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日米亜欧州戦争記  作者: √2
第三章 仏印攻略戦
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第三章 第七話

「勝ち、ですね」

 南遣艦隊参謀長の澤田は、どことなく安堵をにじませる声で言った。彼の手には先鋒部隊が上げた戦果と損失の統計が書かれている。

  戦果は重巡1隻と駆逐艦3隻を撃沈。重巡2隻と軽巡1隻、駆逐艦1隻に大破、または中破の損害。ほか、軽巡と駆逐艦それぞれ1隻に多少の損害を与えている。

  対してこちらの損害は、駆逐艦『霰』と『峯雲』が大破、軽巡『最上』が中破し、巡洋戦艦『剣』と『立山』、重巡『伊吹』と軽巡『三隈』が小破していた。

  大破した2隻の駆逐艦のうち、『峰雲』は機関部への損傷と火災により復旧は難しいと判断され、すでに総員退艦の命令が出ている。実質的には被撃沈扱いになるだろう。

  だが、それを計算に入れても、勝利ではあった。

  駆逐艦数では劣っていたが、巡洋艦数でほぼ同等、その上に巡洋戦艦まで投入したのだから、当然といえば当然の結果だ。

「幸先はいいな」

 南遣艦隊司令官の小沢は、頷きながら言った。これで敵の先鋒部隊は戦艦同士の戦いにおいては、役に立たないはずだ。

  小沢の目前にある机上には、仏印周辺の海図が置かれていた。海図の上には簡略化された船の模型が、ピンで止められ、彼我の位置を表示している。

  戦闘指揮所にあるアクリル板は戦闘レベルの表示を前提に作られており、広域の表示には向いていなかった。そのため、机の上に海図を広げ、その上に敵と味方で色の違うモデルをピンで止めることで、視覚表示としている。

  敵艦隊の位置は、断続的にではあるが把握できていた。戦艦と巡洋艦から発艦した水偵が敵艦隊との接触に成功しているのだ。

  『長門』から発進した零式水上観測機は30分ほど前から敵先鋒戦隊へと接触していた。だが、彼らの艦艇の多くは速度を落としている。位置的にも戦力的にも空母群やこちらの脅威とは成り得ない。念のため、零観には接触を続けさせているが、あまり意味はないだろう。

  『長門』と『陸奥』はほぼ全速で敵の戦艦部隊へ向かっていた。敵の戦艦部隊には、重巡から発進した零式水上偵察機が接触をしていた。その都度、高角砲で追い払われはするのだが、断続的な接触の維持には成功している。

  敵は『ダンケルク』級と数隻の駆逐艦及び巡洋艦1隻を他の戦艦からは分離していた。おそらくはフランス海軍の艦艇なのだろう。こちらにも零式水上偵察機が接触を続けている。

  『ダンケルク』級は現在、他の戦艦と足並みを揃えていた。

  だが先の航空攻撃を彼女らは無傷で乗り切っていたから、速度も火力も低下していない。また、『ダンケルク』級はフランス海軍の戦艦であったから、分離したほうが指揮系統上でも有利な面があるのだろう、と小沢は考えていた。

「第3戦隊には、このフランス艦隊に当ってもらう」

「規定の路線ですな」

「ああ、位置的にも近いし、変更する理由がないしね。それに『ダンケルク』は足が速い。『長門』だと掻き回される恐れがないでもないからね」

 日本海軍では速度による戦術的優位を確保するには、少なくとも5ノット以上の速度差が必要だと考えられていた。

  『ダンケルク』級の速度は公称30ノット。

  対して『長門』型は30年代終盤に実施された第4次改装後、速度は25ノット強、条件が揃った状態で26ノット弱となっていた。

  可能性としては低いが、『長門』は『ダンケルク』に速度による戦術的優位を奪われる可能性は、確かに存在する。

  少しばかり慎重な発想ではあった。

  だが、どの道『ダンケルク』より砲力で勝るイギリス海軍の戦艦部隊に、『剣』型をぶつけるのはあまりにもバクチではあるし、片方に戦力を集中するのも現状では危険だ。万が一にも空母群が補足されたりしたら、甚大な被害を被ることは間違い。

「中破以上の損傷艦は下げるとして、第22駆逐隊と『三隈』は、こちらに合流してもらいましょう。第23駆逐隊だけでは戦力に不安があります」

 澤田はそう言うと、第22駆逐隊のモデルを指した。

  第22駆逐隊は先の先鋒戦隊同士の戦闘において、損傷の少なかった方の駆逐隊だ。駆逐艦は3隻が無傷であり、臨時旗艦の『三隈』も小破で済んでいる。

 第21駆逐隊は無傷の駆逐艦は同数であったが、旗艦の『最上』が中破していた。

「フランスの戦艦部隊は駆逐艦が3、4隻に軽巡1と戦艦2ですから、戦力的には第21駆逐隊と第3戦隊でも対応可能と思います」

「『朝潮』型の砲火力で、フランスの駆逐艦を叩き切れるでしょうか?」

 澤田の提案に、参謀の一人が少し不安そうに言った。

  日本海軍の駆逐艦は昭和の初期に、主砲の全てが高角砲に統一されていた。日本海軍の高角砲は発射速度は平射砲より速いが、射程で劣っているのが一般的だ。

  新式の九六式一二糎七高角砲、通称長一二糎、であればその辺りも改善されているのだが、第21駆逐隊に配備されている『朝潮』型駆逐艦は旧式の八九式一二糎七高角砲が主砲だった。

  駆逐艦同士の砲戦となれば、射程面で不利になる可能性がある。

  事実、そこを不安視して、駆逐艦主砲の高角砲への統一に反対する勢力も当時は存在していたのだ。その急先鋒がその時点ですでに予備役だった、平賀譲元造船中将だった。

  ただ、彼は反対勢力を糾合するには、あまりに多方面に敵を作り過ぎていた。ライバルとも言える藤本喜久雄が後輩の造船士官や、現場の人間の声を聞く耳を持っていたのに対し、平賀はいささか傲慢に過ぎたのだ。

  また駆逐艦がそもそも、どういう任務をするための艦であるか、という点についても平賀と日本海軍の現場士官達は、異なる認識を持っていた。

  その時期の日本海軍は日米間の外交関係の強固化に伴い、対米艦隊決戦一辺倒ドクトリンからの変革時期にあった。金科玉条の漸減要撃戦法すら見直され始めた時期なのだ。

  それにより、駆逐艦の思想もこれまでの「大型水雷艇」的な発想の駆逐艦から、ごくごく普通の「大型艦の護衛艦」としての駆逐艦へと回帰を始めていた。

  古い発想から抜け切れていない平賀の主張は、階級の高い人間にはある程度の効果があったが、実務を掌握している佐官クラスにはあまり効果がなかった。むしろ、「まっとうな」海軍に立ち返る機会を潰しかねない危険人物、と認識されることになったほどだ。

  そのため、さほど問題なく駆逐艦主砲の高角砲への移行は進んでいた。

  だが、結果として駆逐艦主砲の射程は落ちた。

  フランス駆逐艦の一般的な主砲である13センチ砲は1万8000メートルを超える射程を持つ。対して『朝潮』型駆逐艦の主砲である八九式高角砲はの最大射程は1万5000メートル弱だ。

  その点を参謀は危惧していた。

「砲術?」

 小沢は砲術参謀に答えを促す。砲術参謀は、軽く頷くと口を開いた。

「自分は、駆逐艦の砲射程の差は、さほど問題にならないと考えます」

「なぜかね?」

「まず第一に、第三戦隊と第21駆逐艦の戦力は、フランス艦隊に劣りません。中破以上の損傷艦を後退させたとしても、です」

 事実だった。

  第三戦隊と第21駆逐隊を合わせた戦力は、小破以下の艦艇だけで巡洋戦艦2隻、重巡2隻、駆逐艦3隻となる。仮に『剣』型で『ダンケルク』級を抑えるとするなら、敵の巡洋艦1隻と駆逐艦数隻に対して、重巡2隻と駆逐艦3隻があたる形になるから、戦力的には確かに優越していた。

「第二に夜戦では、接近戦になる傾向が強い、という点です。多少の最大射程の違いは問題にはなりません。問題になるとするなら、戦艦戦力の差です」

「『剣』と『ダンケルク』の間に戦力的な心配は無いか?」

「ありません」

 砲術参謀は小沢の質問に、即答した。

「砲口径で勝っていますし、何より『剣』は巡洋戦艦を名乗るのがおかしい艦ですので」

「ま、確かにそうだ」

 砲術参謀の答えに頷くと、小沢はぐるりと周囲を見回す。

  参謀全員が納得したようだった。

  小沢は大きく生きを吸い込むと、宣言する。

「よし、では我々は第22駆逐隊との合流後、イギリス戦艦隊との戦闘を実施する」

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