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黒歴史ノートが生んだラスボスは、加減というものを知らない  作者: 小宮めだか
2章 そのラスボス。いきなり絡まれる。
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新しい理

 圭人の提案に一瞬考え込むように赤い瞳を俺達に向けるレイカ。

 そしてすぐに悪戯っぽい輝きを顔全体に表すと、扇子を自分に向かってゆっくりと振る。


「そうだね。確かに逸平が死んでしまう事はボクの本意ではないよ。いいね……圭人は交渉がうまいな」


 レイカにとっては俺の命というより、自分がいかに楽しめるかという視点の方が大事なんだろうな。それとも作者が消えるということ自体すら、一種のスパイスのような感覚なんだろうか。

 レイカの赤い瞳の中の揺れる深淵を、一瞬のぞき込んだような気がして身震いする。


 圭人の挑むような視線。

 そうだよ。そういう感覚だ。


 俺はそんな緊張感のある場面をもっと書きたいんだ。

 ……圭人のような勇者感覚が俺にもあれば。


「分かった。圭人の交渉に乗ろうじゃないか。代償となるものの最大量の規定だったっけ」


 ワザと確認するように言葉のボールを投げ返すレイカ。圭人がそのボールを受け取り、どう投げようかと思案する一瞬の間。


「そうだ。更に願いの方向性を穏やかにすることで、代償を……この場合は逸平の筋肉量だが。その消費量の減少もあわせて再設定したい。」


 更に交渉のボールはレイカの手に戻る。レイカがそれを右手で弄び、次に投げるタイミングを計っているかのようだ。


「あははは! 面白い、面白いよ! さすが勇者設定だけはある……ボクの能力自体を制御しようだなんて考えを打ち出したのは、キミが始めてだ」


 眼鏡をずらし、首元の汗をぬぐう圭人。俺はただただ二人の会話を聞いている事しかできない。


「レイカ、確認だ。代償に対する消費量をゼロにすることは可能なのか?」


 俺はその提案に驚く。そんなこと考えたことも無かったぞ。

 圭人の視線はレイカから外れない。それはまるで鋭い眼差しでレイカが射抜かれようとしているかのようだ。


「だめだ。ゼロにはならない」


 レイカの首がゆっくりと左右に振られる。それは裁判官が罪状を読み上げるかのような整然とした口調。分かり切ったことを聞くなと言わんばかりに、アイツは瞳に力を込める。


「それは無理だ、圭人。そういう能力と規定されているからね」


 レイカの視線が俺に注がれる。そんな事を小説内で書いたつもりはないが……パソコン内の設定集をあとで読み込んでおかないと。


「流石に無理か。いや、言ってみただけだ。どこまで出来るのかの確認はやはり大事だろうレイカ」


「願いを叶える事で、この世界の何かが歪むのは避けられない。理をボクの包丁の能力で曲げているのだから、世界が反発するのは避けられない道理だ」


 急に頭の片側が痛み、俺はその場で抑え込むようにして下を向く。

 圭人が俺に手を伸ばし、労わる様に肩を叩く。

 レイカの顔が俺の目の中で一瞬の歪んだ様に感じられる。

 それと同時に頭の中にふと思い出したこと。


「そうだ、そんな事を書いた気がする。『世界からのしっぺ返し』だったかな? 魔王が世界をいじれば、世界もそれ相応にちょっかいを出してくる。『絶対模倣』として規定させた能力だったはずだ」


 レイカが微笑む。

 圭人が俺を見ながら、眼鏡のブリッジを上に上げる。そして小さく口を動かす。


(……逸平、お前は自分のすごいところに全然気づいてないんだ)


「なにか言ったか、圭人」


 そんな呟くような声の圭人の独り言は俺には届かなかった。


「どこに歪みが出るのかはレイカにも操作はできない……ということでいいんだな」


「そうだね。それを基本ルールとしようか。そうじゃないとお互いのリスクとして成立しないだろう? なんでも使える都合の良い能力なんてつまらないじゃないか」


 あくまでもどうやって愉しむかが大事なんだな。自分さえもルールに嵌め込み、マイナス面すら平然と享受する。レイカらしい。


「どうしてそこまで逸平に?」


 ボールはまたレイカの手元に投げ返される。


「どうしてなんだろうか。なんとなくは思い出してきたんだ。どうやら能力を発動すれば少しずつボクの記憶も戻っていくみたいなんだよ。でもまだ、小説内に戻ろうという考えにはならない」


 レイカが突然俺に振り向く。鮮烈な赤みを湛えた美しい夕日の色が鮮やかに映える。

 圭人のまっすぐな信頼の視線。

 レイカが薄く笑う。


(俺はこんな規格外の力を、どうしていけばいいんだ)


 迷い、戸惑い、不安、恐怖。

 様々なマイナスな感情が、自分の心の一番底の部分を舐める。

 その様子をレイカは冷ややかに見やると、左手を俺たち二人の前に突き出し力を込め始める。


「ふふふ。さっそく理を引き直そうじゃないか」


 レイカの左手の中に突如出現する淡い光を放つそれ。神の包丁と冠された理を操る無敵の武器。それを無造作に握りしめると、全く力を込めず空間を薙ぎ払う。


 俺の目の中に薙ぎ払われた空間の深淵に向かって、まるでブラックホールに吸い込まれるようにして周囲の景色が歪むようなそんな感覚が伝わってくる。


 圭人にも同じような光景が見えているんだろう。右目を瞑り片手を前に出して、薙ぎ払われた空間の先の景色をただ茫然と眺めている。


「今この時より、世界に修正を入れる! 新たなる理をこの包丁に施すこととしようじゃないか。面白そうだね……一体何が起こるのか。ボクにも予測ができないよ!」


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