scene_008
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【場所】
医療法人星藍会粟手病院中庭
【人物】
鳥栖昌史・68歳・無職
松田慎太郎・42歳・自営業
「……」
「こんにちは。お隣、よろしいですか」
「ん……」
「はあ……今日はいい天気ですね」
「そうかね。薄曇りのこういう天気は好かん」
「昨日まで雨でしたから、止んでくれただけでよかったです。こうして外にも出られますし」
「雨の方が、いい」
「そうですか」
「外に出らんで済む」
「はは、なるほど」
「晴れか曇りかもわからんこんな天気は好かん」
「確かに、そんな気もします」
「なに?」
「いえ、言われてみれば、確かに晴れてるのか、曇ってるのか、と」
「ふん」
「もう春ですね」
「……」
「この冬はいつもより長かったように感じました。……まあ、毎年そう言っている気もしますが」
「あんた、天気やら季節やらの話ばかりで、なんか面白いか?」
「え? そうですね、はは」
「……」
「ここからだと伊挽山がよく見えますね」
「それ、その足、事故か?」
「これですか? ええ、まあ」
「車か?」
「いえ……なんと言うか、穴に落ちまして」
「穴?」
「ええ。仕事から帰宅途中に、ズルッと」
「穴て、なんの」
「何の穴だったんでしょうね」
「工事の穴か?」
「そうでしょうね、恐らく。夜道で、多少お酒も入ってましたから、あまりよく覚えてなくて」
「よう足だけで済んだ」
「はは。穴から這い出て家に帰れたくらいですから。命まで穴に落とさなくてよかったですよ」
「間抜けな男もおったもんだ」
「ええ。妻にもずいぶん言われました」
「折れとったか、骨は」
「そうですね。入院が必要なくらいには」
「よくもまあ、それで家まで帰れたな。不幸中の幸いかもしれん」
「もしかしたら、折れてなかったのに、無理して帰ってる途中に折れてしまったのかもしれませんね」
「はあ。あきれた男だ」
「痛みも感じませんでしたから」
「なんと、まあ」
「アルコールのおかげですね」
「そのおかげで落ちたんだろうに」
「それもそうです。はは」
「で、こんな外に出てきていいのか」
「おかげさまで、明日には退院ですよ」
「まったく、のんきというかなんと言うか」
「どうです、天気の話よりは面白かったですか?」
「は?」
「なかなかそれらしい話だったでしょう」
「なに、あんた……」
「はは、冗談ですよ」
「冗談て、どっちが」
「では、僕はこれで。まだ肌寒いですからね、お身体に障りのないよう、お外はほどほどに」
「ちょっ、なに……」
「僕はこういう薄曇りの空、好きですね。伊挽山の頂上が、薄くけぶって見える。なぜだか、春の感じがしますから」