偽りの帰還
「う~ん、ボクの力が上手く発揮できていないような気がするんだよね。まぁ、それもまたいいだろう。この世界ではこういう形なのだということなのかな? 」
そんなよく分からないことを言いながら、立ち尽くす俺達を離れた位置から愉しそうに見つめている紫の髪色の美少年。名前をレイカ。
(そういえばさっきもそんなことを言っていたな。もしかして、この現実世界では魔王の力はなんらかの制限が加わるのか?)
もちろん、それは考えても正解のないこと。
あくまでそうあって欲しいという願いでもある。
「逸平。冗談はその筋肉だけにしろっていつも言ってるだろ」
圭人は別の新しい眼鏡をスクールバックから取り出すと、無造作に顔にかける。その仕草だけでもどこか優雅で、漫画で言えばキラキラとした描写表現がとても似合う。
(まったく。何から何まで完璧な顔しやがって。そんな圭人が、物書きが趣味のオタク気質の俺と長年親友関係を築いているってのが不思議だよ)
そんな俺の感想を知ってか知らずか。
圭人は俺達とレイカの間に割って入るように立ち、真っ向から奴を見据える。
「その目線、なんだかとっても嫌な記憶が呼び起こされるような気がするんだよ。どこだったかうまく思い出せない……そんな弾劾するような視線でボクを見つめていた奴がいたような覚えがあるんだ」
奴は俺の小説の中では魔王設定だ。
つまりは勇者パーティとはっきりとした敵対関係にある。
俺はその勇者を圭人を思い描きながら書いていたんだから、そのレイカの感想は、至極当たり前と言えば当たり前。
(やっぱり奴はレイカ、俺の書いている小説内の魔王なんだな)
圭人が言ったように動画のドッキリだったらどんなに良かったか。今からでも番組スタッフが「すいませ~ん」と言いながら半笑いで出てきて欲しいと願っている。
「仮に逸平や彩音の言っている事が真実だとしよう。その魔王とやらは何をしにここに出てきたんだ。ここに来てから、アイツは何をした」
圭人が俺に言い放つ。一方彩音は俺の後ろに隠れるようにして、レイカの顔をじっと見つめている。レイカはそんな彩音に人懐っこい笑顔を振りまく。その笑顔に彩音は赤くなって顔を逸らす
「特にまだ何も。俺の願いを叶えるとかいう話になりかけていたところに、圭人がなだれ込んできたってだけだ」
「なるほど。だったらその先に話が進んでいなかったのは幸運と言えるのかもしれないな」
彩音がハッとした顔をするのが分かった。そうだよ。魂の代償とか、そんな危ない話を彩音のお陰でレイカがやりそうになったんじゃないか。
レイカは自分の片手を形のいい唇の前に持って来て、圭人の話を楽しそうに聞いている。妖艶にしてその力は絶大。勇者パーティーもあいつの変幻自在の力の前にはかなりの苦戦を強いられている。
「レイカさん、ですよね。もしもひとつお願いがあって聞いて貰えたら」
俺の後ろから彩音がとんでもないことを言い出す。ちょっと待て。それって俺の命を代償にするんじゃないのか!
「なんでもどうぞ。叶えられるかは聞いてみないとわからない。そんな気がする」
どこから出したのか、レイカは大きな扇子を広げると、バサッと激しく振りかざす。部屋の中には季節外れの桜の花びらが舞い、一瞬幻想的な風景が広がった。
「悪魔ルシフェル様じゃないのであれば、あなたに興味がないんですよね。しかも逸平君の書いていたよく分からない小説内の魔王ってだけじゃ……できれば小説内に帰ってくれません? 」
目が点になる俺と圭人。レイカでさえ一瞬言葉に詰まった様な顔をした。
「彩音! よく分からない小説ってそんな言い方ないだろ。これでも一生懸命……」
「……それだ」
俺のなけなしのプライドが音を立てて崩れ落ちる音と同時。圭人が彩音に振り返る。
「ファインプレーだ、彩音。そうだよ。物語の世界に帰って貰えばいいんだ」
をい。圭人?
「どうやら圭人も彩音もボクが必要ないみたいだね。ボクの力を見たんだろ? それでもボクが要らないって言うのかい? キミはどうなんだい。逸平」
まさかそういう展開になるとは思わなかったんだろう。レイカは自分を呼び出した相手が、無尽蔵な力を是が非でも欲しがるであろうと思っていた矢先の鼻っ柱が折られる感じ。
そして最後の頼みの綱とばかりに俺に声を掛けてきた。そうはいくか。俺は声を張り上げると、突きつけるようにしてレイカに宣言する!
「俺か? 俺だってお前なんか要らないさ。お前がどんなに酷いことをしてきたか、俺が一番よく知っているんだ。もしもこのままお前が現実世界に居続けたらかなりヤバい事になる」
静かだが、部室の全員の耳に届く、力の籠る声が俺の喉から出た。
「この現実に、お前の居場所はない。帰れ、レイカ」
確かにちょっとだけ思ったさ。この力がもし何かに使えたらって。
でもレイカがこのまま、小説外の世界で暴れまわってしまうよりはいい。
その俺の言葉にニヤリと、どこか含んだような笑顔を顔に出すレイカ。
「分かったよ。望んでいないのであれば仕方ない。キミにまで否定されてはボクの立場もないってものさ。大人しく……この場は引き下がる事にするよ」
レイカはそう言うと、また右手に力を込めるようにして、何かを練り上げる仕草をする。左の掌の中にぼんやりと包丁の姿が浮かび上がった。
「ではさらばだ。またどこかで会えることを楽しみにしているよ」
そう言うと扇子を翻すようにして顔を隠す。周囲に舞う桜吹雪。それが渦を成すように奴を包み、魔法陣の中央で集まるようにして、四散する。それが収まると、部室内からレイカの気配はさっぱりと消えていた。
……あまりにもあっさりと。
しかし、自分の作り出したラスボスがこんなにも物分かりが良いはずがないと、胸の中に生まれた小さな不安を感じていた。
そしてその不安はこの後すぐに的中してしまう。
魔王レイカの現実世界への浸食。
そう、奴はやはりただで帰るような性格ではなかったんだ。




