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黒歴史ノートが生んだラスボスは、加減というものを知らない  作者: 小宮めだか
2章 そのラスボス。いきなり絡まれる。
18/22

方向性

 突然俺の身体から力が抜ける感覚。

 そうだ。体育館裏でも襲ってきたこの感覚だ。

 全身を貫く虚脱感。


「逸平、何が起こったんだ。身体に変化が起こったのか」


 冷静に俺を眼鏡越しに観察している圭人。

 昔っからそうだが、そういう実験とか検証とかになると、真剣に取り組みすぎて周囲が引くくらいになってしまうのは直らないな。


「……なんか身体から力が抜けていくような……一瞬力が入らない気がする」


 再度彩音からの着信音。今はそれどころじゃない。

 ゲーム画面はレイドボス戦が始まり、戦闘シーンが進んでいく。レイカの無機質な赤い眼差しの上に、ゲーム画面が重なって見える。


「やはり腕の太さが1mm程減少しているな。いや、測り方や場所のずれという可能性もまだ微存か。足回りは減少無し。他の部位は図っていないからな! 写真と比較しても余り目立った減少は見受けられない。体重はどうなった逸平」


 俺はどこかに体のダルさを感じながらも、体重計に乗る。


「……ありえない。体重が500グラム減少している。体脂肪率は変わらない。つまり、純粋な筋肉量が500グラム消滅したということだ。こんな200グラムくらいの藁人形を10メートル転移させるコストが、500グラムの筋組織だと言うのか? エネルギー変換効率が悪すぎる! 」


 3回目の着信音。


「もしもし。逸平君? さっきから掛けているんだけど」


「彩音……今それどころじゃないよ。圭人の学者モードが発動しちゃって大変なんだ」


 あたふたと冷や汗混じりで応答する。

 彩音の藁人形がこの場に呼び出されただけで、500グラムの体重減少だって?

 もう少し大きめの願いを叶えて貰ったら、俺の身体はどうなってしまうんだ。

 やせ細っていく自分が倒れる姿を頭の中で想像し、背筋が凍る。


「逸平君、どうしたの? 学者モードの圭人君はめんどくさそうだけど、なにか新しい事分かったの?」


「逸平! これはかなりヤバい代償だぞ! 下手をしたら……」


 俺は圭人の言葉に続くように焦ったように彩音に告げる。


「そうだよ彩音! 下手をしたら俺、このままだと死んじゃうのかも! 」


「……え!? ごめん逸平君! 言っている事がよく分からない」


 彩音の震えるような電話口の声が俺の耳に入ってくる。

 そんな俺の目線の先で、ゲーム内はレイド戦が佳境を迎えていた。ボスが変形し始めて最後の戦闘パートに突入する! 

 自分が大変な事になっているというのに、思わずゲームの進行に意識が持っていかれる。


「逸平君。聞いてるの? 詳しく後で教えて! 人形は明日返してくれればいいから。 あたしなりになんとかアイツを呪えないかとやってみたんだけど、うまくいかなかったみたいね」


「あぁ、うん。彩音なりに考えて協力してくれているんだろうなって。ありがとう」


 レイカは全く気にせずに、邪悪に満ちた笑い声を部屋中に響かせながら、レイド戦を的確に走り抜けていく。


【CONGRATULATION!!】


 そうパソコンの画面に大きく現れた文字が、俺に絶望という二文字を突き付けた。画面の向こうに花火が何度も上がり、喜んで飛び上がるキャラ。


「終った。俺のライフはもうゼロよ……」


「まったくゲームクリアを気にしていたのか。今はそれどころじゃないだろ!」


「圭人はいいよ! ボス実装すぐの初週固定組でクリアしていたからな。こっちはそうじゃないんだ。俺はお前と違って努力型なんだ! やっとこここまで来たのに、最後の楽しみを取られた俺の気持はお前には分からないよ」


 自分のことを必死で考えてくれているはずの圭人に、我を忘れて当たってしまった。しかし声を出してしまった言葉はもう口の中には戻らない。

 俺自身の命が掛かっているというのに情けなさ過ぎる。

 レイカは涼し気な顔で俺たち二人に振り向く。


「こっちの世界にはなかなか面白いものがあるのだな。別サイトに挙がっていた動画情報を脳内で数パターン再生しながら、その通りにきーぼーどを動かしたら勝ててしまったな……おや?」


 レイカは感じたんだろう。俺の不用意な爆弾発言と圭人の失敗したような顔。この場のギスギスした空気感に。


「ほうほう。ボクが意図しないことでも勇者パーティーには亀裂が生まれることがあるとは、ふむ。して圭人。結果はどうなったんだ。お前の見解を聞かせて欲しい」


 レイカの強い視線。圭人は気まずさを押し切り言葉を吐きだす。

 俺は圭人とレイカから背を向け一人布団に身体を投げ出す。


「おそらくは触媒となっているのは逸平の筋肉量だ。簡単な願いであればそれほど大きく減少することはないのだろう。だがその願いの精度や程度が大きくなった時に逸平の命を奪う原因になる可能性がある。しかしこれが契約後からなのか、契約前からそうあるべきとして設定されていたのかは現段階ではわからない」


 レイカの唇がうっすらとした笑みを含む。

 俺は、命が天秤として掛かっている事実を突き付けられ、自分が勢いで圭人に向かって吐き出してしまった言葉に対して、猛省する。


「そしてもうひとつ。レイカ、お前の元々の性格から来るもののか、逸平の設定したキャラの立ち位置なのかはわからないが、かなり強い負荷を生む設定になっているな。小説の現作者が倒れてしまう事になっていいのか。負荷量の減少、もしくは願いの叶い方の方向性の変更を提案したい」


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