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第二章「親子」

     ★第二章「親子」★

エリックの父、デイヴィットが帰宅したのは、午前一時過ぎだった。エリックは玄関の開く音と、

母マーシーが、父に接する声が聞こえると、すぐに父を出迎えに行った。

「お帰りなさい、父さん。」エリックはマーシーに言ったときと同じく、

落ち着き、なんの感情もこめずに言った。決して、父の帰りを嫌がったわけではない。

これは、エリックの家の決まりのようなもので、あまり感情むき出しに話さないのだ。

冷静で無感情なデイヴィットと、そしてエリック自身も気に入っているのだ。

デイヴィットやエリックには、興奮は似合わなく、好きじゃないのだ。

真夜中に帰宅し、やつれていたデイヴィットの手には、

一冊の本を持っていた。その本はいつも会社に持って行っている、

黒の皮製の鞄を持っていないほうの右手で掴んでいた。

デイヴィットは、二階から降りてきたエリックの顔をチラッと見てから、

右手に持っている茶色の表紙の本を彼に渡した。「近くの書店で買ってきたんだ、エリック。」

エリックは本を両手で受け取った後、父の顔を見た。短く刈っている黒髪。エリックと同じ、

灰色に、淡いブルーがかかった瞳。それを覆う、淵なしの眼鏡。エリックは、何故かこの一週間で

父が老けてしまったように見えた。目の下には軽く、隈ができているだけで、特に変わった様子はないが、心の奥で、精神的に疲れているような気がした。

「どうした、エリック。そろそろ部屋へ戻って寝なさい。」

デイヴィットは、エリックがまだ、自分の前で立っていることに気づき、声をかけ、左手に抱えていた

黒の鞄から一冊の厚く、文庫本サイズの藍色の本を取り出した。布表紙、か。

今時珍しいな。エリックは、デイヴィットの出した布表紙の本を見つめながら心の中で呟いた。

彼は特に気にせず、二階へ戻ろうと後ろを向こうとしたとき、その本のおかしな所に気づいた。

題名が、ない───。

エリックはもう一度、デイヴィットの持っている、藍色の布表紙の本を見つめた。本の名前がなければ、

著者名も見当たらない。おかしな本もあるものだな。普通の本は、表紙に本の名前と、

著者名が書かれているものだ。別のところに書かれているのだろうか。

エリックはもっとその本を眺めていたかったが、デイヴィットの視線が感じ、二階の部屋へ引き返した。

自分の部屋の時計を見ると、もう深夜一時半をまわっていた。

エリックは伸びをし、固まっていた筋肉をほぐしてから、デイヴィットからもらった本を見た。

薄めの色の茶色の本。ラルフ=ブライン著。題名は──、

「ANCHOR」(碇)、か。

彼は、常時胸につけている碇型の首飾りを手に取り、顔に近づけて見てみた。

銀色の約、7センチくらいの物だ。これは、エリックが9歳のとき、デイヴィットが

彼にプレゼントしたものだ。エリックがそれをもらったとき、「お父さんは、船がすきなの?」と、

デイヴィットに何回か尋ねたことがある。デイヴィットは、エリックが尋ねると

やさしく微笑んで答えた。「碇はな、ある場所に船をとめたいときに、使う重りで、

それを水の底におろすと、船は流れずにとまってくれるんだ。凄い物だろう?

それに、碇には、頼み綱や、信頼という意味があるんだ。エリックも、

リレーの最後に入る選手を、ancorということを知っているだろ?」

エリックはそれを聞くたびに、不思議な気持ちがした。なんでその重りがいいんだろう?

確かに、信頼、ということはわかる。しかし、それなら海を自由に

旅をする船のほうが見た目も断然かっこいいのに、と。

今でも、エリックは父が碇型の首飾りを、エリックにプレゼントした気持ちがわからない。

しかし、何故だか碇は好きになっていた。船よりも──。彼は首飾りから手を離し、

父と同じ、淵なしの眼鏡を外し、ベッドの上に置いた。  

それから、天井に吊るしてある電気を消し、机にデイヴィットから受け取った本を、投げるように置いた。

前までは、テスト前だとういうのに、本をプレゼントする父の気持ちがわからなかったが、

今ではもう慣れたものだ。これは父、デイヴィットのエリックに勉強をさせるために作戦だ。

デイヴィットが、エリックがもう勉強なんてしない、

と諦めて渡したと思っていたエリックは、

前までは腹が立って、父を見返してやろうと、猛勉強したものだ。 

しかし、今ではその父の作戦に気づいているが、どうやら父も、エリックがこの作戦に気づいていることに、気づいているようだ。 

「親子だな・・・。」エリックは、電気の消えた暗く、

静かな部屋で呟き、苦笑した。   そう、前までは、これはデイヴィットがエリックに対する作戦だった。

少なくとも、この一週間前までは──。しかし、今日この本をエリックにあげたのは、作戦なんかじゃなかった。

今日は、父であるデイヴィットが、息子であるエリックに、本をあげただけなのだ。一生思い出に残り、そして嫌いになるであろう本を───。 

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