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Prologue

 ――()()だった、四月十三日のことを思い出していた。



 月曜日なので、休日よりも早く起きなければいけない。午前七時半、寝ぼけ眼の私は軽く呪詛を吐きながらうるさいデジタル時計の音を止める。自室から出て、洗面所に寄ってからリビングへ。ワンプレート皿の上には、お母さんが用意してくれた菓子パンと数個のミニトマトとバナナが乗っている。ありがたくいただいた。食べ終えたら皿洗いと歯磨きを済ませ、二年生であることを示す臙脂色のリボンが印象的なセーラー服に着替える。それからもう一度訪れた洗面所で、長い黒髪を梳かす。鏡に映る私の顔は、化粧をしていないにも関わらず恐ろしく整っている。自惚れではなく普通に事実だ。よしと頷いて、自室から教科書やらが詰まった黒いリュックを持ってきて、白いスニーカーを履いて玄関を出る。大空は晴れ渡っていた。


 高校は自宅から徒歩十分。完全に立地で選んだ。ちょうど設立十周年と新しい学校なので校舎がやたら綺麗だし、クラスは去年も今年も虐めとか無縁で平和だし、仲良い友達も一人いてぼっちじゃないので、立地で選んだ割にはかなり幸せな高校生活を送れている。それに、通学路は幼い頃から歩いている道なので鬼のような安心感だ。校門を潜って昇降口に行き、スニーカーを上履きに履き替えて、二階にある二年一組の教室へ。クラスは各学年四組まである。自分の机にリュックを置いて、斜め左前の席に座っている友達――成花なりかへと挨拶する。


「おはよ、成花」

「おっはよー、弥歌やか


 成花は振り向いて、私へとダブルピースを向けてくる。かなり高い位置で結ばれているポニーテールが、さらりと揺れた。


 成花は、去年同じクラスだったのが切っ掛けで仲良くなった女子生徒だ。私が「川相かわい弥歌」という名前で、成花が「佐久間さくま成花」という名前なので、去年も席が近かったのだ。成花は去年も私の斜め左前の席に座っていた。仲良くなるのって前後の席とか左右の席とかに座っている関係性がありがちだと思うが、こういうパターンもあるらしい。まあ多分、馬が合うからだろう。私も成花もさばさばした性格だというところが似ている。


 成花と適当な雑談で盛り上がっているとチャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。簡素なホームルームが終わり、授業が始まる。一限目は数学。正直落ちこぼれているが、私立文系志望なのでどうにかなるだろう。二限目は英語。これは得意。三限目は体育。これも得意。四限目は世界史。カタカナを覚えられないのでこれも落ちこぼれそうだが、日本史選択予定なのでどうにかなる、というか日本史やらせてくれよ日本史選択予定なんだし。ここで昼休みが挟まる。成花と一緒にランチタイムだ。学食に行って私はラーメン、成花はうどんを注文する。麺類をお供に雑談していると、昼休みがあっという間に過ぎていく。五限目は古典。お腹いっぱいなのとおばあちゃん先生のおっとりした話し方の相乗効果で睡魔に負ける。六限目は情報。文系なのに何故かプログラミングをやらされる。きつい。


 そうして二度目のホームルームを終え、放課後となる。私も成花も帰宅部なので、一緒に帰宅する。寄り道は禁止されているがそんなのは関係ない。


「私にとってこの町はホーム。だからこの町のどこにいようと、寄り道ではなく帰宅なんだよね」


 コンビニの側に設けられているガードレールに寄り掛かりながら、得意げに述べる私に、成花がおかしそうに笑った。


「弥歌のその理論、何度聞いてもウケるんだけどー。あむっ……んー、肉まん美味え。弥歌、一口食う?」

「お、ありがたい。それじゃあお返しに、私のピザまんあげる」

「あざーっす」


 私と成花はお互いの口へとそれぞれの食べ物を近付ける。

 ピザまんを頬張った成花は、幸せそうに目を細めた。


「あー、こっちも美味い」

「でしょ。やはりピザ、ピザは全てを解決するんだよ」

「ピザすっげー」


 私たちは笑い合う。こういう下らないことで笑い合う時間が至福だ。

 ピザまんと肉まんをそれぞれ食べ終えて、成花がはあと息を着いた。


「いやー、てゆーか、彼氏ほしーなー……」


 私は芝居がかった様子で、自分の顎に手を添えてみせた。


「何で成花って彼氏できないんだろうね。容姿よし、性格よし、運動神経よし。……テストの点数悪いから?」

「いや、その理論はおかしーよ。昨日見た動画で言ってたもん、バカな女がモテるって!」

「そのバカな女ってさあ……『知っていることも知らない感じで驚きのリアクションをしつつ、相手の男をそれらしく持ち上げて褒め称える』女なんじゃないの? 要は、逆に頭いい。様々な思惑を巡らせている」

「え、そ、そうなの!? ……じゃあわたし、だめじゃね?」

「取り敢えず次の定期テスト、学年一位狙ってみる?」

「無理無理ー……下から数えた方が早いというか上から数えたら遠すぎる順位だしー……」


 成花ははあと溜め息をつく。それから、思い出したように私を指さした。


「そういう弥歌こそ、何で彼氏いないの?」

「え、は、何で急に私?」

「だって弥歌、ものっすごい美人じゃん。わたしが出会ってきた人の中でぶっちぎりのナンバーワン。芸能界だって余裕でしょ」

「やだよあの闇深い界隈入るの……」

「告白もさ、されてるでしょ? 正直に言え、二年生になってから何回された?」

「……三回」

「ほらやっぱり。何で断ってんのー」


 頬を膨らませてみせる成花に、私ははあと息を吐いて大空を見上げる。


「男、苦手なんだよ……」

「何で。別にクラスの男子と普通に話せてるじゃん」



 ……父親がお母さんに暴力振るう人だったから。

 もう、いないけど、父親。



 心の中で述べてみて、言いにくー……と思った。

 だから誤魔化すように、成花へとウインクする。


「……どちらかと言うと、私、女の方がタイプなんでね」

「えっ、まっ、マジで!? それ、初めて聞いたんだけど」

「マジマジ。あ、成花は別にタイプじゃないから安心してね」

「いや別に心配してないが? なんか告白してないのに振られた気分で複雑だわ」

「ちなみに、タイプの女はね……」

「別に聞きたくねーよ」


 私はあははっと笑う。笑いながら、自分ってどんな女がタイプなんだろうか? と考えてしまう。


 ……小柄で……セミロングの茶髪で……色白で……そばかす広がってて……


 随分具体的だな、と自分で不思議に思う。こんなことを考えるのは、初めてのはずなのに。

 もう一度大空を見上げると夕焼けが広がっている。美しい赤色だった。


「……成花、そろそろ駅行く? 送るよ」

「おっまじか。ありがと、弥歌」


 そうして私は、電車通学の成花を駅まで送る。腕をいっぱいに動かしたバイバイをしてから、一人帰路につく。十五分くらい歩いて自宅に戻って、リビングのソファで暫しスマホを触ってだらだら。やりたくないという気持ちを気合いで踏んづけて、宿題とか明日の予習とかを済ませ、自分とお母さんのチャーハンをささっとフライパンで錬成する。自分の分を食べ終えたら、再びスマホだらだらタイム。そのうちお母さんが帰ってきて、ぽつぽつ会話した後で、私はお風呂に入る。最近はスマホを持ち込んで適当な動画を見ながらの入浴がマイブームだ。お風呂から出たらパジャマに着替えて髪を乾かして、自室にてベッドの中でスマホだらだらタイム。SNSを徘徊しつつ、面白い話題を見つけたら成花に送り付ける。段々と眠くなってきて、スマホを充電ケーブルに繋いで、部屋を暗くして就寝。



 ――変な夢を見た。



 透明な地面の上に私は立っていた。

 私の視線の先には人が浮いている。


 …………人?


 私は息を呑んだ。……真っ白なワンピースに包まれた身体が、千切れている。お腹の辺りの肉体が、衣服ごと全部なくなっている。胴体の上部分から胴体の下部分へと、規則的に真っ赤な血液が零れ落ちている。


 なくなった肉体の代わりとでも言うかのように、金色の()()が空白の腹部に幾つも組み合わさっている。血液でてらてらと赤く輝く、歯車たち。きゅるきゅるきゅるきゅると音を立てながら、時計回りの回転を繰り返している。


 暫くの間、歯車から目を離せずにいた。きゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅる。私は恐る恐る、視線を上の方へと動かしていく。


 ……可愛らしい少女の、顔があった。


 ふんわりとした茶色のセミロングヘア。雪のように真っ白な肌に、うっすらとそばかすが広がっている。虚ろな瞳は、私ではなくて、私の後ろのどこか遠くを見ているかのようだった。


(…………怖い、)


 それでも私は、彼女から目を逸らすことができなかった。

 何故なら、怖いだけではなくて、


(…………でも、……美しい)



 ――まるで芸術品のような精緻さが、存在していて。



 きゅるきゅるきゅるきゅる、歯車は今も、止まることなく動き続けている。


『…………綺麗でしょう?』


 急に、耳元でささやかれた。私はびくりと身を震わせ、ばっと振り向こうとする。

 でも――身体が、ぴくりとも動かない。

 きゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅる、

 歯車の音を聞くことしかできなかった、


『彼女はね、私の芸術品なのですよ』


 きゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅる、


『彼女は芸術品になることを選び、私は彼女を芸術品にすることを選んだのです』


 きゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅる、


『自ら、「歪み」を帯びるという決断。嗚呼……何と美しい、選択か』


 耳元で声が止んだ瞬間――歯車の回転が逆転し、一気に速度を増す。

 きゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅる――

 少女の口が開いた



「ひああああああああっ!」


 私は叫び声を上げながら飛び起きる。デジタル時計の耳障りな電子音が部屋の中に響いていた。額に滲んだ汗を拭いながら、不快な目覚めに苛立ってデジタル時計のボタンを少し強く押す。ふと、「4 13 月」と表示されていることに気が付いた。


「…………あれ、」


 ぞわりと、背筋を撫でられたかのように思う。

 だって私は、昨日間違いなく、月曜日の四月十三日を過ごしたはずで――



 …………()()な四月十三日が、始まろうとしていた。

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