姉妹
空間拡張能力に記憶改変の力。
規格外の力として小説内では猛威を振るっている魔王設定な訳だが、それが現実世界に現れるとこうも厄介なことになるのか。
「ほう。この『かっぷらあめん』という食べ物はものすごく旨いではないか! しかも3分ほどであっという間に出来上がるとは……ボクの魔法に匹敵するような技術。素晴らしい」
(をい。なんで勝手に部屋に置いてあった夜食用のカップ麺を旨そうにすすっているんだコイツは……! というかお湯はどこから持ってきた)
天蓋付きのベッドの上で、まさに貴族の夕食さながら、世紀の美少年がカップラーメンをすすっている。そのベッドの横で俺と親友の圭人。外見的な美少女的キャラでは負けていない彩音が正座をして座っているのはかなりシュールな映像だ。
その時、彩音のスマホからLINEの着信音。
「あ、お母さんからだ! うわ。ものすごい怒ってるじゃん! やば……」
両手を使い、ものすごい速度で返信を打ち込んでいる彩音。
そのスマホを珍しそうに眺めるレイカ。
「へぇ……この世界には面白い通信手段があるんだね。ボクの世界だと……うっ」
急に苦しそうに頭を抱えるレイカ。それを見ながら、顎に手を当て何やら思案する表情の圭人。俺は正座をしながら両手を前に出し、手を握ったり広げたりして落ち着かない気持ちを筋トレで紛らわせている。
(このままレイカが現実世界に居座るのは勘弁だ。今はまだ無害な感じで収まっているけど、何をきっかけにして近い将来、この世界なんて簡単に消滅できるくらいの力を奮いだすか分かったもんじゃない)
「レイカ。お前は何が目的でこの世界に居座ろうと思ったんだ。俺はそれが知りたい」
極めて理性的な発言をする圭人。頭を抱えて少しうなっていたレイカはその質問が聞こえると、髪を搔き上げ、屈託ない笑顔を振りまきながら振り返った。
「そうだね。なんで……と言われると難しいな。目的はあったよ。あったはずなんだ。でも……こう、頭の中に靄がかかったような感じでうまく思い出せないんだよね」
苦しそうな、でも明らかに演技であろうというのがわかる苦悩の表情を浮かべるレイカ。
「こんな美少年が、記憶喪失になってしまって苦しんでいるのに、キミたちはそのまま助けようともしないっていうのかい? それは勇者パーティーの振る舞いとしてはどうだろうか。ねぇ逸平、圭人」
胸に手を当てるようにして、切々を訴えるレイカ。その瞳には涙が溢れるようにキラキラと輝き、周囲の同情を引くかのように何度も瞬きをする。
「だまされるな圭人。アイツはそんな直ぐに心が折れるようなキャラじゃない」
「あぁ、分かってる。短い間だがレイカの性格は何となく理解したつもりだ」
ピンポーン。
その時、1階の玄関のチャイムが鳴る。
「彩音ちゃん。李里奈ちゃんが迎えに来ているわよ。逸平もこんな時間まで女の子をお引き止めしているのはいけませんよ」
そんな母さんの声。荷物をまとめている彩音。かなり焦っているのはさっきのLINEの内容のせいだろう。
「やばっ! 李里奈まで迎えに来ちゃったか。これは怒られるぞぉ……逸平君、圭人君また明日ね、レイカさんの事どうなったか後で教えてね」
頷く俺と圭人。バタバタと急ぎ足で階下に降りていく彩音。俺と圭人、更にレイカまで一階に降りていく。
玄関には杖をついた彩音とそっくりの女子。まだ中学生の彩音の妹、李里奈が笑顔で立っていた。右足を引きずるようにして前に進み出る。急いで降りてきた姉に声を掛ける。
「おねぇちゃん! こんな時間まで連絡もないってお母さんすごい怒っているよ。あたし知らないからね。とばっちりがこっちにまで飛んでくるから勘弁してよね。さくらおばさん、遅くまで姉がすいませんでした。これ、うちで作ったものです。お母さんが持ってけって……」
丁寧に頭を下げる李里奈。俺と目が合い嬉しそうに笑う。そしてその後ろに立っているレイカと目が合い動きが止まった。
「すごい綺麗な人……逸平さん、知り合いなんですか。韓国アイドルみたい」
「いや、知り合いって言うか」
口ごもる俺にかぶせる様に母親が会話に割って入る。
「綺麗な人でしょ! おばちゃんも留学生なんてどんな子が来るかよく分かってなかったから、会ってみてびっくりなのよ。目の保養ってこういうことを言うのねぇ」
自称リトアニアから来た留学生もどきレイカ。しかしそれは俺たち以外には何故か既成事実として認識されている。
まさに、ふわりという表現がぴたりと合う、そんな体重を感じさせないような動きで李里奈の隣に歩み寄るレイカ。
「足を……そうなんだ。大変だね。身体良くなるといいね。李里奈さん」
その場に春の気配とでもいうような軽やかな香りを振りまき、李里奈の頭に手を載せるアイツ。俺と圭人に緊張が走る。
そんな奴と李里奈の間に彩音はサッと入り込むと、厳しい表情をレイカに向ける。
「妹には触らないで。行こう李里奈。すいません、さくらおばさん。遅い時間に失礼しました! 」
彩音は妹の頭に手を置くと、強引に頭を下げさせ、自分も深々とお辞儀をする。
面白そうに姉妹を見やるレイカ。その瞳には二人がどう映ったのは分からない。
そのまま彩音と李里奈は、なにか小声で言い合いながら、隣の家、吉祥寺という表札の下がった玄関に入って行く。「彩音! こんな時間まで何をしていたの! お隣にご迷惑だったでしょ!」という声が響く。
「彩音にはなんか悪いことしちゃったな」
俺は申し訳なさそうに唸る。
圭人が俺の肩に手を置き、小さく頷く。
「おばさん、もう少し僕は逸平と、こいつ……いやレイカ君と話があるので。留学生に日本のことを教えてあげないといけないですからね。いいかなレイカ君、逸平」
そうだ。レイカの目的と、これからどうするかをはっきりさせないといけない!
アイツの真っ赤な瞳の中に見える、どこか愉しげな様子。しかしそれは安全性の無い、純粋無垢な悪としての思想が垣間見える。
(こいつは俺の母親の記憶を、まるで部屋の模様替えをするかのよう簡単に書き換えたんだ)
そんな魔王と今日からしばらくの間、同じ屋根の下で暮らすことになる。
(……俺はこの先、無事に生きて行けるのか? )




