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Epilogue-2

 成花ちゃんと駅で別れて、わたしは街灯で照らされた家までの道を歩いていた。夜空はどんよりと曇っていて、ちらちらと輝く星々は見えそうになかった。

 ……弥歌ちゃんはもう、星になってしまったのだろうか。

 せめて、死後の世界は、弥歌ちゃんが安らげる場所でありますように……


「――こんばんは」


 背後から声を掛けられて、わたしは足を止めて振り向いた。

 そこには、一人の女の子が立っている。歳はわたしと同じくらいだろうか。低めの位置でサイドテールに結ばれた、広がる夜空のように美しい黒色をした長髪。街灯の光を浮かべた、異国情緒を漂わせている真っ青の瞳。細身の身体はワンピースタイプの喪服に包まれていて、今にも夜に溶け出してしまいそうだった。


(…………誰、)

(……あ)

(似ている……)

(弥歌ちゃんに……)


 女の子は、息を呑むほどに整った顔立ちをしていた。その顔立ちはどこか、弥歌ちゃんを彷彿とさせた。


 見惚れてしまったかのように動けないでいるわたしに、女の子はゆっくりと歩み寄ってくる。爽やかさと冷たさが同居した不思議な香りが、わたしの鼻をくすぐる。

 女の子はわたしの側で立ち止まると、わたしの耳元へとそっと唇を近付けた。



「――――お元気でしょうか、()()()()()?」



 わたしの、げいじゅつひん。


 私の、芸術品――


 ……気付けばわたしはげほげほと咳き込みながら、地面に座り込んでいた。濁流のように、記憶が溢れ出す。……そうだ。悪夢なんかじゃなかった。わたしは弥歌ちゃんが高校の屋上から飛び降りてしまった後で、「神様」と芸術品となる契約を交わして――


 視線を上げれば、女の子は微笑みを浮かべている。

 わたしは口角を歪めながら、尋ねた。


「……あなたは、あのときの、神様なんですか……?」


 女の子はぱちぱちと不思議そうに瞬きをして、それからくくくっと笑った。


「貴女は私のことを神様だと思っているのですか? 記憶を取り戻した今でも? ああ、おかしい、おかしいですね……本当に、貴女の善性には反吐が出る。きっと貴女の頭の中には、脳ではなく歪んだ形の花々が詰められているのでしょうね……」


 わたしは呆然と、目を見張る。

 女の子は呆れたように微笑みながら、目を細めた。


「――私は、悪魔ですよ。貴女は神様と取引したのではなく、悪魔と取引したのです」


 え、とわたしは声を漏らした。


「もっとも、こちらの世界では、今のように人間の形を借りていることが多いですが……名前もありますよ。今使っているのは、茅野瑞陽。『弥歌のひずみ』のアナグラムです。いい名前でしょう?」


 女の子は腕を組みながら、柔らかく微笑う。


 やかの、ひずみ……弥歌ちゃんの、歪み……?


 ――思い出す。

 弥歌ちゃんと、この人が、教室でキスをしていた瞬間を。


「…………何で、」


 あの瞬間の深い悲しみを思い出しながら、よろよろと立ち上がって、掠れた声で問う。


「何であのとき、屋上で泣いていたわたしを、救ってくれようとしたんですか……?」


 女の子はまた、くくくっと笑う。


「そもそも私は、貴女を救うつもりなんて毛頭ありませんでしたよ。……ただ、私の計画に利用させてもらっただけです」

「計画…………?」

「ええ。――川相弥歌を、芸術品とする計画です」


 弥歌ちゃんを、芸術品に……?

 突き付けられた事実をどうにか呑み込もうとするわたしへ、女の子は言葉を続ける。


「四月四日。貴女の隣にいた川相弥歌の美しさに、私はひとめぼれしたのです。そして、川相弥歌はあれだけの美しさを備えながら、内面に尋常ではない綺麗な歪みを抱えていました。川相弥歌を芸術品として、手元に置いておきたい――私はそんな欲望を抱くようになりました。自分の人間としての器も、川相弥歌の容貌に近付けてしまうほどに……」


「ですが、私が川相弥歌に接触する前に、川相弥歌は飛び降りて命を絶ってしまいます。私が人間を芸術品にする際には、二つの〝ルール〟がある――その人間が生きていることと、その人間から同意を取ること。死者を芸術品にすることは残念ながらできないのです……そこで私は、貴女を芸術品として力を与えることで、川相弥歌を生き返らせることにしました」


「貴女の力が歪んでいたのは、私がそうしたからです。川相弥歌には貴女の適性がどうのと言いましたが、あれは真っ赤な嘘。私は美しい川相弥歌が芸術品となる際に、その過程までをも美しくしたいと考えていました。そこで描いた物語がこちらです――『延々と繰り返す四月十三日。耐え切れず死を選ぼうとする川相弥歌。そこで、全てはかつて友達だった少女が川相弥歌を救おうとした結果だと明かされる。川相弥歌は少女を救うために芸術品となる』」


「私は『一学年先輩であり、本当は存在しない旧一年四組を部室とする、本当は存在しないオカルト研究会の一人だけの会員』という設定を自らに与え、川相弥歌の協力者のふりをして、川相弥歌がもう一度命を絶つように仕向けました。それほどまでに絶望し、恐怖で歪んだ心には、貴女からの健気な愛がよく響くはず――実際に、その通りになりました。地面にぶつかってもう一度死んでしまうすれすれで川相弥歌に干渉し、美術館にて真実を告げ、私は彼女を芸術品にすることに成功したのです」


 女の子はそこまで話し終えて、そっと唇を閉じた。

 わたしの口から、人間じゃないみたいな、獣が殺されるときみたいな、短い断末魔のような声が、漏れた。わたしはがくがくと震えながら、女の子へと問いかける。


「……弥歌、ちゃんは……芸術、品に、なったの……?」

「ええ。人払いは済ませてありますから、見せて差し上げますね――臓物の天使を」


 女の子は静かに微笑んで、目を閉じると両手を祈りの形に組む。



 ――現れたのは、虚ろな目をした弥歌ちゃんだった。



 裂かれた身体の中には、血も、臓物もなくて、真っ白の骨が皮膚に包まれていて。



 代わりに、臓物を組み合わせてできた大きな翼が、背中から生えている。



 あ、とわたしの口から声が零れる。

 両手に顔を埋めて、ただ、叫んだ。


「あ…………ああああ、あああああああああああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ…………!」

「ありがとうございます。貴女のお陰で私は、こんなにも麗しい芸術品を得ることができました。貴女には、感謝してもしきれません……く、くく、あはははは、」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」


 ……わたしが両手から顔を離す頃には、弥歌ちゃんも、女の子も、いなくなっていた。ざあざあと雨が降り出して、わたしの涙も、鼻水も、全てを攫っていく。世界が濡れていく。弥歌ちゃんのいない世界が、濡れていく。神様なんていないのかもしれない、と思った。生きていても悲しいことばかりで、透明な神様はいつまでも救ってくれない。


 わたしを救ってくれたのは、弥歌ちゃんだった。

 だから、弥歌ちゃんが、わたしにとっての神様だったのかもしれなかった。

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