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日米亜欧州戦争記  作者: √2
第三章 仏印攻略戦
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第三章 第八話

「レーダーに艦隊の反応。おそらく日本海軍と思われます。9時の方向、距離3万5000メートル」

「了解した。全艦、砲水雷戦用意」

 連絡兵からの報告に、フランス海軍東洋艦隊司令長官のマルセル・ブルーノ・ジャンスール中将は答えた。

  彼の命令に従い、戦艦2隻、軽巡1隻そして駆逐艦5隻の彼の艦隊が戦闘準備を開始する。

  『ダンケルク』の艦橋の窓から見える風景は、ほぼ漆黒だ。月明かりはあるにはあるが、月齢は若い。

  見張り員の目はあまり期待出来そうにはなかった。だが、『ダンケルク』にはレーダーがある。

  導入されたばかりの対水上見張りレーダー「DRBV1」は、しっかりと敵艦隊を捉えているようだった。日本海軍もレーダーの導入しているらしいから、この装備はありがたい。

  たとえ、それがドイツ製レーダーの実質的なコピーであるとしても。

  おそらく、日本のレーダーはアメリカからの購入品だろう。だか、そうであるからこそ、その性能は無視出来るものではない。向こうもすでに、こちらを補足していると考えるべきだ。

  彼らは現実的に言って、英仏合同艦隊の最後の希望だった。

  前衛に回した巡洋艦と駆逐艦の部隊は、その大部分が撃破されてしまい、敵空母群を補足するのは難しい状態だ。

  また、イギリス海軍の戦艦も損傷を受け、速度を低下させている。

  30ノットの高速を誇った『レナウン』級2隻はいずれも航空攻撃で速度を低下させてしまっている。彼らでは敵空母群の補足は難しいだろう。

  そのため、イギリス海軍東洋艦隊のトーマス・フィリップス大将は、一つの決断を下していた。

  フランス艦隊を分離し空母群の補足を任せ、自ら指揮するイギリス戦艦部隊は日本海軍の戦艦部隊を相手取る、という決断だ。

  フィリップスにとって、これは大きな賭けだった。彼はフランス海軍の能力にあまり信用を置いていなかったし、日本海軍の能力が高いことを確信していたからだ。

  だが現実的な問題として、夜戦を決意した時点ですでに英仏合同艦隊は日本の空母群を補足するか、自らが滅びるかの2択しか無い状況になっていた。

  能力面に不安はあれど、フィリップスにはすでにフランス海軍に賭けるしか選択肢がない状態だったのだ。せめて、自分のケツぐらいは拭いてもらおう、という意識もあった。

  それに、フランス艦隊の分離は有利な一面も持っていた。フランス海軍の戦艦は高速であったし、何より分離した艦艇はほぼ無傷の艦艇ばかりだ。英仏合同の巡洋艦部隊を撃破した、日本海軍の巡洋戦艦が妨害に出たとしても、彼らは傷ついているだろう。

  無傷なフランス戦艦は、傷ついた日本巡洋戦艦相手に有利に戦えるはずだ。そもそも、巡洋戦艦は総合戦力において戦艦よりは格下なのだ。

  日本の艦隊は二列縦陣を組んで、こちらの側面方向から接近していた。

  ネルソンタッチそのものだな。

  ジャンスールは苦笑する。

  日本海軍はイギリス海軍の弟子を自称していた。事実として日本海軍はその黎明期に、海軍要素の多くをイギリス海軍から習得している。

  だからといって、ネルソンタッチはないだろう。

  ネルソンタッチはかつてトラファルガー海戦において、イギリス海軍がフランス海軍艦隊を完膚なきまでに叩きのめした戦術だ。

  だが、現代においてはすでに古臭い戦術でもある。

  そんな、くだらない懐古趣味に付き合う義理は無いな。

  ジャンスールはそう判断すると、命令を下した。

「取舵、進路、270」

 彼の艦隊は、大きく左に進路を変えて日本海軍の2列縦隊と正対する形をとる。ジャンスールはこのまま反航、あるいは進路を変えての同航砲戦を実施するつもりだった。

  日仏の隊列は急速に接近する。

「見張り員より報告。向かって左側の敵隊列は、小型艦多数。巡洋艦及び駆逐艦部隊と推定、右側の敵隊列は大型艦2隻。戦艦ないしは巡洋艦と思われる」

 隊列の接近により、視界が確保出来たのだろう。見張り員空の報告が入った。

 なるほど、単に駆逐隊と戦艦を分けていただけか。

「了解。『デュゲイ・トルーアン』に通信。駆逐艦を率いて、左側の敵駆逐艦部隊に対応せよ」

「了解」

 ジャンスールの命令は、発光信号と電文にて艦隊内に通達される。『ダンケルク』と『ストラスブール』に追随して単縦陣を組んでいた、軽巡『デュゲイ・トルーアン』以下の艦艇、合計6隻は進路をわずかに変更し、日本の駆逐隊へと向かった。

  こちらの動きに反応して、日本の駆逐艦部隊も進路を変える。

  これで戦闘の形は、戦艦対戦艦と駆逐艦部隊対駆逐艦部隊となった。

  後は敵の巡洋戦艦に集中するだけだ。

「敵隊列、面舵」

「取舵。敵と同航しろ。右砲戦用意」

 日本の巡洋戦艦と、『ダンケルク』級の2隻は同航砲戦の形になった。

  ジャンスールは日本海軍の巡洋戦艦『剣』型のスペックを思い出す。

  基準排水量3万5000トンの巡洋戦艦であり、主砲は36センチ砲9門。速度は『ダンケルク』とほぼ同等。

  『ダンケルク』の主砲は33センチ砲8門であったから、砲火力では劣っている。

  だが、相手は巡洋戦艦である。装甲は薄いはずだった。

  それに、『ダンケルク』級の33センチ砲は、13インチクラスとしては非常に優れた砲だ。36センチ砲搭載戦艦の装甲であっても、2万メートル台でなら貫徹可能なだけの性能を持っていた。

  十分、勝負になる。

  ジャンスールはそう判断していた。

「距離、2万メートル」

「射撃開始」

 ジャンスールの命令により、『ダンケルク』は発砲する。続いて『ストラスブール』も発砲を開始した。

  現代の戦艦としては、やや小振りな口径の主砲ではあったが、33センチ砲の発砲の衝撃は小さなものではない。濡れたタオルで叩かれたような、鈍い衝撃がジャンスールの腹に響いた。

  2万メートルは、夜戦としてはかなり長い砲戦距離だ。従来の砲戦の場合、必中を期すにはあと4000メートル程度は距離を詰めるべきだった。

  だが、ジャンスールは『ダンケルク』の夜間砲戦能力に、大きな自信を抱いていた。

  原因は『ダンケルク』級2隻に搭載されているレーダーにある。

  『ダンケルク』級の2隻には、フランス製の対水上射撃管制レーダーである「DRBC2」を搭載していた。

  これは昨今のレーダー技術の発達に、フランスが食いついてゆくために開発が開発されたレーダーだ。

  DRBC2はその開発経緯において技術的な問題が多数発生していたが、その都度イギリスの284型射撃管制レーダーを、「大いに」参考にして製作されていた。

  フランス人的には微妙な気分になる開発経緯だが、性能はそれなりに優秀だ。

  それに、ドイツ人もイギリスのレーダー運用技術や部品、あるいはレーダーそのもを利用していることをジャンスールは知っていたから、「まあ、仕方ない」ぐらいの気分で済ませていた。

  ジャンスールはこの時期の常識に従い、交互撃ち方による発射を命じていた。交互射撃により発射速度を上げ、弾着観測による射撃諸元の修正を素早く行うためだ。

  4発の砲弾が宙を駆け、着弾する。

  初弾は距離は概ね正確ではあったが、錨頭がずれていた。

  ま、初弾であれば、こんなものか。

  ジャンスールはそう思った。

  DRBC2はイギリスの284型や、ドイツのゼータクトなどの欧州枢軸の主要な対水上射撃レーダーと比較するなら、どうしても精度が低かった。電波の周波数的な問題もあったし、技術的に未熟なことも理由ではある。

  だが、DRBC2は少なくとも夜間の測距においては、『ダンケルク』の10.5メートル測距儀より高い精度が出ることが分かっていた。

  あとは、運用の問題だった。

  射撃指揮装置へのデータ入力は、口頭による伝達と手入力に頼っていた。測距にレーダーの、錨頭に光学系のデータをそれぞれ入力している。

  この運用により、フランス戦艦の砲撃精度は飛躍的に向上していた。

 第二射が、着弾する。

「全弾、遠弾」

「なに?」

 ジャンスールは耳を疑った。先ほど、測距に狂いはなかったのだ。

「敵艦、取舵」

「見張り員、遅い!」

 ジャンスールは思わず怒鳴った。敵艦の変針を見落とすなど、あってはならないことだ。砲撃前であったなら、まだ修正の余地はあったのだが、見張り員の見落としでそれも出来ない。

  これで、先程までの砲撃用のデータは使えなくなっていた。再度、初めからやり直すしかない。

  『ダンケルク』はその後も砲撃を続ける。しかし、敵艦は小刻みに進路を変更しており、なかなか命中弾が出なかった。

「なんと、面倒な敵だ」

 ジャンスールは思わず唸る。

  こうまで執拗に敵が接近を狙うのは、必殺の砲弾を叩きこむためだろう。

  敵は巡洋戦艦だ。装甲は薄い。であるならば、近接して双方の防御力の差を、無意味なものとしてしまおうと考えているのだろう。

  すでに彼我の距離は1万8000メートルを切っている。『ダンケルク』級は排水量と主砲口径の割りには重厚な装甲をもっているが、さすがに危険な距離だ。

  そろそろ命中弾が欲しいところだった。

「敵艦、再度変針。本艦と並走」

「弾着。遠、遠、近、遠。夾叉!」

 見張り員と弾着観測員からの報告が、ほぼ同時に入った。

「よし。斉射に移れ」

 ジャンスールの命令により、『ダンケルク』は斉射に移行する。『ダンケルク』は、その8門の主砲全てから砲弾を打ち出した。

  これまでよりも遥かに大きな衝撃が、ジャンスールに響く。

  8発の砲弾は、1万8000メートル弱の距離を飛翔し、着弾した。

  敵艦中央、やや船尾よりに光点が発生する。

  命中弾だった。

「命中弾。少なくとも1」

  良い位置だ。

  ジャンスール思った。装甲を貫通すれば、後部主砲弾薬庫や機関部の損傷が狙える位置だ。

「敵艦発砲!」

 光点が9つ確認できた。

 しかし、敵艦は何らの痛痒も感じていないかのように、主砲全門を発射してくる。先ほどの命中弾は、敵艦にはそれ程の打撃とはなっていないようだった。火災も派生しているようには見えない。

  敵艦の砲弾が、『ダンケルク』の周囲に降り注いだ。

  全弾『ダンケルク』艦首方面への着弾。明らかな錨頭ずれ。だが、敵の弾着は測距は正確であったし、大部分が至近弾だった。

  ジャンスールの常識では、日本海軍の交互打ち方無しの射法は、考えられない暴挙だ。

  だが、驚いたことに、彼らは初弾で至近弾を送り込んできた。

  ジャンスールは努めて顔に出さないよう気をつけながらも、内心で焦りを感じていた。彼の予想では少なくとも次の次の斉射で敵はこちらを夾叉するだろう。

  少なくとも、『ダンケルク』の砲術ならやれる。

  『ダンケルク』は再度主砲を放つ。

  今回も一発の命中弾が発生した。敵の第一主砲塔近辺への着弾だ。

  だが、この命中弾にも敵艦は怯むことなく、再度の斉射を送り込んでくる。被弾はない。

  だが、夾叉だった。

  敵艦の装甲はどうなっているのだ? 

  あれは巡洋戦艦ではないのか?

 『ダンケルク』の斉射は、確実に敵艦を捉えている。だが、敵艦はなんら傷ついた風もなく、『ダンケルク』の速度に追随し、9門の主砲を放り込んでくるのだ。

  我々は何か、得体の知れないものと戦っているのではないか?

  ジャンスールの背筋に、一筋の冷や汗が流れた。

 

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