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日米亜欧州戦争記  作者: √2
第五章 マレーの戦い
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第五章 第九話

 敵戦闘機が煙を引きながら、海面へと落ちていった。

  太い胴体と、直線的で直角に縁取られた大きな主翼。一見して空力的な洗練とは無縁に見える機体だ。

  だが、戦ってみてわかる。

  この戦闘機は、Bf-109Gと比較しても劣らない強力な敵だ。

  速度面ではわずかにBf-109が勝っている。だが、他の面では敵機の方が優位な面が多かった。

  驚異的だ。

  アウグストは素直にそう思った。

  この敵機は見た目に反して俊敏であり、運動性はBf-109より高い。上昇力も急降下性能も、Bf-109に決して劣らない。

  その上、これだけの性能を保持しながらも、13ミリ機銃2丁の1連射では、まず落ちないぐらいに頑丈だ。落とすには、コクピットを潰すか、20ミリ機関砲弾を当てる必要がある。

  武装も強力だった。20ミリクラスと思しき強力な機銃を、主翼に4門も装備している。火力に関しては、Bf-109を凌ぎ、Fw-190に匹敵するだろう。

  この敵機、F6Fは情報部からの情報以上に優秀な戦闘機だった。

  敵パイロットの経験が浅くて助かった。あと、200時間も経験を積んでいれば、こちらの損害は馬鹿にならなかっただろう。

  敵はどうやら、ベテランと新米でロッテを組んでいるようだった。そのため、新米が僚機の機動に追随できていない。

  今回の空戦でも、マルセイユはいつもの例にもれず、単機で突撃をかましていた。

  彼は敵の編隊に突入し、本当に同じBf-109かどうか、怪しいレベルで俊敏かつ小さな旋回を繰り返し、敵機を食いまくっている。

  アメリカ海軍の不運は、ベテランとF6Fの組み合わせであれば、辛うじてマルセイユの機動に食いつけそうなことだった。アメリカ海軍のベテランパイロットは、マルセイユを落とそうと、彼の常識はずれの機動に追随しようとする。

  だが、新米はその機動に、とても追随できなかったのだ。

  そして、その新米達をアウグストは狙った。

  アウグストは、マルセイユを除いた中隊の14機を率いて、マルセイユに引っ掻き回され、ベテランからはぐれた新米達を狙ったのだ。

  新米達は経験の薄さ故に、周囲の観察が甘かった。そのため、容易くアウグスト達の一撃離脱により撃墜される。

  もちろん、容易くと言ってもアウグストたちに取っては面倒な相手だった。弾数的にはあまり余裕のない20ミリを当ててやらなければ、なかなか落ちない相手なのだから。

  だが、Bf-109Gは高初速で直進性が高く、高威力な薄殻榴弾を使用する、MG151/20 20ミリ機関砲を軸内砲として装備している。一門だけだが、命中精度は高いから、何とかなった。

  ドイツ空軍の他の中隊も、ベテランが多い小隊にマルセイユと同じ役目をやらせることで、同様の戦い方を実施している。アウグストが無線で、敵がベテランと新米でロッテを組んでいることを教えたからだ。

  そして、新米達を落とした時点で、数的優位は枢軸空軍側にあった。

  この空域にはドイツ空軍以外にオランダ空軍も存在した。ドイツ空軍的には、練度に不安があるオランダ空軍だったが、数的な優位を確保した状況では十分にアメリカ海軍機に対応できている。

  結果としてサルミ周辺の航空優勢は、まだドイツ側にあった。アメリカ海軍は100機ほどの戦爆連合を送り込んできていたが、爆撃機の多くはドイツ空軍戦闘機の妨害にあい、任務を断念していた。

  一部の爆撃機は、サルミ基地の上空まで侵入して爆弾の投下に成功していたが、基地の対空砲の活躍もあり、損害は軽微ですんでいる。

  もっとも、オランダ空軍が防衛の主力を担っているワクデ島の方は、それなりに被害を受けているようではあったが。

  ただ、枢軸側にも問題は合った。

「『黄色の14』より『黄色の1』。そろそろ燃料がきついです」

「『黄色の1』より『黄色の14』。了解している。あと少しでフォッケが来る」

 ドイツ空軍戦闘機の多くがが抱える問題の一つとして、航続距離の問題があった。Bf-109Gの航続距離は、増槽無しでは500キロに満たない。増槽をつけても、800キロを超えない程度だ。

  アウグストたちは、サルミ基地を飛び立ってから30分が経過していた。緊急発進であったため、増槽はない。そろそろ、帰還用の燃料が不安になるタイミングだった。

  それに対して、敵のF6Fは未だ帰還する様子を見せていない。燃料によほど自信があるのだろう。

  羨ましいことだった。

 現状で、ドイツ空軍が後退しても、この空域に戦闘機がいなくなることはない。オランダ空軍が装備している、イタリア製戦闘機、フィアットG.60エクレウスは、Bf-109よりは航続距離が長い。武装も強力で運動性も高いこの機体は、総合性能ではBf-109Gを上回っている。

  フィアットG.55チェンタウロ戦闘機の搭載エンジンをライセンス生産が進まないDB605から、イギリスやドイツから輸入したマーリン63へと変更したG.60は、増槽無しでも800キロを超える航続距離を持っていた。

  未だ、しばらくは戦場に残っていられるだろう。

  ただオランダ空軍は、ドイツ空軍的な基準では練度が低い。彼等はG.60やBf-109Gを装備していたけれども、乗り換えてから日が浅いし、ドイツ式編隊空戦術を学んでからもあまり時間が立っていない。戦力的には不安があったのだ。

  アウグストたちはその不安故に、まだ帰還するわけにはいかなかった。

  アウグストたちはその後、5分間ほど空戦を継続した。燃料計の目盛りがぐんぐんと減ってゆく。空戦機動の燃料消費量は、巡航飛行の比ではない。

  そろそろ本気でまずいな。

  アウグストが焦り始めた瞬間だった。

「『青色』より『黄色』へ。交代の時間だ。下がってくれ」

「『黄色』より『青色』へ。ありがたい」

 アウグストは安堵のため息をつきながら言った。

「『黄色』より『青色』へ。敵機の多くは新米とベテランがロッテを組んでいる。新米はベテランについていけていない。かなり食ったから、数は減っているが、狙うなら新米だ」

「『青色』より『黄色』へ。了解。頭に入れておく」

「『黄色』より『青色』へ。後は頼む。『黄色の1』より『黄色』全機へ、下るぞ。追撃を受けないように気をつけろ」

 アウグストの通信に、彼の中隊員は安堵の声を漏らす。それは生意気なマルセイユすら例外ではなかった。彼らの燃料は、本当にギリギリだったのだ。

  アウグスト達は「青色」中隊と入れ替わりで後退を始める。追撃はなかった。

  10分ほど飛行すると、サルミ基地が見えてきた。基地の何箇所かでは煙が上がっていたが、滑走路には大きな損傷は見えない。周辺に敵機も見えなかったから、着陸と補給には問題なさそうだった。

 アウグストは燃料が少ない順に降りるように、部下に命じる。

 最も燃料残量が少ないのは、マルセイユだった。まあ、当然だろう。猛烈な速度で戦場狭しと空戦を繰り広げていたのだから。

  次々と部下たちが着陸する。アウグストは機数を数える。11機だった。

  アウグストの部下は、4機が撃墜されたことになる。

  久しぶりの規模の消耗だった。

  アウグストは、最後にゆっくり慎重に着陸する。Bf-109は機体の構造上、主脚の間が狭く強度が低い。その分、生産性は高いのだが着陸時の事故が多い機体であるのは事実だ。

  サルミ基地は野戦飛行場とは違い、コンクリートで舗装された飛行場だった。ただ、それでも気をつける必要性はある。

  アウグストは着陸し、機体が止まった時点でやっと安堵のため息をつく。

  これで、落ちる心配はなくなったからだ。

  アウグストが乗機から降りると、牽引車輌がやってきて、彼の乗機を引っ張ってゆく。掩体壕の中に入れるためだ。

  この掩体壕は滑走路ほどには手がかけられていない。盛土をして鉄筋を張り、コンクリートを塗ってから土を掘り出しただけだ。掘り出した土の一部は掩体壕の上にかけられ、草が植えられ、カモフラージュをされていた。

  防爆機能はあまり期待できない。精々が機銃弾防御や、爆弾の破片から機体と人員を守る程度だ。その程度でも有ると無しでは大違いなのだが。

「機体はどんな感じだ?」

「主翼に2箇所、被弾があります。おそらくは機銃弾です。なにもない所なので、突き抜けていったみたいですね」

 機体をぐるっと見て回っていた整備兵は、アウグストの問いにそう答えた。

「只の穴ですんで、パッチで塞ぎます。10分ってとこです」

「そうか、それはありがたい」

「燃料と弾薬の補給も、同じぐらいで終わります。2機ほどすぐには修理出来ない機体がありますが、予備機を出します」

 そう言うと、整備兵は早速主翼の穴を塞ぎにかかる。

  休めて15分だな。

  アウグストは状況を整理しながらそう思った。

  現状、こちらは敵の航空攻撃を辛うじて防いでいる。だが、それはあくまでも辛うじて、だ。

 滑走路近辺まで敵機に侵入されている以上、それ程のんびりとは出来ないだろう。すぐに出撃命令が有るはずだった。

「きついですね」

 マルセイユが、アウグストの横にやって来て言った。

「まあな」

 アウグストもマルセイユの感想に同感だった。敵が戦場に居座れるのに、こちらは去らねばならないという現状は、いかにもストレスが溜まる状態だ。

  打開策が全くないのも問題だった。

  現状、Bf-109の航続距離はこれ以上、どう頑張っても伸ばせない。増槽をつけてもらう手もあるが、戦場までの距離を考えるなら、滞空時間が10分間増えるかどうかすら怪しいレベルだ。

「もうちょい、足の長い機体が欲しいですねぇ」

「贅沢を言っても仕方ない。俺達にはメッサしかないんだ」

「きつい現実です」

 2人共、ため息しか出てこない。

 これまでドイツ空軍は、欧州での空戦を重視して、航続距離に光を当ててこなかった。そのツケを、今彼等が払っている状態だ。

  掩体壕内に牽引車のエンジン音が響く。

  また、戦闘機隊が帰ってきたのだろうか? 

  アウグストがそう思って、視線を上げる。だが、違った。牽引車は大型の「何か」を載せた架台を引いていた。

「ねぇ、中隊長。あいつは何なんですかね」

「わからん。爆弾としては、随分とでかいが」

 2人は揃って首を傾げる。

  その巨大な物体は、爆弾のようなをしていた。

  だが、その「何か」は爆弾としては奇妙だった。安定翼としては異常に巨大な4枚の羽を持っていたし、尾部にはゴテゴテと奇妙な装置が取り付けられている。何よりそれは大きかった。1トン爆弾と同程度、いや、場合によっては更に大きいだろう。

  爆弾と言うよりは、小型の飛行機といったほうが、未だ通りそうな外見だった。

  そしてその巨大な「何か」は、牽引車に引かれて双発爆撃機の方へと向かってゆく。

  その「何か」の周囲には技術者と思しき人間が張り付いていた。牽引車の運転手達に、細かく指示を出している。どうもその「何か」は随分デリケートなようだった。

  その「何か」が向かっている双発爆撃機は、先日搬入されたばかりの新型機だ。

  整備兵から聞いた話では、ドルニエの新型で、Do217という名前だという。その爆撃機は、これまで主力爆撃機だったJu88やHe111などと比較して、一回り大きい。

  エンジンは大直径の空冷エンジンだ。おそらく、馬力もかなりあることだろう。

  流線型で、いかにも高速そうな機体だった。

  ドイツ空軍は、スペイン内戦への介入意向、爆撃機開発方針については、延々と高速爆撃機を指向し続けている。Ju88の新型では、最高速度は500キロを超えていた。となれば、この新型は少なくとも同等程度の速度を確保していることは確かだろう。

  とは言え、あの謎の兵器が、何をするためのものなのか、アウグストにはわからなかった。現状で、対地爆撃をするような奴はいないだろうから、対艦攻撃兵器だろう、とは思う。

  だが、対艦用には500キロや1トンの大型爆弾があったし、イギリスからライセンス権を格安で取得した航空魚雷も存在する。

  あるいは噂に聞くアレなのかもな。

  アウグストはそう考える。そして、否定した。あり得ない。早すぎる。

  アウグストは爆撃機乗りの友人から、とある兵器の噂を聞いていた。

  実現出来れば、画期的だ。だが、友人からの話では実用化にはまだまだ先が長い兵器でも有るはずだ。

  アウグストが聞いた話では、未だ試験途上に貼るはずの兵器なのだ。

「中隊長。司令部から電話です」

 後ろから声がかかる。アウグストの中隊の隊員だった。彼は後の壁に備え付けられている、電話を指す。

「分かった。全員、出撃の準備をしておけ」

 アウグストはそう言うと、電話に向かって歩き始める。このタイミングで司令部から連絡となると、出撃命令以外にはありえない。予想よりも、やや早い連絡だった。

  もしかすると、相当追い込まれているのかもしれない。

  背後では各小隊の隊長達が、自分の部下に対して出撃準備の号令を出しているのが聞こえた。整備兵達が、弾薬と燃料の補給のために慌ただしく動き回っている。

  アウグストは電話に出る。予想通り、出撃命令だった。ただ、アウグストの予想とは少し違った命令だった。

  アウグストは了解の返答を返すと、部下たちの元に向かう。

  彼等はすでに整列しており、アウグストの命令を待っている。

  彼等の背後では、Bf-109がエンジンの暖気を始めていた。すぐにでも出撃可能だった。

「総員、傾注」

 アウグストの号令で、隊員の表情が引き締まる。約一名を除いて。

「我が中隊は、これより出撃する」

 アウグストは、胸を張り、背後のエンジン音に負けないように大きな声で言った。

「任務は、護衛だ」

 いつもは平静な隊員たちが、ざわつく。

  任務内容が意外だったからだろう。現状なら、普通は迎撃任務につくべきであるのに、護衛任務だ。驚きもする。

  アウグスト自身も、電話で伝えられた時は驚いたのだ。

「護衛ですか? 現状じゃあ、迎撃の方が優先度が高いのでは? その辺、司令部は理解してるんですか?」

 隊員の一人が、物怖じせずに質問する。マルセイユだ。

「起死回生の手が有るんだそうだ。護衛対象は、あの新型だ」

 アウグストは新型爆撃機、DO217を指す。

「あいつには、最新兵器が搭載されている。そいつで敵艦を攻撃するそうだ」

「その新兵器ってのは、信用出来るんですか?」

「知らん。本国の技術屋に聞け」

 アウグストは、マルセイユの質問を切って捨てる。実際、彼も知らなかったのだ。彼自身、新兵器、としか聞いていなかった。ただ、基地司令部はある程度使えるとは思っているようだ。

  アウグスト自身は、希望的過ぎると思っていたが。

「だが、そいつが上手くいけば、戦局が逆転する。だが、少なくとも敵艦隊上空へはたどり着かなければならない。ところが、敵艦隊の戦闘機隊は強力だ」

「なるほどね。だから、俺たちの出番、ってことですか?」

「そうだ。ウチの中隊は戦闘機撃墜数がずば抜けているからな」

 主に、マルセイユのせいで。

「だから、お守りを任された。嬉しいだろう? マルセイユ。対戦闘機戦闘が好きなだけ出来るぞ?」

「そいつは最高です」

 マルセイユは不敵に笑う。

  彼は対戦闘機戦闘を好んでいた。いや、愛していた。

  彼にとって対爆撃機戦闘はあまりに退屈な「作業」であり、自分がやるべき仕事ではなかったからだ。マルセイユの撃墜スコアの90パーセント以上は、戦闘機の撃墜によるものだった。

  彼にとって、任務とは対戦闘機戦闘のことなのだ。

「乗機の点検を始めろ。空戦後だ、念入りにな。出撃は10分後だ。行け」

 アウグストの号令とともに、部下たちは自らの乗機に向かう、アウグストも、自分の機体へ向けて歩きはじめた。

  乗機のDB605は、好調な様だ。振動が腹に響く。

  出撃まで残された時間は、後少しだった。

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