第四章 第二話
いい加減、風呂に入りたい。
それが二人の共通した願望だった。
二人はこの森林の中にある小さな丘の頂上にいる。彼らはこの地点に到着するまで、1キロ近いの距離を3日も掛けて匍匐前進していた。そして、その後丸2日も厳戒態勢で目標の到来を待っている。
仏印と中国の国境近辺にあるこの森は、標高が高いから気温と湿度は多少はマシだ。だがそれでも汗はかくし、何より泥まみれの虫まみれ、そして下半身は汚物まみれ。
お湯でなくても構わない。水でいいから頭から被りたい。帰ったら、絶対にまず風呂に入ってやる。その後は飯だ。まともな飯だ。湿気ったカンパンみたいな簡易携行糧食はもう、ごめんだ。こいつだって、同じ事を考えているに違いない。
藍上英明少尉は、横で双眼鏡を覗いている泉北寅吉伍長をチラリと横目で見て思った。
もう3日もまともに言葉を交わしていないが、藍上には絶対の自信がある。
藍上と泉北は狙撃手と観測手だった。
ペアを組んで、もう2年になる。特殊作戦隊が出来て以来の付き合いだった。もう、互いのことは女の好みから好きな食い物まで知り尽くしている。
特殊作戦隊は、陸海空の三軍から選抜された隊員からなる部隊だった。国防省の直轄であり、主な任務は敵地後方への侵入しての、長距離偵察と破壊工作。
日本初の特殊部隊だ。
特殊作戦隊は、多数のスペシャリストによって構成される部隊だった。
爆破が得意な者、格闘に於いて無類の者、擲弾筒の名手、様々な技能の持ち主がいる。変わり種ではラジオ数台から軍用に使える無線機を作りあげられる者や、乗り物ならなんでも操縦できるなどという者もいた。
彼らは外部からまねいた講師による指導や、あるいは自らの技能を互いに教えあうことで技量を高めていた。
藍上と泉北は、フィンランドから特別に招かれた講師によって、狙撃技術を教えこまれている。
藍上と泉北は、狙撃手訓練課程の第一期生だ。
特殊作戦隊では、訓練時には二人一組(何故かバディと呼ばれていた)を作るのが通例になっている。相互に責任を連帯させることで、訓練訓練効率を高めるための措置だ。
藍上と泉北は、狙撃手訓練課程において、そのバディだった。そして、二人は一緒に悪夢を見ることになる。
北の国からやってきた、背の低い、顔に大きな傷の有る講師は、非常に厳しい訓練を狙撃手候補生に課したのだ。
藍上と泉北の目から見て、自分達より優れていると思う組ですら、次々脱落するような訓練だ。鉄砲の腕前以外に大して誇れるものがなかった藍上と泉北は、半ば意地になって、石にかじりつくような気持ちで訓練をくぐり抜けた。
訓練を完了し、その証として講師自ら仕留めたのだという鳥の羽を渡された時など、大の男二人が泣いてしまった程だった。いま、その羽根は彼らの帽子の飾りとなっている。
その直後に「あとは練習あるのみだ」と、言われてゲンナリともしたが。
ただ、藍上と泉北は真面目な人間だった。
講師に言われた通り、練習を続け、そして2人共同じ見解に達することになる。
自分は、絶対にあの講師より上には行けない、という見解だ。
藍上達から見ると、あの講師は化け物だった。
誰よりも広い視野を持ち、敵に気づかれずに接近し、誰よりも正確に目標を観測し、目標の順位を定め、風を読み、狙いをつけ、撃ち、当てる。
一つ一つが神業の域に達していた。
とてもではないが、敵わない。
単独では。
藍上と泉北は、諦めることをしなかった。一人で追いつけないなら二人で追いつけばいい。そう考えたのだ。
藍上は射撃の腕前は訓練生達の中でもトップクラスだった。ただし、敵を観察する広い視野にはやや欠けていた。
泉北は敵状の冷静な観測が得意だった。だが、射撃の腕前は悲しいかな訓練生の平均から見るなら、平均よりやや上のレベルでしかない。
二人は訓練時ペアを組んでいたから、互いの長所は知り尽くしていた。。二人は意見を交換をし、結果として、一つの解決策を見つけ出した。つまり、互いの得意分野を分担することにしたのだ。
効果は絶大だった。
藍上は狙撃に集中できるようになり、高かった射撃の命中率は更に増した。
泉北は周辺観察に全力を傾注できるようになり、見落としがなくなり、目標脅威度の選定も精度を向上させている。
二人でペアを組んだ場合、狙撃の成績は単独の場合よりも遥かに向上していた。
藍上は統計を取り、その結果を上官に提出し、以後、ペアでの行動を認めるよう直訴した。制式な命令がなければ、以前のような中途半端なシングル2つに戻ってしまうからだ。
そして、その直訴には驚く程あっさりと許可が出た。最も、教範の作成が任務としてくっついて来たのには閉口したが。
これが日本軍における、狙撃戦術の一つの解となる、二人一組制度の始まりだった。
ただ、二人一組で行動する以上、どうしても目立つ。そのため、藍上たちは偽装には非常に気を使う様になっていた。講師の祖国のように、白い布一枚あればそれで迷彩になる、なんてことはないのだ。
そのため、彼らはその衣装に工夫を凝らした。
泉北の実家は東北の片田舎だ。未だに山にはマタギと呼ばれる猟師が暮らしており、彼らの中には蓑を防寒具や雨天具として愛用していたものが居る。
泉北は、彼らが山から降りてくるところを何度も目撃しており、蓑をつけた人間が、以外に山野だと目立たないことを覚えていた。
彼らはそこから着想を得て、狙撃用の偽装服を作り愛用していた。
構造は単純で、緑や黒、茶。灰などの色に染めた麻布を細く裂き、外套や帽子の上に蓑のように互いに重なり合わせ縫いつける。ただ、それだけだ。
だが、これが意外に莫迦にならない。
森林地帯だと地面に伏せていれば、まず気づかれないし、背景に気をつければ立っていてもばれないぐらいだ。
勿論、地勢に合った布の選別は常に必要だったが、複数着用意することで解決する問題だ。さほど手間のかかる細工でもないし、裁縫仕事は妹なり嫁なりに頼めばなんとでもなった。
特殊作戦隊は、個人が必要と思った装備の調達に関しては、ある程度の自己裁量が認められていた。購入費については、購入前又は後に審査があり、認められれば全額が支給される。
偽装服には、当然のように費用が支給されていた。ただ、ほかの隊員が購入した拳銃や軽機等に比較すればおどろくほど安価だったが。
藍上たちの偽装服は、他の狙撃手たちからも好評であり、正式装備となりそうな勢いだった。
今回の藍上と泉北の任務は、とある人物の暗殺だった。
この手の任務は珍しくない。
朝鮮北部の山岳地帯において共産主義運動を指導していた、ソ連のスパイを射殺したり、満州の共産主義運動家を射殺したりしたこともある。
今回も似たような任務だろう、と藍上たちは思っていた。
今回の彼らの目標は、東洋人の男だ。
身長は172センチメートル。当時の東アジア系の人間としては、やや高い部類に入る。
藍上と泉北は、顔と身長以外は目標の情報を知らなかった。
狙撃には必要ないからだ。
彼らは任務において、必要な場合はその人物背景を知らされる、特に国内や友好国内で活動する場合はそうだ。
だが、敵地進入時は、必要最低限の情報しか伝えられない。捕まった場合に尋問や拷問で敵に情報を与えるリスクが大きいからだ。
国内や友好国内での任務なら、当地の官憲に助けを求めることができるし、そもそもそういう方面には、その上層部に事前の説明が入っている。
そのため背景情報を伝えて、やる気を起こさせた方がいい面もあるのだ。
だが、敵地となるなら話は別だった。
敵地潜入時は、敵に掴まることを前提に任務が組み立てられている。藍上たちはそう考えていたし、事実、特殊作戦隊の作戦参謀達はそういう形で作戦を立てていた。
藍上と泉北には、その事実に疑問はない。「やれと言われたことをやれ」それが、特殊作戦隊狙撃手のモットーだったからだ。
藍上と泉北が潜入しているこの地域は、敵味方のラインが微妙な地域だった。
仏印、イギリス領ビルマ、そして中華民国。
3カ国の国境が数十キロの距離で入り乱れている。そのくせ、その3つの勢力のいずれもが明確な国境管理など出来ていない。
そんな地域なのだ。
藍上達の潜伏地域は、一応は仏印、後にラオスと呼ばれる地域の側にある。
地図の上では。
だが、実際に支配しているものは? となると曖昧なのだ。
事実、フランス植民地軍の一部兵士が、中国を経由してビルマに逃れ、外交上の問題となっていた。
かと思えば中国側からも現地の中国人が、有用な野草を採取するために、普通に国境を超えている。
そんな地域である。
密入国など日常茶飯事だった。
今回、藍上達が送り込まれたのは、中国からフランス軍、あるいはイギリス軍のコマンド部隊への兵器や物資の補給が行われているからだ。
日本陸軍はコマンド部隊による輸送部隊への襲撃が頻発するようになってから、装甲車とトラック歩兵からなる護衛を輸送部隊に随伴させるようになっていた。これを海上護衛総隊の輸送船団になぞらえて、コンボイ方式と呼ぶ。
コンボイの護衛部隊は、それなりの成果を上げていた。少なくとも護衛が付いた当初は、コマンド部隊の襲撃の多くを撃退していた。
ただ、コマンド部隊も護衛部隊に対抗手段をとり始める。
対戦車ライフルやHEAT弾頭のライフルグレネードを投入し始めたのだ。こうなると、コンボイの効果は当初よりは薄くなる。
コンボイ方式は無意味というわけではなく、一定の効果は与えていたから現在でも続けられていた。だが、襲撃は続いていたし、輸送部隊の損害は積み上がり続けている。
フランス植民地軍に対する追撃は、2か月ほど前に終了していた。
だが、コマンド部隊の襲撃は未だに続いている。
敵コマンド部隊は、おそらくこの時点で、輸送部隊への襲撃目的を友軍後退のための時間稼ぎから、日本軍へ出血を強いることへと変更していた。
日本陸軍は防衛のため、ビルマとの国境付近にある程度の部隊を貼り付ける必要がある。彼らへの物資輸送が滞るということは、つまり国境線の防衛が疎かになる、ということだ。更なる敵部隊の浸透を招く可能性があった。
また、いくらトラックが消耗品とはいえ、ロハというわけはなかったし、護衛部隊が主として使用する装輪装甲車は、トラックとは比較にならないぐらいに金がかかっている。
輸送部隊の損害が累積するのは、あまりいただけない話だった。
また、持続的な出血を強いられ続ければ、日本軍の他方面への攻勢は遅れる。そうすれば、欧州枢軸の防備は硬くなり、有利となるのだ。
実際、コンボイにとられる戦力は、日本陸軍にとって大きな負担だった。
マレーとボルネオ島への侵攻計画は、順調に遅延している。今は、やっと作戦初期の航空戦に取り掛かったところだった。
遅延の原因の一つは、間違いなくこのコマンド部隊だ。
2方面への攻勢を企図している日本陸軍にとって、敵のコマンド部隊の活動は、早い段階で収束させル必要があった。
今はまだ本土から、ボルネオとマレーの攻略用として送られてきた部隊より、偵察連隊を抽出することで護衛戦力は補いがついていた。だが、いつまでもそれを続ける訳にはいかない。
偵察連隊は歩兵や戦車兵の重要な目であり、耳だった。人員には教育が必要だったから、それらへの大きな損害は避けるべきだったし、機械は動かせば動かすほど消耗する。
コマンド部隊は、早い所なんとかする必要があった。
国防省統合作戦本部は、このコマンド部隊対策について、一つの結論に到達していた。
神出鬼没のコマンド部隊とは言え、物資と装備の補充は必要なはずだ。その、供給源を叩くしかない、と。
コンボイへの襲撃頻度や移動の痕跡などから、部隊規模の推定はなされていた。。
日本陸軍は敵コマンド部隊の総数を、大隊規模から少なくとも2個中隊程度の規模と見ている。
この規模となると一日で、食料だけでも1トン以上の物資を消費するはずだ。自活などできるはずがない。武装についても、数ヶ月に及ぶ作戦行動を継続していた上に、新武装まで投入している。
どこからか補給を受けているのは明白だった。
また、コンボイの護衛部隊は、コマンド部隊を撃退したおりにコマンド部隊隊員の遺体と、その装備を確保していた。
死体の人種は主に白人だったが、少数であったが黒人や、黄色人種のものもあった。
また、武装の方も多彩だった。
小銃は主に2種類のモーゼル小銃、Kar98Kとモーゼル・スタンダードモデル1924、が使用されていたが、極少数ではあるがチェコ製のZH-29半自動小銃も鹵獲されている。軽機はチェコ製のZB30軽機関銃が鹵獲されており、英国製ボーイズ対戦車ライフルも鹵獲されていた。また、イギリス製2インチ軽迫撃砲も鹵獲されている。
どうにも奇妙な部隊だった。
兵員の人種構成からは、欧州枢軸の正規軍とは考えにくい。欧州枢軸の大部分は白人のみで軍を構成していた。有色人種で軍を構成する場合は、イギリス領インド軍のように、有色人種の兵員と白人の士官という形が一般的だ。
白人の比率が圧倒的に高い、有色人種と白人の混成部隊など考えにくい。
ただ、2つだけ可能性があった。ナチス・ドイツの武装親衛隊とフランスの外人部隊である。
武装親衛隊は当初、入隊希望車に厳しい規則を設けていた。だが、其の規則は徐々に緩和され、現在ではインド人やチベット人も入隊可能なまでになっている。
ただ、ナチス・ドイツはその差別主義から、黒人を最も劣った人種としていた。そのため、ごく一部の例外を除いて黒人は武装親衛隊への入隊を認められていない。
故に、このコマンド部隊はフランス外人部隊であると考えられていた。フランス外人部隊には、アフリカのフランス植民地からの志願者が相当数いたし、黄色人種の志願者もそれなりにいたのだ。
また、コマンド部隊的な任務に対応出来る訓練も、外人部隊の一部は受けていた。近年の外人部隊は入隊時の厳しい訓練の他に、駐屯地域に合わせた訓練も受けるようになっていたからだ。
ただ、そうなると装備面に疑問が残った。
フランス外人部隊は、他のフランス陸軍と同様にフランス製兵器を装備している。だが、鹵獲された兵器はドイツ製やチェコ製、イギリス製と多岐にわたっていた。
フランス外人部隊なら、統一されているはずだ。
フランス単独では武装を融通出来ず、他の枢軸国から調達している、と考えることもできる。
だが、ビルマと仏印の国境線はほぼ封鎖されていたから、輸送ができたとは考えにくかった。
ビルマと仏印の国境付近は山岳地帯であり、険しく、植生も濃い。
反面、車輌が通れる道も限られている。そのため、秘密ルートが有るとも考えにくい。
空輸、という線も無いわけではなかった。だが、これも移動式電探による防空網が構築された現在、監視の目を掻い潜っているとは思えなかった。
そうなると、装備の供給元はひとつしか考えられ無い。
第三国から供給を受けているのだ。
コマンド部隊が出現する地域は、ビルマの他にタイと中国の国境にも近い。
だが、タイ陸軍は日本から大量に売却された九六式歩兵銃(三八式歩兵銃を九六式実包を使用可能なよう改造したもの)を装備しており、欧州系歩兵火器はほとんど保有していなかった。そのため、タイは候補から外れる。
残るは中国だったが、この国の容疑は濃厚だった。
中国国民党軍は2種のモーゼル小銃を国産化して制式採用していたし、チェコ製の自動小銃や軽機関銃も大量に輸入していた。また、ボーイズ対戦車ライフルは敗戦直後のイギリスが、現状の対戦車戦闘に適さない兵器だと判断し、大量に中国に売却している。2インチ軽迫撃砲もビルマ公路を経由して輸出されていた。
中国国民党は連合国と欧州枢軸の仲が険悪になった後、ビルマに膨大な人数の労働者を送り込み、ビルマ公路を建設し、欧州との貿易を継続している。
連合国の目に引っかからずに、新規に武器・弾薬を運びこむことも可能だろう。
勿論、中国と欧州の貿易はソ連を経由したルートでも継続している。だが、中国国民党もドイツも、ソ連をあまり信用していない。何時、ソ連ルートが停止されるかわかったものではなかった。
また、別のリスクもある。時折、ソ連当局による積荷の検査が行われるのだ。
ソ連は欧州枢軸と中国の間の武器貿易を、中国共産党を支援している手前、歓迎していない。そのため彼らは、国内法と国際法を厳密に適用していた。つまり、武器は没収されるのが常だったのだ。
勿論、民生品やただの資源であるなら、輸送に問題はない。だが、国民党が欲しているのは武器だ。
そのため、数千人の死者を出してでも、ビルマ公路の建設は有意義なことだった。
日本の国防総省情報部は、このビルマ公路を通じて膨大な量の兵器が中国に輸出されていることを掴んでいた。
また、決定的なのは鹵獲小銃の試験結果だった。
鹵獲したモーゼル小銃を試験した結果、鹵獲小銃はドイツ製のそれと違い、命中精度も部品の精度も、素材の質も低かったのだ。
中国製モーゼル小銃は、国共内戦の激化に伴い、生産数を激増させた結果、品質が低下している。
ドイツ本国やチェコ、ベルギー製の小銃は、生産数を増加させつつも、いまだ高品質を保っていたから、欧州製のモーゼル小銃とは思えない。
精度や材質から考えるなら、生産技術的に劣る国がコピーした品であることは確実だ。
鹵獲した小銃からは、シリアル番号や銃器の形式刻印が削り取られているものがほとんどだった。だが、微妙な削り残しから判断するに、どうにも元々の刻印は漢字臭いのだ。
すべての証拠が、中国国民党の関与を示していた。
現在、中国国民党は概ね3つの派閥に分裂している。
親連合国派と親枢軸国派、そして日和見派の3派閥だ。
親連合国派の首魁は蒋介石の妻、宋美齢だった。彼女は正確には親米派なのだが、そのおまけとして日本とも付き合うべきと考えていた。
新枢軸国派のトップは汪兆銘だった。彼は日本にも留学経験を持っていたが、フランスへ亡命していた時期もある。
そのため、欧州に対して同情的だった。厳密に言うなら、彼は親フランス派なのだろう。だが、新フランスは現時点では事実上、親枢軸であることと同義だった。
日和見派の首魁は、蒋介石だった。
彼は、その政治姿勢に、明らかにファシズム的な要素を含有した政治家だ。だが、そうであると同時に利益を得る機会があるなら、どこからであっても利益を得たがる、機会主義者でもあった。彼は、日米と欧州枢軸を天秤にかけていたのだ。
この中で最大の派閥は、日和見派だった。
そのため、中国国民党の外交姿勢は、援助の多寡により連合国と枢軸国の間を、ふらふらと風見鶏のように定見なく行き来している。
現状、国民党政府の外交姿勢は、蒋介石の心情的な理由から、やや枢軸国に傾いていた。民主主義を信奉する日米の政治姿勢は、蒋介石には煙たいものだったからだ。ただ、日米からの物資も彼にとっては魅力だった。だから、決定的な決断は下していない。
日米では中国国民党のあまりにも露骨な姿勢に、いい加減に援助を取りやめたほうがいいのではないか? という意見も出ていた。
だが、敵は少ないほうがいいのも事実だ。
多少の物資で決定的に枢軸側に肩入れしないなら、それでよいと日米は首脳部は割り切っている。
だが、今回のフランス外人部隊への物資供給は、捨て置ける事態ではなかった。
今回の物資供与は、親枢軸国派の独断により行われている。
国民党政府の親連合国派は、この事実を知らなかった。日和見派は知っていても、知らないふりをしていた。
国民党軍は欧州枢軸からの見返りを利用して、中国共産党軍を相手に優勢に戦いを進めていたからだ。
中華民国には彼らがコマンド部隊に供給した物資の十倍近い量の物資が、枢軸国から無料で提供されていた。
それらの物資は、例えばGew43半自動小銃への更新により、余剰となった中古のKar98K小銃であったり、MP40の採用により余剰となった使い古しMP28だったりするのだが、輸出前に一応の整備をされたそれらは、中華民国にとっては十分に優良な装備だ。
そうして確保された優良装備は、蒋介石の親衛隊に重点配備されていた。
中国共産党はソ連からの支援を受けていたが、ソ連本国軍自体がノモンハン事変と冬戦争、そして大粛清によるダメージから復活しきっていない時期だ。その支援は限られたものになる。
そのため、親衛隊を主力とした国民党軍は、ここ数ヶ月各地で中国共産党軍を打ち破っていた。共産党軍撃破の功績は、士官をしている子弟の功績という形で日和見派にも転がり込んでいる。
この構図は親枢軸国派に取っては功績を稼いだ上に、蒋介石への点数稼ぎになった。
蒋介石たち日和見派にとっては自分の懐を痛めずに優良装備が確保でき、功績まで転がり込んでくる、いい機会だ。
親連合国派にとっては、なんだか知らないうちになぜか子弟が功績を稼いでくる状態である。なら、別に詳しく知る必要はない、と思っていた。
彼らの視点には、国際法的にどうかであるのか? という思考はない。彼らはこの行為が、さほど問題になるとは思っていなかった。彼らの視点では、純粋な商取引だからだ。
ばれないなら、さほど問題はなかっただろう。
だが、彼らはいささか迂闊だった。
彼らはビルマ公路経由の物資輸入量の増加と、それに反する外貨の流入出の無さに、何らの調整も施していなかったのだ。
また、日和見派の中には、降ってくる功績は別として、この「商取引」で親枢軸国派勢力が伸長しすぎることに、警戒感を持つものも少なくなかった。
これは、連合国に味方するとかしないとかの、外交的な問題ではない。単に自分のポストが危うくなるから、という純然たる国民党内部の権力闘争が理由だ。
そういう人間については、日本の国防省情報部は既にリストアップをすませていた。情報部は彼らの口を軽くするために、酒や女性や金銭を使うことに躊躇を覚えなかったから、情報収集は更に捗ることになる。
情報部は比較的速い段階で、中国の関与を確信していた。
ただ、単純に中国からの補給ラインを潰す、というわけにも行かない。
補給ラインの大部分は中国国内に存在しているからだ。それを潰すとなると、一応は中立国である中国への越境作戦の必要が発生する。
外交上問題が大きすぎた。
そのため、今回の作戦がある。
今回の作戦では、国防省と外務省が連携することになっていた。作戦の成果を持って、外務省が中国国民党相手に有利に交渉を進める。そういう構想だった。
藍上と泉北が狙っている標的は、そのためのスケープゴートだ。二人は知らないことだが、計画ではその目標が、死ぬか怪我をすることを期待して立てられている。
そのため、藍上と泉北のほかにも複数のチームが潜入していた。勿論、二人は知らないことだったが。
藍上達が潜入している場所は、森林の中にぽっかりと開いた草地だ。形状は直径200メートルほどの、いびつな円形。周囲をいくつかの丘に囲まれている上に植生が濃いため、地上からは視認が難しい。木の枝が鬱蒼と張りだしてもいたから、上空から見ても小さな草地にしか見えないだろう。
隠れて取引をするにはうってつけだ。だが、事前に潜んでおけば発見もされにくい。そういう場所でもある。
この草地は中国と仏印をつなぐ幹線道路から、数キロ離れていた。だが、木を切り開いてトラックが通れる程度の細道が作られている。
その草地には、既に10台程度のトラックと小隊規模の部隊が展開していた。軍服から見る限り、中国国民党軍だろう。彼らは、手に小銃を持って周辺を警戒している。
藍上達に気づけない程度の、ぬるい警戒だったが。
トラックには木箱とドラム缶が積載されていた。中身はおそらく、武器、弾薬や食料類と燃料。
泉北が双眼鏡で確認していたが、兵士やその指揮を取っている者の中に目標はいない。
ただ、目標の居場所はすでに目星がついていた。トラックの中に一台だけ、イギリス製ベッドフォード重装輪装甲車がいるからだ。おそらく、その中なのだろう。
ベッドフォード重装輪装甲車は全周を装甲で覆われている。現在、その車両と藍上達の距離は400メートルほどあった。藍上が使っている九九式狙撃銃でも貫通は難しい。
ここは相手が外に出るまで待つべきだった。この草地はほぼ全域が九九式狙撃銃の射程に入っているのだから。
九九式狙撃銃は、アメリカ軍が正式採用しているM1ガーランド小銃のライセンスを購入し、改造を施した上で生産した狙撃銃だった。
原型のM1ガーランドとは異なり弾倉給弾方式を採用し、レシーバーの真上に狙撃スコープを搭載できるようにしてある。また、伏射時の安定を増すために、折りたたみ式の小型二脚も装備されていた。使用弾薬は30-06弾をであるから、殺傷力は高い。
元々は歩兵小隊に数丁配備されるマークスマンライフルであり、本来的な意味での狙撃銃ではなかった。だが、藍上は特別に、精度の良い物を選び出して愛用している。
例の講師の発射速度に追いつくためだ。
講師は装弾数5発のボルトアクションライフルで、一分間に18人を射殺したという伝説を持つ男である。
藍上は努力を重ねた結果、そんな高速射撃は出来ないと結論づけていた。だから、そこは素直に装備の質で補うことにしている。
九九式狙撃銃はセミオートのライフルとしては高精度であり、500メートル近辺まで高い命中精度を持つ。
藍上も泉北も偽装には自信があったから、ボルトアクションライフルにわずかに劣る射程や精度に関しては、その分接近すれば補いがつくと判斷していたし、事実できていた。
目標には動きがない。相手が来るまでは装甲車から出ないつもりのようだ。
しばらくすると、周辺にエンジン音と履帯の音が響きだした。
戦車か?
藍上は一瞬、そう考えた。履帯を使用する車輌の代表格と言えば戦車だからだ。
だが、すぐに思い直す。
戦車はその運用と維持に、膨大な労力と部品、そして燃料を必要とする。トラック10台で運べる物資では、2、3台かそこらしか運用できないだろう。そんなものでは大した脅威ではないし、日本側の補足を容易にするだけだ。
密林の奥から草や灌木を踏みつけながら、10台ほどの装軌車輌が現れる。
イギリス製軽装甲装軌車輌、ユニバーサル・キャリアだった。
ユニバーサル・キャリアは簡単な改造で牽引車両にも、輸送車両にも、豆戦車にもなる使い勝手の良い車輌だ。そのため、イギリス本国のみならず連合国側であるカナダやオーストラリアでも生産され、運用されている。フランス植民地軍も利用しており、仏印で多数が鹵獲されてもいた。
なるほど、あれなら戦車ほどには兵站に負担をかけない。小型装軌車輌であるから山岳地帯や森林でも機動可能だ。また、兵員輸送型であれば物資の輸送もできる。荷車を牽引している車輌もあったから、これらにも物資を搭載するのだろう。
彼らはユニバーサル・キャリアを使用することで、神出鬼没の遊撃戦を展開していたのだ。
ユニバーサル・キャリアは国民党軍のトラックに横付けする形で止まる。物資の載せ替えを容易にするためなのだろう。
ユニバーサル・キャリアの一台から、一人の男が降りる。背の高い、白人だった。
フランス陸軍の外人部隊用の軍服を着て、髭を伸ばしている。髭の手入れはされておらず、コケた頬も相まって、原始人のような印象すら受けた。元は白だったであろうが、汚れ果てて灰色になってしまった軍服もそれを強調している。
彼が降車するとすぐ、ベッドフォード重装輪装甲車から一人の男が降り立った。目標だった。
「目標視認。装甲車より降車」
泉北が小声で言った。周りは鳥獣や虫の鳴き声、車輌のエンジン音等による騒音に満ちている。であるというのに、驚く程よく聞こえた。
敵にも聞こえるのではないか、と思うほどによく聞こえた。
藍上はスコープを覗きこみ、銃の安全装置を外した。
日本光学製の7倍率スコープを通した画像は明るく、目標がよく見える。
現実感は、薄い。
目標は歩いて、白人に近づく。
「距離、約460メートル」
立ち止まる。
「11時方向から5時方向にかけて微風」
笑顔を浮かべる。
「目標との高低差、下15メートル」
右手を差し出す。
「照準」
握手をする。
「撃て」
藍上は引き金を、落とすように引いた。
周囲に銃声が響く。
放たれた銃弾は、目標の左肩から入り、肺と大動脈と大静脈を破壊し、右側胸部から抜けた。
目標が崩れるように膝をつく。
「再照準。撃て」
藍上は瞬時に照準を微調整し、再度引き金を引いた。
2発目の銃弾は目標の左耳の上から頭蓋骨を破砕し、脳幹を破壊した。
「とどめの一撃」だった。
目標は地面へ倒れこんだ。もう、動かない。
「成功」
泉北の声が、無機質に響いた。
直後、轟音が響く。それは、日本陸軍で歩兵をやったことがある人間なら、聞き間違えることなどありえない音だった。
八九式重擲弾筒の発砲音だ。
その独特の発砲音が連続する。発煙弾を使用したのだろう。国民党軍と外人部隊の周囲が、赤い煙に包まれた。
藍上はゾッとした。
先に教えておけよ! 確かに見りゃあ、わかるけどよ!
彼は作戦を立てた参謀を心のなかで罵倒する。どうやら、この作戦は藍上たちが失敗することすら折込済みらしい。ただ、情報漏れを恐れてか、藍上たちには一切教えられていなかった。
彼は泉北に目線で合図を送る。泉北は青い顔をしており、藍上の顔を見るとすぐに頷いた。きっと、藍上も同じような顔色をしていただろう。
それほどの緊急事態だった。
直後、彼らは偽装も何もかもかなぐり捨てて、転がり落ちるように草地の反対側へ向けて、丘を下り始める。
一秒でも早く、一ミリでも遠くまで離れる必要があった。
赤い煙幕弾は基本的に、砲撃や空爆の目標位置へ打ち込まれるものだ。
航空機の爆音が聞こえない以上、おそらくは砲撃なのだろう。
砲撃である以上、修正砲撃が有るはずだ。試射が100メートル単位ではずれることなど、珍しいことではない。
藍上と泉北が潜伏していた丘の上も安全地帯ではなかったし、今この場所も安全とは言い切れなかった。
二人は全力で疾走する。
5日に及ぶ過酷な任務により、肉体は疲れきっている。であるのに、二人は全力疾走が出来た。場所は密林であり、高低差もある。地面はでこぼことしており、障害物も多い。だが、彼らは平地でのそれと大差ない速度で走ることが出来た。
火事場の馬鹿力とは、こういうことを言うのだな。
藍上は全力疾走しながら、そんなことを考える。
彼らが全力疾走を始めてから数十秒で、砲弾の飛翔音が彼らの耳に届いた。
彼らは地面に滑りこむようにして、伏せる。木の根や草の葉で顔や手の皮膚が擦り切れるが、かまってはいられなかった。
両耳に手を当て、口を開く。鼓膜を守るためだ。
背後で爆発音がした。
始めは数十秒に1回。だが、ある時を境に弾着間隔は数秒に1回にまで短くなる。
飛翔音が間延びしており、特徴がある。おそらく迫撃砲だ。
爆発音が連続し、衝撃波が立て続けに二人の体を叩く。迫撃砲要員の腕はいいらしい。全弾、丘の向こうに着弾している。破片による負傷の心配はなさそうだった。
だが、この衝撃波は気分のいいものではない。
速い所、終わらんもんか。
直後だった。
これまでの弾着とは、比較にならない轟音と衝撃波が二人を襲う。
おそらく、国民党軍が運んできた燃料か弾薬に引火したのだ。
それを境に砲撃は停止する。二人は振り返り、丘の上を見上げた。
そこを見るだけで、向こう側が酷いこと担っているのがわかる。盛大な黒煙と炎が上がっていた。
二人は顔を見合わせ、そして大きなため息をついた。
必死に目立たないようにしてきた自分たちの苦労が、なんだか馬鹿らしく思えたからだ。
「行くか」
「ええ」
なんとなく、納得出来ない気分を引きずりながら、二人は歩き出す。
5日の間で物資を消費し、軽くなったはずの背嚢が、妙に重く感じた。
回収地点まで、二人は無言で歩き続けた。




