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規格外

彩音が帰った後。

一度逸平と圭人とレイカは、逸平の部屋まで戻ってくる。

更なるレイカの力の発動。

ものすごいのだが、どこか不気味なコメディでも見ているようなレイカの能力に、翻弄される二人であった。

 俺と圭人、レイカの3人は二階に戻って来た。

 圭人はスマホを取り出すと、自分の母親にLINEを送っている。


「親父はどうせまだ帰って来てないだろうからな。自由なもんさ……一人息子が県大会に出たっていうのに応援にすら来ないんだから、どうでもいいんだろ」


 圭人はそう言って、大きなため息をつく。最後の方の言葉は俺に言ったというよりはたぶん独り言。もちろん聞こえないふり。


「そういえば逸平の親父さんは? まだ帰って来ていないな」


「しばらく缶詰だって言っていたな。回転寿司の新メニューの開発って楽じゃないらしいぜ」


 うちの親父は大手回転寿司のメニュー開発をしている。1年前に芸能人に新メニューを試してジャッジする番組に出ていて、真剣な表情で商品について語ったり、ジャッジに一喜一憂したりしているのを観て、なんだかんだで見直したのを覚えている。

 そんな俺たちの会話をニコニコしながら傍で聞いているレイカ。返ってきたLINEを確認すると、圭人は改めて奴に向き直る。


「さてレイカ。もう何が起ころうが驚かないぜ。なぜ帰らないとはもう聞かない。どうやったら帰ってくれるんだ?」


 いつの間にやら服の間から取り出した桜の絵が描かれている扇子を振り、嬉しそうに笑うレイカ。


「いいね、圭人。話が先に進みそうでボクも嬉しいよ。でも残念ながら、なぜボクがここに召喚されたのか、どういう意味があってこの世界に来てしまったのか……全然、全く! 思い出せないんだよね。いやぁ、困った困った」


 言葉の割には全く困ったような表情は見せず、奴は楽しげに圭人に向かって畳んだ扇子を向ける。


「できれば今すぐ、小説内に帰ってほしいんだ。分からないが、お前の力はとても危険だと俺の直感が告げている」


「ん? なんか前にもそんな事を言われた気がするんだ。誰だったかな……それが思い出せないんだよね」


 帰ってくれと言っているのにそれは聞かない。

 どうすれば帰る気になるのかと問えば、忘れたと言い放つ。


(なにが、話が進みそうで嬉しいだ。結局煙に巻く気満々じゃないか)


 わざと禅問答を持ちかけられているようで、イライラと心がささくれ立つようだ。


 その時、俺の部屋の窓の向こうが明るくなる。お互いにカーテン越しで分からないが、彩音が部屋に戻ったようだな。あんな形で家に帰しちゃったから心配していたんだ。

 部屋の中では険しい表情の圭人と、この状況自体を楽しんでいるレイカ。


「暑い……」


 ふと俺が漏らした言葉に、圭人が部屋に取り付けてあるクーラーにちらっと目をやる。その目線を追っていたレイカがおもちゃを見つけた子供の様な顔をしたので不安になる。


「設定温度を下げてくれ逸平。3人もこの部屋に入っているから、いつもより低くしないと暑すぎる」


 そうじゃなくても話に熱が入り、暑苦しさが倍増しているのだ。圭人だけではなく、俺の額にも汗が滲み出ている。もちろん余計な筋トレをしていたこともあるんだけど。

 その中でレイカはまるで暑さを感じていないかのように、黒基調の長袖のコートを脱ごうともしない。その赤い瞳が怪しく光る。


情報解析(アナリゼ)


 突然机に置いてある俺のゲーミングパソコンがブン……という小さな起動音を鳴らす。カチャカチャと音を立てて、キーボードが動き、アルファベットが勝手に打ち込まれていく。検索の画面が開き、見た事のない単語が書き込まれる。まさにウィルスに感染してパソコンの情報が勝手に抜き取られていくような時ってこうなんだろうな。


「これは何語だ? 流石に俺もわからないな」


 圭人が眼鏡の奥の瞳を細める。俺にも確かめる術はない。おそらく気象の情報のページなのか……恐ろしい速さで切り替わっていくネット群に魅入られたように、画面を見つめる事しかできない。


「そうなんだね。なるほど……暑いなら寒くしてしまえばいいんじゃないかな」


 唐突に呟くレイカ。

 その言葉の意味を理解するのに、数秒の時間を要する。


「待て!」


「何をするんだ!」


 俺達二人が気づいた時には時すでに遅かった。レイカの手の中に幻想的な光を放つ包丁が出現する!


「……!」


 周囲の温度変化に気付いた。

 寒い……半袖から出ている皮膚に鳥肌が立つ。自分の部屋の温度が急激に下がっている? いや、たぶん違うな。


「逸平! 外を……」


 そんな圭人の声がやけにゆっくり聞こえた。急いでカーテンを開ける。

 俺達の視線の先に飛び込んできたのは、空から落ちてくる無数の白銀の花びら。いや、それが花びらなんてものではないのはすぐに分かった。


「雪……そんな!」


 圭人が突然レイカに掴みかかる。奴のコートの肩辺りを揺すり、驚愕の表情を浮かべる。


「レイカ! お前、何をしたんだ。今は9月だぞ! 雪を……そんな事が……」


 レイカの口元が嬉しそうに、いや歪むように笑う。雪の寒さとは違う、獣に睨まれた時のような、潜在的な寒気に体の芯から悪寒が走る。

 その時、向かい側のカーテンが突然めくられ、窓がガラガラっと勢いよく開く。

 現れたのはもちろん彩音。

 俺と一緒で、空から降ってきている無数の雪の結晶に一瞬息を呑み、我を忘れたように立ち尽くしている。

 そんな俺の目は、彼女の胸あたりにくぎ付けになる。

 その彩音の後ろ、李里奈が必死で呼びかけている。


「おねぇちゃん! 下着! 見えてるよ……逸平さん!!」


 ピンク色のブラジャーと豊かな曲線を描く胸元に、俺は別の意味で目が離せなくなる! 彩音と目が合う。一瞬の気まずい間が流れる。


「キャアアアアアアアア!!」


 かなり背表紙の分厚い本が俺の額に激突する。『召喚の歴史』と書かれたよく分からない年代物の本を彩音が投げつけたのだ。

 これは俺のせいか。完全に不可抗力じゃないか。

 勢いよく閉められる彩音側のカーテンと窓。俺は本の直撃を受け、軽く傷から血を流しながら昏倒する。


(いきなりで頭が付いていかない……ラッキー、いやそうじゃない! 集中しろ! こっちの方が大変じゃないか!)


「あはは! 面白い、キミ達は本当に面白いよ!」


 大笑いするレイカをひと睨みすると、床に倒れた俺を引きずり廊下に出る圭人。額を抑えて止血しようと力を込めている俺の耳元に小さく囁く。


「おい逸平。この力はヤバすぎる。どう対処するばいいのか俺にも全く分からない! お前の持っているそのノートを貸してくれ。敵を知らねば戦は勝てない。昔からそう言うからな」



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