第三章 第十話
「フランス東洋艦隊が戦闘に入った、とのことです」
「了解した」
連絡兵からの報告を聞いて、トーマス・フィリップス大将は頷いた。
戦艦2隻対巡洋戦艦2隻。
同世代の戦艦と巡洋戦艦の同数での戦闘だ。幾ら、フランス人達の練度に不安が有るとはいえ、さすがに一方的な負けはないだろう。
フィリプスは、自分でも認識できるほどに大きな希望的推測を元に、そう考えていた。
いや、フランス人達の心配よりも先に、自分たちの心配をした方がいいな。
何しろ相手は『長門』型。かの「ビッグセブン」の一角だ。建造後20年になろうとする老嬢とはいえ、侮る訳にはいかない。
少なくとも火力においては、こちらのどの戦艦よりも優勢なのだ。
「レーダーに反応。敵艦隊と思われる反応、11時方向より接近中。距離約、9万70000フィート(約2万9500メートル)。隊列は2列縦陣。一つは大型の反応2隻のみのため、戦艦部隊と巡洋艦クラスの縦列が1本づつと思われます」
「『フィジー』以下、巡洋艦と駆逐艦は敵の巡洋艦部隊に対処させろ。我々は敵の戦艦を狙う」
フィリップスは配下の戦艦4隻全てで、日本海軍の『長門』型2隻を迎え撃つ覚悟をしていた。彼は、『長門』がそれほどの難敵であると認識していたからだ。
フィリップスの指揮下には『クラウン・コロニー』級2隻と『ダイドー』級2隻の4隻の軽巡洋艦がある。『フィジー』級は重巡サイズの船体を持ち、主砲のみ6インチ砲を搭載した大型軽巡であったし、『ダイドー』級は防空巡洋艦とは言え発射速度の高い両用砲を備えていた。
敵の重巡に対しても、対抗できるはずだ。
あるいは、『デューク・オブ・ヨーク』と『レナウン』級の2隻が損傷していなかったなら、別の選択をしたかもしれない。
だが、これら3隻は日本海軍の航空攻撃で速度が低下していた。
特に『デューク・オブ・ヨーク』と『レナウン』の傷は深い。戦闘力こそ維持しているが、速度は20ノット前後にまで低下している。
そのため、フィリップスは『プリンス・オブ・ウェールズ』と『レパルス』、『デューク・オブ・ヨーク』と『レナウン』という形で変則的な戦隊編成を取らざるを得なくなっていた。
それぞれの同型艦で戦隊を組むと、速度差が有り、戦隊として動くメリットが無くなってしまうからだ。
フィリップスは『デューク・オブ・ヨーク』と『レナウン』の戦隊に、敵巡洋艦戦隊へ向かうコースを取るように命じる。敵戦艦の注意を分散するためだ。
それに反応し、敵2番艦が『デューク・オブ・ヨーク』の戦隊へ向かう。
よし、かかった。
フィリップスは内心でほくそ笑む。
これでこちらは戦艦2隻で、『長門』型1隻を相手にできる。
『長門』型は20年前に建造されたとは思えない、先進的な高速戦艦だ。最高速度26ノットに達する戦艦を相手取るのは、傷つき、脚を鈍らせた『デューク・オブ・ヨーク』の戦隊にとっては厳しいことかもしれない。
だが、対抗できないという程でもない、とフィリップスは見ている。こちらが敵戦艦を撃破する時間ぐらいは、稼げるはずだった。
「我々は敵一番艦を目標とする。可能な限り早期に、敵一番艦を撃破せよ。その後、『デューク・オブ・ヨーク』と『レナウン』の援護に入る」
フィリップスが直率するイギリス海軍の戦艦2隻は、大きく左に舵を切る。敵の一番艦もこちらに合わせて右に舵を切った。同航砲戦だ。
「射撃始め」
フィリップスは砲撃の開始を命じる。敵一番艦との距離は2万5000メートルほど。夜戦としてはかなり長い砲戦距離だ。
だが、フィリップスには自信があった。
イギリス海軍の戦艦には、すでに284型射撃管制レーダーの改良型が搭載されていたからだ。改良は出力の向上と、表示方式のPPIスコープ化などが主体であったが、使い勝手、探知距離、精度のいずれもが向上していた。
そのため、フィリップスは夜間2万メートル台という状況下であっても、十分勝負になると考えたのだ。
『プリンス・オブ・ウェールズ』全体が、強烈な振動に揺さぶられる。彼女に搭載された新式の14インチ砲の反動は、交互打ち方とは言え相応のものがあった。
5発の砲弾が、宙を駆け、水面へと落下する。
『プリンス・オブ・ウェールズ』の初弾は、全て近弾となった。
距離的にはかなりの精度が出ている。ただ、やはり錨頭に問題が有る。相当にズレていた。
第二射は第一射のデータに修正を加えて、発射される。着弾は未だズレがあったが、確実に修正が反映されており、第一射よりも敵艦の近傍に弾着した。
『レパルス』も『プリンス・オブ・ウェールズ』の第一射の直後から、砲撃を開始している。こちらは『プリンス・オブ・ウェールズ』の第二射よりも近い位置に第一射目から砲弾を落としていた。
このままだと、『レパルス』の方が先に夾叉を出しそうだな。
フィリップスは弾着の結果を聞きながら、そう思った。
一般的に戦艦は建造後一定の時間が経過し、砲撃データの蓄積が進んでいないと命中精度が上がらない傾向がある。
『プリンス・オブ・ウェールズ』を含む『キング・ジョージ5世』級はイギリス海軍の最新鋭戦艦だ。
総合的な性能なら、現在建造中の『ヴァンガード』級と『ライオン』級が完成するまでは、最強の戦艦でもある。
かつてはその位置に、「マイティ・フッド」とイギリス国民に愛された巡洋戦艦『フッド』が居たのだが、『フッド』は賠償艦としてドイツに取り上げられていた。
現在の『フッド』は、ドイツ海軍巡洋戦艦『フォン・デア・タン』だ。
そして、砲口径でイギリス海軍最大の戦艦である『ネルソン』級はあまりも鈍足であったし、戦艦として以前に乗り物としての問題がありすぎた。兵員室がボイラーに近すぎて、地獄のような暑さになるなどはその典型だ。
おかげで『ネルソン』級はアジア方面への展開が、見送られていた。
地中海ですら兵員室で、干からびたネズミの死骸が発見される始末なのだ。東南アジアへなぞ派遣したら、バウンティ号の再来になりかねない。
少なくとも『キング・ジョージ5世』級戦艦なら、真冬の北海でも兵員室では兵士たちが暑くて眠れず、仕方なく暴発防止用冷房が入っている弾薬庫にハンモックを吊るして眠るような、非常措置を取る必要性はない。
『プリンス・オブ・ウェールズ』の第二射が着弾した直後、日本海軍も砲撃を開始していた。
『長門』の斉射による砲撃の弾着位置は、『プリンス・オブ・ウェールズ』から錨頭がわずかにずれている。だが、近い。
『レパルス』よりも砲撃精度が高い可能性がある程に、近い位置への弾着だった。
やはり、侮れんな。さすがは我らの愛弟子だ。いささか変わった射法ではあるが、精度はいい。
フィリップスは気を引き締める。
おそらく次の次、遅くてもその次の斉射で、日本海軍はこちらを夾叉するだろう。それまでにこちらも夾叉を得ておく必要があった。
「『レパルス』の砲撃、夾叉」
見張り員からの報告が入る。周囲の幕僚達から、静かな歓声が漏れた。
フィリップスなどはこの程度で歓声をあげるな、と怒鳴ってやろうかとも思った。だが、無理もないと思いなおし、ただ不機嫌そうな表情で黙りこむだけで我慢することにする。
昼間でも第二射での夾叉など、難しいことなのだ。それを夜間に成し遂げた『レパルス』は称賛されてしかるべきだった。
「本艦の射撃を急がせろ」
フィリップスは意図して不機嫌そうな声で命じる。空気を悟ったのだろう。幕僚や兵達は表情を引き締め、各所への連絡を始めた。
『プリンス・オブ・ウェールズ』は交互打ち方で砲撃を続ける。おおよそ一分に一度のペースで続けられた砲撃は、第5射で夾叉を得た。
「斉射に移行せよ」
艦長の命令により、『プリンス・オブ・ウェールズ』は全10門の主砲全てを使った砲撃を開始した。30秒強の時間を置いて、立て続けに砲弾が主砲から吐き出される。
これは『キング・ジョージ5世』級の、カタログ上での最大発射速度に近い発射速度だ。
主砲の操作要員に、莫大な負担を掛ける行為ではある。だが、砲口径で負けている以上、イギリス海軍は手数で『長門』に勝る必要性があった。『レパルス』も同様に、可能な限りの発射速度を維持している。
命中弾が出たのは、『レパルス』が斉射へ移行してから3斉射目だった。
「『レパルス』の砲撃、一発命中」
『レパルス』の15インチ砲弾が一発、命中したのだ。
命中箇所は『長門』の船体後部の第四砲塔側面だった。だが、『レパルス』の15インチ砲弾は350ミリにも達する装甲を持った、『長門』の主砲側盾を貫通できなかった。
『長門』型は4回にも及ぶ改装により、直接防御は旧式戦艦の域を超えたレベルに到達している。2万5000メートルの距離を隔てた状況では、よほど良い角度で当たらない限り、15インチ砲弾では重要部位に直接的なダメージを与えることは出来ない。
だが、『長門』もさすがに無傷というわけではなかった。
主砲側盾を貫通できず、その場で炸裂した15インチ砲弾の破片と爆風により、『長門』の艦載機発艦用の装備が損害を受けていたし、戊式40ミリ機銃や恵式20ミリ機銃が幾つか吹き飛ぶんでいる。また、高角砲が1基損傷していた。
ただ、対艦戦闘能力という面では、『長門』の能力はほとんど低下していない。
『長門』は何事もなかったかのように、『プリンス・オブ・ウェールズ』に対して斉射を放ち、そして夾叉を得ていた。
「損害は軽微の模様」
「敵艦砲弾、本艦を夾叉」
あまり嬉しくない報告に、フィリップスは思わず舌打ちをしそうになり、そして紳士的ではないと思い直す。
先に夾叉を出したのは、こちらだ。すぐに『プリンス・オブ・ウェールズ』も直撃を出す。そうすれば、手数で勝てるはず。それに、『プリンス・オブ・ウェールズ』の防御構造は重厚だ。早々、簡単には大きなダメージは受けないだろう。
『キング・ジョージ5世』級は、確かに16インチ砲搭載戦艦である『ネルソン』級と比較しても、装甲の厚さ自体はさほど劣らない。傾斜装甲ではない、などの問題はあるが、14インチ砲搭載の戦艦としては非常に高い防御力を、イギリス海軍の基準では、持っている。
故に、フィリップスの観測は一概に希望的観測と片付けられるものでもなかった。
『プリンス・オブ・ウェールズ』が直撃弾を得たのは、第3斉射だった。
10発の主砲弾のうち、2発が命中。命中箇所は艦首の無防備区画と艦中央部だった。
艦首無防備区画に命中した砲弾は、錨鎖庫や兵員室を破壊し、火災を発生させた。この火災は、応急班の活動により比較的早期に消し止められることになり、大きな打撃とはならなかった。
対して、艦中央部に命中した砲弾は、『長門』に相応の打撃を与えていた。この砲弾は、『長門』のシンボルとも言える湾曲煙突を半ばから破壊。煤煙が後部檣楼を覆い、予備の光学測距装置に悪影響を与えた。
また、煙突が破損したことによる排煙不良の問題から、機関の出力の低下を誘発させ、『長門』の最大速度を24ノット程度まで低下させることになる。
「命中弾、少なくとも2」
見張り員の報告に、フィリップスは内心で喝采をあげる。これで、完全に先手をとれた。このまま、手数で押し切ってやる。
だが、『長門』は未だに戦力を維持していた。
不意に、『プリンス・オブ・ウェールズ』の全体が震える。
被弾だった。
「被弾1。損害箇所は第二砲塔」
「被害程度は?」
「第二砲塔前盾が抜かれています。第二砲塔使用不能」
フィリップスは報告に愕然とした。
『キング・ジョージ5世』級戦艦の主砲塔前盾の装甲は、330ミリにも達する。この距離では『ネルソン』級の16インチ砲弾でも、貫通は難しい。
連中の主砲は一体どうなっているのだ?
フィリップスは自らの乗艦が対峙している、日本の旧式戦艦に対して、得体の知れない恐怖を覚えた。
その恐怖は正当なものだ。
現在の『長門』型戦艦の主砲口径は41センチではなく、43センチなのだから。
イギリスが目指した軍縮条約の1935年以降への延長は、日米との交渉の不調によって頓挫していた。新造する戦艦の主砲を、14インチに制限するなど、自国の戦艦戦力の優勢を目指す姿勢が、あまりにも露骨だったからだ。
この交渉結果を受けて、『長門』型戦艦へは四度目になる改装が行われていた。
『長門』型は昭和13年から開始されたこの改装において、主砲とその関連設備を完全に入れ替えていた。
主砲は新造戦艦『土佐』型と同一の九二式四三口径四三糎砲に交換され、砲塔内部のレイアウトもそれに合わせて更新されている。
この新型の43センチ砲は『長門』型の三年式四〇糎砲の砲身を新素材に変更し、強度を上げたうえでボーリングして、砲口径を拡大するような形で開発が進められていた。既存の41センチ砲の生産設備が一部流用でき、コストを抑えることができるからだ。
イタリアが旧式戦艦を改装するときに用いた手法を、少し贅沢にした形だった
そのため、この新型43センチ砲は、重量的には『長門』の41センチ砲とそれ程の差は無い。結果、『長門』型にも無理なく搭載が可能だった。
第四次改装では主砲の交換と同時に、主砲薬室の拡大や砲架、揚弾設備等の設計刷新などがなされており、『長門』型の砲撃システムは、ほぼ『土佐』型に準じたものになっている。
『長門』の第四次改装の目的は戦闘能力の向上と同時に、『長門』型の使用砲弾を『土佐』型と合わせることも目的だった。
日本がイギリス主導の軍縮条約延長に否定的だった理由には、『金剛』型と『扶桑』型、及び『伊勢』型戦艦の計8隻の後継を、できるだけ早期に建造したいから、という点もあった。
この8隻の戦艦の防御構造は、あまりに古すぎ、改装にも限界があったのだ。
当時の日本では議会制民主主義の発展により、人命の相場が高騰していた。その結果、日本海軍的に『金剛』型、『扶桑』型、『伊勢』型の8隻は艦隊戦に投入する戦力としては、いささかの躊躇を覚える存在となっていたのだ。
また、国家予算の増大により、海軍予算は相対的に増えていたから、新戦艦を建造しない理由がなかった。
『金剛』型の後継、後の『剣』型巡洋戦艦はその任務内容ゆえに砲口径の増大は行わずに、防御能力と指揮通信能力の強化に主眼が置かれることが決まっていた。
そのため『扶桑』型と『伊勢』型の後継となる新戦艦、『土佐』型戦艦には、砲口型の向上が求められたのだ。『土佐』型への43センチ砲の搭載は、設計検討の段階ですでに内定していた。
アメリカの新戦艦が新型16インチ砲を搭載する、という情報も『土佐』型への43センチ砲搭載を後押しした。
質の面でアメリカ海軍に優越しておくことは、アメリカが友好国であろうが同盟国であろうが、政治的に重要な意味があったからだ。
結果、日本海軍は遠くない将来に36センチ砲搭載巡洋戦艦4隻と、43センチ砲搭載戦艦4隻、そして41センチ砲搭載戦艦2隻を保有することになりそうだった。
そして、日本海軍はあることに気づいた。
たった2隻の戦艦のために、41センチ砲弾の生産ラインを維持するのは、あまりにも効率が悪いのではないか? と。
『土佐』型以降の建造計画においても、41センチ砲が採用される見込みは皆無だった。つまり、41センチ砲搭載戦艦は、日本海軍にはこれ以上増えない。
だが、『長門』型は長年国民に親しまれ、事実上、日本海軍の象徴となってしまっている。また、3度に及ぶ改装の結果、『長門』型の戦闘力は未だに高かった。日本海軍の将来的な戦備計画においても、25ノット近辺の中速と厚い装甲を持った戦艦には存在価値があった。
そして、第3次改装からわずか数年で、『長門』型戦艦の再改装が決定する。
日本海軍は、予算要求上『長門』型と『土佐』型用の43センチ砲開発予算を「新型四〇糎級戦艦主砲開発のため」としていた。
「誤差」は1割に満たないのだから、必ずしも嘘ではない。
また、この43センチ砲の砲身直径と砲身長は『長門』の三年式四〇糎砲から、ほとんど変化がなかった。
このため、欧州の海軍では改装後の『長門』型と『土佐』型は、いずれも新型の45口径16インチ級主砲を搭載していると判断していた。
彼らも日本の新型16インチ級主砲が、威力の向上を果たしていることは見込んでいた。だが彼らが想定していたのは、あくまで新型砲弾の開発と、新型砲弾対応16インチ級主砲の開発のみ。
主砲口径の増大と、それに伴う3割強もの砲弾重量の増加は全くの想定外だ。
対してアメリカ海軍は、薄々この事実に気づいていた。
だが、日本は元は友好国、今は同盟国であったし、彼らが新型戦艦に採用した新型の16インチ砲は1.2トン超もの大重量砲弾、スーパーヘビーシェル、を使用する凶悪な代物だ。
この新型砲を搭載した『ノースカロライナ』級と『サウスダコタ』級なら、日本の43センチ砲搭載戦艦にも十分対抗可能であると彼らは判断していた。その新型砲を、更に改良した主砲を搭載した『アイオワ』級ならば確実だ、とも。
アメリカ海軍は、新戦艦の数において日本海軍に対して倍近い優位も確保していたから、海軍全体としての優位も揺るがない。
また、アメリカ海軍にも43センチ砲搭載戦艦、後の『モンタナ』級の建造計画があったから、日本海軍の『長門』型と『土佐』型、そしてその次の戦艦、『大和』型についても否定的な反応は示していなかった。
『長門』型の九一式四三糎徹甲弾は、2万5000メートルの距離を隔てていても、垂直装甲の場合340ミリ、水平装甲でも200ミリ以上の貫通力を持っている。
つまり、『プリンス・オブ・ウェールズ』のあらゆる装甲を、貫通可能な能力を持っているということだ。
『長門』の砲弾が、再度降り注ぐ。
今回も、一発の命中弾が発生した。この砲弾は舷側装甲を貫通し、両用砲弾薬庫近辺にて炸裂。火災を発生させることになる。
「両用砲弾薬庫近くにて、火災発生。火勢が強く、消し止められません。両用砲弾薬庫への注水許可を」
副長が非常措置を求める焦燥した声が、フィリップスの耳に入った。両用砲弾薬庫は、ヴァイタルパート内の重要区画だ。『プリンス・オブ・ウェールズ』の中でも、強力に防御されている区画が破壊されたということだった。
「我々は、一体何と戦っているのだ?」
フィリップスの恐怖に満ちたつぶやきは、司令塔内部の喧騒によって掻き消される。
彼にとっての最後の戦いは、まだ始まったばかりだった。