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黒歴史ノートが生んだラスボスは、加減というものを知らない  作者: 小宮めだか
2章 そのラスボス。いきなり絡まれる。
20/22

明日への布石

『逸平君。結局あれからどうなったの』


『ここで説明するのは難しいな。明日、顔見ながらちゃんと話すよ』


 ベランダに出て、俺は壁に寄りかかりながらスマホの画面を眺めている。彩音とのLINEのやり取りは高校生活のささやかな楽しみの一つだ。


 ピコン。

 おどろおどろし気なスタンプが返ってくる。

 床を這いずりまわる白装束の女子が『わかった』と言っている場面だ。

 だからどこでこんなスタンプを仕入れるんだ、彩音は。


 ちなみにレイカは包丁の理を書き換えた影響なのか、すぐにふりっふりの豪奢な天蓋ベッドに横になり、小さな寝息を立てて寝入ってしまった。


『今日はごめんな。何だか色々と忙しかったな』


『いいのいいの! あんまり気にしてないよ! 』


 テンポの良い返信。

 まだ日中の暑さの残り香がベランダを充満している。俺はエアコンの室外機の下から流れる水を不用意に踏んでしまい、小さな声を上げる。


『あたしは逸平君の役に立ちたいんだ』


 そう打ち込まれた文字に一瞬ドキッとする。しかし直ぐに次のラインが送られてくる。


『幼馴染じゃない? 』


 その言葉に俺のフリックの動きが止まる。ふぅ……と小さくため息が出る。


『そうだよな。幼馴染だもんな。圭人もそうだと思うよ』


 送信……っと。


 空を見上げる。夏の大三角が綺麗に見えてくる。家から漏れ出る明かりではっきりとは見えないのがつらいところだ。

 画面に目線を戻す。既読がつかない。

 ……寝落ちしたかな。俺はスマホをしまって部屋に戻ろうとすると通知音。


『明日どうなるんだろう。かなり心配』


『そうだな。たぶん何か面倒なことになりそうな、そんな予感がするんだ』


『あたしの直感ではなんか大丈夫な気がする! 蜘蛛占いでも吉って出ていたし』


 この間も気になってたんだけど、何だよその蜘蛛占いって……ものすごく怖いんだけどさ、全く。呪いの人形なんてこの令和の時代に作る奴はたぶん彩音だけだぞ。


 すると写真が送られてくる。李里奈がなにかイラストを持ってこちらに向けている画像。俺はそれの意味するところを察する。


『李里奈が今度話あるって。相談に乗ってやって。漫画を描く時のプロットだっけ? 逸平君の意見が聞きたいみたい』


 李里奈の持っているマンガを拡大。

 いいじゃないか。段々とコマ割りとか上手くなってきている。

 絵も半年前より格段に上達してきた。

 それを見ながら、自分のことのように胸の中に嬉しさが込み上げてくる。


『今はAIもあるじゃんって言っても、逸平お兄様がいいみたいよ。モテるわね』


 ベランダで大きな声を出して笑ってしまう。ふと気持ち悪いな……と我に返り、返信を送る。


『うれしいな。最近小説全然書き進められていないんだけど』


 しばらく既読がまた付かない。

 5分ほど待ったが流石に飽きてきたので、部屋の中に戻ろうとして音がなる。

 俺はそこに映し出された文字に一瞬言葉が詰る。


『あの子も……またいつ具合が悪くなるか分からないからさ。今、やりたいことをやらせてあげたいんだ』


 李里奈のことについては彩音から早い段階から聞かされていた。

 俺は事情を知っているだけに、既読にするのを躊躇う。

 朝見た事にしようかと悩む。


『おう。そうだな。わかってるから』


 そう送信するのが精いっぱいだった。



 ✛ ✛ ✛ 



 夢を見ていた。

 遥かな時空間の広がりを感じさせるような、そんな上とも下ともつかないような星々の海の中に投げ出された様な場所。


 それがいつの時代、どこの場所なのか。

 いつの時間なのか、どのくらいの広さがあるのか。

 それすら全く分からないような……途方もない広さと奥行きを感じさせる空間。


 そこに浮かぶようにして細く長い、引き締まった両足を座禅でもするかのように組み合わせ、体の横に両手を広げ、空間の広がりに自身が流れていくさまを任せている男。

 紫色の髪に赤い瞳。絶世の美少年。あたかもパルテノン神殿から抜け出てきたような精巧な品のある顔立ち。

 もちろんそれは――ラスボス、レイカ・ヴィルカスその人であった。


(だんだんと思い出してきたね。いい傾向じゃないか)


 自分の左手の中にあるそれ。輝くような強い光を放つ包丁の形を為すもの。

 神の包丁【絶対模倣】


(ボクがこの世界に具現化した理由か。クックック……興味はあるんだけど、それ以上に今は、ただただ愉しくてしょうがないな! )


 その時、レイカの頭の中に奇妙な違和感が生まれる。

 どこかぽっかりと穴が開いたようなそんな感覚。

 確定的なピースが一つ足らない予感がする。


「兄さん……ボクは……兄さんを」


 そう言いかけて、突然割れるほどの頭痛に襲われる。

 頭を抱え込むようにしてしばらくの時間、じっと耐える。


(記憶を取り戻すには、まだ何かが足りない……みたいだね)


 包丁がレイカの頭上に浮かび上がり、弾むような仕草を見せる。時折包丁の姿はくずれ、人の顔程の大きさのトカゲのような影を形作ったかと思えば、また包丁の姿に戻っていく。


(もう少し……もう少しみたいなんだ)


 レイカは自在に変化する包丁にもう一度手を伸ばすと、自分の懐に大事そうに仕舞う。


(ボクが逸平たちに力を貸さないといけないのかな。まぁ、それもまた一興か)


 くくく…

 形の良い唇が歪む。真っ赤な薄い唇が彼のいる時空間に映える。


(明日が楽しみだよ逸平。今はゆっくりと……休んでくれたまえ)




これで2章が終了となります。

明日からは3章。よろしければいいねや感想をよろしくお願いします。

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