コータが元の世界のことを話さない理由
ちょっと長いです。
訓練のあと、近くにある池のほとりで俺とミルは2人して休息を取ることにした。マーフィーはいない。マーフィーは俺達の食料を確保した後、戦争の状況を確認しに行っている。そのときに1つお使いを頼んだが、状況によってはそれが許されないかもしれない。
俺は聖幕を使ってタオルを池の水に漬けてから絞りミルに渡した。ようするに「おしぼり」だ。
「(聖幕のカードでこんなことができるなんて知りませんでした…。)」
ミルは言葉を発生しながら、つないだ片手から「触話」による会話を同時にしてもらっている。
聖幕は本当に便利で防御だけでなく攻撃にも使える。それに使ってみると案外細かい作業もできることがわかった。
(何で今まで気づかれなかったんだろ?)
俺にはまだ会話は難しいので「触話」で言葉を伝える。
「(多分、消費魔力の多さだと思う…ちょっとかしてくれます?)」
心ポケットからカードを出してミルに渡した。
ミルも光(聖)属性らしい。
「(聖幕!)」
ミルが聖幕を使うと、ちょっとピンクがかかった幕が見えた。コータの聖幕は無色…色の違いは性格が影響しているかもしれないなと推測する。
「(1、2、3、…限界!)」
ミルの魔力では3秒しか持たないらしい。ミルは険しい顔でカードをみながらカードを返してくれた。
「(私も王族ですので、子供でもそれなりに多い方なのですが…コータ様は魔力が桁外れに多いようですね。これでは防御しか考えつかないのではないでしょうか?、それに結構レアなカードと聞いていますし。)」
なるほど、消費魔力が多過ぎて使用時間が短いし、数が少ないので解明が進んでいないということか。
(ありがとう。それよりミル、敬語やめろよ。おんなじ子供なんだし。)
ちょっと笑いながらそう言うと、ミルも笑って言い返してきた。
「(ですが、…コータ様は24歳ですよね。あっ、槍の解析機能で勝手に情報が頭に入ってきてたんです。)」
年齢を正確に知られていた。一体どこまで情報が漏れたのか?怖くなるな。
(それでも王女様だろ、もっと俺にえらくそうにしてもいいんだぜ。)
そう言うと、ミルは急に真剣な顔になって俺の目を見つめてきた。ミルは年齢的に守備範囲外ではあるが猫耳だし可愛い。
「(コータ様の世界にも…王様とかいるのですか?)」
(俺のいた国は王政は崩壊しているけど、いないわけでもない。まあ、一応全員身分は平等ってことになっているよ、そういう国がこっちにもあるって聞いたけど?)
「(自由都市国家群のなかにあると聞いたことがあります…。)」
ん?なんか別のことを気にしているっぽいな?
(俺の世界のこと、知りたい?)
「(あの…コータ様があまり向こうのことを話されないので…私を気遣ってくれているのですか?向こうに未練とかおありでしょうに…。)」
ちょっと目が潤んでいる…どうやら俺が気を使っていると勘違いしているらしい。確かにミルからすれば俺は巻き込まれたかたちになり、ミルが張本人と言えるだろう。この辺り俺の解釈は少し違うが…これはしっかり話しておいた方がいいだろう。
(ミルに気を使っているわけじゃないよ。向こうに未練はないよ。)
未練とか全然ないといえば嘘になるが、…この子には嘘をつきたい。
「(ごめんなさい…。)」
ミルの目からポロポロと涙がこぼれる。うーん、仕方が無い…話すとするか。
(ミルには感謝している。)
「(へ?)」
(こちらの世界に連れてきてくれてありがとう。…少し俺のこと聞いてもらえるか?)
ミルが泣きながらこくんと頷いた。
俺、月影光太は普通の家に生まれた。裕福とは言えなかったが、兄弟も多いし賑やかな家族だったと思う。それが10歳のときに引越ししてから変わってしまった。父の兄が子供を残さずに亡くなってしまい、父が実家を継ぐことになったため実家に引っ越したのだ。元々父は継ぐ気がなかったし、父の両親も若い頃から父を自由にさせていたらしい。それが継ぐことが決まってから格式を重んじる祖父母に色々言われまくったらしい、兄に比べて要領が悪いとかなんとか…。それで父は家にあまり帰ってこなくなった…。そんな父の代わりに祖父母の矛先は母に向かった。母は一生懸命堪えてやっていたけど、とうとう身体を壊してしまった。母は母の実家に帰って病気療養することになったのだが、男子は連れていかないように祖父母に求められた。俺と3歳の弟に残るようにと。このとき離婚も絡んで色々とあったらしいが…。
俺はみんなが幸せになれる方法を考えた。祖父母と、母は少しの間は離れていた方がいい、そうすればまたみんなで楽しく暮らしたくなるはずだと。弟はママラブ真っ最中だ、だから俺は皆に自分が残るといった。そして祖父母のいうことをなんでも聞く代わり弟を連れていくことを認めさせた。
俺の俺なりに考えた末の言動であったが俺は甘かったらしい。結局、母は兄弟は実家に帰ってこなかった…いつになっても…。
それでもいつかもと通りになると頑張った…祖父母のいう通りの学校に行き、成績もそれなりにいい、優等生をしていた。
祖父母は満足してくれていたし、俺の説得もあって父との和解も進んでいた。もう少しでまた皆で暮らせると思った。そんなとき…、大学に入ってしばらくして祖父が急に亡くなった。ショックだったのか祖母はその後一気に痴呆が進んで施設にはいることになった…何も解決しないまま…父と母と兄弟は戻ってきた。
みんながごめんよと、もうお前だけに苦労はさせないといってくれた。嬉しかったし、俺の行動はみんなを幸せにしたと思った。
やっと家族一緒になったが、本当に苦しかったのはここからだった…。心が一緒に生活をすることを拒んでしまったのだ。
いつも俺の心には、今までなぜ助けてくれなかったのかという思いが渦巻いている…。笑いあっているはずの家族の笑顔を見るのがとても嫌になった…。精神科医にきくと精神的なストレスから心が疲れ果てているのだと。俺が作り上げた幸福な家族…その幸福な家族という存在が一番俺を苦しめるのだと…。
結局、俺は大学を卒業したあと一人暮らしをはじめた。
(だから、元の世界に帰ることは俺にとって苦しみしか生み出さない。せっかくだし、ここで1から始めてみようと思うんだ。)
10歳の子供相手に話す内容ではなかったかもしれないが、ミルはずっと真剣に聞いていてくれた。なぜか心が軽くなるのが感じられた。
「(まるで人柱…。)」
(ミルに比べればそんなたいしたもんでもないよ。)
俺は最近気がついたことがある。俺は家族の愛を今ではなく過去にこそ受けたかったのだと、同じ愛でも、ときが…必要なときがあるのだと。
こちらに来てやることのない俺は心のなかでひとつ決めたことがある。
ミルを元の状態に戻すことを。
ミルは…まだ間に合う。
ミルから聞く分には、みんながミルを大切に思っているらしい。
「(私…力になりま…なるよ…コータ。)」
何かを心に決めたようにミルがタメ口を聞いてくれた。
(ありがと、でもミルは小さいから無理なことしなくていいぜ。)
「(背は私の方が大きいわよ…ふふ。)」
軽口を叩ける相手が…冗談を言い合える仲間が、どうも俺にも見つかったようだ。
帰ってきたらもう一人の俺に”ダチ”を紹介してやろう。