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黒歴史ノートが生んだラスボスは、加減というものを知らない  作者: 小宮めだか
4章 そのラスボス。作者と対峙する。

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友達

 窓から心地良い、うららかな風が吹きこんでくる。

 どこか新鮮な、草木が芽吹くようなそんな清純な土の薫りが漂ってくる。

 俺はゆっくりと目を開いた。

 まず目の前に広がったのは、開け広げられた大きな教室の窓。

 そこから見えるのはグランドに植えられた満開の桜……その桜の花びらが春のどこか湿った心地の良い風に乗り、教室内にひらひらと舞い踊る。


「やばい……一瞬居眠りをしちゃったんだな」


 俺は窓から教室の中に目を移す。

 机だけが無造作に並び、そこには誰も座っていない。

 人っ子一人としていない空虚な、どこか寂し気な空間が広がっていた。

 黒板の前に、ひとりの紫の髪をした黒い異国風のコートを着込んだ人物。右手には特徴的な扇子を握りしめ、微笑みながら椅子に腰かけている。

 俺はそいつの名前を知っていた。

 黒板にはチョークで『レイカ・ヴィルカス』と書かれていた。


『やっと起きたのか。やれやれ……創造主殿は呑気だな』


 レイカ!

 俺は奴の声で、一気に現実に引き戻される。

 なんでだ!

 今の今まで……そうだよ! 東邦大桜病院の屋上にいたはずだ。


(自分の死を覚悟して、そうアイツに宣告したんだ)


 俺は教壇にたたずむ魔王、レイカに確かめる様に語り掛ける。


「俺は死んだのか。それとも死ぬ俺に、お前が一瞬だけ見せている夢なのか」


 レイカは扇子を広げ、自分の口の前に持っていき自らの微笑みを隠す様にして笑う。


『大して意味も無いことを気にするんだね、逸平。どっちでもいいじゃないか。最後にボクがキミと話したかった。そこには誰も、ボクとキミ以外の誰にも邪魔されたくなかった。それだけさ』


 教室内に迷い込んだ桜の花びらが、奴の呼吸に合わせるようにして舞い上がる。アイツの磨かれた陶器のような透明感のある肌。それがどこか俺の肌をざわつかせる。


『……嘘なんだよ。逸平』


 そんなレイカの口から発せられた信じられない一言に耳を疑う。


「嘘? いったいどういう事だ」


 俺の問い掛けにアイツは真っ直ぐ矢を射るような視線で俺を見つめる。


『李里奈は治せない。たとえキミの命を全て使ったとしても。彼女はそういう定めにある……ボクの力でも不可能なんだ』


 レイカの淡々と事実だけを伝える、どこか無機質な言葉。 

 俺はその意味を頭の中で理解するのにかなり時間が掛かった。


「じゃあ、なんで……なんでそんな事を言ったんだ」


 自分でもそんな言い方ができるんだな。

 不思議と自分を冷静に別の場所から眺めているような感覚と、心の中で感じている熱情が全く別物として頭の中で知覚されていた。


『なんでだろうね逸平。キミはなんでだと思うんだい?』


 その瞬間、俺はバネ仕掛けのように立ちあがり、教壇に座るレイカの前に走り寄った。


「ふざけるなレイカ! いい加減にしろ!」


 俺は大きく右手の拳を振り上げる。

 ずっと俺を試してきたようなレイカのふざけた視線。

 どこかこの現実世界の全てのものを嘲笑しているかのような表情。

 アイツのその堂々とした態度。

 全てが俺の沸点に触れた。

 力強く握りしめた拳を奴の顔目がけて振り下ろした!


「………………っ!!」


 なんの手応えも感じなかった。

 俺の手はレイカの身体を通り過ぎたんだ。

 ……ただ、空気を殴りつけたように。


『ふふふ。今頃気付いたのかい。キミらしいね』


 そのまま開け放たれた教室の窓際に向かって、アイツは流れる様に歩みを進める。


『もうボクは完全に記憶を取り戻しているんだ。だからここには、もう……』


「そんな! じゃあ李里奈は。この世界はどうなるんだ! お前がいなくなるっていきなりそんな事を言われても!」


 記憶を取り戻したアイツは消えるんだ。

 そう、瞬時に理解する。


『心配しなくてもいいよ。ボクが居なくなることで現実世界の捻じれた因果は元に修復していく事になる。多少のズレは残るかもしれない。それぐらいは余波としてどうしようもないさ』


 窓から風に乗って教室に流れ込むたくさんの桜の花びら。

 幻想的で、どこか儚げで、そしてとても綺麗で。

 どうして俺達はこんな出会い方をしなければならなかったんだろうか。


「因果の修復って……じゃあ李里奈は? 俺の命は?」


『何度言わせる気だい、逸平。ボクが消える事で元に巻き戻る。そう言ったんだ』


 レイカの綺麗な整った顔。真っ赤な夕日を現したような瞳の色。

 その先に透けるようにして、校舎から見下ろす校庭が見えた。

 風に吹かれた桜の花びらが、空しくレイカの身体をすり抜けた。

 俺の手が震える。


「待て! それ以上いうな。だって、もう俺は……いや俺たちはお前のいない世界なんて考えられないくらいに! 俺たちは友達だろ?」


 友達。そう友達だ。

 自分の理解よりも先にその言葉が出た。

 目が潤み、気持ちがあふれ出す。


『友達ではないよ』


 しかし、レイカはその言葉を否定するかのように首を横に振る。悲しみの色が瞳の奥にゆるやかに宿る。


『いや、そう思ってくれて嬉しい……なんだろう。ボクもおかしいな』


 アイツは小首をかしげ口元を緩めるようにして笑った。


「帰らなくてもいいじゃないか! ずっと、ずっと。俺たちと一緒にいろよ!」


 俺はそう言って手を伸ばす。

 しかしその手は空しく空を掴むばかりだ。

 空気だけがそこに残る。


『ありがとう、逸平。でもそれはできない。お前は書かなければいけないんだ。お前が諦めていた、その先の物語を。ボクは、そのためにここに具現化されたんだよ』


 静寂が支配する教室内に、レイカの言葉だけが空気を振るわせるようにして伝わっていく。アイツの身体が透けるようにして向こう側の景色の色が更に濃くなる。

 俺はその場に膝をついた。

 熱いものが頬を伝い、床にこぼれ落ちた。


『キミはいつか――いや、二十五歳で作家になる』


 レイカがそう……断言した。



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