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scene_00X  作者: 細井真蔓
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scene_006

   scene_006


 【場所】

 保螻蛄鍾乳洞群第三番洞穴通称『イタチ穴』入口


 【人物】

 相澤柊あいざわしゅう・23歳・大学院生

 日浦まどか(ひうらまどか)・22歳・派遣社員



「ミスったねー。こんなに混んでるとは思わなかった」

「いいって。待ち時間嫌いじゃないし」

「みんな他に行くとこないのかな」

「あはは。わたしたちだって同じじゃん」

「そっかなー」

「ねえ、マップ見せてよ」

「うん。……あれ? どこ入れたかな」

「早速失くした?」

「いや、うーん……まどかちゃん持ってないよね?」

「わたし? わたしは持って……るわ」

「持ってた」

「持ってたね。あはは」

「いまいるのが……」

「ここだね。イタチ穴」

「けっこう大きいね」

「イタチの割にね」

「なんでイタチなんだろ」

「ええと……江戸時代にイタチを追ってこの洞窟に入った猟師が、化けイタチに襲われて逃げ帰ったんだって」

「イタチって化けるんだ」

「わたしもはじめて聞いた」

「狸と狐だけかと思ってた」

「猫も化けるんじゃない?」

「ああ、化け猫か」

「犬も化けるのかな」

「犬は聞かないね。むしろ猟のときとか、人間の手助けしてたんじゃない?」

「そっかー」

「他に何かいるかな」

「人間も化けるよ」

「え?」

「人間」

「化け人間? 幽霊ってこと?」

「うーん、ちょっと違うかな」

「なになに、怖い話?」

「聞きたい?」

「え、なに、教えてよ」

「……柊くん」

「ん?」

「手、にぎって」

「え……うん。どうしたの、急に」

「……ありがと」

「大丈夫?」

「うん。大丈夫そう」

「え?」

「いいのいいの。気にしないで」

「……」

「うーん、何から話そうかな。柊くん、何から聞きたい?」

「ええっと……なんだろ」

「ふふ。ごめん、そうだね……。じゃあ、わたしの死んだお兄ちゃんの話」

「え、うん……」

「あ、ごめん、ぜんぜん重い話とかじゃないよ! そういうのじゃないから」

「うん、大丈夫だよ」

「でも、いまはそれだけね。つづきの話は、また今度」

「無理しなくていいからね?」

「ありがと。……えーっとね、わたし、お兄ちゃんがいたんだ。と言っても、わたしが産まれる少し前に死んじゃった。だから直接会ったことはないの」

「うん」

「いまわたしが使ってる部屋ね、ほんとは、お兄ちゃんの部屋だったの。一応、兄妹二人分の部屋はあるんだけど、なんでだろうね。ママとパパがわたしにも同じ部屋使ったんだ。もう一つの部屋は、いまは物置きになってる」

「うん」

「最初の日は、よく覚えてる。保育園の卒園式の日だった。朝からママが忙しくしてて、わたしは先に着替えも済ませて、ママが支度するのを部屋で待ってたの。ベッドに座って、足ぶらーんって感じで。ちょっと緊張してたんだと思う。それで、なんとなくぼうっとしてて」

「うん……」

「しばらくベッドに座ってて、気づいたら、わたしの横に、誰か座ってたの。怖いよね。ホラーだよね。でも、なんか、わたし怖くなかったんだよね。小さかったってのもあるだろうし、けど、もっとなんか……ずっと前から知ってる人みたいな……うまく言葉にできないけど」

「……」

「はは、ごめん。リアクションに困るよね」

「大丈夫。つづけて」

「うん。もうわかったと思うけど、それがお兄ちゃんだったんだ。死んだお兄ちゃん。そのときはまだ、ママたちからお兄ちゃんの話聞かされてなかったの。小さかったから、ちゃんと理解できる歳まで話さないつもりだったんだって。でも先に会っちゃった」

「お兄ちゃんのこと……そのときは知らなかったんでしょ? いきなりベッドに知らない子が座ってたら、さすがに驚きそうだけど……」

「うーん、ほんと、なんでだろうね。なんか自然に受け入れてた気がする。お兄ちゃん、五歳で死んじゃったんだって。だからそのときもきっとわたしが怖がらないように、五歳なりの親しみの表現で隣に座ったんだと思う」

「そっか……。子供ながらに、感じたのかもね。お兄ちゃんの優しさみたいな……。でも、なんでお兄ちゃんってわかったの?」

「そのときはお兄ちゃんってわからなかったよ。あとで写真見せてもらったんだ。それもずーっとあとで、だけどね」

「家族にはすぐ話したの?」

「うん。最初はママたち心配してさ、けっこう大ごとに考えて、病院にも行ったりして……。そりゃ心配するよね。うちの両親、あんまりそういうの信じないタイプだから。でも結局、子供のうちはそういうの見ることもある……みたいな話で無理やり納得するしかなかったっぽくて。まあ、なんにせよ、それからちょくちょくお兄ちゃんがわたしのところに現れるようになったんだ。お兄ちゃんだって知ったのは、たぶん小学五、六年くらいかな。はじめて写真見せてもらったときに、あ、この子……って。ママとパパがほんとあり得ないくらい驚いて。わたしも、それでやっとお兄ちゃんがいたんだって知って。ついでに自分がずっと会ってたのがお兄ちゃんだったってわかって……」

「お母さんとお父さんも、まどかちゃんが見てたのがお兄ちゃんだったって、そのときはじめて知ったんだ」

「うん。知らなかったし、わたしにもお兄ちゃんがいたこと言わなかったし。逆にすごいなって思うよね。親戚とかにも口止めしてたのかも。でもそのおかげで、わたしも変に……なんて言うかな、思い込み? みたいな感じにならなくて、自然に友達みたいな感じで接することができたのかなって思う。うまく説明するのが難しいけど」

「それで……お兄ちゃんはいまでも、その……来るの?」

「ふふ。なんかこの話、はじめてちゃんと人に話した気がする」

「……」

「あっ、次わたしたちの番みたいよ! やっと列が動き出した。このグループで入れたらいいけどね」

「ああ、うん。そうだね」

「江戸時代に誰かが逃げ出した洞窟に、いまは入場制限してまで並んでるのって、なんか面白いね」

「うん。ええと……」

「柊くん、今日家行っていい? 夜ご飯作ってあげる」

「え……? うち汚いよ……っていうか、いや、一応片付けてはいるけど……」

「ふふ。話のつづき、またそのときでいい?」

「それは……もちろん。うちでよければ、だけど」

「じゃ、とりあえずいまは、化けイタチ探しに行こ」

「うん……あー、でも、やっぱさっきの話のつづき、すげー気になるんだけど」

「うふふ」

「何がおかしいの?」

「このまま」

「え?」

「このまま、手つないでようね」

「あ……ほんとだ」

「ふふ。ほんとだ、って言った」

「ごめん、いや……なんて言うか」

「なんて言うか?」

「いや、それは……また夜に言う」

「え? なに?」

「だから、夜言うって」

「なにー? めっちゃ気になるじゃん!」





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