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黒歴史ノートが生んだラスボスは、加減というものを知らない  作者: 小宮めだか
2章 そのラスボス。いきなり絡まれる。
11/22

転入生

いよいよ魔王レイカが現実世界への浸食を果たす。

真面目に、目立たないように、魔王の力はなるべく使わないなんて、そんなことは微塵も考えることはないアイツ。

初日から頭を抱える逸平であった。

 桜岸西高校、2年1組。新校舎の2階の一番端の教室。

 そこに俺とレイカの姿があった。


「ええー、()()()()()()()()()()()()、皆も知っての通りだとは思う。本日からリトアニアからの転入生を我が桜岸西高校でお迎えすることとなった。みんな仲良くするように! 」


 昭和の名優風の彫りの深い遠藤先生が、黒板にチョークで書き込んでいく。


『レイカ・ヴィルカス』


 そう書かれた白い文字が目に入ってきて、俺はうんざりしながら、澄ました表情で隣に座っているレイカに目を移す。

 奴はその目線を感じていないようで、涼し気な顔をしながら桜の模様の描かれた扇子を持ちパタパタと優雅に仰いでいる。空調設備が整った室内でも夏の暑さは堪える。ポケット扇風機やうちわを仰いでいる生徒は沢山いるが、扇子を選ぶ奴は高校生ではあまりいない。そうじゃなくても異形レベルの美形で、クラスの女子たちの黄色い声が聞こえてきて、俺は面倒くさそうに目を瞑る。


 ちなみに圭人と彩音は別のクラスだ。特に圭人は進学特級扱いで頭一つ飛びぬけたクラスに所属している。なんであいつが俺や彩音と同じ高校を選んだのか。今でもよく分からない。

 バスケが上手い、頭も良い、女子にもモテる。神様はひとりに何物も与えるものなんだなを地で行く感覚だ。


「リトアニアから来ましたレイカ・ヴィルカスと申します」


 レイカの妖艶な唇から流れる完璧と言える日本語。奴はおもむろにチョークを掴むと、サラサラとまるでAIが文章を生成しているかのように、よどみのない動作で異国語を書きつらねていく。

 それはただの異国語ではなかった。

 文字そのものが魔法的な輝きを発しているような、そんな異形な文字。おそらくはこの地球のどこにもこんな文字は存在しないはず。


 一気に静まり返る教室内。

 何人かの生徒がその文字をスマホで撮ろうとしている。

 しかし、それは全て無駄だった。


「嘘だろ……カメラが起動しない」


 おそらくレイカの前では、この現実世界のテクノロジーなんて通用しないんだ。クラスメイト達が狼狽する中、後ろの席の加藤が震える手で俺の肩を叩いた。


「おい、逸平。翻訳アプリがエラー吐いてるんだけど。あいつ何者なんだよ」


 どう感情を表したらいいのか正直よく分からない。

 普通は転入生なんてもっとおどおどしていたっていいだろうに。

 そういうのをアイツに求めるのは間違ってるか。だって魔王風じゃなくて、完全なる魔王だからな。


「北欧の方だとそういう自己紹介が流行っているのか? 面白いな。レイカ君。確か大門の家にホームステイしているんだったな。慣れない日本という土地で苦労するだろうから、少しでも力になってやってくれ」


 遠藤先生の目の奥がキラリと光っているのが分かるから、面白い奴認定されたのかもしれないな。


「はい、先生。俺の鍛えた筋肉がレイカ君の役に立つように祈ってますよ」


 俺はなんとか誤魔化すように、強引に笑いに変えようと大声を出す。周囲のクラスメートから囃し立てるように笑いが起きる。うちのクラスでの定番の笑いの方向性だ。


 ひとまず事無きを得て安堵のため息を漏らす。

 休み時間になり、さっそくクラスの一軍女子たちに囲まれているレイカ。俺の机の周囲はちょっとした混雑具合となっている。


「失礼。貴方の笑顔に見惚れて話を半分くらいしか聞いていなかったよ」


「キミの顔を見ていると、リトアニアの素晴らしい景色を思い出すようだ」


「声が素敵? 素敵なのは声だけではないよ。もっと近くで見ても構わないよ」


 なんだこの展開は……確かに絶世の美少年ではある。なにせ俺がそう設定したんだ。卓越した交渉術と他人を信じ込ませてしまう話術の才を持ち合わせていると。


 次の数学の授業では更にレイカの規格外の力が飛び出すことになる。

 普段はこの先生の授業が面白くて、時々難しい大学レベルの数式の話を、俺達にも分かり易いように解説してくれるので、とても好きな時間。しかし今回は違った。

 教師すらよく分からない高レベルの公式を用いて、証明を完成させるアイツ。

 俺は休み時間にレイカを呼び止め、必死に声を潜め、奴を諭そうとする。


「いいかレイカ。絶対に目立たないでくれ。ここではお前はただの転入生なんだ。普通が一番だ。分かったら大人しくしていてくれ」


 奴は返事すらしない。

 ただ面白そうに俺を見つめるだけ。

 案の定体育の授業ではゴール後、楽々と高校記録を抜き去り、腰を抜かさんばかりの先生の姿があった。レイカが駆け抜けたターフにだけ、薄っすらと白い霜が降りていたとかなんとか。

 クラスメイト達はレイカの規格外っぷりを楽しんでいたようだが、俺はひとりでその異常な力に戦慄していた。


 そんな事を転入1日目でやってしまえば、時の人の誕生だ。

 昼休みにはうちのクラスの1軍女子だけでなく、他のクラスの女子や、運動系のスカウトの先輩たちの姿があった。


「いや。まぁ……そうなる、そうなるはずだよな。魔王の能力フルスペックで使いだしたら、高校生なんて敵う訳がないよな」


 独り言を言いながら、学食で買ってきた焼きそばパンとメロンパンを頬張る。レイカはその中でも炭酸飲料が目についたようで、横から奪い取るようにして飲み干した。


「逸平! これは旨いじゃないか。こういうのをもっと登場させてくれよ……いや、ボクは何を言っているんだ?」


 びっくりさせないでくれ。ラスボスとして記憶が完全に戻ったのかと思ったじゃないか。


 そんな俺とレイカを冷ややかな目で見つめている一人の男が居た。そのどこか残忍な視線の主は生徒会長の蜷局淘汰(とぐろとうた)だった。

 おもむろに立ち上がり、俺の前に立った蜷局。レイカを一瞥すると、俺の肩に手を置いて奴特有の優しげな口調で囁いた。


「大門君。君の客人は少し……そうだね、少し勘違いをしているようですね。この高校の秩序は乱すものは僕が看過する訳にはいかないんですよ。次に会う時までには、しっかりと言い聞かせておいて欲しい」


 俺は中学校時代の蜷局の言動を思い出し、背筋に冷たい汗が流れた。


 レイカは扇子を大きく仰ぎ、口元を隠しながら笑みを浮かべた。それはこれから起こる事を予感しているかのようだった。


「ふむ。何だか更に愉しくなりそうじゃないか……」



生徒会長の蜷局に目を付けられてしまうレイカ。

彼はなにやら裏の顔を持っていそうで……


2章からは毎日1話ずつの投稿となります。

お楽しみに。

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