scene_004
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【場所】
桑急電鉄古館駅南口
【人物】
藤丸隼太・19歳・大学生
宇野木花音・19歳・大学生
「あれっ? 宇野木さん、めっちゃ早くない?」
「えーっ、藤丸くん、もう来たの?」
「え、ちょっ、待って、いま何時?」
「えーと……八時二十分」
「めっちゃ早いじゃん」
「あたしいつも待ち合わせこのくらいだよ?」
「四十分も前に来るの? 早すぎ!」
「藤丸くんだって来てるじゃん」
「いや、おれはさ、あんまこのへん来ることないから、散策っていうか」
「でもこの時間まだ店とか開いてなくない?」
「うん、まあ、なんか雰囲気? 全体的な」
「あー、そういうあれね」
「そうそう」
「綾香、ちゃんと起きれてるかな」
「水田さん?」
「うん、あの子ねぼすけだから」
「高校いっしょなんだっけ?」
「中学からいっしょ」
「マジ? めっちゃ仲いいじゃん」
「仲いいっていうか、まあ、腐れ縁みたいな」
「へー。ラインしてみたら?」
「いや、まあ大丈夫かな」
「まだ四十分前だしね」
「ふふ。なんかウケる」
「おれたちぐらいだよね、こんな早いの」
「先輩とか普通に遅れてきそう」
「あー、あり得る」
「河月さんとか」
「あと、三田村さんとか」
「あー……って、藤丸くん、あれ!」
「え?」
「見て、あれ、霊柩車!」
「え、どこ」
「あそこ、交差点の」
「あ、ほんとだ。珍しいね」
「なんだっけ、霊柩車見たらするやつ」
「え?」
「ほら、なんかさ、あるじゃん、それやったら一日の運気上がるみたいな」
「あー、え、あったっけ?」
「なんだっけ……。手たたくんだったかな? 二回?」
「それ神様じゃない? まあ、死んだ人は神様みたいなもんか」
「でも、なんか違う気がする……。親指隠すんだっけ」
「いろいろ混じってない?」
「あー、行っちゃう……」
「とりあえず手たたいとこ!」
「二回? 三回? あはは」
「間に合ったよ、きっと」
「いいことあるかな」
「あるでしょ」
「ある?」
「あるよ、宇野木さんなら」
「たとえば?」
「えーっと……なんだろ。あー、でも他にもあったよね、そういうやつ、さっきみたいなやつ」
「霊柩車みたいな?」
「そうそう」
「なんかあったねー……夜中に蛇を見たら口笛吹け、とか?」
「あー、あったあった。夜中に蛇なんか普通見ないけど」
「ただでさえ見ないのに」
「いても細長いから見逃しそうだな」
「だよね。見つけたらラッキー、みたいな」
「ていうか口笛吹いたらどうなるんだろ。それもラッキーかな」
「夜中だし、今さら一日ラッキーになっても意味なくない?」
「じゃー蛇がどこかに連れて行ってくれるとか?」
「なにそれ、あはは。藤丸くん、めっちゃメルヘンじゃん」
「おれメルヘンだよ?」
「自分で言うんだ。ウケる。で、蛇はどこ連れてってくれるの?」
「えーと、竜宮城的な」
「蛇と海関係なくない?」
「あー、だよね」
「海蛇?」
「そう、それ。海蛇。なんか派手なやつ」
「ヤバいやつじゃん!」
「蛇が竜宮城に連れて行ってくれて、帰ってきたらおじいさんになる、みたいな」
「バッドエンドにもほどがあるでしょ。疫病神じゃん、その蛇」
「あ、わかった。だから、口笛吹いたらダメってやつなんじゃない? 夜中に蛇を見ても口笛は吹いたらダメですよ……みたいな」
「いや、普通吹かないでしょ」
「だよね」
「てか、蛇がどうやって竜宮城に連れてってくれるんだろ。亀みたいに背中に乗れないじゃん」
「だから、つかまってさ、蛇のしっぽに」
「一匹で? 馬力すごくない?」
「集まってくるんじゃない? スイミーみたいに」
「やば」
「それで、うじゃーって、何もしなくても、蛇の群れに包まれる感じで」
「運ばれて」
「そうそう、運ばれて」
「気づいたら竜宮城」
「そう。竜宮城」
「蛇の乙姫様がいて」
「メデューサみたいな」
「髪の毛蛇のやつ?」
「うん、見たら石にされる」
「モンスターきた」
「それで、なんか変だなーって気づいて」
「蛇に運ばれてるとき気づいて!」
「身の危険を感じて」
「早く!」
「逃げ出して」
「がんばれ!」
「なんとか振り切って」
「出口はもうすぐよ!」
「で、ようやく帰ってきたら」
「……おじいちゃんになっちゃった」
「踏んだり蹴ったりだね」
「ひどすぎる」
「まあ、口笛吹いたのが間違いだったんだよ」
「吹いちゃったから」
「余計なことしたらダメですよ、っていう教訓かな」
「だね」
「うん」
「で、なんの話だっけ?」
「えーと、霊柩車を見たらどうするかっていう」
「違うよ、待ち合わせに先輩が遅れてきそうっていう」
「あー、そっか。まだ誰も来ないね。いま何時だろ」
「八時二十三分」
「三分しか経ってない」
「はは。なんかウケるね」