大魔王シェリー
大魔王シェリーが語ります。
東の空の山々がくっきりと浮かび上がってきた。月明かりしかない夜は、闇を見通す力を持つものが多い魔族に有利な時間だ。しかしもうすぐ終わる。夜があけると同時に、人間側の攻勢が強くなるはずだ。
魔軍を率いる彼女…大魔王シェリーは宙に浮かびながらそう判断をした。ならば…夜が明けるその前にもう一撃。
彼女は魔力を抽出して手のひらに集める。物理的な衝撃と精神的な衝撃を相手に与える闇玉を打ち出す。闇玉は前方下方にいる人間の軍勢に近づくに連れて分裂し雨のように降り注ぐ。軽く数えても数千の人間の上に降り注いだはずだ。爆発で視界が塞がれていたが、しばらくすると…無傷の人間たちが見える。
またかとウンザリする…人間の歌声が聞こえる…闇の魔力を打ち消す「聖歌」の魔法。地上の部隊が苦戦している最大の理由がこれだ…。ある一定以上の人数が歌わないと効果がないという。そのため、断続的な攻撃を続け疲弊させたり、分断しようとしたりしたが、今のところうまく防がれている。
空中戦ができる戦力はこっちが圧倒しているがあの魔法があるせいで攻めあぐねている。こう着状態と言って良い。
(シェリー!あっち!)
”影”からの警告を受けてそちらを向くと、こちらの戦力を粉砕しながら一直線に近づいてくる一団が見えた。見慣れぬ白い法衣を身に付けたその者達から感じる”力”は今まで相手にした者達には感じなかったものを感じた。
「ふふ、ファイガード王国はアンノルファイ教の戦闘賢者どもを借り受けたか。面白い!相手になってやる!」
女神アンノルファイを主神とするファイガード王国はアンノルファイ教と親密な関係を保っている。アンノルファイ教は国政に積極的に干渉しないが協力を惜しまないところがある。為政者には扱いやすい宗教と言えるだろう。最もそういう姿勢で王国に取り入っているから栄えている宗教ともいえるだろう。その辺は彼女にはどうでも良いことだったが。アンノルファイ教の聖職者の中で戦闘賢者は一騎当千の実力を持っていると言われる。
一団から一騎…ペガサスに乗った者が近づいてきた。周りの者がその進行を邪魔させないようにしているあたり、自分に当ててくる最大戦力なのだろう。近づいてきた者をみると白銀の鎧を身につけた女戦士と猫耳の少女だ。女戦士の方には見覚えがある。もう一人は見覚えがなかったが、猫耳なのは女神アンノルファイに愛でられている者の証、侮れば痛い目を見るのはこちらだ。
「久しいな!サーラ王女!この前は楽しませてもらったぞ!必死に逃げて行った姿は滑稽だったぞ!はははは!今日も楽しませてくれ!」
「大魔王シェリー!今日こそは…お前の見納めだ!」
サーラの言い回しに引っかかるものを感じた。何度倒されても向かってきては高飛車な口上を繰り返していた彼女にしては勢いがない…含みを感じる。
「ミル…頼む。」
「はい!お姉様、ご武運を!」
そう言うと両手を組んで祈りを捧げるかのように頭を下げた。
「姫巫女の名において…召喚”聖なる槍”!その大いなる力を貸し与えたまえ…。我を人柱に!」
そう歌うように言葉を紡ぐと少女は光り輝き三つ又の槍になった。
信じられないような光(聖)属性の力を感じる!シェリーは生まれて以来、始めて恐怖を覚えた。
サーラが槍をこちらに突き出すと槍から光が溢れ出しこちらに向かってくる。
とっさに光(聖)属性に強い対抗力を持つカード魔法”闇幕”を張ったがあっさりと貫かれた。
「ぐう!」
あまりの力に身体が傾く…。思った以上に効いた。
「イキナリ真打ちとはな!」
サーラの持つ槍の先に今度は紅い光が灯った。
(やな予感!)
”影”がそういうや否や”影”が”シェリー”に、”シェリー”が”影”に位置と姿を変える。
その途端、紅い光が”シェリー”の身体に巻きついた。
「これで決して外れない!”聖なる槍”よ!大魔王を封印せよ!」
サーラが槍を投げ出す!
”シェリー”が”影”を切り離して逃げる。
すぐに”シェリー”を追いかけようとしたが想像以上のダメージを受けているようだ…身体がうまく動かない…くぅっ力が抜けていく…。
”影”…マーフィーよ、もしお前が封印されても必ず助け出すぞ!!
シェリーの意識は…闇の中に消えていった。
もう一人のオレの名はマーフィーです。
ここまでは俺、オレといいあう場面設定のために今まで名前を伏せてきました。