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日米亜欧州戦争記  作者: √2
第五章 マレーの戦い
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第五章 第一話

 俺は随分、川崎の機体に縁があるな。

  空の上で、高瀬義直中尉はそんなことを思った。

  彼は、確かに川崎製の機体に縁があった。前乗っていた九八式戦闘機も、九八式Ⅱ型戦闘機も川崎製だ。

  練習機以外は、ずっと川崎づくしだった。

  川崎の機体は、それぞれに「癖」がある。ただ、それが実に味のある「癖」なのだ。ちょっと前に、訓練の一環として昭和製の一式戦に乗った事があるのだが、正直、乗っていて詰まらないと思ってしまった。

  あれはあれで非常に癖がある機体だ、とは聞いていたのだが、それでもなお、川崎の機体に比べると面白みが足りない気がするのだ。

  ある種の病気なのかもな。川崎の機体には菌が付いているに違いない。

  高瀬はそんな益体もないことを考え、そしてそんなことをしている場合ではないことを思い出す。

  自分たちは今、任務中なのだ。

  高瀬達が今就いている任務は、空爆に向かう一式重爆「泰山」の護衛だった。仏印ではあまり出番がなかった高瀬達にとって、対枢軸戦では初の大規模任務だ。

  高瀬も、部下も、同僚も、気合が違った。

  彼らは自分たちの乗機に惚れ込んでいる。

  航空先進国である欧州の、どの戦闘機にだって負けない自信があった。

  この戦闘機のはそれだけの潜在力がある。彼らは、そう信仰していた。

  彼とその仲間が駆っている戦闘機は、二式戦闘機「飛燕」。

  現在の日本空軍の主力戦闘機の一つだ。高速でありながら航続距離が長く、高々度性能と高速時の運動性も高い。

  反面、被弾にやや弱い面があったし、武装や上昇力においては昭和航空機製の一式戦闘機「雷電」には劣っている。

  そのため、「雷電」は迎撃任務や対地支援に、制空戦闘や護衛任務には「飛燕」という形で任務の住み分けができていた。

  飛燕は川崎航空機製の機体だ。

  この機体は元々、川崎製「ハ-40」液冷エンジンの搭載を前提に開発されていた。

  だが「ハ-40」は、低高度用に設計されており一段一速の過給器しか備えていない。そのため、高度6000メートルを超えた辺りで、出力が急激に低下する問題があった。

  高々度性能の確保のため、飛燕はエンジンを昭和発動機製の「ハ-52」へ積み替えていた。このエンジンは高々度向けに調整された、二段二速過給器が搭載されており、高々度でも馬力が落ちないのだ。

  結果、飛燕は大幅な高々度性能の向上を果たし、現代の空戦に十二分対応できる性能を手にすることになる。

  元々は1350馬力だった「ハ-五二」の出力は、改良と燃料品質の向上の結果、現在では1750馬力にまで向上していた。

 そのため現在の飛燕の主流である二三型の最高速度は、日本軍機としては空前の、時速682キロに到達している。

  あるいは、アメリカ式に弾薬を下ろし、高々度で延々と加速する形式の速度測定を行なっていたなら、その速度はカタログ上700キロを超えることになっていたかもしれない。だが、日本空軍はそのような、ただの「記録」にはあまり価値を見出していなかった。

  高瀬達の任務は、爆撃へ向かう泰山重爆の護衛だった。

  飛燕は単座戦闘機としては破格の足の長さを持っている。増槽を装備した場合の航続距離は、3000キロを超えるのだ。護衛戦闘機としてはうってつけだった。

  三菱重工製の四発重爆である泰山は、それまでの日本製爆撃機とは、次元の違う搭載量と防御力を実現している機体だ。

  元々、泰山重爆の始まりは海軍の双発陸攻、一二試陸攻の計画だった。

 三菱は一二試陸攻の要求に対し、一応の案を出した。

  葉巻型の胴体を持った、双発10人乗りの機体だ。

  だが、海軍のあまりに過酷な要求に対し当時のエンジン出力では、三菱の技術力を持ってしても万全の回答を出すことは出来なかった。

  特に防御力は低いものにならざるを得なかった。主翼内に配置されたタンクには、ほとんど防弾は施されていなかったのだ。あるいは当時開発中だった防弾ゴムによるタンクの防弾を施したとしても、当時の欧州の双発爆撃機と大差ない程度の防御能力にしか、ならなかったはずだ。

  主翼内タンクはそれ程に巨大だった。

 三菱は、この状態を良しとはしなかった。

  三菱は会議の席で防弾の不備を説明し、設計案を再検討して火星エンジン4基を搭載する、四発機化案を提出。海軍はそれの提案を承諾し、泰山重爆はこの世に生を受けることになる。

  結果として三菱は、双発攻撃機である一式陸攻のシェアを確保出来なかった。だが、結果としてより利益幅の大きい、四発重爆のシェアの4割近くを握ることになる。

  泰山の防御火力は、全世界の爆撃機の中でも指折りの強力さを持っていた。尾部の20ミリ旋回機銃一門の他に、合計12丁に及ぶ12.7ミリ旋回機銃を備えている。

  また、最大で5トン近い爆弾搭載量も備えていた。ただし、最大まで爆弾を搭載した場合の航続距離は、2000キロに満たない。

  発動機の4発化が通った結果、機体構造も防弾設備も強固なものとなっていた。その頑丈さは、アメリカ軍の重爆、B-17に勝るとも劣らないと称されている。

  爆弾搭載量と速度、航続距離において勝る川西製の二式重爆「連山」が登場しても、泰山重爆が未だ第一線にとどまり主力重爆の座に有るのは、その防御力と濃密な火力故だった。

  ただ、日本空軍は泰山重爆の重厚な防御と、濃密な火力を過信しなかった。

  昼間爆撃となれば、敵の熾烈な迎撃を受けることは必至であると判斷していたのだ。

  そのため、高瀬達の護衛戦闘機隊が随伴している。

  高瀬たちがメコンデルタ地帯最大の都市である、カントー市の近くに設営された、カントー空軍基地を飛び立ってから、既に3時間近くが経過していた。

  泰山の巡航速度から考えるなら、そろそろ目標近辺のはずだ。

「『ツルギ1番』より、飛行隊全機へ」

 高瀬は無線機を通じて、部下である11人の戦闘機乗り達に声をかける。

「そろそろ陸地が見えてくるはずだ。全機、対空警戒を厳となせ。先に

 クアンタンを攻撃した部隊の報告では、敵戦闘機は手強いとの報告がある。気を抜くな」

 飛行隊の各小隊長機から、了解の答えが返ってくる。彼らの声は、皆一様に緊張していた。

 先日、マレー東武の都市である、クアンタンの敵空軍基地を目標として出撃した日本空軍の戦爆連合は、爆撃機隊に10パーセント近い大損害を受けている。

  イギリス空軍とドイツ空軍による迎撃を受けたのだ。

  イギリス空軍とドイツ空軍は多数の戦闘機を投入し、彼らを迎撃したのだという。それらはスピットファイアやBf-109、Fw-190の改良型との報告だった。それらの改良型は、旧来の機体から大きく性能を向上させているようだ。

 注意が必要だった。

  今回、日本空軍は戦闘機60機に重爆撃機76機、計136機もの大規模な戦爆連合による爆撃を企図していた。

 泰山重爆には500キロ、ないしは800キロの大型爆弾か、800キロ航空機雷の何れかが搭載されている。

  シンガポールのセレター軍港には現在、クィーン・エリザベス級戦艦の『クィーン・エリザベス』『ウォースパイト』『バーラム』『ヴァリアント』の4隻と、R級戦艦『リヴェンジ』『レゾリューション』の2隻の、合計6隻の旧式戦艦が停泊していた。

  数ヶ月前のインドシナ沖海戦で傷ついた『デューク・オブ・ヨーク』と『レナウン』『レパルス』の3隻は、応急補修を終了させ、トリンコマリーまで後退している。

  6隻の旧式戦艦は、シンガポール及びマレー防衛のために派遣されていた。日本軍がマレーへの上陸作戦を敢行した場合、即座に出撃し、艦砲射撃で上陸部隊を攻撃する予定だったのだ。

  日本空軍はこの6隻に損傷を与える、あるいは行動を阻害することを、今回の第一目標としていた。第二目標は艦船補修設備の破壊である。

 この6隻はイギリスにとっても、ドイツに取っても、マレー防衛の要となる戦艦だった。

  迎撃は熾烈なものが予想された。

  しばらくすると、陸地が見えてくる。

  マレー半島だ。

  もう少し飛ぶだけで、ジョホールバルの街が見えるはずだった。

  泰山重爆が速度を上げる。

  高瀬達護衛戦闘機隊も、スロットルを開け、速度を上げた。重爆と戦闘機の速度差により、高瀬達は泰山重爆の前に出る。

  戦闘機隊はここで二手に別れる。速度をそのまま維持して前に出る部隊と、蛇行を繰り返し、爆撃機隊に張り付く部隊の二種だ。

  前者を間接護衛隊あるいは制空隊、後者を直接護衛隊あるいは護衛隊という。

  高瀬達は制空隊だ。爆撃機を狙う敵機の邪魔をする護衛隊とは異なり、本隊より前に出て、敵機と積極的に戦闘することが目的の部隊だ。

  あと、30分も飛べばシンガポール上空だ。イギリス空軍もドイツ空軍も海上での迎撃は好まなかったが、陸地がすく見える場所、となれば話は別だった。

  高瀬達の戦爆連合は、高度8000メートルを飛行していた。高度が高いほうが、迎撃を受ける機会が減るからだ。

  泰山重爆にしろ、飛燕にしろ、この高度でも十分な性能を維持できていた。

  高瀬は周囲に視線を走らせる。

  信頼出来る対空電探を搭載した警戒機は、未だ数が少なかった。機載対空電探は、夜間戦闘機に優先的に回されていたからだ。

  夜間戦闘機隊には、シンガポールやマレーから飛来するイギリス軍の夜間爆撃機から、仏印の航空基地と都市を防衛する任務があった。

  イギリス空軍のアブロ・ランカスター重爆やハンドレページ・ハリファックス重爆は、四発機らしく頑丈であったし、膨大な量の爆弾を搭載できる。また、デ・ハビラント・モスキートはその高速により補足が難しい上に、爆撃機としてのみならず、夜間戦闘機としても優秀だった。

  どうしても日本空軍は、夜間戦闘機を重視せざるを得なかったのだ。機載用電探の生産数は向上しつつあったが、当面は不足気味の状態が続く見通しだった。

  そのため、今回の作戦は強襲爆撃になる予定だった。

  敵の電探に発見されることは覚悟の上だ。

  迎撃機は護衛機と、泰山重爆が組んだ対空編隊陣形、アメリカ軍が言うところのボックスフォーメーションで対応する予定だった。

「『フツ1番』より、制空隊全機へ。緊急。11時方向やや下。敵機多数」

 高瀬は反射的に前方やや左よりに視線を向ける。シンガポールのある方角から、数十機の戦闘機が上昇している。何れも機首が尖っており、液冷戦闘機と思われた。

  特徴的な楕円翼の戦闘機と、その機体よりやや小柄な戦闘機と、そして大柄な戦闘機の3種が居た。

  おそらく、スピットファイアとBf-109、そしてFw-190の改良型だろう。スピットファイアとBf-109はこれまでの機体と大きな違いは見えない。

  だが、Fw-190は大きく印象が変わっている。主翼はや機体後部に変化はなかったが、機首が細く、長く、尖っていた。エンジンを積み替えたのだろう。

  明らかに新型だった。

  それら3種の戦闘機は、驚くほどの速度で上昇してくる。

 これらの機体には、水メタノール噴射装置、あるいはGM-1と呼ばれるブースト装置が搭載されていた。

  GM-1は水メタノール噴射装置と似た原理の装置である。

  水とメタノールの混合液ではなく、液化した亜酸化窒素を噴射する点が違った。液化亜酸化窒素は気化熱により、過給された吸気の温度を下げる。また、吸気冷却と同時に亜酸化窒素は窒素と酸素に分解されるから、酸素供給量が増えて見かけ上、ブースト圧が上昇したのと同じ効果があった。

  つまり、馬力が上がるのだ。

  GM-1と水メタノール噴射装置の持続時間は、数分から10分弱と非常に短い。だが、この緊急出力は上昇速度を増加させる効果もあり、迎撃戦において非常に重要な意味があった。

「『ツルギ1番』より飛行隊全機へ。全機、増槽を落とせ。戦闘だ。まずはスピットとフォッケを優先しろ」

 高瀬の号令とともに、飛燕の主翼下に装備されていた、紙製大型増槽が投棄される。表面に塗られたラッカーがキラキラと光を反射していた。

 高瀬は空戦に際して、優先目標を支持している。スピットファイアとFW-190は複数の20ミリ機銃を装備しており、火力が高い。爆撃機にとってはより、脅威だったからだ。

  Bf-109も最近は20ミリを装備しているが、それは大抵一門だけだった。軸内砲である分命中精度は高いが、それでも他の2機種よりは脅威度が低い。一応、主翼に20ミリ機銃ポッドを増設したタイプの存在も報告されていたが、そのタイプは武装強化と引き換えに運動性と速度も同時に低下していたから、やはり脅威度は低かった。

「『ツルギ1番』より『ツルギ1番』小隊全機へ。仕掛けるぞ。続け」

「『ツルギ2番』了解」

「『ツルギ3番』了解」

「『ツルギ4番』了解」

 彼が自率する小隊の全員から、答えが返ってくる。

  高度的にはまだこちらが優位だった。ならば、制空隊としての任務を果たすべきだ。

  つまり、敵機に対して積極的に攻撃を仕掛けるのだ。

  高瀬はフットバーを蹴り操縦桿を引く。高瀬の飛燕はロールを打ち、背面急降下を始めた。背面急降下で一気に敵機へ接近し、一撃離脱を行うつもりだった。

  高瀬が狙ったのは、Fw-190の新型だ。

  この機体は僚機からはぐれたのか、単機で飛んでいた。

  狙い目だった。

  高瀬は自分の飛行隊の能力に自信を持っている。彼の飛行隊はノモンハンで実証された編隊空戦術を叩きこまれていたし、飛行時間も1000時間超えがばかりだ。

  合衆国式の効率的な搭乗員育成システムと、自動車及び飛行機免許の取得制限の緩和による人材層の強化のおかげだった。

  照準器内で急速に大きくなる新型。

  これまでのずんぐりした印象のFW-190とは異なり、細く長い機首がスマートな印象を与えていた。

  照準器越しの視界からはみ出る程に近づいてから、高瀬は機銃を発射する。

  飛燕には機首と翼内に2丁づつ計4丁の12.7ミリ機銃と、翼内に2門の20ミリ機銃が装備されていた。それらは、500メートルほど先で交差するように調整されている。

  今回は500メートルよりも、遥かに接近しての射撃だ。まず間違いなく当たる、はずだった。

  しかし、敵機は急激な右旋回を行い、それを回避する。高瀬はそのロールをかけながら、敵機を追い、右旋回を掛ける。

  あれを避けるかよ。いい腕だ。

 そして、パイロット以上に機体が脅威だった。

  確実に性能向上も果たしている。現在、高瀬達が戦闘を行なっているのは、7000メートルよりも高い空だ。これまでのFw-190であったなら、エンジン馬力の低下によりさほどの脅威にはなっていなかっただろう。

  だが、高瀬の射撃を回避したFw-190は軽く見積もっても600キロを超える速度を維持している。

  なにせ、飛燕が簡単には追いつけないのだから。この新型は、明らかにこれまでのFw-190とは、次元の違う高々度性能を持っていた。

  高瀬はスロットルを全開にし、敵の旋回に喰らいつく。飛燕は時速600キロを超える速度で旋回を開始した。

  急旋回による強烈なGが高瀬を襲った。飛燕は執拗なまでに頑丈に作られていたから、高速で旋回してもびくともしない。

  だが、操縦者は別だ。

  下半身に血流が集まり、視界が灰色なる。

  彼は抗加速度飛行服、後に耐Gスーツと呼ばれる物のはしりを装備していた。

  抗加速度飛行服は水銀式の簡易な旋回G感知装置により、下半身方向に一定以上のGがかかった場合、ゴム製のズボンに圧縮空気を送り込んで下半身を締め上げる。そうして、下半身に地が集まるのを防ぐのだ。

  ただ、それだけの仕掛けだった。

  だが、それには大きな意味があった。

  このブカブカの袴のような不細工な装備がなければ、高瀬はとっくに気絶していたはずだからだ。飛燕の高速旋回は、それほどまでの負担を操縦士の体にかける。

  新型Fw-190のパイロットは、一つのミスを犯していた。

  Fw-190系の戦闘機は、基本的に水平面の旋回性能は、お世辞にも良くはない。それに対して飛燕は、旋回半径こそ大きいもの、旋回速度は早かった。

  その旋回Gにより。操縦者を気絶させかねないまでに。

 このFW-190は、旋回するのではなく急降下すべきだった。そうであったなら、高瀬は追わなかっただろう。Fw-190の急降下性能は期待構造が頑丈な飛燕に劣らない。互角の勝負など、高瀬は好まなかった。

  射撃に対する反射から考えるに、敵パイロットは才能がある。だが、自分の機体に最適の行動がとれていない辺り、経験が不足していた。

  高瀬の飛燕は、Fw-190に追いつくと、一連射をくわえた。破片が飛び散る。手応えがあった。

  そして、即座に離脱する。

  もし、落とせていなかったとしても、後続の僚機が仕留めるだろう。

  そう考えていた。

「『ツルギ2番』より、『ツルギ1番』へ。撃墜です」

「『ツルギ1番』了解。確認、ありがとう」

 高瀬はそれだけ言うと、再び高度を上げ始める。その間も周囲に目を配り、敵機の確認を怠らなかった。

  今回は敵のあからさまなミスをしてくれたから、簡単に落とせた。だが、Fw-190の新型の性能は侮れないものだ。

  このFw-190はFW-190Eと呼ばれる改良型だった。主な改良点はエンジンの換装。

  FW-190Eのエンジンはイギリスが誇る高性能液冷エンジン、マーリン63だった。高い加給器性能を持つこのエンジンは、高度7000メートルを超えても高い出力を維持出来た。

  マーリンへの換装により、馬力こそ1800馬力から緊急出力使用時でも1700馬力強にまで低下していたが、機首が細くなった事による空気抵抗の低下もあって、最高速度は660キロ前後を維持している。もっとも、この速度は100オクタンガソリンと水メタノール噴射装置の存在あっての速度であったが。

  この速度は、瞠目するほどの速度ではない。

  だが、改良のたびに重量増加による速度低下を続けていた、FW-190A系列の現行型よりは高速だった。

  もともと、Fw-190の高々度仕様機は、ユンカース社製Jumo213Aエンジンを搭載した、Fw-190Dが本命だった。速度的にも試作機が時速700キロ近い記録を出していたから、ドイツ空軍としてはFw-190Dは、Bf-109Gと並んで、次期主力戦闘機の有力候補だった。

  だが、エンジン生産面で問題が発生する。

  当時のユンカース社は爆撃機向けのJumo211の生産に手一杯であり、Jumo213系は生産数が低調だったのだ。

  Jumo211は、ドイツ空軍双発爆撃機向けのエンジンだった。双発爆撃機は植民地の警護任務や海上哨戒に重要な役割を持っていたから、ラインを強引に切り替えるわけにも行かない。

  かと言って、他のエンジンはドイツ国内では手に入りそうもなかった。

  馬力的に間に合いそうな、DB605はBf-109の新型へ優先的に供給されていたし、より高性能なDB603は未だに性能的に不安定で、使い物になっていない。DB601はそもそも出力が不足だし、DB605の生産を優先するため、生産数は低下していた。

  つまり、ドイツ国内ではFW-190の改良に適したエンジンは手に入らなかったのだ。

  結果、フォッケウルフ社は他国にエンジン供給を求めることになる。

  高々度性能に優れたエンジンを探した結果、フォッケウルフ社がたどり着いたのが、イギリスはロールスロイス社のマーリンエンジンだった。

  イギリスにおいても、植民地警護の主力は四発重爆ではなく双発爆撃機であったから、四発重爆の生産数は減少していた。

  それらの生産数の減少に反比例して、双発爆撃機あるいは戦闘爆撃機の生産数は上昇している。

  だが、双発爆撃機の生産数が増加しても、まだマーリンエンジンの生産能力には余裕があった。

  四発重爆の生産数が減ったことも理由の一つではある。だが最大の理由は、マーリンエンジンの過大な生産能力にあった。

  欧州大戦中、マーリンエンジンは年に数千基単位で生産されることを見越した投資がなされていた。だが、欧州大戦のあっけない終戦によって、それらの生産能力は宙に浮いた形になっていたのだ。

  そして、フォッケウルフ社は液冷エンジンの、ある種の最高峰を手に入れることになる。

  円環式冷却器など、FW-190Dとほぼ同一の処理を施し生産されたFW-190Eは、クルト・タンク博士の予想よりも高い性能を示していた。

  また、Fw-190Dとエンジン架以外の大部分を共有していたから、生産性や整備性も高い。

  ドイツ空軍にとって、FW-190Eは降って湧いたような優秀機だった。FW-190Dやその次までのつなぎとして、素晴らしい存在だったのだ。

  この時期のドイツは、東南アジア植民地や政治的占領下においたルーマニアの油田、ソ連との貿易などで原油の大量確保に成功していた。これによりドイツの燃料事情は、空前の充足状態にある。

  そのため、マーリンエンジンが本来の性能を発揮するために必要な、100オクタンガソリンも、前線部隊に限れば十分に供給可能な状態にあったのだ。

  ドイツへのマーリンエンジン供給は、イギリス本国からだけではなかった。チェコや旧オーストリアにも生産工場が建設され、マイバッハ社によるライセンス生産が行われていたのだ。

  マーリンエンジンはクランクシャフトにニッケルをあまり使用しないため、資源面で不安のあるドイツとしては、ありがたいエンジンだった。

  生産性や稼働率に難のあるDB系やJumo213系の予備として、十分な存在価値があったのだ。

  マーリンエンジンを搭載したFw-190Eは、その多くが熱帯仕様の調整を施された上でアジアの植民地へ送られていた。熱帯地域ではDB系エンジンはあまりにも稼働率が低く、戦力維持に問題が発生していたためだ。

  また、アジアに送られたFw-190Eは、全てイギリスから直接購入したエンジンを搭載したものだったから、エンジンの工業規格がイギリスと同一だった。つまり、イギリス軍の予備部品を融通することも出来る。そのため、補給や整備が容易だったのだ。

 実際の所、東南アジアにおいては、マーリンエンジンであっても日米の空冷エンジンに胸を張れる程には、高い稼働率は示していない。

  だが、マーリンエンジンは、それでも「まだマシ」だったのだ。

  高瀬はもう1機のFw-190Eに目をつける。それは、友軍の飛燕を狙っている最中の機体だった。迂闊にも、直線で飛行している。

  急降下からの一撃離脱で攻撃するつもりだった。

「隊長! 後です!」

 僚機からの警告により、高瀬は即座に機体を右に急旋回させる。

  数瞬前まで高瀬の機体があった位置を、弾丸が通り過ぎる。

  間一髪だった。

  旋回を終え、機体を揺さぶり後を確認する。Bf-109が2機、追跡してきていた。

  足が速い、と高瀬は感じた。新型だろう。

  高瀬は急降下による引き離しは危険だと判断する。

  ドイツ戦闘機は垂直面での運動性能に優れている場合が多い。リスクを取る必要性を、高瀬は感じなかった。

「『ツルギ1番』より『ツルギ2番』へ。機織りをやる。左からだ」

「『ツルギ2番』了解」

 連絡の直後、高瀬は左旋回を開始した。ついで、右旋回。

  上から見るなら、高瀬の飛燕は丁度「Sの字」の機動を取っていた。

  2機のBf-109は高瀬の機動に追随する。結果として、彼らの機動もS字となった。

「『ツルギ2番』より『ツルギ1番』。次で仕掛けます」

「『ツルギ1番』了解」

 高瀬は右旋回から左旋回へ移るタイミングで、意識して速度を落とす。Bf-109は高瀬を攻撃するため、直線飛行を始めた。そして先頭のBf-109は側面から射撃を受ける。

  先頭のBf-109は、煙と炎をなびかせながら、地面へ向けて落ちていった。

 高瀬が囮となり、僚機が仕留めるたのだ。

  囮はS字、僚機は逆S字に飛行し、双方のS字が交差するタイミングで僚機が攻撃を仕掛けていた。

  ビーム・ディフェンス・ポジションと呼ばれる航空戦技だった。

  高瀬達がノモンハンの激戦を経て、編み出した戦技の一つだ。今では日本空海軍の戦闘機隊の常用戦技でもある。

  動きが機織りに似ていることから、高瀬達はこの戦技を「機織り」と読んでいた。

  僚機の撃墜を見て、自分が罠にかけられていることを悟ったのだろう。残ったBf-109は急降下により離脱してゆく。

  高瀬は、追わなかった。

  既に周辺は敵味方が入り乱れ、下手な追撃は自殺行為だったからだ。

  既に複数の飛燕が煙を吐きながら墜落していくのを、高瀬は目撃していた。勿論、同様に多くの敵機の墜落も目にしている。

  だが、既に編隊は小隊規模、下手をすると分隊規模でバラけての戦闘になっていた。辛うじて、分隊の二機一組の連携は維持されているが、これも無線機が無ければ出来なかっただろう。

  まさに乱戦だった。

  高瀬は周辺に目を配る。適当な敵機を探すためだった。

「『カシマ1番』より、緊急。敵迎撃機が爆撃隊に接近。護衛隊、対処開始。制空隊は任務を継続されたし」

 抑えきれなかったか。

  護衛隊からの緊急連絡を耳にして、高瀬は思った。

  何機かが、制空隊の隙間をすり抜けたのだろう。いや、あるいは別ルートで敵機が接近したのかもしれない。

  どちらにしろ、制空隊は目の前の敵戦闘機に積極的に戦闘を仕掛けるだけだった。

  高瀬は目を見開き、次の目標を探し始めた。

FW-190Eは史実ですと、偵察戦闘機としてフォッケウルフ社が提案したタイプです。開発されませんでしたが。この世界では本編のようなFW-190Dの補完機的な存在となっています。

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