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01

「はあー……? 昨日も四月十三日だった?」


 昼休み。賑やかな学食にて、私は成花に今日ずっと抱いている違和感を打ち明けた。成花はうどんを食べるために使っていた箸を一旦トレイに戻して、頬杖をつく。


「弥歌、疲れてるんじゃねー?」

「いや……まあ確かに、こんなことになって疲れてはいるけどさ」

「え、じゃあ昨日も、わたしと一緒に学食来たってこと?」

「うん。君、昨日もうどん食べていたよ」

「まーうどん好きだから大体うどん頼むじゃん、わたし」

「それはそうだ」

「じゃあ、弥歌も昨日牛丼頼んだってことー?」

「いや、昨日ラーメン食べて飽きたので、牛丼にした」

「何それ、ウケる」


 成花はひとしきり笑った後で、「やっぱ疲れてるんでしょー」と言った。


 成花の言う通り、疲れているだけなのだろうか。やけに鮮明に見た夢を、そのまま昨日のことだと誤認してしまっているとか。でも……それにしては、昨日と今日は似すぎている。例えば、一限目の数学の授業で行われた小テストの問題。昨日も今日も全くおんなじ三角関数だった。例えば、二限目の英語の授業で先生が気まぐれに当てた回答者。昨日も今日も関根さんだった。例えば、三限目の体育の授業で先生がした雑談。昨日も今日もお嫁さんのクリームシチューが美味しかった話だった。四限目の世界史の授業で起こったハプニング。昨日も今日も小さめの蜂が入ってきて授業がちょっと中断された。流石に、予知夢にてしてはできすぎているんじゃないか?


 考え込む私に、成花が口を開いた。


「仮にだよ? 仮に、弥歌の言うことが正しかったとしてさ。なんか、切っ掛けとかなかった訳? ループしちゃう切っ掛け、みたいなの」

「え……何だろう」


 成花の問いに、私は記憶を辿る。

 するとすぐに、思い当たった。


「あ……なんか変な夢、見たかも」

「お、そういうのそういうの。どんな夢だったんー?」

「グロい夢……」

「あ、わたし、グロはNGなんだが」

「おいおいマジか。じゃあグロくないところだけ抽出するよ……可愛い女が、出てきた」

「え、それだけ聞くと眼福じゃん。えっどんなビジュ?」

「えーと、小柄で、セミロングの茶髪で、色白で、そばかす広がってて……あ」


 私は()()()()()に気付いて、声を漏らした。成花が目敏く首を傾げる。


「なんか気付いた?」

「……いや昨日さ、成花とコンビニ行ったとき、タイプの女について少し考えたんだけど……そのとき考えたのと、おんなじビジュアルだ」

「え、じゃーめっちゃ弥歌のタイプってこと?」

「いやでもグロかったからな……」


 私ははあと息をついて、夢の中の少女のことを思い出す。肉体の一部をなくして、代わりに歯車を与えられたかのようだった。幾つもの歯車がつくり出すきゅるきゅるきゅるきゅるという狂気的な音が、頭の中で反響する。



 ――彼女は芸術品になることを選び、私は彼女を芸術品にすることを選んだのです。



「誰か」に告げられた、黒板を引っ掻いたときの音のように高くて耳障りな声で紡がれた言葉を、思い出す。

 どうしてあの子は、「芸術品」とやらになることを選んでしまったのだろうか?

 今も透明な地面の上に浮遊しながら、歯車の音を響かせ続けているのだろうか?


(…………わかんね)


 ぐるぐるしていく思考を落ち着けるように、コップに入っている冷たい水を喉に流し込んだ。

 成花もうどんを啜った後で、水へと口を付ける。


「ちなみにその、グロくなかったら弥歌のタイプだった女子ってさ、知り合いとかではなかったん? なんか夢ってさ、初対面の人出てくんのレアじゃね?」

「ああ、確かに……いやでも、しょたいめ」


 初対面、と言おうとして、私は喉に小骨が刺さったかのような感覚を覚える。

 でも、新しいものから古いものまで沢山の記憶を思い出しても、彼女の姿は存在していなかった。ということは、初対面なんだろうけれど……何とも言えない、違和感があった。本当に、小さな小さな違和感だけれど。だから勘違いという可能性も充分にある。


「……初対面の、はず、である」

「何でそんな曖昧なん?」

「いやあ、自分でもよくわからない……助けてほしい、成花」

「わたしの力じゃ無理じゃねー? ……え、てかさ、ほんとに四月十三日がループしてるとしたらさー。わたしとか他の皆は忘れちゃってるけどさ」


 成花は不安げな眼差しを浮かべて、告げる。



「――これから弥歌は、全部忘れられないまま、同じ日々を繰り返すってこと?」



 その言葉に、私は俯いた。


 ……自分でも、何となく気付いていた。ループしちゃう漫画とか、ループしちゃうアニメとか、色々あるけれど。簡単にループが終わりましたやったー! なんて話は、あんまり見掛けない。だから私はもしかしたら、これから永遠に、四月十三日に閉じ込められてしまうのかもしれない。しかも私一人だけが、ループしているという事実に気付いたままで。


 それはもしかしたら、恐ろしく孤独なのではないだろうか……?


「……ごっ、ごめん弥歌! わたし、発言ヤバかったかも……」


 成花の慌てた声に、自分が随分と暗い表情をしていたのだと気付く。

 だめだ、と思った。自分の不安で、成花を悲しい気持ちにさせるなんてよくない。

 私は努めて、明るい声を出す。


「いや全然! 気にしないで! でもさあ、ほんとに繰り返すことになったらマジ嫌すぎる」

「そうだよねー……」

「だって明後日の水曜日、追っている漫画の最新刊発売日なんだよ? 困るって」

「いや、最初に思い浮かぶのがそれでいいん?」


 成花のツッコみに、私はあははっと笑った。大きな声を意識しながら。

 成花もつられたように笑ってくれて、ひとまず私は安堵した。


 *


 仮にこれから、四月十三日がずっとループしていくとして。

 ――ループを終わらせるには、どうしたらいいか。


 五限目の古典の授業中、私は脚を組んで右手に持ったシャープペンシルをぶらぶらさせながら、思案を巡らせていた。遠くの席から、先生に指名された男子生徒が源氏物語を音読する声が聞こえる。


「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり……」


 ……昔読んでいた、シリーズもののギャグ漫画がある。生まれた家の因縁で沢山の妖怪に目を付けられており、そのため様々な不幸に巻き込まれるも、とにかくポジティブシンキングな主人公の少年と、彼を取り巻く個性豊かなキャラクターが織り成す物語だ。確かその中に、ある「一時間」がずっとループしてしまう話があって……そのときの解決法は、確か……そうだ、「余りにも突飛な行動を取る」だ。ループを引き起こしていた妖怪がびっくりして、その結果ループが解消されたという流れだったはずだ。……ギャグ漫画だから許された解決法かもな、これ?


 でも、境遇は似ている気がする。あの夢で急に逆回転した歯車は、「時の流れ」の象徴のような気もするし。あの少女が原因で、また四月十三日になったんじゃないか? だから、あの少女を、驚かすことができれば……いやできるのかそんなこと? めちゃめちゃ、目、虚ろだったけど。


 まあでも、やらないよりは、やった方がいいか。


 ちょうど、音読が終わったところだった。私は一人頷いて、すっと手を挙げる。

 おばあちゃん先生が気が付いてくれて、不思議そうに微笑んだ。


「ええと……川相さん、何か質問かしら? ……あっ、それとも、お手洗い――」

「一発芸やります」

「……え!?」


 おばあちゃん先生が目を見開いた。教室がざわっとし始める。私は立ち上がると椅子の上に飛び乗り、さらにそこから机に立った。

 教室中の視線が私に集中している。

 私はすうと息を吸い込んで――そっと、右脚を持ち上げた。

 所謂Y字バランスの形を取って、口を開く。


「Y字バランスのYは、『やむごとなき』のY」


 はっきりとした声で、そう告げた。

 先程のざわつきとは打って変わって、教室がしんと静まり返る。

 十秒ほど経ってから、私はぴょんと床に飛び降りて、再び椅子に座って脚を組んだ。


「……す、すごかったわね! 皆、川相さんに拍手しましょう!」


 おばあちゃん先生の声掛けによって、教室にまばらな拍手が起こる。


(……これが、「穴があったら入りたい」という感覚か……)


 私はそう考えながら、再びシャープペンシルをぶらぶらさせ始めた。


 *


 六限の情報の授業のために、私は成花と一緒にコンピュータールームに向かっていた。

 成花が呆れた表情を浮かべながら、私の顔を覗き込む。


「弥歌……教室出たから言うけどさ、さっきのあのヤバいの何だったん?」

「ループを終わらせるための、試行……」

「いやでもあれヤバいって。スカートの中丸見えだったよ?」

「スパッツ履いているから大丈夫だよ。ははは」

「そういう問題じゃねーし、目死んでるし……」


 溜め息をつく成花に、私はヤバい奴の友人という立ち位置にしてしまってマジ申し訳ないです、と心の中で呟いた。

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