そのため、この時期のフリッツX開発は、やや足踏みすることになる。イギリス製航空魚雷の確保により、開発優先順位が下がったからだ。

  それが再度加速するのは、連合国との関係が悪化してからだった。

  連合国海軍の戦力は、枢軸国のそれを圧倒していた。日米二カ国だけで、枢軸海軍の全部を楽に相手にできるのだ。

  そのため、ドイツは航空機による大型艦艇の撃破を、真面目に考えることになる。

  航空魚雷は確保できていた。だが、ドイツ空軍の主力爆撃機は双発の機体がほとんどだ。

  双発機は大型であり、運動性が悪い。そんな機体を海面ギリギリまで下ろしての魚雷投下に使うなど、ドイツ空軍的には、ちょっと常識を疑う行為だった。

  この問題は低空域での運動性が高い、Ju88の雷撃機型が配備されたことで一応の解決を見る。

  Ju88雷撃機型は運動性の向上により、海面への接触の可能性は大きく減っていた。だが、別の問題が残っていた。

  双発雷撃機は機体サイズが大きく、雷撃時には速度を落とす必要性が有るため、敵の対空砲火に捕まりやすい、という問題だ。

  この問題は、簡単には解決できそうになかった。

  日米海軍もこの時期、同様の問題に直面している。だが、彼等はイギリスやドイツよりも航空魚雷技術において優位に立っていた。そのため、極々単純な回答を導き出している。

  魚雷自体やジャイロ安定装置の強度を強化して、速度を落とさずに雷撃するのだ。

  ただ、枢軸国はその「単純な回答」には到達出来なかった。彼等はその「単純な回答」に必要な、要素技術の蓄積が薄かったからだ。

  そのため、1940年ごろからフリッツXの開発予算は増加していた。

  ドイツ空軍は航空雷撃の問題点を解決できなかったため、別の技術で解決しようとしたのだ。

 結果、1942年半ば、誘導爆弾フリッツXは完成する。

  フリッツXは月産70発程度と生産性は悪い。爆弾自体が大きい上に、誘導装置が複雑であるためだ。

  だが、フリッツXは1トンを超える大重量の徹甲爆弾を比較的高い命中率で敵艦へ当てることが出来る。ドイツ空軍にとって非常に魅力的だった。

  今回、サルミ基地には12発のフリッツXが配備されていた。これ本国での配備数の10パーセントにも及ぶ数だ。この時期のフリッツXは信頼性に問題が有り、その多くは実験や訓練によって消耗されている。

  サルミ基地への配備も、実験の一貫だった。

  実戦環境下で、どの程度の稼働率を示すかの実験だ。

  アウグストが見る限り、その実験はあまり効果を上げていないように思えた、

  サルミ基地のフリッツXには、出撃直前まで、専任と思われる技術者が張り付いて整備していたからだ。サルミ基地のフリッXは、実戦環境下とはとても呼べない、過保護な状態に置かれていたのである。

  ただ、戦果は素晴らしい。

  少なくとも戦艦と巡洋艦各1隻の大破は確定だ。

  大戦果と言えた。

  これで、総統閣下への報告書には困るまい。

  アウグストはそう考える。彼はフリッツXの効果を見て、空軍上層部の考えをある程度見抜いていた。

  今回のサルミへのフリッツX配備は、空軍の誘導爆弾推進派による運動の結果だった。激戦が続き、連合国の海軍艦艇の出没率が高いニューギニアは、「戦果」を上げるのに絶好の場所だ。

  候補としては、マレー方面もないではなかったが、日本軍はタイ領経由で侵攻してくるものと、ドイツ軍は読んでいた。そのため選択肢からは外れている。

  この時、フリッツXは『テネシー』、『コロラド』、『アトランタ』の3隻に大破の、『インディペンデンス』には中破の損害を与えていた。

  『テネシー』は3番主砲塔を破壊され、火災も発生している。火災は大規模なものであり、誘爆を防ぐために後部主砲弾薬庫への注水が実施されていた。

  この結果、『テネシー』はその戦闘力の5割を喪失している。

  『コロラド』はもっと深刻だった。

  『コロラド』は左舷中央部にフリッツXの直撃を受け、左舷の両用砲4基と機銃の全てが瞬時に吹き飛ばされている。両用砲装薬へ引火し、大規模な火災も誘発していた。

  また、至近弾2発も受けており、その結果浸水も引き起こしている。

  『コロラド』は主砲の発射能力こそ維持していたが、速度は最大で14ノットにまで低下していた。

  『インディペンデンス』は戦艦達に比べるなら、幸運だった。3発のフリッツXに狙われながら、直撃を受けることがなかったからだ。

  これは3発のフリッツXは操作員の技量が、劣っていたために発生した事態だった。ただ、至近弾とは言え、フリッツXは巨大な爆弾だ。フリッツXの水中爆発により発生した衝撃波は、『インディペンデンス』の喫水線下を破壊。浸水を引き起こしていた。

  特に2発の至近弾が炸裂した左舷からの浸水は激しく、『インディペンデンス』は左舷へ8度ほどの傾斜している。

  もともとが軽巡洋艦として設計されていた『インディペンデンスのは、水雷防御は、正規空母ほどには手厚く施されてはいない。『インディペンデンス』の給排水能力では、これ以上の傾斜の回復は難しかった。

  これにより、『インディペンデンス』の最大速度は23ノットにまで低下し、航空機の離着艦が不可能になっている。

  『アトランタ』は他の3隻より悲惨だった。

  もともと『アトランタ』級軽巡洋艦は、防空巡洋艦として設計されており、一般的な軽巡洋艦と同程度の規模の艦体しか持っていない。

  防御力も艦体規模に相応のものしか持っていなかった。彼女にとって、1トンを超える大型爆弾が、音速に近い速度で突っ込んでくる状況など、想定外だったのだ。

  『アトランタ』は第一砲塔以前の艦首部分を完全に吹き飛ばされていた。衝撃波により艦体各部で浸水が発生しており、機関部にも損傷が発生している。行脚は完全に止まっており、自力航行は不可能な状態だった。

  『アトランタ』は大破の判定を受けているが、事実上生還は難しい状態だった。『アトランタ』では23分後に総員退艦命令が出され、1時間後には味方駆逐艦の雷撃により処分されている。

  第16任務群の中核戦力はこの僅か12機、実質9機の攻撃により半壊していた。

  大したものだ。よくもまあ、間に合ってくれた。

  アウグストはそう思った。誘導爆弾という兵器は空軍主導で開発された装備だと聞いている。開発は難航している、と聞いていたが、今回に間に合ってくれたのは幸いだった。

  これでドイツ軍内部での空軍の発言力は、今後も維持されるだろう。

  太っちょ国家元帥は、胸を張って総統閣下に報告するはずだ。「我が空軍が敵の艦隊を痛打した」と。

  まあいいさ。太っちょがどれだけ威張ろうと、今回のことは、俺達の不利益にはならない。何となく腹は立つが、それだけだ。

  それに、これだけの大戦果だ。アメリカ海軍はサルミとワクデの攻略を諦めるかもしれない。

「『カリン1番』より『黄色の1番』へ。帰還する。援護を願う」

「『黄色の1番』より『カリン1番』。了解。支援する。『黄色の1番』より『黄色』全機へ。後退するぞ。爆撃機連中を援護しろ」

 『カリン1番』、Do217隊の隊長機からの連絡を受けて、アウグストは部下たちに命令を下す。

  部下たちは即座に了解の声を返してきた。

  アウグストの中隊員は、疲労が激しい。短いインターバルで出撃を繰り返してきたからだ。

  また、燃料にも不安があった。余裕が無いわけではないが、空戦の結果、燃料は随分と減っていた。

  アウグストの中隊と、9機のDo217は機首を返してサルミ基地へ帰還する。

  もう、日が赤く染まっていた。

  夜まで、あと少しだった。

 

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