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日米亜欧州戦争記  作者: √2
第一章 ノモンハンの日
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第一章 第二話

  照準器の中には、1機の戦闘機が映っていた。

  低翼単葉引き込み脚。樽に翼とプロペラをつけた様な、ずんぐりとした体型の機体である。俊敏性を感じることはとても出来ない。

  だが、高瀬義直たかせ よしなお陸軍中尉はこのソ連戦闘機、ポリカルポフI-16が侮れない敵であることを知っていた。

  少なくともこの敵機は、急降下性能と火力と頑丈さにおいて、日本陸軍の実質的主力戦闘機である九七式戦闘機を大きく上回っているのだ。

  I-16が照準器からあふれる程になるまで接近してから、高瀬は銃把を握った。7.7ミリ機銃とは明らかに異なる重い振動が、時間にしてわずかに数秒、高瀬の体を揺さぶる。

  衝突を回避し、上昇を始めた高瀬の乗機の後方では、I-16が破片をまき散らし、黒い煙を引きながら、地面へ向かって二度と戻らぬ急降下を開始していた。

「『ツルギ2番』より『ツルギ1番』。お見事です。撃墜確実です」

 僚機を務める曹長の、戦果確認と称賛の声が無線機から聞こえて来た。

  ありがとう、君の援護のおかげだ。

  そんなことを言いつつも、高瀬は周囲を油断なく見回す。

  右前方に双発の機体が見えた。おそらく、SB-2爆撃機だろう。爆撃機とは思えないくらいに早い機体だが、こいつなら追いつける。

  高瀬の搭乗機は九八式戦闘機Ⅱ型だった。

  九五式戦闘機の後継機としてキ28の名称で、川崎航空機により開発された戦闘機だ。

  日本の戦闘機としては珍しく、液冷エンジンを搭載した機体であり、九五式の後継として数的主力として導入された九七式戦闘機よりも、洗練された印象を受ける機体だった。最も、その液冷エンジンの信頼性に疑問が持たれ、危うく制式化を逃しかけた機体でもあったが。

  九八式戦闘機は改良以前ですら九七式戦闘機と比較して、低速時の格闘戦能力以外のすべての面で優っていた。それに改良を加えたⅡ型は更に強力な戦闘機に生まれ変わっている。

  エンジンを旧来のものから設計を刷新した新型液冷エンジン、川崎「ハ-9Ⅲ」液冷エンジンへと交換しており、出力が向上していた。このエンジンは、燃料を昭和石油新潟製油所で生産される100オクタンガソリンに更したころもあり、950馬力を超えている。

  昭和プロペラ製の油圧式可変ピッチ3翅プロペラへの交換とも相まって、防弾鋼板の装備により重くなった機体でも最大速度は500キロを超えた。

  武装も7.7ミリ機銃2門から新型の12.7ミリ機関砲2門へと変更され、大きく火力を増していた。だが反面、航続距離は九七式戦闘機に劣り、750キロを割り込んでいる。だが、ソ連の爆撃機戦力の向上に対応できる高速の迎撃機を欲していた陸軍からは、それほどの問題ではないと判断された。

  懸念された液冷エンジンの信頼性は、川崎航空機の製造工場への大規模な生産管理システムの導入により大幅な改善が見られている。少なくとも本土やそれなりの規模の工廠を持った満州に於いては実用上での問題は発生していなかった。

  SB-2爆撃機は高度6000メートルを飛行していた。

  ソ連軍はこれまでの戦訓を生かし、SB-2爆撃機を6000メートル以上の高度で飛ばすようになっていた。九七式戦闘機やP-36では迎撃は難しい高度だ。だが、九八式Ⅱ型なら十分な速度と運動性を確保可能だった。

 高瀬はエンジンをフルに吹かし、愛機の高度を6500まで上げる。過給器性能に優れたハ-9Ⅲはこの高度ですら800馬力以上の出力を維持できた。

「『ツルギ1番』より『ツルギ2番』へ。2時下方のエスベーをやる」

  高瀬は短く僚機に告げると、一気にSB-2目掛けてダイブを開始した。直後にチラリと後方視界確保用のバックミラーを見やる。少年飛行兵上がりの僚機はきっちりと追随していた。

  そのまま加速を続け、一連射。

  この段階になって、やっと背面機銃がこちらを向いた。

  SB-2は無線手が背部と下部の機銃手を務めるという、人間工学的に問題のある構造をしていた。今回の機体は、上方をそれほど気にしていなかったのだろう。もともと、上方から攻撃を受ける可能性は低い高度だ。仕方のないことではある。

  だが、迂闊ではあった。

  曳光弾が光の点線を描き、狙ったとおりSB-2の翼の付け根に着弾する。破片が飛び散り、エンジンが煙を上げる。

「ちっ」

 高瀬は軽く舌を打った。敵機は煙を上げるだけで、速度を落とす様子はない。損害は与えているだろうが、撃墜はできていないだろう。

  時間だ。高瀬は射撃をやめ上昇に移る。直線飛行は危険だ。SB-2の機銃にとって、射撃のため直線飛行をする敵機は比較的狙いやすい相手だ。それに、敵戦闘機も怖い。I-16あたりだと上昇するには厳しい高度ではあるが、不可能な高度というわけでもない。

  残念ではあるが、諦めるべきタイミングだった。

  だが、と思う。 このための二機編隊だ。

 バックミラーに一瞬だけ、目をやる。

  鏡の中には片翼をへし折られ、急激に高度を落とすSB-2が映っていた。

「『ツルギ1番』より『ツルギ2番』へ。お見事。」

「こちら『ツルギ2番』。いえいえ、共同撃墜ですよ」

  高瀬達の独立飛行第16中隊は戦技実証のための実験部隊だった。彼らが実証している戦技は「二機編隊による相互援護戦法」。ロッテ戦法と呼ばれ、後に四機小隊によるシュヴァルム戦法へと進化した戦技だ。また後に開発される二機連携空戦技、ビーム・ディフェンス・ポジションの根幹をなすことにもなる戦技でもある。

  スペイン内戦においてドイツ空軍派遣部隊であるコンドル軍団が使用したこの戦術の効果を確認・実証し、すべての陸軍戦闘機乗りに伝えることが高瀬達の任務だった。

  そして、その最終仕上げが実戦での確認である。

  本来の予定では模擬空戦による証明が予定されていたのだが、都合のいいタイミングでノモンハンでの事件が発生。ちょうどいいとばかりに増援部隊の一つとして、独立飛行第16中隊が選抜されていた。旧来の九七式戦闘機や九八式戦闘機の部隊が大きく消耗したことと、高い高度を高速で飛行するSB-2に対抗するため、新型の九八式戦闘機Ⅱ型を装備した高瀬達の部隊が必要だった、という理由もあったが。

  ソ連空軍との戦闘において、在満米軍航空隊と日本陸海軍航空隊は一つの対策を導き出していた。

  ソ連軍機が最も多く飛行する中高度には在満米軍のP-36と日本軍の九八式戦闘機及び九七式戦闘機が対処し数的優位を確保する。そこから低高度に逃れた敵機は格闘戦性能に優れた海軍の九六式艦戦が対応し、高高度の敵機には高瀬達を含めた九八式戦闘機Ⅱ型が対処する。

  つまり、それぞれが得意とする高度において、それぞれに優位性を確保した上で戦えるようにした、ということだ。

  日本海軍が元山海軍航空隊を中心とした航空隊を、ほぼ全力で出してくれたから立てることが出来た対策だ。彼らは戦闘機のみならず、陸攻を主体とした爆撃機も投入して、戦果を上げている。

  この対策で日米両軍は、航空優勢をその掌中に収めた。

  もちろん、対空監視はほぼ肉眼しかない状況であったから、SB-2のような高速爆撃機などは漏れが生じている。だがそれらから受ける被害は、作戦遂行上の誤差程度に抑えられていた。

 周囲を見回すと、高瀬達九八式Ⅱ型の部隊が割り当てられた高度域には、もはや敵機はいないようだった。まだ中高度では戦闘がが続いていたが、それは圧倒的な数的優位を確保した味方が、必死に逃げ回るソ連軍機を追い回すという戦闘と言うよりは狩りと言った方が良いような状況だった。

  在満米軍と日本軍は、空襲第一波をすべて戦闘機にて編成していた。

  後に戦闘機掃討ファイタースィーブと呼ばれる航空優勢の確保手段だ。

  敵味方ともに敵飛行場への攻撃が禁じられているがゆえの、苦肉の策である。だが、少なくとも今回は効果があった。 200機を超える戦闘機隊が、対地攻撃用に常識にしたがって編成された250機程度のソ連の戦爆混合部隊に襲いかかったのだ。

  ソ連軍はこの戦闘に、スペイン内戦から帰国したばかりの実戦経験豊かな搭乗員を投入していたが、そもそも戦闘機の数が違いすぎた。

  こりゃもう、仕事はないな。

  そう考えながらも、高度を上げる。敵の双発爆撃機は高速な機体が多く、気を抜くと飛び込まれることがあるのだ。油断は出来なかった。

「『ツルギ1番』より小隊全機。無事か?」

 高瀬は無線により小隊の無事を確認する。

  高瀬の所属する独立飛行第16中隊は、いわゆる「腕っこき」が集まった部隊ではない。ベテランは選んで平均的な技量のものが集められていたし、新人はそれこそ九八式Ⅱ型しか搭乗経験がないような連中が集められていた。

  故に、技量には一抹の不安があるのだ。

  だが、杞憂であったらしい。

  無線機からは3人の部下達の返事が、明瞭に聞こえてきたからだ。一番年下の一飛曹など、3機落としたとはしゃいで報告し、曹長にたしなめられる有様だった。

「『ツルギ1番』より小隊全機へ。周辺の警戒を厳にしろ。敵のエスベーは気を抜くと突っ込んでくるからな。そろそろ、第二派の爆撃隊が来る」

 そう部下に命じ、上空を旋回する。味方飛行場のある方角に光点が幾つか見えた。高瀬の視力は、当時の戦闘機搭乗員の中でも優秀な部類に入る。さすがに昼間に星が見えるようなお化けではなかったが、その点が味方爆撃部隊であることは見分けていた。

  爆撃隊はB-18爆撃機と九七式重爆撃機、九六式陸上攻撃機を主力とした水平爆撃隊と、A-17攻撃機と九八式軽爆撃機を主力とした急降下爆撃隊にわかれている。水平爆撃隊が敵陣を制圧し、急降下爆撃隊が敵戦車を狙うことになっていた。

「小隊全機へ。後方から爆撃隊が来る。これから護衛に入るぞ。死守だ」

 彼らの九八式Ⅱ型には、まだ三〇分程度は戦闘を続けることができるだけの燃料が残っている。

  ソ連の陸軍はあの猛烈な砲撃戦を経た現在でさえ、戦車数において味方を上回っていると高瀬は聞いていた。水平爆撃隊の爆撃と、急降下爆撃隊の急降下爆撃がどれだけ敵戦車を削れるか? それが陸上の味方の流血量に直結するのだ。

  了解の返答を返す部下たちとともに、彼は更に厳しく周囲を見回すのだった。

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