矜持
一時的に圭人視点となる。
圭人視点に話は切り替わる。
俺の目の前で起きた惨状。
倒れ込む逸平。
彩音が名前を叫びながら駆け寄っていく。
「何が起きたの? 逸平君! 起きてよぉ! 」
「レイカ。お前いったいなにをしたんだ! 」
俺は腰を抜かした静香たちと、無邪気な顔で佇むレイカを交互に見比べていた。レイカは扇子を再び自らの口元に持って行くと、したたかな笑みを含んで振り返った。
「ちょっと……そうだな。激痛を伴う幻覚を見てもらったとでも言っておこうか。ボクは内臓の潰れる音も好きじゃないし、腕が折れてひしゃげるさまだって嫌いなんだよ。だって腕や足が千切れ飛んだら、その血しぶきでボク自身が汚れてしまうじゃないか」
(なんて恐ろしい力なんだ。思っていたより遥かに! どうやったらコイツを止められるんだ。逸平……お前の生み出したものはとんでもない化け物だぞ)
ギリリと歯を食いしばり、レイカに目を合わせたまま言葉が出てこない。逸平はもう気を失いかけているのか、彩音の膝枕で気持ちよさそうな顔をしている。
全く、この緊急事態にだと言うのに。
「でもさ、こいつらどうして簡単な想像すらできないんだろうね。誰かを痛めつけるって事はさ、いつか誰かに同じことをされてもいいってそういう事なんだよ。自分よりも力の有る奴なんて、世界にごまんといるのにね」
哀れみにも似た表情になるレイカ。彼が一歩近づくだけで、恐怖に支配された顔を更に歪め、腰を抜かしたまま後ずさりする静香達。
俺はあいつのやったことの恐ろしさを感じている反面、どこか胸のすく想いがしているのも事実だ。理不尽な暴力として考えるならば奴らのやろうとしていた事と、レイカのやったことは大して変わらない。俺達が受けるはずだったものと、今レイカから受けたものは対比として考えれば同ベクトルなはずだ。
それが現代日本の法律や常識というものに囚われないのであれば、という条件付きではあるけどな。
「だからゆっくりと悪夢を味わうといいよ! キミ達が誰かに与えていたであろう未来だ。次はそう、自分たちが見る番だよ。楽しい劇場の始まりじゃないか! 」
扇子を奴らに突きつけながら、さも楽しそうに笑うレイカ。まさに魔王、いやラスボス感満載! 合法と暴力を盾にして振りかざしたら、そこにはそんなものなんか鼻から眼中にすらない無法者が存在したんだ。敵う訳がない。
「彩音、逸平は立てそうか」
「完全に気を失ってるの。どうしよう圭人君」
「くそっ……とりあえずこの場から離れるぞ!」
俺は逸平を担ぎあげようとする。う……流石にこの筋肉は重いな……するとレイカの両目が赤く光る。
「……えっ、軽い! レイカ、また何かしたのか! 」
「重たいんだろ? いいって言うんなら戻すだけだが」
奴のニヤリと俺を確かめる表情に苛立ちを覚える。
「分かったよ。もうなんでもありじゃないか! 」
俺は逸平をひょいっと背中に担ぎあげると、さっきから泣きだしている彩音も立たせる。そのままレイカに目配せすると、その場から駆け足で離れる。
「一先ず人目に付かず、事情を説明できる場所……やっぱりあそこしかないか」
✛ ✛ ✛ ✛ ✛
旧校舎の古びた部室。散らかった何だか分からないような文献。棚の上に並べられた良く分からないオカルトまがいの品々。
つまりは『オカルト研究部』に逃げてきた訳だ。ここならとりあえずは安心して話が出来そうだな。
背中から逸平を降ろすと、奥から毛布を引っ張り出し、床に敷く。ゴロゴロと転がしなんとか毛布の上に寝かせる。
「気を失っているだけみたいだな。呼吸もしているし大丈夫だろう」
「良かった……本当に良かったよ逸平君」
レイカは昨日呼び出された魔法陣の中央に座り、手を広げるようにして目を瞑り瞑想するような恰好。
「そのまま帰ってくれるのか、レイカ」
「まさか……さらに面白くなってきたって言うのに」
この状況を愉しめるという思考回路がすごいよな。魔王体質とか名付ければいいのか。俺はため息を一気に吐き出す。
「逸平が起きないうちに少し確認しておきたいことがあるんだ。レイカ」
形の良い眉毛を上に上げて、奴は怪訝そうに笑う。扇子で口を覆う様は優雅だがわざとらしい。俺とレイカの会話を聞いていた彩音がポツリと呟く。
「対価なの? 契約って言っていたから。逸平君が倒れたのはそういう事なの? 」
彩音は逸平のことが心配で堪らないんだろう。逸平の顔を撫でながら、ずっとぐずぐずと鼻をすすっている音が、静かな部室に響き渡る。
そしてそれは俺も不安に思っていた事だ。オカルトという視点から見るんだったら、今回の力を使ったことで何らかの代償が払われて結果、逸平が倒れてしまったんじゃないかという仮説が立つ。
「ボクもだんだんと思い出してきてね。力を使う為には法則があるみたいなんだ。それは小説内とこの世界とは違う法則だということ。どうしてそうなっているのかはよく分からないんだけどね」
契約。力を使うための法則。
逸平と彩音によって呼び出されるという流れが関係しているのは明白だ。
そしてレイカが本当にやりたいことが、逸平への協力を支持しているということ。
この関係性がある程度つかめれば、奴の力を制御しつつ小説内に帰ってもらうよう仕向けることが出来るのかもしれないな。
(その前にさっき起きた事件の後始末だよ。どうすればいいんだ。最悪大問題に発展するだろうからな)
俺が眼鏡の位置を直しながら考えを巡らせていると、逸平が身体を起こすのが見えた。




