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黒歴史ノートが生んだラスボスは、加減というものを知らない  作者: 小宮めだか
4章 そのラスボス。作者と対峙する。

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ノートより溢れしモノ

 長い時間が過ぎたような気がするが、実際それは俺と彩音だけの感覚だ。

 看護師が新しい点滴の容器を持って、面会謝絶の部屋に入っていく。カーテンの向こう側にチラッとだけ見えた、ベッドに横になっている李里奈の姿。

 呼吸器を取り付けられて、今はおだやかに息をしている。

 彩音にもそれは見えたようで、途端にまた涙が彼女の瞳からあふれた。


「叶わないかもしれないけど、あたしの命を使ってもいいから、李里奈を元気にしてやりたいの」


 小さく呟いた言葉は間違いなく彩音の本音だったんだろう。

 しかしそれは俺の心の奥底に、大きな灯をつけるのには充分過ぎる言葉だった。

 その時だった。

 俺の頭に直接感じられるような、電撃が走るかのような強い意志の存在を感じる。

 ここではない映像がまさに心の中で強烈な勢いで再生されるかのようだ。

 目を閉じる。

 この場で詳細な動画を観ているかのように鮮やかに写り込むその景色と音。圧倒的な臨場感。

 真っ赤に染まった空を背に、空中をまるで音のないパラグライダーに乗って飛んでいくかのように、遥か上に登っていくレイカの姿!

 その手には、体育館で見た『黒歴史ノート』が握られている。

 ノートからは溢れんばかりのどす黒い、まるで絶望の闇を見透かした時のような光が溢れている。


「逸平。視えているんだろう」


 明らかにそんな、冷酷な響きに似た声が耳の奥に聞こえる。

 それはレイカの、他でもない魔王であるヤツの言葉だった。


「ここから見る景色は素晴らしい。この間もここからずっと……眼下に広がる街並みを見続けていたんだよ」


 どこまでも高く昇るレイカ。それはまるで、天上の神々が地上の人間たちに向かって語りかけてくるような、どこか厳かな雰囲気すら感じさせる。


「屋上か!」


 俺はそう吐き捨てるように短く言うと、隣で泣いている彩音の肩を強く揺すった。


「彩音。もうお前をこれ以上泣かせはしない。全部終わらせてくる。だからここで待っていてくれ」


 彩音は意味も分からずに何度も頷くのみ。

 俺は決心を固めたように拳を強く握りしめる。

 掌に指が喰いこむ。

 意を決して立ち上がり、俺は彩音の側を離れ階段に向かって足を進ませる。

 その時、ちょうど病院に辿り着いた圭人とすれ違う。


「逸平! どこに行くんだ。彩音は? 李里奈ちゃんは大丈夫か?」


 そう言って圭人が俺の肩を掴む。

 俺はそれを振り払うようにして無言で階段を登り始める。

 ただならぬ様子を感じ取った圭人は、呆けたように座っている彩音に駆け寄る。

 事情を聞いた圭人の顔色が変わった。


 俺は一気に東邦大桜病院の階段を駆けあがっていく。


「レイカ! そこにいるんだろう。顔を出せ、話がある!」


 東邦大病院の屋上に続く重たい扉の前。もちろん普段はその扉の鍵が開いている事は絶対にない。

 その扉を俺は何度も大きく叩く。まるでそれこそがレイカを呼ぶ合図でもあるかのように。

 扉には小さいすりガラスが付いていて、そこには『立ち入り禁止』の張り紙。

 それでも俺は扉を叩き続けた。


開錠(アトラキニマス)


 すりガラスの向こう側からそんな声がした。

「ガシャン」

 大きな鍵が開く音が階段に響き渡る。

 俺は一瞬開けるのを躊躇うも、すぐに思い直し扉を開ける手に力を込める。


 扉は錆びついた音を立てながら、俺の渾身の力で外側に開いていく。開いた隙間から漏れ出てくる、この世のものはとても思えない凄惨な赤い光。


 そして漏れ出てきたのは、凄惨な赤い光だけではなかった。病院の消毒液の匂いを一瞬でかき消す、鉄が焼けるような匂い。そして、肌をあわ立たせるような邪悪な圧迫感。


 ここから先は、もう俺の知っている世界ではないんだ。

 意を決して屋上への躍り出た!




「なんだこれは……」


 扉から少し離れた屋上の一角にレイカは立っていた。

 いや、ここはもう東邦大桜病院の屋上といえるのかすら怪しい。

 奴の手には禍々しい光を赤黒く放出している『黒歴史ノート』が広げられている。


 レイカはいつの間にか、桜岸高校の制服では無くこの世界に現れた時のような、現実離れした黒基調のコートを着込んでいた。それが大きく風に揺れ、まるで漆黒のローブを羽織っているかのような錯覚を起こさせる。


 紫色の髪が、ノートから立ち上るねっとりした蒸気のような熱気に晒され、たなびくように揺れている。


(屋上全体が赤い鎖で覆われている)


 レイカの手の上で広げられて宙に浮かんでいる俺の『黒歴史ノート』

 そこから幾重にも張り巡らされるようにして、赤黒い……まさに血のような太い鎖が命を吹き込まれたかのように鳴動している。

 それはまるで、この世に存在してはいけないナニカがこれから産まれ出でようとしているかのようだ。


 鎖が互いに擦れ合う「ジャリ、ジャリ」という乾いた音、そしてノート自身から発せられているかのような「ブゥゥン」という低い羽音のような唸りが、屋上全体を支配していた。


 まさに今、彼方の地平線に沈もうとする太陽が屋上の赤みを更に幻想的な雰囲気へと誘っている。


「何をしに来たんだい、逸平。いや、ボクを創った創造主よ」


 レイカの無表情でいて残酷な笑みが溢れた。瞳の赤みの色は今までとは比べ物にならないほど濃い。まさに深海を覗き込んでいるかのようだ。

 その微笑んでいるのに、全く目は笑っていないという表情を正面から睨みつける。


(もう自分の知っているレイカではないのかもしれないな)


 俺は足元を蠢く鎖の渦の中へ足を進ませる。


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