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先見の明がある男

作者: 解体業

風刺です。

 その男には「先見の明」があった。一度も失敗などしなかったのである。他人の失敗を傍目に、彼はひたすらに世界を予測した。


「WEDOASAP社の給料、全然上がってないらしい。それに、ブラックだって噂もある」

「この分野、あと十年でAIに食われるらしい」

「大学の授業? もうネットで無料の講義がある時代なのに、金払って通う意味ないだろ」

「就職先とイメージのミスマッチで退職代行を利用? 俺みたいに未来を予測できる人間ならそんなことは絶対に起きないよ」


 彼は慎重だった。避けられるリスクは避ける。失敗しないようにするのが、賢い生き方だった。大学では講義にほとんど出なかった。学問は廃れるし、時代が変われば知識の価値も変わる。そんなものに時間をかけるのは非合理的だ。そう考えて、代わりに彼はネット記事を漁り、未来予測を繰り返した。


「研究職なんてもうオワコン。企業も利益にならないことには金を出さないしな」

「営業? あれは精神をすり減らすだけの地獄。ストレスでハゲるぞ」

「フリーランス? 不安定すぎるし、結局奴隷だろ」


 選択肢はどんどん消えていったが、彼は誇らしかった。失敗を避け、賢く立ち回る。これこそが「先見の明」のある生き方なのだから。


 実を言うと、彼は最初から先見の明があったわけではない。ある事件を通して、後天的に得たのである。その出来事は、三年前、彼が大学入学したての頃の話になる。彼が友人に誘われて参加したサークル活動にて。うまく輪に入れず、気を遣った結果、疲れ果てて辞めた。そして、先見の明を手に入れたのだ。



 ある夜、彼は夢を見た。

 静かな森の中に立っている。光が揺れ、空気は穏やかで、どこか非現実的だった。しばらくすると彼の目の前に、小さな妖精が現れた。


「おめでとう。あなたには特別な才能があるようね」


 妖精は彼に『未来予測水晶』を手渡した。


「これは、起こり得る最悪の未来を映し出す水晶よ。これさえあれば、あなたは何一つ失敗しないでしょう」


「……え? どういうことだ?」


「つまりそういうことよ。代償は……もらうけど、あなたは気づかないでしょうから気にしなくていいの。とても素敵でしょう?」


 目を覚ますと、彼の枕元には透明な水晶が転がっていた。本物だ。

 鬼に金棒、虎に翼、駆け馬に鞭、弁慶に薙刀、獅子に鰭、梅に鶯、竜に翼を得たる如し、鬼に鉄杖、彼に未来予測水晶、である。


 それから、彼の「先見の明」はさらに磨かれた。

 例えば、バイトを探しているときだった。コンビニの求人を見つけた彼は、水晶を覗き込む。

──未来が映る。暗い店内。客が怒鳴り散らし、ミスをした店員が土下座して謝っている。深夜には強盗が押し入り、店長は顔を殴られている──

「ダメだな。コンビニなんて底辺労働だし、危険すぎる」


 別の飲食店の求人を見る。水晶を覗く。

──未来が映る。忙しさに追われる店員。油まみれの床で足を滑らせ、鍋が倒れる。熱湯が腕にかかり、やけどの跡が残る──

「論外だな」


 彼は賢明だった。

 サークル活動?  未来予測水晶に聞いてみれば、メンバーが揉めて空中分解する映像が見えた。

 恋愛?  水晶は、浮気や別れ話の修羅場を映し出した。

 外に出る?  水晶は、交通事故、通り魔、感染症、熱中症、ありとあらゆるリスクを見せつけた。

 彼は慎重だった。リスクを避けた。失敗をしない道を選び続けた。彼には先見の明があった。


 いつの間にか、彼は孤独になっていた。

 かつて話していた友人たちは、就職し、恋をし、挑戦し、時に失敗しながらも何かを得ていた。だが彼には関係ない。彼の眼中にあるのは失敗だけだ。成功している奴らは、カウントしない。そうすれば、挑戦して成功する確率はゼロパーセントになる。


 ある夜、再び夢を見た。

 あの妖精が現れた。微笑みながら、彼に問いかける。

「ねえ、あなたもう『未来予測水晶』はいらないんじゃない?」


「え、なんで?」


「だって、もうあなたの未来は決まったもの」


 妖精はゆっくりと、彼の部屋を指差した。

 そこには、薄暗い部屋。埃の積もった机。開かれないカーテン。通知の鳴らないスマホ。未読のまま溜まっていくメール。窓の外からはどこか遠くで走る救急車のサイレン。


 そして、何も起こらない未来があった。


 彼は口を開くことすらできなかった。


 妖精は楽しげに笑った。

「『起こり得る最悪』の未来が、本当に訪れたのを見たのは久しぶりよ?」

(終)

風刺でした。

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