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黒歴史ノートが生んだラスボスは、加減というものを知らない  作者: 小宮めだか
2章 そのラスボス。いきなり絡まれる。
14/22

契約

レイカの甘い言葉が逸平の耳に響く。

彼はその誘いに乗ってしまうのか。


「ボクはキミ達の力になれると思うんだ。そう……キミがボクを望むならね」


 俺は自分の小説内で、レイカが勇者に言った言葉を頭の中で思い出していた。


 荒廃した世界をなんとかしたいと立ち上がった勇者たち一行。しかしなかなか人間たちは協力できず、勇者たちの言葉とは裏腹に事態は最悪の状況を迎える。そして目の前に現れるラスボス、レイカは勇者たちに協力しようとそう告げる。

 しかし、それは偽りの協力の申し出。

 そんな勇者に向かって、アイツが……レイカが語り掛けるんだ。


『素晴らしいよ! その理想……ボクならそれに沿った世界を構築することが可能だよ。どうだろう一緒に新しい世界を創らないかい? そうだよ……キミの必要とされる世界線だ。ボクはその為だったら、どんなことだって協力してあげるよ?』


 俺はその先を書けずにいたんだ。

 偽りと分かっていても、勇者は自分たちを否定した世界と、自分と少なくとも協力しようと言ってくれたラスボスの間で揺れていた。

 俺はその答えを勇者に応えさせることが出来ていない。俺は迷ったまま……小説はそこで途切れてしまっていた。


「逸平……キミの願いを叶えてあげようじゃないか」


 俺は一瞬の邂逅から、レイカの言葉によって強引に引き戻された。たぶん30秒も経っていないはずだ。

 羽交い絞めにされる俺、腕をねじ上げられる彩音。

 圭人のみぞおちに的確な拳が入り、下腹部を押さえるようにして倒れ込む。


「きれいな女じゃねぇか。静香! こいつちょっと摘まんでもいいんだろ?」


「好きにしな。あたしはそいつがどうなろうと興味はないよ」


「だってよ……へっへっへ。嬢ちゃんあっちで楽しもうぜ」


 そのやり取りに俺の心は空しく折れた。クソ……なんでこんなことに。これじゃあ、あの時と一緒じゃないか。


 中学生の時、仲の良かった友人が蜷局にいじめられた場面に出くわした。でも何もできずに震えているだけだった。

 そのままいじめは激しさを増し、そいつは……

 ただちょっと、蜷局よりも成績が良くて、少し影の薄かったけどそれでも。俺の前では楽しそうに笑っていたんだ。

 いつかラジオパーソナリティになりたいと言っていたその友人の顔がチラついた。


 その時、俺は何もできなかった自分を……ヘラヘラとするしかできなかった自分を恥じた。そこから自分を鍛える事と、小説を書くことが始まった。

 俺は無我夢中で叫んでいた。


「レイカ! 助けてくれ……もうあんな想いは嫌なんだ! 」


「やめろ、逸平! 」


「逸平君! だめぇ! 」


 レイカの瞳が激しく赤みを増し、さながら美しい夕焼けが目の中に映し出されているようだ。奇しくもリトアニアの夕日のグラデーションが素晴らしいとは後で知ったこと。


「いいよ。逸平……契約は誓われた。では、始めようか」


 俺は一瞬、力を込めるようにして目を瞑った。

 次の瞬間。

 レイカが手に持った扇子を男子たちに向ける。

 左手の中に浮かび上がる色鮮やかな包丁の姿!

 空気の軋むような音が耳に鼓動する。


 宙に舞う、無機質な2本の腕が見えた。

 それは血しぶきを上げながら、ぐるぐるとまるでプロペラでも回るかのように、ゆっくりと地面に落ちて、動かなくなる。


「ギャアアアアアア!」


 自分たちの腕があったであろう場所、肩から下あたりを失われていない腕で押さえながら、絶叫する男子生徒たち。

 血ってこんなに真っ赤なんだ……俺はぼやけた様な頭で、そんな事を考えていた。

 俺を羽交い絞めしていた奴らは、足が絶対に曲がらない方向に折れ、その激痛で声すら出ずにその場にうずくまる。

 一気に5人の男子が再起不能の重症に追い込まれて、腰を抜かす静香達。座り込んだ地面がゆっくりと流れ出る透明の液体で湿っていく。


「そんな! なにもそこまでやれなんて言ってないだろ! 」


 俺は瞑っていた目を見開いた。

 うずくまる様に男子生徒がそれぞれ、手を押さえ、足を震わせ、その場に倒れていた。俺がさっきまで見ていたような血しぶきや吹き飛んだ腕、折れ曲がった足といった状況は全く見られない。


(え!? 今、一瞬見たのは何だったんだ?)


 そして目の前にはなにか、恐ろしいものを見た様な驚愕の表情を浮かべて、地べたにへたり込んでいる静香達。

 ガタガタと震える瞳でレイカを見つめたまま、その場から動けずにいる。


「なにか視たのかな。そうだな……例えば再起不能に破壊された男たちとか? ふふふ。もう少し効果範囲を絞れば良かったかな。まぁ、いいか」


 残酷であるが、どこか美しさすら感じさせる笑みを唇にたたえるレイカ。


「ボクはね、血を見るのは好きじゃないんだ。綺麗な服も汚れちゃうしね。せっかくのお気に入りのこの服なんだから、大事にしたいじゃないか」


 自分が望んだことを、一瞬で後悔していた。

 分かっていた……はずだった。

 レイカの力がどんなもので、奴がどういった性格なのか。


 魔王レイカ。

 小説の中と一緒だ。奴にはこちらの常識なんてこれっぽちも通用なんてしない。


 俺はその場に力なく膝をつく。自分の身体から急激に力が抜けていくような感覚が伝わってくる。そのまま俺は気を失うようにして倒れ込んでしまった。


無慈悲にも似たレイカの力。

アイツは自分で力が抑えられていると言っていたが、それでも……充分過ぎるほどだ。


気を失ってしまった逸平。

レイカは何を語るのか。

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