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帰宅

魔王レイカが小説の中に戻ったと思いこんでいる3人。

しかしそれは偽りの帰還だったことに……まだ気づいていない。


何気ない帰宅途中の会話。その日常の平穏が破られる。

「あたしとしては召喚が成功したのは大きなプラス材料ね。結果として変なのが現れちゃったけどさ。もう少しこう、条件を変えないといけないのかな。それとも時期とか……」


 あれを成功と取るのか。

 俺は彩音のどこか呑気な思考に少しだけ、いや、かなり驚く。


「彩音は可愛いのに、なんでそんなにオカルト好きなのかなぁ。だから彼氏の一人もできないんじゃないか」


「それは褒めてくれているんだよね。逸平君……別に彼氏とか興味ないし。顔やスタイルだけを見て寄ってくる男子なんて面倒なだけよ」


 チラチラと俺の横顔を確かめながら強がりを言っている。月明かりに照らされ、彼女の整った顔が更に綺麗に見えて、俺はまっすぐに彩音の顔を見ることができない。

 そんな俺達二人の後ろを、ずっと黙ったままついてきている圭人。ついてきているという表現はおかしいな。3人とも帰る方向は全く同じなのだから。


「逸平。あとでお前が書いている、その小説のノートを見せてくれないか」


「え! このノートか! まだ書きかけなんだよ。未完成のものを圭人に見せるのはちょっと恥ずかしいからさ」


 書き途中で見せるのはかなりの勇気がいる。しかし見てもらわなければ感想も貰えない。創作活動のジレンマってやつだ。圭人の事だ、大量のダメ出しを貰うのは見せる前から分かる。それで筆と心を折られそうで、それも嫌だ。


「ん? あぁ、勘違いするな。逸平の書いている小説に興味があるんじゃない。いや、そういうとかなり語弊があるな。今回、奴が出てきた経緯に関心があるだけなんだ。お前の書いてある小説は小説で、読んでみたいとは思う」


(そういう一途な想いって嫌いじゃないからな)


 そう最後にぼそっと圭人が付け加えた言葉は、近くを走ってきた車の音にかき消されて俺の耳には届かなかった。


「それに完成するって言ったっていつになるんだ。書いているのが長編なのかショートなのかによっても変わるだろ。ジャンルとか分かんないしな。逸平のことだ。長編のファンタジーものかなんかだろ」


「どうして読みもしないうちから分かるんだよ圭人は! 」


「さっきのレイカって奴の事もあったからな、すぐ想像できるさ。どうせ壮大なファンタジーでも書いて、自分で風呂敷を広げすぎて畳めなくなってる、とかそんなところだろ。厨二病(こじ)らせている逸平にはありそうな事だ」


 そういって楽しそうに笑う圭人。まったく、そうやって的確な意見を貰えるのはありがたいさ。だからこそだ。余計に俺は完璧に完成したものを、一番初めに圭人に読んで欲しいんだ。


「二人ともほんと不思議な関係よね。醤油とみりんみたいな感じがするんだけど、結局なんだかんだで長く一緒にいるよね。逆にあたしからすると羨ましいなって思っちゃうな」


「醤油と味りんって、なんだよ彩音」


 素早くツッコミを入れる俺。それに続けるように圭人が付け加える。


「あはは、そうだな。それを言うなら水と油って言うんだろ。それも違うか? 」


「そうそう! 水と油って言おうとしたの。でも醤油と味りんだって、どっちも料理には欠かせないけど、それだけじゃ物足りない時ってない?  混ぜたらもっと最高なのにって」


「そうだけど、普通そんな風に言い間違えるか? 全く彩音は相変わらずだな」


 俺がそう言ってからかい、圭人と彩音も笑いあう。幼稚園の頃から続いてきた関係だ。いつまでもこうやって居られたらと、そんな事を思いながら気づいたら俺達3人は高校生になっていた。


「お、着いた着いた」


「圭人君、またね。明日もバスケ部早いんでしょ? 県大会頑張ってね」


 俺と彩音の家は隣同士だ。圭人のうちはもう少し先に行った場所にある。


「バスケ部もさ、毎日きゃあきゃあうるさくてよ。こっちは集中して練習したいのに。今度体育館の入り口にそこの筋肉バカを立たせておくか。少しは見学に来る女子たちの抑止になるかもな」


「いいじゃない。来る女子みんな圭人君目当てなんでしょ。選びたい放題で羨ましい。あたしのところにもカッコいい男子が召喚されてこないかなぁ」


 そんな二人を横目に、ふと自分の家の前になにかピンク色の花びらのようなものが落ちている事に気付く。

 拾い上げるとそれは桜の花びら。

 なんで、こんな所にこんな時期にこんなものが。


「どうしたの? 逸平君。なんかあった? 」


「逸平どうした?」


 俺はその時、頭の中を過ったひとつの予想に寒気を覚える。

 ……いや、そんな。

 手の中にある桜の花びらを見つめる3人。その顔から血の気が引く。


「桜の花びらなんて、この季節に変よね」


「アイツが帰る時に桜の花びらが舞っていたよな……まさか! 」


 圭人の言葉に、俺は自分の持っている小説のノートを強く握る。書いてある拙いドラゴンの絵が俺の手汗で(にじ)むようだ。


(レイカは帰るって言っていた! これは何かの間違いなんだよな)


 この時の悪い予感は数分後、俺達の目の前に現実となって現れることになる。忍び寄るように魔王レイカが現実を侵食していく。手の中の桜の花びらを見つめながら、心の中の暗雲は全く晴れることはなかったんだ。


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― 新着の感想 ―
設定面白いです。 応援の意味で評価つけさせていただきました。 ゆっくり読み進めますね。
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