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act.6 使者


第六章・使者


1


トーヤ女史の葬儀は、ウエストウッドの墓地でひっそりと行なわれた。

参列者は俺とルージュだけ。

生前の女史の業績を考えると淋しい限りだ。

墓碑銘には〝ジュリアンの母、ここに眠る〟とだけ刻んだ。

きっと女史は、それ以上の言葉を望んではいない。

出来る事なら、ジュリアンにだけは参列して欲しかったが‥‥。

女史の訃報は元旦那には伝えなかった。

伝えれば彼らを巻き込む事になるからだ。

彼らが身柄を拘束されずに済んでいるのは部外者だからに他ならない。

当事者になれば、即被害者になるだろう。

死亡証明書は病死で偽造したが、戸籍抹消や埋葬許可は正規の手続きを踏んだ。

いつかジュリアンが母親の消息を調べた時、この墓前にたどり着けるように願っての事だ。

申し訳ありません、女史‥‥これが俺の精一杯です。

ルージュは黒のワンピースをまとい、静かに目を伏せていた。

ルージュには涙を流す機能は無い。

もしあったら、黙って頬を濡らしていたに違いない。

「これは永遠の別れではありません。何故なら、私達は天国で再会できる事を神によって約束されているからです」

牧師の言葉に、ルージュは吐き捨てるようにつぶやいた。

「そんなものは幻想だ」

「ルージュ、これは祈りなんだ‥‥そうあって欲しいという願いなんだよ」

俺はルージュの手を握り囁いた。

「人は命の終わりと共に無に帰る‥‥だがトーヤは、最後まで自分の意志で人生を決める事が出来た。過ちは犯しても、流される事は無かった‥‥」

ルージュは俺の手を握り返して続けた。

「私もそうありたいと思う」

‥‥女史の一番の理解者はルージュだったんだと思う。

そしてルージュの一番の理解者は‥‥俺ではなく、トーヤ女史だった。

‥‥不甲斐無いです。


俺たちはそのまま、棺が埋められるのを見守った。

埋めたあとに石のプレートがはめ込まれ、全ては終った。

気がつくと埋葬の係員も消え、俺たちだけが取り残されていた。

それでも俺たちは、女史の墓前から動かなかった。

もちろん哀悼の意味もある。

だが主たる目的は‥‥待っていたのだ。

戸籍を抹消すれば、ネットワーク経由でメビウスの知る所となる。合わせて遺体の移動許可、埋葬許可も筒抜けだ。

当然何かしらのリアクションがあるだろう。

褒められた話じゃないが、俺とルージュの頭は〝報復〟の二文字で一杯だった。

だが恥じ入る気も無い。

トーヤ女史は、戦争を止めるために命を落とした‥‥しかし二機目のGAはロールアウトして、メビウス指揮下で跳梁している。

あの白いGAを破壊しなければ、女史の死が無駄になる。

‥‥だがパイロットについては見当もつかない。


そして待ち人は現れた。

‥‥が、予想外にも少女だった。

しかも一人‥‥斥候にしてもおかしいだろう?

少女は喪服を着て、歳は十代半ばに見えた。

手には大きな薔薇の花束を持っている。

薔薇?

「‥‥マズイな」

遠目に見ながらルージュがつぶやいた。

「心臓の音が聞こえない」

「ヒューマノイドか?」

「驚くな、珍しくもない」

そりゃそうだ。

「内蔵火器に注意。銃身を見たら私の陰に隠れろ」

俺は一応防弾ベストを着てはいたが、頭と手足は素のままだった‥‥そうさせてもらおう。

少女は静かに歩み寄ると、何故か花束をルージュに差し出した。

「墓はお前の足元だ」

少女は無表情に返答した。

「これは献花ではありません。決戦の前の挨‥‥」

言い終わらないうちにルージュの後ろ回し蹴りが決まった。

敵の口上を聞いていられるほどルージュは気長ではない。

蹴りは花束を散らし、少女の鳩尾にヒットした。

真っ赤な花吹雪が宙に舞った。

少女は五mも弾かれたが、着地と同時に背中から刃を抜いた。

刃渡り五十cmオーバーのサバイバルナイフだ!

で、何故か俺に向かって突進して来やがった!

「お前の相手は私だっ!」

ルージュは割って入ると同時に少女の腕を取った。

そのまま後ろ手にねじ上げ、肩関節を破壊。

人間ならこれでナイフを落とすのだろうが、相手はヒューマノイドだ。痛みもクソもありゃしない。

だからルージュは少女をうつ伏せに組み敷いて、背中に全体重を載せた膝を落とした。

背骨フレームの砕ける音が響いた。

「こんな人形、挨拶にもならん!」

ルージュは右腕をたくし上げると、ヒューマノイドに向かってガトリング砲を開いた。

「止めろ!!!」

‥‥破壊衝動の塊が冷たい目で俺を見た。

「何故止める?」

「そいつは唯一の手掛かりなんだぞ!‥‥メモリーを分析したい」

「そうか‥‥確かにそうだな」

相変わらず後先を考えない奴だ。

とてもトーヤ女史の遺伝子とは思えん!

が、世界最高の頭脳のコピーは、更に信じられない事をやらかした。

ルージュは動かなくなったヒューマノイドの髪を掴むと、ガトリング砲を全弾ブッ放したのだ。

二十二口径の連射で、ヒューマノイドの首は切断された。

「な‥‥何やってんだぁ!?」

「頭があれば十分だろう?」

SだSだとは思っていたが、最近やり方がエスカレートしてないか?

「コイツはお前を攻撃した。お前に危害を加える者を私は許さない」

ルージュは少女の頭をぶら下げ、もう片方の手を俺に差し出した。

「‥‥何だ?」

「私はトーヤの遺族だ。エスコートしろ」

「‥‥」

俺は一面の芝生の中を、少女の頭部を持ったルージュの手を取り歩いた。

(どんな絵面だよ!?)


2


メモリーの解析はリムジンの中で行った。

普通に考えて、この頭部には発信機が隠されているはずだ。

そんな物を屋敷に持ち帰る訳にはいかない。

PCは車載の物があるが、問題は接続するための部品だ。

で、途中ジャンク屋に寄り、必要なパーツと工具一式を手に入れた。

俺はルージュに運転を任せ、後部座席で作業をした。

ルージュには市内を静かに流してくれと言ったのだが‥‥こいつの運転は基本的に荒い。

ハンダが手に落ちた時には、さすがの俺も怒鳴り散らした。

ペンライトを咥えたまま作業する事三時間、更にPCのセットアップに二時間。

途中、血糖値の下がったルージュにアイスを買ってやったりしていたら、気がついた時には日没近かった。

PCの接続端子から電気を供給してやると、ヒューマノイドの頭部は機能を回復した。

生首は簡易テーブルの上で目を開き、辺りを見回した後、ジッと俺を見つめた。

人間そっくりなだけに、かなり気持ち悪い。

そちらは見ない事にして、俺はメモリーの解析作業に取り掛かった。

‥‥程なく、ヒューマノイドの頭部が勝手に喋り始めた。

『このメッセージを聞いているという事は、作戦は失敗だったようだな』

墓地で聞いたのとは違う女性の声だった。

恐らく音声データを再生しているのだろう。

『私の名はグロリア‥‥私の任務は勿論、お前たちの討伐とGA-01Rの奪還だ』

「面白い、相手をしてやろう!」

バックミラーの中でルージュがニヤリと笑った。

さすが体力担当!

『なお、このヒューマノイドは間もなく爆発する!』

うげっ!

『‥‥と言いたいところだが、そんな手には引っかからないだろうから別の罠を用意した』

次の瞬間、PCがフリーズした。

いや、一切の操作が拒否され、データを吸い上げられているのだ。

フィッシングだ!

PCのデータはヒューマノイドの頭部を経て敵に送り付けられた。

「クリス、ケーブルを抜け!」

「その必要は無い」

「?」

ルージュが怪訝そうな目で俺をチラ見した。

いや、俺は初めからPCの個人情報を嘘っぱちに上書きしておいたのだ。

俺たちを本気で殺すつもりなら、やり方は他にある。

ヒューマノイドの最も有効な活用法を考えれば‥‥相手の目的が情報収集にあるのは明白だ。

それを逆手に取っただけ。

非合法装備の妨害電波を使わなかったのも、デタラメな情報を相手に掴ませるためだ。

「ハハハ、小ズルい奴だ」

ルージュは褒めたつもりらしいが、俺は結構カチンと来た。

「で、どんな嘘を掴ませたんだ?」

「俺たちの屋敷はシルバラードって事にした」

「ではシルバラードでグロリアとご対面といこう!」

ルージュは急ハンドルを切ると、信号を全て無視して五号線に乗り込んだ。


3


ルージュは制限速度+百五十km/hで暴走しまくり、ハイウェイを大混乱に陥れた。

怒声もクラクションもコイツには聞こえちゃいない。

俺は後部座席で冷や汗をかいていたが‥‥昔に比べたらかなり慣れたわな。

途中、軍の輸送機が俺たちを追い越して行くのが見えた。

空挺部隊で強襲するつもりなのだろう。

悪いが無駄足だ!


現在のシルバラードは、一面の荒地である。

大戦前は葡萄の栽培が盛んで、ワイナリーも多かったそうだ。

だが気候の変化で雨量が増え、葡萄畑はほとんどが放棄されていた。

俺が適当に指定したGPS座標も閉鎖されたワイナリーだったらしい。

完全武装の空挺隊は、空っぽの醸造所を無意味に制圧していた。

俺たちは一kmほど離れた丘の上に陣取った。

しかし月明かりにこの距離では双眼鏡など役には立たない。

「ナイトビジョンが要るな」

そんな物あったっけ?と思ったら、ルージュはリムジンから対物ライフルを持ち出して来た。

そりゃ確かに微光暗視装置ですけどね。

「マウントを外したらレンジが狂う」

最もらしいことを言ってはいるが、グロリアが出て来たらヘッドショット一発で決めるつもりだ。

「で、何が見える?」

「男ばかりだな、女はいない」

「‥‥撤収するか?」

「手ぶらで帰る気はない」

まあ確かに俺だって情報は欲しい。

現状、メビウスの輪郭は漠然とし過ぎている。

俺たちは寸刻、敵の動きを待った。

‥‥と、星空にジェット音が響き渡った。

北北西から現れた戦闘機はSTOVL機らしく、上空を旋回した後リフトファンで着陸した。

「‥‥マントの女が降りて来た」

そう言いながらルージュはボルトを引いて十二.七×九十九mm弾を装填した。

「ちょっと見せろ」

スターライトスコープを覗くと、ロングのウエービーヘアーが見えた。

金髪にマントは金色‥‥どういう色彩感覚だ?

一瞬スコープのカラーアルゴリズムが狂ってるのかと思ったぞ。

恐らくこの女がグロリアなのだろう。

‥‥だが彼女はトーヤ女史を殺した犯人ではなかった。

大体、白いマントの女はブラウンのショートだ。

「何だ、違うのか」

ルージュはいかにも拍子抜けという顔をした。

「違うんだから殺すなよ!」

「分かってる!‥‥では挨拶だけして帰ろう」

‥‥挨拶?

疑問に思った隙を付いて、ルージュがライフルのトリガーを引いた。

馬鹿でかい発射音が荒野に響いた。

「な‥‥」

俺は声を失った。

「安心しろ、顔を掠めてやっただけだ」

それって挑発しただけじゃないか?

向こうにはSTOVL機があるんだぞ!

俺は対物ライフルを奪い取ってリムジンに走った。

今回ばかりは逃げるが勝ちだ!

俺は慌ててエンジンを掛けた。

上空からの発見を防ぐためライトを切って走ったのだが‥‥月明かりだけでMAXスピードは、生きた心地がしなかったぞ!

民生品でいいからナイトビジョンは買っておこう!

が、そんな努力も虚しくリムジンはあっさり発見された。

真上でSTOVEL機のジェット音が聞こえる‥‥そこはミサイルのレンジ外だ。

「ルージュ、ライフルでエアインテイクを狙え!」

運が良ければエンジンを止められる。

「了解!」

ルージュは嬉しそうにサンルーフから身を乗り出した。

だが一発も打たずに屋根を叩いて叫んだ。

「クリス、GAだ!」

「‥‥えっ?」

俺はサンルーフの隙間から上空を見た。

金色のGA‥‥三機目がロールアウトしてたのか!?

GAは胸のハッチを開き、翼を畳んだSTOVL機を格納した。

『制御回路認識‥‥You have control』

『Thank you Lash.I have control !』

‥‥金色のGAが起動した。

ヤバイ!!!

「ルージュ、リップを!」

「馬鹿言え!」

確かにこの状況では無理だ。

搭乗時の空白を狙われたら、ルージュかリップのどちらかがやられる。

「クリス、市街地に逃げ込め! そうすればヤツは追って来ない!」

‥‥先に一言だけ言っておくが、これはルージュ一人の責任ではない。

俺もそう思った!

GAは軍の最高機密、おいそれと衆目に晒すはずが無い‥‥と。


そんな理屈はヤツらには通用しなかった。


金色のGAは、躊躇すら無く市街地に踏み込んだ。

オレンジエイカーズの住宅街は悉くGAに押し潰された。

「チッ!」

ルージュかリップの召喚スイッチを押した。

「クリス、リムジンをGAの目の前に出せ!」

俺は幹線道路にハンドルを切った。

サンルーフから見ると、GAはホバリングでゆっくりと距離を詰めていた。

対地兵装で攻撃してくる様子は無い。

そしてGAは、リムジンに向かって手を伸ばした。

コイツ、俺たちを生け捕りにするつもりだ!

‥‥それがルージュの狙いだった。

鋼鉄どうしがぶつかり合う轟音と共に、GAが視界から消えた。

後輪をスライドさせて停車すると、金色のGAは地面に左肩を突き刺していた。

落下して来たリップの直撃を食らったのだ。

リップはルージュの直近に落ちて来る‥‥ヤツは自ら進んで大陸間弾道弾の標的になったのだ。

「よくやった!」

ルージュがリップの手に飛び乗った。

『I have control !』

反撃開始だ!

だが、これ以上被害を拡大させる訳にはいかない。

「ルージュ、街から離れろ!」

『分かってる!』

リップが金色のGAに向き直った。

『試作品がナメるなっ!』

グロリアの咆哮と共に、GAの右腕からワイヤーが飛び出した。

鋼鉄の鞭は先端にスラスターを備え、弧を描いてリップの右腕を捉えた。

『丁度いい!』

リップがバーニアに点火した。

金色のGAは地面から引き抜かれ、宙に釣り上げられた。

「ルージュ、そのまま離脱しろ!」

『させるか!』

次の瞬間、金のGAが小型ミサイルを全弾発射した。

こんな近距離でかよ!?

『正気か!?』

ルージュはリップのバーニアを緊急停止させた。

空中でGAたちの態勢は崩れ、目標を見失ったミサイルが容赦無く街に降り注いだ。

‥‥地獄だった。

爆発の連鎖がメインストリートを飲み込み、逃げ惑う人々を吹き飛ばした。

そして二台のGAは炎の向こうに落下した。

『ふざけるなっ!!!』

リップが胸部装甲を開き、ニ門のレーザー発振機がせり出した。

『エメラルド・デスティニー!』

だが金のGAは鞭を切断して急上昇を掛けた。

緑色の高出力レーザーは虚しく空を切った。

『当てようとするから外すんだよ!』

今度はグロリアがレーザーを放った。

金のGAはレーザーを発振したまま横薙ぎに払った。

リップは最も装甲の厚い腕部を盾に耐えた。

だが街はそうはいかない。

六十四キロワットの戦術光学兵器は、オレンジエイカーズを真一文字に切り裂いた。

『いい加減にしろーっ!』

リップがクリムゾン・リッパーを開き、金色のGAに突進した。

『甘いっ!』

リップの刃を金色のGAがかわした。

‥‥だがこれはフェイントだった。

グロリアは大振りの刀に気を取られ、次の攻撃への反応が一瞬遅れた。

リップはスラスターに点火し空中で体をひねった。

崩れた体勢からの無理矢理な後ろ回し蹴りだった。

『何っ!?』

リップの踵が金のGAの頭を飛ばした!

だがリップも地響きを立てて倒れ込んだ。

『チッ!』

アビオニクスを失ったグロリアは離脱を試みた。

『逃がすか!』

「追うなっ!」

『!?』

金色のGAは光の帯となり‥‥消えた。

「ルージュ、お前も引け! 俺が戻るまで屋敷を動くな!」

『‥‥しかし』

「とにかくこの場を離れろっ!」

『‥‥』

ルージュは無言でリップを上昇させた。

‥‥地獄絵図の中、俺一人がオレンジエイカーズに取り残された。


4


街は死体で溢れ返り、火災の有毒ガスが霧の様に立ちこめていた。

炎の照り返しで空は赤紫色に染まっている。

街の北東部は壊滅だった。

だが難を免れた箇所にも、火の手は刻々と迫っていた。

赤ワインの染みが広がる様に、街は徐々に侵食されていった。

救助活動は一切無かった。

軍も治安警察もオレンジエイカーズを見捨てたのだ。

奴らは傍観し、証拠が焼失するのをただ待っている。

‥‥冗談じゃない!!!

俺はリムジンの非合法装備で消火栓を破壊して回った。

ポールを吹き飛ばすと水柱が吹き出した。

しかしその程度で延焼は食い止められない。

「生存者はいますかー!?」

俺は瓦礫の中を走り回った。

だが、例え発見できても俺一人では何もできない。

俺は先ず人を集める事にした。

幸い街の自警団と合流する事ができた。

俺たちは無人の消防署を襲い、消化設備を強奪した。

火災の範囲は広く、散発的な消火活動では太刀打ち出来ない。

それでもやらないよりはマシだ!

俺たちは炎と格闘しながら、夜を徹して救助活動を続けた。

しかし生存者の多くは瓦礫の奥で、俺たちはその大半を助ける事が出来なかった。

助けを求める声は、ゃがて炎に飲み込まれた。

無力感が俺たちを支配した。

だが、それでも止める訳にはいかない。

‥‥朝を迎えても火勢が衰える事はなかった。

そして俺は呼吸困難で動けなくなった。

「気道損傷だ、酸素マスクを!」

俺は担架で搬送された。

‥‥病院は被災者でいっぱいだった。

軽傷だった俺は気管を洗浄され、廊下に寝かされた。

しばらく微睡んでいると、激しい雨音が聞こえてきた。

スコールだ!

これでやっと鎮火する。

‥‥いや、この雨で二次崩壊の危険があるか!?

「‥‥寝てる場合じゃ‥‥ないよな‥‥」

俺は言う事をきかない体を引き起こした。

足は体重を支えるだけで精一杯‥‥まるで鉛が入っている様だ。

やっとの思いで玄関を抜けると‥‥スコールの中にたたずむ人影が見えた。

「‥‥?」

雨煙に目を凝らすと、赤いスーツとプラチナブロンドが見えた。

‥‥ルージュ!

アイツ、何やってんだ!?

俺は土砂降りの中、体を引きずりルージュに歩み寄った。

「何で来たんだよ‥‥屋敷にいろって言ったじゃないか」

ルージュはうつむき、前髪から雨が滴り落ちていた。

「‥‥私のせいだ」

ずぶ濡れのルージュは見るからに打ちひしがれていた。

‥‥だから俺は、ルージュにこの惨状を見せたくなかったんだ!

「‥‥私のせいだ」

ルージュが繰り返した。

違うとは言えなかった。

そんなのは無責任な嘘っぱちだ!

だがルージュは必死に被害を抑えようとした。

この街を破壊したのはグロリアのGAだ。

ルージュはその爪痕を目の当たりにし、自分の選択を責め、憤り、打ちひしがれていた。

俺は掛ける言葉を探した。

「だったら‥‥俺も共犯だよな」

「‥‥」

ルージュは俺の顔を見上げた。

雨は頬を伝い落ち、涙を流せないルージュが泣いているように見えた。

その顔を見た途端、俺の中を衝動が走った。

気がつくと‥‥俺はルージュを抱きしめていた。

「な‥‥何をしてるんだ‥‥?」

ルージュは驚いた様に躰を硬直させた。

「そんな顔するなよ」

「‥‥私はどんな顔をしているんだ?」

慣れない事をしているのは分かってる。

何でこんな事をしてしまったのか俺自身も分からない。

ただ、うまい言葉の一つも掛けられない自分が本当に情けなかった。

するとルージュは俺の首筋に顔を埋め、背中に手を回した。

「ルージュ」

「何だ?」

「力は入れるなよ、骨折するから」

「‥‥分かった」

それでもルージュは少し落ち着いたようだった。

俺は顔を埋めるルージュの髪に触れた。

こうしているとルージュの肩はとても細く、小さく見える。

一瞬、ルージュが幼い子供のように見えた。

そして俺は、何故かルージュを守ってやりたいと思っちまった。

史上最強の女を?

我ながら馬鹿げた話だ!

俺はつい笑そうになり、少し咳き込んだ。

そういやあ体もあちこちぼろぼろだ。

俺はヒューマノイドと違って頑丈じゃないからな。

それでも俺はルージュを放ってはおけない。

今は優しく抱きしめてやりたいと思っている。

激しい雨は俺たちを包み隠すように降り続いていた。

‥‥その時、爆音と共に黒い影が現れた。

軍の輸送機だ!

巨大なレシプロ機はパラシュートでコンテナを投下した。

「!」

ルージュは俺をかばい、右腕のガトリング砲を開いた。

と、雨音を裂いて怒声が響いた。

「そいつはただの救援物資だ!」

俺たちは振り返った。

コンテナ群が落下する中、まっすぐに金色のマントが近づいて来た。

‥‥こんな馬鹿な出で立ちをするヤツは一人しかいない!

「貴様ーっ!」

ルージュはガトリング砲をグロリアに向けた。

「オイオイ、止めろって!」

方やグロリアは、ニヤけた顔で両手を挙げている。

「今はやり合うつもりは無い‥‥私は救助部隊の指揮官だ」

「何っ!?」

「上層部を説得するのは大変だったんだ、少しは感謝して欲しいな」

「‥‥ぐっ!」

怒りのやり場を失ったルージュは、地面にガトリング砲をぶっ放した。

「盗人猛々しいとは貴様の事だ!」

だがグロリアは冷笑したままだ。

「盗人は盗っ人でも、審美眼だけは確かだぞ」

そう言い放ったグロリアは、ルージュに近づき顎をとった。

「!?」

「お前は最高の美術品だ‥‥私のものになるなら、命だけは助けてやる」

‥‥はあっ!?

「‥‥どういう意味だ?」

「私の美術品コレクションに加わるなら、助命を嘆願してやると言ってるんだ」

‥‥理解するのに数秒掛かった。

つまりコイツはルージュを人形の類だと思っているのか?

当のルージュは怒りを通り越して呆然としていた。

「こ‥‥ここまで馬鹿にされたのは初めてだ‥‥」

「私はお前を賛美している‥‥見解の相違だ」

いやもう、これにはさすがの俺も黙ってはいられなかった。

「一つ聞いていいか? アンタは自律型ヒューマノイドじゃないのか?」

と、グロリアは養豚場の豚でも見るような目で吐き捨てた。

「私はグロリア・オートン少佐、元空軍所属のパイロットだ!」

その瞬間、予てよりの謎が氷解した。

こいつらはサイボーグ‥‥メビウスは生体部品の代わりに人そのものをパーツとして使用したのだ!

これはもう、まともな人間のやるこっちゃない!

‥‥と、グロリアがおもむろに口を開いた。

「ところでクリストファー・アンダーソン」

「?」

「私はお前に決闘を申し込む」

「‥‥んあ?」

な‥‥何だこの展開!?

予想の斜め上ってレベルじゃないぞ!

「一流の美術品は一流の人間が所持すべきもの‥‥お前の如き三流にその資格は無い」

とりあえずコイツもまともな人間じゃないな、言ってる意味がサッパリ分からん!

だが、まともじゃないヤツはこちらにもいた。

「この勝負、受けた!」

「はあっ!?」

ルージュは爆発寸前って目で笑っていた。

「場所は?」

「ん~‥‥湾岸の再開発地区はどうだ?」

「時間は?」

「私は救助活動があるからな‥‥二日後の深夜00:00では?」

「いいだろう」

‥‥何か、待ち合わせの約束みたいなノリだな。

‥‥でもこれ、決闘なんだよなああ?

‥‥って事は、多分誰かが死ぬんだよなあ?

そしてグロリアが俺を見て笑った。

「残り少ない命だ、精々楽しめ」

「‥‥」

この時俺はマジで思った‥‥この世界の全ては狂っていて、まともな人間は俺一人なんじゃないか、と。


5


てな訳で湾岸地帯だ。

リムジンは一一◯号線から一◯五号線に乗り継ぎ国際空港を目指した。

空港の拡張工事に伴い、南側の区画は再開発される。

目玉は一◯五号線のマンハッタンビーチまでの延長だ。

高速を流しながら、俺は何度もルージュに問い掛けた。

「‥‥なあ、やっぱり引き返さないか?」

鋼鉄の女王様は俺の嘆願をことごとく無視した。

コイツ、グロリアの料理法以外何も見えてないな。

エレガントに白いスーツ姿だが、一枚脱げばその下はボンテージスーツだし!

‥‥マジで勘弁して欲しい。

時間は刻限の五分前。

ルージュは造成地にリムジンを止めさせると、星空に向かって口紅をかざした。

「Wake up Lip! I'm here!」

光が天空を走り、地響きを立てて舞い降りた。

リップは主に傅く臣下のごとく、片膝をついて首を垂れた。

‥‥いやまあ、建設中の高速道路にブチ当らなくてよかったな、と。

そしてルージュは白いスーツを脱ぎ捨て、地対空ミサイルを担いでリムジンの屋根に飛び乗った。

「おい、リップはどうするんだよ?」

「相手も自動操縦だ。私無しでもどうにかなるだろう」

「???」

言ってる意味が分からない。

「金のGAは私の気を引くための囮だ‥‥その間にグロリアは必ずお前を襲う」

「何で?」

俺の疑問にルージュは呆れ返って答えた。

「決闘の相手はオマエだぞ、忘れたのか?」

‥‥いや、受けた憶えは無いんですけどね。

「いいからエンジンを掛けろ!」

俺は言われるままにキーを回した。

屋根の上ではルージュが、左腕のブルガリを見ながらカウントダウンを始めた。

「‥‥七‥‥六‥‥五‥‥」

サンルーフの隙間から一筋の光が見えた。

「来るぞ、逃げろ!」

俺はアクセルをベタ踏みした。

五十mも走ったところで、轟音と共に衝撃波が来た。

そしてバックミラーの中では、金色のGAとリップが殴り合いを始めた。

最終兵器どうしがどつき合いだぞ!

‥‥本当に大丈夫なのか?

そう思った瞬間、正面の高架の陰からSTOvL機が垂直上昇で現れた。

「そら来た!」

間髪入れず、ルージュが地対空ミサイルを放った。

距離は約百五十m‥‥これではSTOVL機の運動性能でも対応出来ない。

ロケットモーターに点火したミサイルは急激に加速し、左主翼をもぎ取った。

だが最小射程を下回ったため起爆はしない。

左翼を失ったSTOVL機はリフトファンで着地した。

‥‥そして俺は理解不能なものを見た。

STOVL機がボディーを四角く変形させ、車のごとく自走を始めたのだ。

そ‥‥その変形ギミックに何の意味があるんだ!?

飛行機は飛行機に、車は車に作ればいいじゃねーか!

しかも動力はジェットエンジンだ、ツインターボじゃ相手にならない。

「反則だろう!」

リムジンは追い立てられる形で高速に乗り入れた。

だが、逃げているばかりじゃらちが明かない。

散々スピードが乗ったところで、俺は十一番目の非合法装備のスイッチを入れた。

スリップ剤だ!

しかし相手もGAのパイロット‥‥グロリアはスピンした車体をアクセルワークで立て直した。

「面白くなって来たじゃないか!」

ルージュが嬉々としてサンルーフから体を滑り込ませて来た。

で、今度は対物ライフルを持って身を乗り出す。

頭の上で発砲音が響いた。

だがグロリアだって黙っている訳が無い。

しかも向こうは曲がりなりにも戦闘機だ。

バルカン砲の掃射で、リムジンのトランクルームとバンパーが粉砕した!

「‥‥生きてる‥‥奇跡的に生きてる‥‥」

しかしこのままではいずれあの世行きだ。

だからって一発逆転の秘策がある訳じゃない。

‥‥そして俺は致命的なミスをした。

所謂、前方不注意ってヤツだ。

建設中=未完成の州間高速道路は突然寸断し、リムジンはノーブレーキでダイブした。

「!!!」

その時、ルージュの手が俺の襟首をつかんだ。

衝撃で意識が遠退く。

‥‥足の遥か下で、リムジンが爆発する音がした。

目を開けると、俺はルージュにつかまれたまま宙吊りになっていた。

「危ないところだったな」

見上げるとワイヤーガンを握ったルージュが微笑んでいた。

リップに乗り込む時に使うアレだ!

ルージュはワイヤーをゆっくりと伸ばし、建築資材の上に静かに着地した。

「隠れるぞ」

ルージュに促され、俺は資材の陰に身を潜めた。

‥‥数秒後、グロリアのSTOVL機が垂直下降して来た。

降車したグロリアは炎上するリムジンを見て舌打ちした。

「勿体無い事をした‥‥」

‥‥俺は軽く殺意を覚えた。

と、グロリアはマントの下からイリジウム携帯を出した。

おそらく上官に報告するのだろう。

「エリナーか?‥‥ああ、ルージュは破壊した。地上部隊に回収要請を」

と、ルージュが俺に耳打ちした。

「あの車、いただこうじゃないか!」

俺は腹立ちに任せ合意した。

俺たちは匍匐前進でSTOVL機に近づいた。

グロリアはまだ話中だ。

ルージュはコックピットに乗り込むとセルボタンを押した。

ゆっくりとエンジンのファンが回り始めた。

「!」

グロリアが俺たちに気づいた。

エンジンの出力は上がり切っていない‥‥しかし、車体の向きを変えるには十分だった。

ルージュは機首をグロリアに向けると、バルカン砲のトリガーを押した!

「うわあああああっ!」

グロリアがたまらず伏せた。

そこへルージュがマシンを突っ込ませる。

‥‥幸運にも転がっていた鉄パイプで車体がバウンドして、グロリアは轢死を免れた。

だがグロリアも大したタマだ!

ヤツは車体側面にへばりつき、コックピットに向かって叫んだ!

「マシンを止めろっ!」

「‥‥」

ルージュは無言で右腕を伸ばし、ガトリング砲を開いた。

「‥‥チッ」

グロリアは、金輪際無いってぐらい悔しそうな顔で手を離した。

金色ずくめのサイボーグはゴージャスに転がり落ちた。

‥‥と、俺たちの真上に通常飛行のリップが覆いかぶさった。

こちらも片がついたらしい。

リップは速度をシンクロさせると、両手で静かにSTOVL機をつかんだ。

リップはそのまま上昇した。

ふと見ると、眼下にはわめき散らすグロリアの姿があった。

「‥‥懲りないヤツだな」

ルージュは半笑いだった。

「ドロボーっ!

返せーっ!

戻って来ーいっ!」

深夜の湾岸線にグロリアの絶叫だけが響いた。

ストーリーはちょうど半分‥‥でも続編は来年になりそうです。来年またよろしくお願いします。

あと、現在一日一話投稿中のLOSTもお読み頂けると嬉しいです。ニコ動のボカロシーンを舞台にした少年たちの恋と夢の話です。


ではまた!( ´ ▽ ` )ノ

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