第五章 第四話
「大尉。こいつもご臨終で」
掩体壕の中で、1人の整備士が、手についた機械油をボロ布で拭いながら言った。
彼はサルミ基地の整備士達の責任者だ。この基地の整備士たちの中では、1番の腕を持っている。
整備士の背後にはBf-109があった。しかも最新のG型だ。
だが、その最新型はもはや空を飛ぶことはない。肝心要のエンジンが故障しているからだ。
Bf-109Gの心臓部であるDB605は、高温多湿に対して弱い傾向にあった。一応、熱帯気候向けに調整はされているのだが、それでも寿命は短い。
「参ったな。もう、半分は動いて無いんじゃないのか?」
「正確に言うと、4割ほどですね。動かないのは」
「たまらんな。このままだと戦闘より、故障でこの島のドイツ空軍は壊滅するぞ」
アウグスト・アーダルベルト大尉は、溜息混じりに言った。彼等の飛行隊の戦闘機稼働率の低下は、目を覆わんばかりだ。
マレー半島とボルネオ島に日本軍が侵攻してからが、特に厳しい。
日本軍は2正面に対して侵攻をかけ、その双方において電撃的な速度での進撃を成功させていた。
特に、ボルネオ島における進行速度は驚異的ですらある。日本軍の上陸が開始されて、わずかに10日。既に旧イギリス領は日本軍の制圧下に置かれているのだ。
日本軍の舟艇機動による、巧みな後方展開の結果だった。
マレー半島防衛に戦力を集中させたため、ボルネオ島の防衛が手薄だったことを差し引いても、恐ろしい速度だっ
マレーの戦いも押され気味だった。既に東岸の要衝、クアンタンは攻略されており、半島西岸に向けての侵攻が始まっている。
遠くない未来に、クアラルンプール近郊で戦闘があると予想されていた。
このため、本国からの補給物資は、マレーでの戦闘に回されることが多い。結果、ニューギニアでは、部品や機体の補充が追いついていない。
現状は予備機の投入や共食い整備で、なんとか稼働率を6割前後に維持している。
だが、それにも限界があるだろう。
あまり楽しい状態ではない。
基本的にニューギニアでの空戦は、双方が爆撃機を出し、戦闘機がそれを迎撃する、という形で行われていた。
典型的な消耗戦だ。
当初、この構図はラエ=ホーランディア間、あるいはウエワク=ホーランディア間で行われていた。
だが、2ヶ月ほど前からこの消耗戦は、ニューギニア島西側に舞台を移し、ウエワク=サルミ間、またはホーランディア=サルミ間で行われている。
ホーランディアがアメリカ軍の上陸により、陥落したからだ。
海兵隊を主力としてホーランディアに上陸したアメリカ軍は、ドイツ陸軍と空軍の抵抗により、多大な損害を出しながらもホーランディアの確保に成功していた。
ドイツ空軍は自力で、陸軍は装備を放棄し舟艇や輸送機に乗って、ホーランディアを脱出。現在はホランディアから西へ230キロほどの、サルミ周辺に防衛線を引き直していた。
ニューギニア島は山岳地帯が多く、人口も希薄なため道路はほとんど整備されていない。
200キロ程度の距離であっても、十分な防壁になり得た。
結果、ニューギニアの戦いは必然的に海と空の戦いになっている。
海上において枢軸国は、海軍力で圧倒的に勝るアメリカ海軍相手に、正攻法での戦いを諦めていた。彼等は魚雷艇や水雷艇、潜水艦をかき集め、アメリカ海軍へ対抗しようとしていたのだ。
ニューギニア周辺の海水面は、時期にもよるが、比較的安定している。
また小島も多く、入り組んだ海岸線も多かったから、この手の小型戦闘艇の運用には向いていた。
沖合では、Uボートを中心とした潜水艦部隊が、浅海域では魚雷艇を中心とした小型戦闘艇が、それぞれ役割を分担するような形で連合国船団への襲撃を繰り返し、出血を強いている。
また、小型戦闘艇群は高速を生かして、夜間の強行機雷散布も行なっており、これによっても連合国の艦艇船舶に少なくない損害が出ていた。
ドイツ空軍とオランダ空軍はサルミとワクデ島の空軍基地へ双発爆撃機隊と戦闘機隊を展開。対艦用大型爆弾や、イギリス製の航空魚雷を使ってアメリカの船団を主目標とした攻撃を繰り返している。
ワクデ島はサルミの沖合に浮かぶ島であり、ここにも空軍基地があった。統制上は、同一の基地として扱われている。
オランダ空軍はこの時期やっと、それまでの旧式機主体の編成から、ドイツやイタリア、イギリスから供与された新型機主体の編成に切り替わっていた。
戦闘機はドイツとイタリア、爆撃機はイタリアとイギリスの混成であるから、やや整備は大変だ。だが、それまで装備していたアメリカ製の旧式機から考えるなら、長足の進歩だった。
これらの攻撃による戦果は、アメリカ軍をして苦痛を覚える程のものとなっていた。
特に2個師団が展開しているホーランディアへの輸送船団は、どれだけの護衛を付けても必ず損害が発生する悪夢の航路と化している。
しかし、ホーランディアへの輸送を、アメリカは止めるわけにはいかなかった。
ニューギニア島は人口が希薄なため、食糧生産量自体が少ない。二万人を超える人間が、自活できるような地域ではないのだ。
環境も過酷だった。気温と湿度自体が殺人的なレベルであったし、稀に降る滝のような豪雨を生身で浴びれば、体温と体力の低下は著しい。
その辺りを飛んでいる虫はマラリアを媒介し、生水はコレラ、チフス汚染されている可能性が高かった。
一週間放置すれば栄養失調者が発生し、二週間放置すれば病人が続出し、一ヶ月放置すれば餓死者と戦病死者の死体が山積みとなる。
そんな場所なのだ。
ただ、ホーランディアの占領はアメリカ軍にとって、利益もある状況だった。
アメリカ軍はオランダ領東インド東部を、航空機の攻撃範囲に収めたのだ。
アメリカ軍はニューギニア西部の都市ソロンやオランダのモルッカ諸島軍司令部のあるアンポン、時にはスラウェシ島にまで爆撃の足を伸ばしていた。また、港湾には航空機雷の投下も行なっている。
つまり、今のニューギニアにおいて発生しているのは、船舶と航空機の消耗戦なのだ。
この消耗戦は、枢軸甲側にとって不利だった。
枢軸国側は船舶生産量において、日米に圧倒的に劣っているのだ。
このまま戦局が推移すると、先に音を上げるのは間違いなく、枢軸国側だった。
事実、最前線と言えるサルミの補給は滞っている。
何らかのテコ入れが必要だ。
アウグストはそう思っていた。
差し当たっては、DB605とか。
アウグストの中隊は、かつて使用していたBf-109T3からBf-109Gへと乗り換えていた。Bf-109T3の心臓であるDB601Eは、本国での生産は既に行われていない。
新型のDB605の生産を優先させたからだ。
そのため、アウグスト達が使っていたBf-109T3は使える部品を剥ぎとってから廃棄処分にされていた。
エンジンをDB605に換装した、新型のBf-109T5が本国では生産され始めていたが、それは空母航空隊に優先供給されている。そのためニューギニアヘは回って来ていない。
Bf-109GはBf-109T3と比較して航続距離は短くなっていた。だが、それ以外の性能は上がっていたから、迎撃戦闘では十分な戦果を上げることが出来ている。
ただ、それも補給が続くなら、の話だ。
一応近々、補給が届く予定ではあるらしい。
その補給では新型機が届くだの、新兵器が届くだの、いろんな噂はある。
アウグストはサルミ基地の司令部で、そういう噂を聞いていた。
ただ、あまり期待はできない。
ここ1ヶ月は数隻の輸送船が入港しては、必要最小限の食料、燃料、弾薬、医薬品を輸送するだけの状態が続いていた。
戦力増強、とは言わないが、せめて消耗品ぐらいは補給してほしい。
アウグストはそんな感想を持っていた。サルミ基地の戦闘機隊の稼働率が7割を超えるだけでも、相当な戦力回復になるのだから。
「しかし、本当に厳しいです。せめて、部品だけでも届かないときついです」
「補給が来る、という噂はある。ただ・・・・・・」
「あまり期待出来そうにありませんねぇ」
2人は顔を見合わせると、苦笑した。
彼等は、既に自軍の補給能力に対して、期待を抱くことをやめていたのだ。
「大尉、こんなとこに居たんですか」
2人が互いの諦観の開示にも似た会話をしているところに、1人の男が入り込んでくる。
ハンス・ヨアヒム・マルセイユ中尉だった。
「整備状況の確認だよ」
アウグストは後のBf-109を顎でさしながら言った。
「こいつはお陀仏だそうだ」
「ありゃあ。今週に入ってから5機目じゃないですか?」
「ああ、そのうちこの基地で動く機体はなくなるぞ」
「不景気な話ですねぇ。『黄色の14』がエンストで出撃できないとか、考えるだけで嫌ですよ」
マルセイユは顔をしかめながら言う。マルセイユにも基地の現状はわかっているようだった。
「マルセイユ中尉は、どうされたんです? 『黄色の14』なら元気ですよ」
整備士は愛想良く言った。
この時期、マルセイユはすでに不動のエースの地位を築いていた。
彼の撃墜数は、現時点で既に100を超えている。本国の記者がわざわざ取材に訪れ、新聞で大きく取り上げられていたほどだ。
新聞の見出しは「ニューギニアの星」。
マルセイユは、アジアにいるドイツ人の中で、最も有名な男だった。
彼専用のBf-109、『黄色の14』が味方上空を通過するだけで、陸兵や海兵の士気が上がるほどだ。
整備士はマルセイユの『黄色の14』の整備も担当している。そのため彼等は顔見知りだった。
マルセイユは人見知りせずに、誰にでも人懐っこく話しかけるし、理不尽な怒りをぶつけたりもしない。そのため、下のものからは人気がある。
ただ、アウグストの立場からするなら、非常にきつい人材だった。
彼は非常に気分屋であり、命令に従わないことが多々あるのだ。特に空戦時においてそれは顕著だった。
彼は、単独でのドッグファイトを好み、アウグストが指揮する編隊戦術にはあまり従わない傾向がある。
アウグストは既に、少なくとも空戦において、マルセイユを制御することを諦めていた。
マルセイユが突撃を仕掛け、混乱した敵機をアウグストが指揮する部隊が叩く。アウグストはそういう形で、部隊の戦術を組み立てなおしていた。
そうする以外に手がなかったからだ。
ただ、さすがのマルセイユもあの日本海軍との一件以来、アウグストの静止命令や後退命令には聞く耳を持っている。
それだけでも大進歩だ。
アウグストはそう思っていた。前よりはマシになっているのだから。
それに、マルセイユの反抗的態度は、別にアウグストやサルミ基地司令部に限定しているわけではない。
彼の反骨精神は、実に公平なのだ。
特に、あのいけ好かない特別行動隊、アインザッツグルッペン、の連中にすら喧嘩を売る根性は、称賛に値した。
まあ、彼は母国でも英雄だ。いかな特別行動隊であっても、直接手出しはできないのだが。
アウグスト自身も、特別行動隊を好いてはいない。彼等はたまにやってきて、基地の自動車を乗り回しては貴重な燃料を浪費するだけの連中だからだ。
彼等は密林の奥に入っていって、何かしらの作業をしているようではある。
だが、アウグスト達に取っては彼等の任務なんぞよりも、彼らの浪費した燃料の方が重要なのだ。
第1、連中の尊大な態度は癪に障った。
それはサルミ基地の総意ですらある。
故に彼等は、特別行動隊に義務以上の何かを提供しようとは、決してしなかった。さすがに、面と向かって喧嘩を売る馬鹿はマルセイユだけだったが。
「いや、なんかやたら船が入港してまして。新型でも届いたのかなぁ? と」
マルセイユは少年のような笑みを浮かべながら言った。
「新型が来てたら、テスト飛行をやろう、ってことですか?」
整備士も笑いながら言う。
新型機ねぇ。こんな辺境まで新型は早々回って来ないと思うんだが。
アウグストはマルセイユの楽観性に対して、ある種の羨ましさを感じながら、そう思った。
「じゃあ、港でも見てみるか」
そう言うと、アウグストは掩体壕から外に出る。掩体壕の裏は小高い丘になっていた。そこを登れば、さほど広くないサルミの港湾は、一望できる。
マルセイユも彼の後に続いてきた。
2人は並んで港を眺める。
驚いた。
港には20隻近い船舶が停泊していたからだ。
そのうち、5隻程度はイタリアやイギリスのコルベットのようだった。おそらく、連合国側の潜水艦や航空機に対する護衛のためだろう。
また、10隻はまっ平らな甲板をもった特徴的なシルエットの船だった。その甲板の上には一隻につき30機程度の単発機か、15機程度の双発機が並んでいる。シルエットを見る限り、単発機ばBf-109系とFw-190系の機体だ。新型ではない。
双発機は新型だった。これまで爆撃機隊の主力だったJu-88と比較するなら、一回り大型に見える。噂の新型機とは、爆撃機のようだった。
真っ当な補給だ。アウグストは安堵していた。
対して、後ろのほうで、マルセイユがあからさまに落胆している気配がする。
しかし変わった船だ。航空機輸送艦か?
マルセイユのため息を極力無視しながら、アウグストは考える。平甲板を持った空母のような船は初めて見たからだ。
アウグストの考えは当たらずとも遠からずだった。
それはMACシップと呼ばれる船だ。タンカーや輸送船の上部に飛行甲板を取り付けただけの簡易空的な空母である。ただし、空母として見るなら格納庫がないなど、航空機の運用能力は低い。
ドイツ本国やイギリス、イタリア、フランスでの空母や護衛空母の建造が進んでいる現在では、実質的に航空機輸送艦として使われていた。
燃料や物資と同時に航空機も運べるので、そこそこ便利だったからだ。
港では輸送船から各種の物資が艀に積み下ろされている。
それは航空機用爆弾であったり、交換用のエンジンであったりした。
だが、アウグストは艀の上に置かれ、帆布によるカバーがかけられた物体が妙に気になっていた。カバーがかけられているのは、その物品だけだからだ。
それは大型爆弾としても、破格のサイズのものだった。
それが10基ほども艀には搭載されている。艀の上では、小銃を持った兵士が警備をしていた。
ただの爆弾や魚雷とは思えない。
噂の新兵器とやらが、本当に来たのかもしれないな。
アウグストはそう思った。
それは、事実だった。
後に、ニューギニア戦線における、枢軸国最後の攻撃において、今回搬入された機体と新兵器は大きな役割をはたすことになる。
ただ、アウグストもマルセイユもそんな未来のことは知らなかった。
彼等はただ、補給物資が届いてことを喜ぶか、新型戦闘機が来なかったことを嘆くか、どちらかの反応しか示していなかった。
ま、これであと一ヶ月は粘れる。
アウグストはそう思った。
ニューギニアにおける決戦まで、あと2週間だった。
「連隊長殿」
「何かね?」
「うちって、確か、重戦車連隊でしたよね?」
「そうだ。第1独立重戦車連隊。紛れもなく重戦車連隊だ」
「自分の目の前のは、どう見ても中戦車なんですが?」
「だが、新装備だぞ? 間違いなく最新式だ。本土でもそう数はない」
飛田恒雄大佐は妹尾のネチネチとした物言いに辟易したのか、顔をしかめながら言った。
妹尾と飛田の目前には、14両の戦車があった。お椀を伏せたような形状の砲塔と、非常に低い車高が印象的な戦車だ。
三式中戦車。
それがその戦車の正式名だ。
長砲身の75ミリ砲と新型水冷ディーゼルエンジンを搭載した、30トン級の最新鋭中戦車だった。
九七式中戦車改の後継として、師団隷下に大量配備されることが前提の戦車であるから、生産性には非常に気が払われている。砲塔は最初から鋳造での生産を前提に設計されていたし、車体も溶接構造を全面的に取り入れている。
ただ、三式中戦車はあくまでも中戦車だ。
こいつは重戦車ではない。
重戦車ではないのだ。
間違っても、重戦車連隊に配備されるべき車輌ではない。
であるのに、妹尾の中隊には補充として三式中戦車が搬入されていた。
妹尾の中隊はクアンタン攻略において、多大な損害を被っていた。クアンタン攻略が完了した時点で、妹尾の中隊の稼動車輌は僅かに5両だった。
勿論、損害車輌全てが敵に撃破されたわけではない。
故障により擱座した車輌が3両含まれている。また、撃破された車輌の中でも、修理可能な車輌が2両ほどあった。
だが、第1独立重戦車連隊全体でみた場合、妹尾の中隊ですら損害が少ない方だ。
現在、第1独立重戦車連隊は再編成の真っ最中だった。
第25軍首脳部は、可能な限り早期にクアラルンプールへの進撃を開始したがっていた。
マレー半島北西部に拘束していたマレー枢軸軍主力が、ゆっくりとでは合ったが南進を開始していたからだ。
クアラルンプールに枢軸軍主力が入城し防御を固めた場合、第25軍が被るだろう損害は、クアンタン攻略の比ではない。
故に、第25軍司令部は敵主力がクアラルンプールに入城する前に、クアラルンプールを攻略するつもりだった。
山下奉文中将は、スケジュールを繰り上げたのだ。
第18師団は補充を受け、コタバル上陸時の損害から回復していた。だが、第5師団と第1独立重戦車連隊は別だ。
彼等はクアンタン攻略の損害から回復しきっていなかったのだ。
第5師団は何とかなった。
近衛師団が到着し、交代が出来たからだ。
だが、第1独立重戦車連隊は別だった。日本軍全体を見渡しても交代可能な戦力など存在しなかった。
第2独立重戦車連隊は未だ本土で編成の途上だ。
近衛師団と同時に中戦車装備の戦車連隊が4個連隊到着しており、第25軍に参加している。だが、九七式中戦車や九七式中戦車改装備の連隊では、第25軍首脳部的には切り札として不安があった。
そのため第25軍首脳部は、第1独立重戦車連隊の再編成を急いでいる。
搭乗員は、第5師団の戦車搭乗員を引き抜くことで対策できた。
だが、車輌だけはどうしようもない。車輌のやりくりをどれだけ頑張っても、一個中隊分が不足してしまったのだ。
二式重戦車の生産数は少ない。
高価であったし、それ以上に製造工程が複雑なためだ。製造工程の簡素化は進められていたが、それが生産現場に反映されるまでには、どれだけ少なく見積もっても数ヶ月はかかるだろう。
そのため第1独立重戦車連隊には、臨時で一個中隊分の中戦車が配備されることになった。
その配備先に選ばれたのが、妹尾の中隊だった。
妹尾の中隊にかつて所属していた二式重戦車は全て引き上げられ、整備の上で、他の中隊へ損害の穴埋めとして、再配置されている。
妹尾はその辺は仕方ない、と思う。代替として配備された三式中戦車も中戦車とは言え、最新鋭であるからそれなりに妥当だ。
だが、妹尾はなんとなく納得がいかない。
何せ、半分騙されたようなものだから。
「新装備の配備先を決める方法が、じゃんけんってどうなんですかね?」
「公平ではないか。そもそも、志願者のみでのじゃんけんだぞ? 君だって、『新装備を配備する』と言ったら、我先に手を上げたじゃあないか」
「ただ、新装備としか言わなかったじゃないですか。新型の重戦車だと思いますよ。誰だって」
「嘘は言っっていないが?」
「ホントのことは一言も言ってないじゃないですか」
「覚えておくといい。これが詐欺の技術の一つだ」
「胸をはらんでください。腹のところが裂けますよ?」
それはまずいな。飛田はそう言うと、笑いながら三式中戦車の装甲板を叩いた。
随分と鈍い音がした。
「まあ、我慢したまえ。しばらく待てば、新しい二式が届くからな」
「それはわかっているんですがね」
妹尾はため息をつきながら言った。
「これまでみたいな任務は難しいのでは? 中戦車となれば、装甲が薄いでしょうから」
「ところがそうでもない。こいつの装甲は、二式とそれ程変わらんのだ」
飛田はそう言うと、ニヤリと笑う。
確かに三式中戦車の装甲は、中戦車としては異常なまでに分厚い。
三式中戦車は、砲塔正面は曲面で構成された120ミリの、車体正面は30度に傾斜した60ミリの装甲によって構成されていた。正面装甲だけを見るなら、二式中戦車とさほどの差はない。
ただ、側面の装甲は二式重戦車と比較するなら薄かったが。
「でも、側面は薄いんでしょう?」
「所詮は中戦車だからな。そう心配するな。使い方は考えてある」
「期待しておきます」
「期待しておきたまえ」
妹尾の心配を笑い飛ばすように、飛田は言った。
飛田は戦術指揮官としても、優秀な人物だ。それ程、心配することでもないのかもしれない。
「時間がない。早く三式に慣れて来い」
飛田は笑顔を浮かべ、追い払う様に手を振りながら言った。
了解しました。そう言うと妹尾は、小さなため息を吐き、中隊員たちの元へ向かう。
彼等は14両の三式中戦車の前で、整列して待機していた。
妹尾の号令を待っているのだ。
さて、さっさと慣れんとな。
妹尾は頭のなかで訓練メニューを組み立て始める。彼等が訓練のために許された時間は3日間しかなかった。




