タイトル未定2025/02/27 09:21
ずっと一緒に居たかった。君の隣でため息を吐くのはずっと僕であって欲しかった。
こう伝えたら、君は戸惑うだろうか。
「おやぁ?菅野センパイ今日もぼっちですか?」
姫崎咲良。僕の想い人。決して淡くない僕の恋心は、彼女に向いていた。
「勉強が学生の仕事なんだ。放課後に遊び歩くような人と一緒にされるのは心外だな。」
「私のこと待ってたくせに。」
ハーフアップにまとめ上げられた髪は彼女の名前を体現するような桜色。見る者を魅了する可憐な顔立ち。長袖の薄手のセーターを被った華奢な肩をこちらにぶつけてくる。
「今日はぁ、数学を教えさせてあげます!」
「素直に教えを請えばいいのに。数学ができないのは論理的思考力の欠如だぞ。」
でもきっと、恋心を抱いているのは僕だけだ。だからせめて、それを悟られないように、気付かれぬように。どうせ長くない命、最後の瞬間までそばにいてほしいからこそ、最後までただの「先輩と後輩の関係」で居たい。思えばこの日が最後の登校日だった。
「あんなに勉強できるアピールしてたけど、」
行きつけの喫茶店。問題集を開いて復習に取り掛かる。メロスは時速14000kmで走ったらしい。
「国語は壊滅的なざこじゃないですか。」
ざーこざーこと煽ってくる咲良を他所に、「すぐ怒る 精神疾患」と検索する。
「古文は役に立たん。現代文も日常会話に支障が出なければ問題ないはず。学びがあるのは漢字だけだよ。第一に、なぜメロスが激怒したかを部外者の僕が分かるわけないだろ。」
「やっぱりセンパイには人の心がないんですね。だから友達いないんですよ。」
症例が多すぎる。ここはスーパーAI、能弁brainに聞いてみよう。
「急に黙ってどうしたんですか?もしかして効いちゃいました?いまの言葉。」
間欠爆発性障害、双極性障害、パーソナリティ障害、PTSD。そうか、争いが絶えない時代背景、メロスはきっとPTSDを発症していたんだ。無作為に人が死んでいく情景を王様に照らし合わせて…
「えと、あのっ、すいません。謝るから無視しないで。気に触ったらごめんなさい、」
セリヌンティウスの危機を知り、緊急時超常反応によって肉体のリミッターが外れて地球の自転の10倍の速度で走ったと。物語特有の誇張表現も含めて考えるとしっくりくる。ん?
「どうしたんだ?珍しく神妙な顔だな。」
姫崎が困ったような顔で上目遣いでこちらを見ている。
「ところでさっきまで何を喋っていたんだ?僕は太宰治の作品に新解釈を発見して集中していたので聞こえなかったんだが。」
「えっ。」
「いいか?メロスはシチリア島で徴兵…」
「ちょちょちょちょっと待って、じゃあさっきのは聞いてなかったんですか?」
「?さっきの?」
なんの話だろう。咲良はむうっと顔を膨らませ、
「センパイのばか。ざーこ。人でなし。」
「いつもより罵詈雑言の威力が高いな。」
「これでも足りません」
「冗談言ってないで勉強しろ。ほら、テキスト見せてみろ」
僕が彼女に遺せるものはこれくらいしか無い。せいぜい頑張ってもらわなければ。タイムリミットは迫っている。
帰り道の交差点。絵の具を溢したような夕焼け。そうだ、この事を彼女にどう伝えようか考えてきたのだ。嘘をつくのは得意ではないが。
「そういえば」
「ん?なんですか?」
「もしかするともうすぐ引っ越しするかもしれん。転校する事になるから会えなくなるかもな。」
隣で唾を飲む音がした。
「姫崎?」
「そうですか。ちょっと、残念、です。」
少しぎこちない声が聞こえた。
「じゃあな」
なんだか気まずくなって、そそくさと別れる。通りを曲がるまで、彼女はずっと交差点に立ち尽くしていた。
無機質な白い天井。鼻をつく薬の匂い。煩雑に置かれている機械と、親族が置いてくれた花瓶くらいしか家具はない。無表情でベッドに横たわっている僕も、家具と言っても差し支えないかもしれない。ふと扉に目をやると、この集中治療室に長い黒髪の男が入ってきた。彼が僕の主治医らしい。
「僕の余命は更新されましたか?」
彼は首を横に振る。
「君の余命はあと10日。現代の医療を以てしてもこれは変えられないよ。」
「あまり実感はないですね。全身の細胞が壊れていってるなんて。」
病室に沈黙が響き渡る。ふと、気になったことを聞いてみた。
「僕みたいに死にかけの患者って、大切な人にそれを伝えて旅立つんですか?それとも…」
「今までいろんな患者を見てきた。愛する人と抱き合ったまま死ぬ人、放心状態の人、迷惑をかけたく無いと言って誰にも打ち明けずにひっそりと逝く人。だが、だれが幸せに死んでいったかは分からん。死ぬ人は皆、同じような顔で旅立つからな。自分の死に様は自分で決めたほうがいい。」
彼が病室から出ていき、部屋には再び沈黙が訪れた。と思ったら。階下からパタパタと忙しない足音が聞こえてきた。他にする事もないので聞き耳を立てていると看護師の制止を振り切って来たらしい姫崎が
「菅野センパイ!」
「姫崎!?」
思わず大きな声が出てしまった。彼女は泣いていた。ポロポロと大粒の涙を流しながら駆け寄って来た。
「ひぐっ、どうして、私に大事なこと、ふぇ、言ってくれなかったんですか、うっ」
「そんな事よりどうしてここが分かったんだ?」
「そんなことより!?センパイが、入院してることより、ひくっ、大切なことがあるわけないでしょう!」
一旦落ち着こう。二人でベッドに腰掛け、30分ほど、姫崎が泣き止むのを待った。
「知っての通り、僕は不治の病にかかっている。余命はあと10日だ。姫崎のことを心配させたくないから黙っていたんだ。それで、どうして入院しているのが分かったんだ?」
「センパイは一人暮らしって言ってたから引っ越しは不自然だし、最近は交差点を真っ直ぐ進んで行くから、病院に通ってるんだと思って。」
なるほど。嘘が下手なのが祟ったようだ。
「あと10日しか会えないなら毎日お見舞いに来ます。せめてセンパイの最後を看取らせてください。」
「ダメだ。君の時間を奪いたくない。」
正直に「君に未練を残したくない」と言えなかった。
「僕のことは忘れて欲しい。」




