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03

 三限目、体育の授業。

 共学だが高校生となれば体格差が大きいので、体育に限っては男女別で行われる。一学期は男はグラウンドでサッカー、女は体育館でバスケだ。

 二年一組の女は全部で二十人なので、五人のチームがちょうど四つできる。出席番号順に組んでおり、名前が早い方のチームから順にABCDと名前が付けられている。私は成花と同じBチームだ。


あやーっ、頑張れー!」

「いけいけ桜井さくらいー!」

鴎香おうかかわいいよー!」


 見学しているCチームとDチームから応援の声が飛び交う中、AチームとBチームの試合が行われていた。私は走ってボールを追い掛けながらも、ぐるぐると考え事をするのをやめられない。


(私、このままだと、四月十三日を永遠に繰り返すことになるのかな)

(いやまだ三回目だ、だから大丈夫、そんな永遠なんてあり得ないってあはは)

(あり得ないって何で言い切れるの。絶対なんてこの世界に存在しないじゃん)

(うるさい、黙れ)

(百パーセントなんてないんだよ、だからもしかしたらこのままずっと繰り返すかもよ)

(うるさいうるさいうるさいうるさい黙れ黙れ黙れ黙れ)

(繰り返すかもよ……! 繰り返すかもよ……! 繰り返すかもよ……!)

(黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ)



「――危ないっ!」



 その言葉が自分に向けられたものだったと気付いたのは、バスケットボールが自分の顔面にぶつかった少し後だった。走った鈍い痛みに、私は思わず転倒する。ぬるりとした液体が顔に付いている気がして、右手で拭うとそれは真っ赤な血だった。

 どたどたと成花が駆け寄ってくる。酷く心配そうな面持ちを浮かべていた。


「弥歌、だいじょぶ!? うわ、ちょっと、鼻血出てるじゃん……! これ、ポケットティッシュ、使って!」

「……あ、これ、鼻血か。ありがと……」

「そうだよー、てゆーかヤバいちょっと、折角の美人が台無し! 一旦保健室行こ」

「うん……ありがと」


 成花は少し遅れて走り寄ってきた先生に、「すみません、保健室付き添ってきます!」と説明する。立ち上がった私の手を取ると、保健室に向かって歩き出した。


 *


 体育館と保健室はどちらも一階にあるので、到着するのはすぐだった。


「失礼しまーす!」


 成花は言い終わらないうちにドアを開き、ずかずかと入っていく。私は成花の後に続くようにして、赤く染まったティッシュで鼻の辺りを抑えながら、中へと踏み入れた。

 けれどそこには、養護教諭である南森みなみもり先生の姿はなかった。成花はきょろきょろと保健室内を見渡してから、怪訝な顔をする。


「え、何で、南森センセいねーじゃん」

「……なんか用事あったんじゃない」

「だとしたらタイミング悪すぎだろーが。ちょっとわたし探してくるから、弥歌、座って待ってて!」

「あ、うん、ありがと」

「気にすんなし」


 成花は私に笑い掛けてから、小走りで保健室から去っていく。私は成花に言われた通り、用意されている長椅子に腰掛けた。鼻血は量こそ減ってきたものの、まだだらだらと流れ続けている。私ははあと溜め息をついた。


(……完全に、集中していなかったからだ。成花に、申し訳ない……)


 そう考えながら、「昨日」の成花に告げられた言葉を思い出した。


『あの、さ。もしもまた、四月十三日になっちゃって……わたしが、そのこと全部忘れちゃってても。また、相談してね?』


 私は視線を落とす。まだ、成花に、相談できていない。

 成花がああ言ってくれたのは、ひとえに成花が優しいからだ。

 ……でも、その優しさに頼り続けることは、本当に正しいのだろうか。

 頼ったとしてもきっと何も解決せずに、全てがリセットされていく運命だというのに。


(…………成花には、笑顔で、いてほしい)


 私はきゅっと唇を噛む。

 そのとき。



「――どうしたの? 浮かない顔、してるね」



 そんな言葉が聞こえて、私は目を見開いた。

 ばっと声のした方を見ると、閉じられていたはずの仕切りの空色のカーテンが開かれていて、ベッドの縁に脚を組んで座っている女子生徒がこちらを見つめていた。


 烏の濡れ羽色の長髪は、低い位置でサイドテールにされている。外国の血が混ざっているのか、瞳は海のように綺麗な青色だった。どことなく私と形の似た顔のパーツは、恐ろしいまでに精緻に配置されている。私と同じくらい……いや、もしかしたらそれよりも、美人かもしれない。透明感のある白い肌を包むセーラー服には水色のリボンが付けられていて、つまり彼女が三年生の先輩であることを示していた。


 私は彼女のことを見つめていた。名前を知らないから恐らく初対面なのだけれど、何となく見覚えがある気がした。まあ、同じ高校に一年以上一緒にいることになるから、廊下で何度かすれ違ったのだろう。

 少しして、はっと質問されていることを思い出す。慌てて口を開いた。


「あ、すみません。鼻血、出てて」

「ふふ、それは見たらわかる。何だか、別のことで悩んでる気がしたの」

「……よくわかりますね」

「私、人間観察が趣味だから。……その悩みってもしかして、オカルティックなもの?」

「え」


 私は目を剥く。彼女は察したように、柔らかく微笑んだ。


「自己紹介がまだだったね。私、茅野かやの瑞陽みずひ。瑞陽先輩って呼んでくれたら嬉しいな」

「あ、はい。私は、川相弥歌です」

「弥歌ちゃんっていうんだ。よろしくね。……弥歌ちゃん、放課後、三階の別館にある旧一年四組の教室まで来てくれない?」

「え。何でですか」

「私ね、オカルト研究会の会長なの。……まあ、非公認の部活で、会員も私一人なんだけど」


 そう言って、女子生徒――瑞陽先輩は寂しそうに青色の目を細めた。


「だから、弥歌ちゃんの悩みの相談に乗れるかもしれないと思って。どうかな?」


 瑞陽先輩の提案に、私は数秒逡巡した後で、ゆっくりと頷きながら口を開く。


「……オカルト研究会なんて、あったんですね」

「うん、あるよ。それじゃ、約束だからね」


 瑞陽先輩が微笑うのと同時に、後ろから声が聞こえた。


「弥歌、お待たせー! 南森センセ、お手洗いで見つけた!」


「お待たせしちゃってごめんなさいね、川相さん」


 見れば、そこには成花と南森先生がいた。南森先生はワンピースの上に羽織った白衣を揺らしながら、私の方へと小走りで寄ってくる。


「鼻血は大丈夫?」

「そうですね、でももう、わりかし収まってきて」


 南森先生に告げながら、私はベッドの方をちらりと見る。

 空色のカーテンは既に閉じられていて、瑞陽先輩の姿はもう見えなかった。

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