立花圭人
「なんだろう。力を行使しようとしても何かに抑えつけられているような感覚が付きまとうな。これはいったい……?」
レイカは周囲を見渡し、オカルト部の中にある彩音の怪しげな収集物を手に取った。
月明かりに透かしたり感触を楽しんだりしている。
更に棚の上にあったポテトチップスの袋菓子に変わったそれを無造作に開けると、口に含んで美味しそうに食べ始めた。
「ほうほう。これはとても美味しいじゃないですか。これはいったい、なんという食べ物何ですか?」
その質問を横目に俺と彩音は目を見合わせる。
「私の収集物がポテトチップスに。どうしよう」
「何をずれたこと言ってんだ彩音! とりあえずアイツをなんとかしないと。魔王なんだぞ!」
「逸平君、さっきから魔王レイカって言っていたけど、なんなの?」
「なんでか分からないけど、彩音の召喚の儀式と捧げた俺のこの小説が連動したんだ。そうしたら小説の中の登場人物が出てきた。そうとしか考えられない」
「召喚の儀式で小説の中の人物が? そんな非現実なことって起こるんだね!」
自分がやった儀式で呼び出しておきながら、どこか他人事のような彩音。
確かにまだ俺の頭の中でも現実を拒否している部分が正直ある。
「さて、確かキミは大門君だっけか。ボクをなぜ呼び出したんだい? ボクは何をすればいいのかな? 」
猿のミイラの手の模型を手に取り、紫色の髪を靡かせながら振り向くレイカ。
その瞳には怪しい光が宿り、思わず吸い寄せられるように見入ってしまう。
「悪魔との取引には対価が伴うわ。逸平君の魂とか、一番大事にしている物とか」
段々と落ち着きを取り戻してきた彩音が、どこにでもありそうな陳腐なホラー映画のような事を言う。その言葉を聞いたレイカが赤い瞳を輝かせる。
「そんな法則になっているんだね、なるほど。大門君の願いを叶えれば、ボクは君が大切に思っているモノを貰えばいいという事か。面白い」
ニヤリと意味ありげに笑うレイカ。その顔は恐ろしいほど美しく、真っ赤な瞳は烈火の炎を宿しているようで見ているだけで寒気がしてくる。
その時だった。オカルト部のドアが勢いよく開かれて、眼鏡を掛けた整った顔立ちの男が入ってくる。
「おい逸平! さっきお前のうちに電話したらまだ帰っていないって言うから。どうせ彩音の実験に付き合わされているんだろ……え? 」
「圭人! 」
俺は救いの勇者が現れたさながら、部室に入ってきた柔らかな声色と切れ長の二重の瞳を持つ男。俺の親友でもあり、彩音と俺の幼馴染の立花圭人の姿に安堵の声を上げた。
「誰だアンタ。この学校じゃ見たことない顔だな……」
レイカは新たに現れた圭人を、値踏みでもするように眺める。圭人はそんなレイカと目線を合わせ、次に俺、彩音と視線を走らせ、最後に魔法陣の描かれた室内を見渡す。
「圭人君。あの……その……これはね。なんて説明すればいいのかな」
「そうだな。なんて言えばいいんだ? 魔王じゃないやつが出て来ちゃったというか……いや、魔王は魔王なんだよ」
しどろもどろの説明に、圭人が険しい表情をしながら、眼鏡のブリッジ部分に手を当て、ずり上げる。
「落ち着け二人とも。何を言ってるのか、俺には全然わからない」
「魔王を呼び出そうとしたら手違いが起きちゃってさ。その……」
「俺の小説を書いたノートを捧げたら、登場人物のラスボスが出て来ちゃったみたいなんだよ……たぶん。全く信じられないんだとは思うけどさ」
言いながらもそんな事は流石に信じるわけないよなと思っている自分がいる。俺が圭人と同じ立場だったら、すぐさまオカルト部の扉を閉めて、何事も無かったかのようにこの場を去るよ、絶対。今月分の小遣いを全部賭けてもいい。
「お前ら二人とも頭大丈夫か。この毎日の猛烈な暑さで幻覚でも見たって言うならそっちの方がまだ納得できる。それか新手のドッキリ企画か? まさかどこかにカメラマンとか隠れてないよな」
常識的な判断だ。圭人らしい。
「圭人君とやらは、ボクの存在が信じられないって言うんだね。よし、こうしようじゃないか」
レイカは少し眉を寄せ、不機嫌な表情。
いきなりアイツの左手の中に現れる淡く光る包丁。それは現実に存在するものとはとても思えないほどの、精巧に作られたイメージ映像のように淡い光を放つ。
そしてレイカが力を込めるようにして圭人を指差す。
『変化』
さっきと違う! レイカの呪文の言葉がなんとなくイメージできた……彩音はポカンと口を開けたままなので、理解できたのは俺だけか!
(この呪文、そうだよ。レイカの扱う呪文として自分自身で小説の中に登場させたものじゃないか!)
手にしているノートに手汗を滲ませながら、何が起こるのか固唾を飲んで見守る。
「うそ……圭人君の眼鏡の弦が……!」
彩音が驚きの声を上げる。それと同時に「熱っ! 」と言いながら顔に違和感を感じ圭人が眼鏡を手で押さえる。
その時、顔からズレるように落ちたのは、ラーメンの麺か!
とてつもない違和感に圭人が顔を背け、手の中に眼鏡のレンズだけが握られる。
「あはは。圭人君。これでボクがここに存在していることが認識できたかな? 」
得意げに笑うレイカ。でもそれはどことなく不自然で、感情の籠っていないようなそんな笑い方。圭人は自分の顔を触り絶句したまま動けずにいる。額に冷や汗が滲み、信じられないものでも見るようにレイカに視線を投げる。
「おいおい逸平。ちゃんと俺に分かる言葉で説明してくれるんだよな」
圭人の足元に転がっている、かつては眼鏡の弦であったラーメンの麺。
「辛うじてマジシャンっていう線もあるのかもしれないが、さすがに現実的な俺でもこれが異常事態だって事が分かる」
圭人はレンズから視線を上げ、俺の目をまっすぐに見た。
「それより逸平、お前この事態にどう関わっている。大丈夫なんだよな?」




