願いの叶え方
「話は全部聞いていたよ。逸平」
俺と彩音は自宅にそれぞれ戻り、自宅の2階の自分の部屋を開けた瞬間、最中のようなものを大きな口を開けて頬張っているレイカと目が合う。パリパリと美味しそうな音を立てて、佐倉市名物のお菓子を食い散らかす魔王。シュール過ぎる。
「さくらさんから貰ったんだよ、逸平。リトアニアにはこういった最中なんてないでしょってね。ポテトチップスやカップラーメンもいいんだけど、この蔵六餅というものも最高だね」
「話は聞いていたってお前な。どんな魔法を使ったんだ……それって俺の筋肉減ってないよな? 」
そんなどこか呆れた様な指摘を、レイカは何も言わずにサラリと受け流す。
更に俺に蔵六餅を差し出してくる。これって見た目の割に結構うまいんだよな。
「今日はどこに行っていたんだ。結局学校には来なかっただろう」
その答えに顔を一気に俺の目の前に近づけるレイカ。
「何言っているんだ逸平。せっかくのこの現実世界を愉しまない手はないだろう。この佐倉市というのか、ちょっと観光がてら隅々まで飛んできたぞ。なかなか面白かった」
「お前な! それって飛んでいる姿とか見られてないだろうな。大騒ぎになっちまうぞ」
俺は頭を押さえる。
奴はカラカラと、どこか感情が伴っていないような笑い方をする。
「たぶん大丈夫だ。姿を消す魔法を使っていたからね。ボクが見つかるなんてそんなヘマをすると思うかい」
どこか変な自信をチラつかせるように扇子を広げる。
「見つかっていないことを祈るよ。聞いているなら話は早いな。レイカ、お前に相談があるんだ……いや、勘違いするなよ。願いを叶えて欲しいって話じゃない。あくまでもお前の意見を聞きたいだけだ」
判を押すように念入りに、願いを叶えるという箇所をぼかす。
「ほうほう。演劇部とバスケ部の体育館の所有権争いの仲裁に、一役買おうって事か。逸平の書いた小説の中にも同じような場面があったと記憶しているが。もっと規模は大きなものではあったけどね」
確かにそんな場面を書いたと記憶している。
レイカの赤い瞳の奥に見える、試す様に見ている感覚に少し苛立ちを感じる。
(どこまで記憶を取り戻しているんだろう。あれからまたアイツは力を使っているのだから、徐々に思い出していてもおかしくは無いんだ)
レイカが扇子を広げるようにして俺に向ける。
「そうか。簡単な事だぞ。体育館をもう一つ増やせばいいだろう。ボクの力でこの世界の理をちょっと歪めれば、どこかの高校の体育館を桜岸西高校に呼び寄せて、観念や空間さえも捻じ曲げ固定すればいい。そうすれば全て解決だ」
始めレイカの言っている意味を理解することができずに、呆けたように奴の顔を見つめること三秒ほど。
頭の中に符合した、そのトンデモない発想に背筋が一気に寒くなる。
「それは……いや、だめだろう! なんだその無茶苦茶な解決の仕方は! もしそうやったら俺達はいいのかもしれないけど、いきなり体育館が消えた高校の方が大変じゃないか」
俺の至極常識的な答えに、さも面白くないといった冷めた光を瞳に称える。
「そうかい? ものすごく合理的だと思うのだけど。他の知りもしない高校のことなんてどうでもいいじゃない? キミ達の好きな義理やしがらみがある訳じゃないしね」
何を言っているんだと不思議そうに俺に言い返すレイカ。その表情には俺達の考え方に対する純粋な疑問しか浮かんでいないように思える。俺の額に冷や汗が大量に流れる。
「ではこういうのはどうだ逸平。相手のバスケ部の奴らをちょっと大会まで軽い病気になってもらうというのは。そうすることで圭人たちの練習の頻度が下げられるから体育館の所有時間問題も解決だぞ。どうだ、魅力的な解決法だろう」
それも本気で言っているのか? もうちょっとマシな意見を……そう言おうとして、俺の舌が凍り付く。奴の赤い瞳の中には冗談で言っているなんて、そんなつもりが欠片も感じられないような、異物を見る様な視線を感じたからだ。
「そういう物理的な事や、体調の変化といった事象が気に入らないというのであればこういうのはどうだ。演劇部の部員に『バスケ部を崇拝する』という観念を植え付けるんだ。そうすれば演劇部は喜んで、そう……諸手を挙げてバスケ部の時間を奪う思考はしなくなる。こうすれば誰も不幸にもならないし、皆が幸せになるぞ。素晴らしい案ではないか」
どこまでいってもレイカは魔王ということなのか。
少し前まで、もしかしたら仲良くできるんじゃないか、友達にすらなれるんじゃないかってそう思っていた。
それが間違いだったということが今、この場で明らかになった!
「ふむ。お前たちはそういう人としての倫理観を最優先事項とするのだな。非常に面倒くさいし、つまらないことだ。もっとこう合理的かつ、自分に正直に生きたらどうだ。本心とはまた違うのだろうそれは……」
「もういい! お前には聞かない。俺一人でやってみる!」
俺は鋭くレイカの言葉を遮る。
ふつふつと自分の心に湧き上がる感情。
出来るとか出来ないとかじゃない。
彩音の為に、そして圭人の為に俺は動きたい。
「ははは! 逸平がひとりで……できるものならやってみるといい。ボクが登場する小説すら完成する事もできぬような半端者が、どう事態を収束するのか見ものだな!」
俺はそう挑発するレイカを強い視線で睨みつけると、猛然とアイツが座っていた椅子を奪い取り、最近ではゲームしかしていなかったパソコンをこじ開ける。
「明日からの時間割、二つの部活の時間的配分、調整表! 全部俺が作る!」
猛烈な勢いでキーボードを叩く音が室内に溢れかえる。
情熱、やる気。強い意志。
熱に浮かされてでもいる様に、パソコンを食い入るように見つめ、文字があっという間に画面を埋め尽くしていく。
レイカは黙って見ていた。
やがて、満足そうに頷く。その赤い瞳に、冷たい光を宿して。
俺はそんなレイカの様子に、これっぽっちも気づく余裕すらなかったんだ。




