第五章 第十話
「敵機、撃墜しました」
最後まで生き残っていた、ブリストル・ボーファイターも落ちたらしく、撃墜の報告が入った。
これで一先ず、敵の反撃は防げたかな。
第16任務群に所属する、軽巡『コロンビア』の艦長、ギルバート・ラングストン大佐は、CICの中でレーダー画面上の光点の消失を眺めながら、そう思った。
この攻撃は、オランダ空軍が主体となって実施された攻撃だった。
戦爆連合で50機程度の、日米海軍の基準からするならやや小規模な攻撃であり、その大部分は輪形陣の外縁部で撃破されている。
第16任務群は、戦艦4隻と軽空母1隻を基幹とした部隊だった。任務群としては非常に大規模な部隊だ。
彼等の任務は、第一がワクデ島への艦砲射撃だった。
予定では、ワクデ島には明日早朝に上陸作戦が行われることになっている。第16任務群は夜陰を突いて今夜、ワクデ島に艦砲射撃を実施する予定だった。
ワクデ島の上陸に適した砂浜には、3インチから8インチ級の沿岸砲が配備されている。大部分は4インチ級で、6インチや8インチ級は数門だ。
だが、沿岸砲は巡洋艦以下の艦艇に取っては脅威だった。特に、上陸用舟艇にとっては、至近弾ですら致命傷になる相手である。
上陸作戦の前に破壊しておく必要があった。
また、ワクデ島飛行場も砲撃出来れば、明日以降の航空戦はアメリカ海軍側に圧倒的に有利になるだろう。
そのため第16任務群には、4隻もの戦艦が集中されている。
第16任務群に配備されている戦艦は、テネシー級の『テネシー』『カリフォルニア』と、コロラド級の『コロラド』『メリーランド』だった。
これらの戦艦は、数年前までであれば艦隊決戦の主力となるはずの戦艦だ。だが、彼女達は近代化改修は受けていたが、アメリカ海軍内での戦力評価は大きく低下していた。
新戦艦が続々と就役していたからだ。
アメリカの新戦艦は軒並み20ノット台後半、アイオワ級では30ノットを超える速度を持っていたから、21ノット程度の速度しか無い旧戦艦は連携が難しかった。また、火力も14インチ砲や旧式の16インチ砲だったから、艦隊戦で使用することを想定するなら、能力不足だった。
ただ、そのまま廃棄するのももったいない。
そのため、アメリカ海軍の旧戦艦は上陸支援の対地砲撃任務などの、補助的なに任務が割り振られていた。
第16任務群の火力は、戦艦だけで14インチ砲24門、16インチ砲16門になる。ベトンで固められているとしても、8インチ砲台くらいであれば、有利に戦えるだろう。
戦艦4隻と軽空母『インディペンデンス』の周囲には、軽巡4隻と駆逐艦14隻が輪形陣を作っている。
『コロンビア』はその一角だった。
『コロンビア』は『クリーブランド』級軽巡洋艦の2番艦だ。アメリカ海軍における、最新の軽巡洋艦になる。
今回の任務では、敵航空機による強い妨害が予想されたため、第16任務群には対空能力が高い『クリーブランド』級軽巡と、『アトランタ』級軽巡2隻が配属されている。
軽空母『インディペンデンス』も、航空隊の編成に大きな変更を加えていた。
『インディペンデンス』は『インディペンデンス』級軽空母の一番艦だ。『クリーブランド』級軽巡洋艦からの改装により、建造された小型空母であり、基本的には艦上戦闘機による艦隊防空や艦上雷撃機による対潜哨戒を任務にしている。
『インディペンデンス』級軽空母は、今年の頭から配備が始まったばかりの新鋭艦だ。
アメリカ海軍は当初、『エセックス』級正規空母を大量生産することで、海上航空戦力を確保するつもりだった。だが、日米間で共同訓練を続けるうちに、『エセックス』レベルの大型艦ではどうにも使い勝手が悪い局面があることが分かった。
それは例えば、任務群の艦隊防空であったり、任務部隊の対潜哨戒であったりだ。それらの「雑務」に『エセックス』レベルの大型艦を割り振るのは、あまりに効率が悪い。
それは多数の正規空母を抱えていた日本海軍にとっても、同じ事だった。
日本海軍はその回答として、『雲龍』型空母を量産することを決定する。2万トン未満の小型の船体に、50機程度の搭載機を詰め込んだこの空母は、フットワーク軽く多用な任務に投入する事が可能だった。
アメリカも『雲龍』型に触発されて、『インディペンデンス』級の建造を開始することになる。
ただ、『インディペンデンス』級は『雲龍』型とは異なり、任務を「艦隊防空」と「対潜護衛」にほぼ固定していた。
日本海軍がフットワークの軽い多用途空母を作ったのに対し、アメリカは『エセックス』級がやるには軽すぎる任務への専任空母として、『インディペンデンス』級を設計していた。
つまるところ、艦隊へと随伴可能な「護衛空母」が『インディペンデンス』級なのだ。
今回、『インディペンデンス』はその主要任務の一つである、艦隊防空に特化した航空隊の編成をしていた。
つまり、戦闘機のみを搭載している。
軽巡洋艦空の改装であり、空母としては構造的にかなり無理のある『インディペンデンス』級は、爆弾や魚雷の搭載を行った場合、ダメージコントロール面での不備を指摘されていた。そのため、爆弾や魚雷を一切搭載しないという、今回の割り切りは、現場からはむしろありがたいことだった。
この防空重視の編成は、十分な効果を発揮している。
『インディペンデンス』や後方の第61任務部隊本隊の6隻の正規空母から発艦したF6Fは、レーダーによる誘導に従って効率的に敵機を迎撃していた。
F6Fは性質としては、迎撃機寄りの戦闘機だ。日本海軍の紫電や零戦ほどではないにしても、それまでのアメリカ海軍機より高い海面上昇率と火力を持っている。
F6Fが搭載しているA/N M1 20ミリ機関砲は日本の一式二〇粍機関砲のライセンス生産品だった。この機関砲は双発機程度ならば、数発で撃墜し、単発機であれば一発で致命傷を与えることも可能だ。
勿論、F6Fはそれらの要素の他に、長い航続力と高い運動性も併せ持っていたから、制空戦闘機としても優秀だった。
ただ、同時に迎撃機としても優秀だったのだ。
優秀な戦闘機により守られた、第16任務群はオランダ空軍の攻撃を軽微な損傷で切り抜けていた。
オランダ空軍はBf-109GやG.60エクレウスで護衛された、攻撃機や爆撃機を送り込んでいた。Bf-109もG.60も、優秀な戦闘機であったし、ボーファイターやサボイア・マルケッティSM34ter爆撃機は、それなりに優秀な攻撃機や爆撃機だ。
だが、彼等が上げた戦果は駆逐艦1隻の撃沈と、2隻の中破のみ。
アメリカ海軍の戦闘機隊の迎撃と、輪形陣を構成する艦からの濃密な防空火力にさらされたオランダ空軍戦爆連合は、挙げた戦果見合わない大きな損害を受け、後退していた。
「艦長。『コロラド』から通信です。溺者救助終了。損傷した駆逐艦2隻を下げ、輪形陣を組み直すとのことです」
「了解した、と返信しろ。」
通信兵からの報告に、ラングストンはそう答えた。
現状、艦隊の隊列は乱れている。駆逐艦の損傷により、輪形陣の対空・対潜体制には、ほころびがあった。
このほころびは、防空体制の穴となり得る。
隊列の組み直しは必要なことだった。
中破した2隻の駆逐艦が輪形陣より離れ、第61任務部隊主力のいる東へと進路をとる。
2隻が抜ける穴は、輪形陣の直径をやや小さくすることで補う予定だ。
『インディペンデンス』に防空隊の戦闘機が帰還する。
オランダ空軍の襲撃は比較的規模が小さな攻撃だったが、『インディペンデンス』の戦闘機隊もほぼ全力で出撃していた。F6Fはドイツ空軍の戦闘機辺りと比較するなら、航続距離の長い戦闘機ではあったが、何事にも限界はある。
しかし、急ぐ上にタイミング上、仕方ないが危ない橋をわたるものだ。
ラングストンは第16任務群司令官、トーマス・C・キンケイド少将の判断にそう感想を抱く。
少し待てば、後方の正規空母から後退の戦闘機隊がやってくるはずだった。
だが、5分程度とは言え、第16任務群の防空は、非常に薄い状態になっている。
注意はしておくべきだな。
ラングストンはそう、判断する。
彼は、駆逐艦艦長をやっていた頃に日本海軍との合同演習において、彼の僅かな油断を突いた日本海軍駆逐隊からの、盛大な奇襲を受けたことがある。彼にとってそれは大きな教訓になっていた。
油断は、いかなる時にもするべきではない。奇襲とは実施したもの功績ではなく、された者の恥なのだ。
「レーダー手。対水上レーダーと、対空レーダーには常時注意しろ。特に水上レーダーだ。日本海軍は潜水艦にやられた。敵は潜水艦と水雷艇を主力にしている。僅かな反応にも注意しろ」
「了解しました」
ラングストンの命令は、CIC内部に響いている。レーダーの担当者からはすぐに返答を返した。彼等は、僅かな異常も見逃すまいと、レーダー画面にかじりつく。
これでいい。
少なくとも私の艦は、奇襲を受けるような無様を晒すことはないだろう。
その時だった。
「任務群司令部より、緊急。駆逐艦『ブルー』より報告。敵と思わしき航空機が接近中。全艦対処を準備せよ」
艦隊内通信より緊急通信が入る。
『ブルー』は任務群前方に展開している駆逐艦だ。後に日米の艦隊において編成されるピケット艦程には前方には進出してはいない。だが、任務群本隊より前方に進出し、航空機や潜水艦の艦隊への接近を監視する任務を担っていた。
最悪のタイミングだな。
ラングストンは舌打ちをする。
任務部隊本隊からの戦闘機は未だ到着していなかったし、艦隊の組み直しも完全には完成していない。今の第16任務群の防空網には、穴があるのだ。
「対空戦闘準備!」
ラングストンは大声で命じた。彼の命令に従い、『コロンビア』艦内では客員が配置に就く。
未だ上空に残っていたF6Fは、急いで編隊を組むと、敵機の方向へ向かって行った。だが、F6Fは20機に満たない数しかいなかった。
敵機は30機前後。
半数が戦闘機だとすれば、敵の爆撃機を迎撃できるかは、微妙な線だった。
ラングストンはレーダー手の肩越しに、対空レーダーの画面を見つめる。
「早いな」
レーダーの光点を眺め、ラングストンは思わずつぶやく。
敵の航空機の接近は急速だった。先ほどまでのオランダ空軍の爆撃機は、400キロ後半の速度を持つ、高速爆撃機と言ってもいい機体揃いだった。だが、今回の敵機の速度は、それよりも更に早い。500キロを超えているように思える。
「敵、距離50000フィート。高度約22000フィート」
高い。
22000フィート。つまり、高度6000メートル。着艦のため、海面高度まで降りていたF6Fでは、上昇に時間がかかる。
現在の敵の位置と速度から、残された時間は10分程度。
F6Fが6000メートルまで登るには、全開でも10分前後は必要だ。敵機は爆撃前に高度を落とすだろうから、多少は余裕がある。だが、間違いなくギリギリだ。
敵の航空機隊から、10機前後の光点が分離した。
おそらく戦闘機隊だ。
これは、戦闘機は間に合わんな。
ラングストンは、唇を噛む。これで、艦艇の対空砲火による防空しか期待できなくなった。
残った12機の敵爆撃機が、艦隊に向けて飛行を続ける。
アメリカ海軍の艦艇は例えフリゲートクラスの艦であっても、両用砲が搭載されていた。
当時の世界標準から見るなら、トップクラスの対空火力を持った海軍だ。
ただ、そのアメリカ海軍をしても対空火器のみによる高速機の撃墜は、難しいものだった。
アメリカ人たちは日本との共同演習時に彗星や天山、一式陸攻からの攻撃により、度々輪形陣を破られている。
アメリカ海軍は演習での教訓を元に、新しい防空システムを構築しつつあったが、それは未だ開発途上だった。
「任務群司令部より通信。各艦、射撃自由」
「了解した。距離が28000フィートを切ったら、射撃開始だ」
任務群司令部も、戦闘機では防ぎきれないと判断したな。
ラングストンはそう考える。
レーダー画面には、彼我の戦闘機隊とおぼしき光点が、めまぐるしく位置を変えながら断続的に表示されていた。味方戦闘機は敵の戦闘機に拘束されているらしく、敵爆撃機と思しき光点は、既に艦隊至近にまで接近している。
「距離、28000。高度変化なし」
「対空射撃始め!」
ラングストンは、僅かな疑問を抱きながら命じた。
高度6000メートルは、水平爆撃としても随分高いのだ。一般的な水平爆撃は高い場合でも4000メートル程度から実施される事が多い。
水平爆撃は高い高度のほうが威力は上がるが、命中率は幾何級数的に低下する。高度4000メートルでの投弾は、ノルデン式射爆照準器を装備した米海軍航空隊や、日本海軍航空隊でも半ば博打だ。命中率10パーセントに達すれば、奇跡に近い。
6000メートルでの投弾では、命中はまず望めないのだ。
3機だな。
それだけ落としておけば、まず爆弾の命中は望めまい。
3機撃墜すれば、編隊は崩れる。編隊を組み直す時間はないから、命中率が低下する。
当時一般に行われていた水平爆撃法は「公算爆撃法」と呼ばれるものだ。複数の爆撃機が単一の目標を狙い、投弾し、爆弾の網をかぶせるようにする爆撃方法だ。単機での爆撃より、この方法の方が命中率は向上する。
ただ、それには数と緊密な編隊の維持が必要だった。それがなければ、命中弾は望めない。
『コロンビア』船体が、振動する。5インチ両用砲の射撃が始まったのだ。
『コロンビア』にはFD射撃管制システムが搭載されていた。これは、5インチ両用砲向けの射撃管制システムであり、対空戦闘用に開発されている。このシステムには簡易的ではあったが、高角測定レーダーも付随していたから敵機の高度も測定できた。
勿論、測角の精度はこの頃のレーダー技術の限界から甘い面がある。
だが、敵機は一般的には編隊を組んでいるから、多少の測角誤差は問題にはならない。
やはり、なかなか当たらんな。
ラングストンは、少しだけ苛立ちを感じた。部下たちは確実に仕事をこなしている。だが、命中しない。
対空砲火が基本的に命中率が低いものであるということは、ラングストンも理解してる。だが、それでも口惜しかった。
これは、仕方ない面が多分にある。
幾らFD射撃管制システムを搭載していると言っても、砲弾の信管は既存の時限信管だ。自動信管調停装置の開発により、炸裂タイミングのズレは確実に少なくなっているが、限界があった。
現在、開発と生産が進み始めているVT信管のような、劇的な精度の向上は見込めないのだ。そもそも、VT信管を使用した場合であっても両用砲は、それ程高い命中率を持ってはいない。
0.001パーセントの命中率が0.01パーセントにあがっても、体感的には命中率が向上しているとは感じられないのだ。
FD射撃管制システムと自動信管調停装置の搭載は、確かに効果をあげていたが、アメリカ海軍の現場の人間には、効果を上げている感触を与えてはいなかった。
この時期、艦艇の対空火力の多くは機関砲に頼っていた。
だが、高度6000メートルともなると、ボフォース40ミリ機関砲であっても命中は期待できない。ボフォース40ミリの最大射高は7000メートルを超えるが、有効射程で考えるならば4000メートル程度だ。
高度6000メートルを超える高さを飛行する敵機に対しては、命中はあまり期待できなかった。
周辺の駆逐艦や軽巡も射撃を開始した、との報告が見張り員から入った。これで、60門を超える両用砲が敵爆撃機を狙っていることになる。
だが、それでも敵機は速度を落とさない。
20秒以上、砲撃を継続してやっと光点が2つ消えた。
やっと当たったか。ラングストンは、内心で胸を撫で下ろす。データは正しいということだ。
だが、敵機はまだ10機が残っている。
砲撃は継続されているし、確率論的に残りの敵爆撃機の多くには砲弾の破片による損害が出ているはずだ。
既に敵爆撃機と艦隊の距離は30キロを切っていた。
残り時間は2分もないだろう。
時間が足りない。もっと射撃速度が速ければ。
ラングストンは、嘆息しながらそう思った。まあ、高々度からの水平爆撃であれば、それほど大きな損害はないだろう。
その後、2分の間に敵爆撃機は9機にまで減っていた。
この数なら、然程の問題はあるまい。
ラングストンはそう考える。
見張り員の報告では、敵爆撃機は双発機だとのことだった。
爆弾搭載量の多い爆撃機だったとしても、4トンを超えるような爆弾は搭載してはいないだろう。小型爆弾を多数搭載していたとしたなら、何発かの命中弾は出る可能性もある。
敵爆撃機が艦隊上空に到達した。両用砲は、ほとんど垂直になって砲撃を続けている。
それでも、9機は一定の速度を維持しながら艦隊上空を直進する。流石に速度を落としていたが、高度は落としていなかった。
敵機の機動から見る限り、敵は輪形陣の中央を目指している。敵の目標は6隻の戦艦のようだった。
「敵機、投弾。各機、一発」
見張り員からの報告が、スピーカーから聞こえる。ラングストンは敵機の高度を確認する。
変化はなかった。
合計9発の爆弾か。1発当たるかどうか、だな。
ラングストンは、直感的にそう計算する。
それは、これまでの水平爆撃の常識から考えるなら、妥当な数字だった。
だが、今回は事情が違った。
「『テネシー』被弾」
「『コロラド』被弾。至近弾多数」
「『インディペンデンス』至近弾多数」
「『アトランタ』被弾」
「馬鹿な!」
ラングストンは、思わず大声を上げた。
9発投弾、3発命中。至近弾多数。
ありえない命中率だった。
「何があったんだ!?」
ラングストンの声が、『コロンビア』のCIC内部に響いた。




