scene_011
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【場所】
溝ノ淵商店街宝くじ売り場付近
【人物】
芦名苑子・74歳・無職
磐永大寿・26歳・無職
「ちょっと、お兄さん」
「え?」
「これ、なんの行列かしら」
「これ……? ええと……宝くじの列ですけど」
「宝くじ? はーそうですか。宝くじねえ」
「……」
「ふだんここ通るんだけどね、こーんなに長い列見たことないもんだから」
「あー……はい」
「お兄さんも並んでるんですか」
「はい、まあ」
「宝くじねえ。わたしも並んでみようかしら。そんなにいいんですか、宝くじって。わたし買ったことないもんですから。株と賭け事はするなって、死んだ主人の口癖で」
「はあ、そうなんですね」
「若いときに失敗したんですよ。だからわたしにも口酸っぱくて」
「はあ」
「宝くじって言ったら、あれかしら。なんとかジャンボみたいな」
「いろいろあると思いますけど……」
「前にねえ、お友達にこういうくじとかが好きな人がいて、一枚だけもらったことがあるんですよ。その人はたーくさん買うもんですからね、そのうちの一枚をもらって」
「そうなんですね」
「わたし初めてだったんですけど、こうやって削ってね、何か出れば当たりってものでね、わたし欲張りなもんだからぜーんぶ削っちゃって。ふふ」
「全部削っていいやつですよ、たぶんそれ」
「あら、そうなの。わたしわからないもんでその人に見てもらったんだけど、これ外れてるわー苑子さんって言って渡したっきり、それっきり。あー苑子というのはわたしの名前です。ほほ。あらー、じゃあ当たってたかもしれないのね」
「でもその人に見てもらったんですよね」
「その人がね、なーんか昔から信用ならないところがあったんですよ。いやだわーちゃんとわたしが確認しとけばよかったわ」
「はあ」
「ところでいつもこんなに並んでるのかしら?」
「いや……今日は特別っぽいですね。あのテレビとかでやってる惑星の配置がどうとか」
「惑星?」
「なんか……あれです。あの、太陽系か何かの惑星の配置が揃うとかで、千年に一度のラッキーデイみたいなことを散々テレビとかメディアが煽ったじゃないですか」
「はー、そうですか。惑星ねえ」
「知らないですか? ずっとテレビとかネットで騒いでたけど」
「テレビもねえ最近はとんと見なくてねえ」
「まあ、それでこんなに並んでるんだと思います。実際当たるわけじゃないと思いますけど。縁起をかついでるだけというか」
「へえ、お兄さんもそれで」
「いや、僕は母親に頼まれて」
「あらお母さんのお使いで。感心ですねえ。うちの孫は大学で一人暮らしするって出てったきりろくに帰ってもこなくて、どこでどうしてるやら」
「……」
「お兄さんも、なんですか、大学生かしら?」
「いや、僕は……」
「宝くじなんてねえ、当たっても使い途がないんですよ。主人がいれば外国にでも旅行できたかもしれませんけど。お兄さんは若いからいろいろと夢があっていいですねえ」
「僕が買うわけじゃないので」
「旅行なんて主人とあそこに行ったきり。ええと、どこだったかしら。あのーいやねえほら有名な」
「どれを買うか決めておいた方がいいですよ」
「あなたと一緒でいいわよ。お任せするわ」
「はあ、はい」
「星がねえ、どんな風に並ぶのかしら。一度近くで見てみたいですねえ。お月さんとかねえ。月の石とかありましたでしょ。あれどうなったのかしら」
「近くで見るより……遠くから見た方がきれいかもしれないですよ」
「あら、ロマンチックなこと仰るのねえ」
「いや、別に……」
「そうですねえ、わたしみたいな年寄りも、あんまり近くで見たらね、ほほ」
「……」
「はー、それにしても、時間がかかるのねえ。どこか腰かけるとこでも、あったらいいんだけど」




