-39km 選定の儀
あれから少々立て込んで、予定よりほんの数分遅れて待ち合わせの場所に到着した。リスティアは既に俺のことを待っているご様子だった。
「ハァ……ハァ、お、お待たせしました……リスティアぱいせん……」
「何の何の何事???」
汗だくで、服も乱れて、頭には棒付き車輪キャンディーが引っ付いてて、心臓はバクバク呼吸もゼーハーしながらも口の中は大玉ガムでクッチャラクッチャラしている。
「さ、些細なことですかわ、から……ハァ、行きましょう、選定の儀ぃ……」
「待て待て待て待て、そこ濁された方が気になるわよ。いや、気になりすぎるわよ。かいつまんででも良いから説明して。あと頭の飴取るわよ。じっとしてて」
「…………うぃっす、んぐ」
ぺりぺりぺり、と飴を剥がされながら口の中の大玉ガムを呑み込んで、詳しく喋られるように口の中を空けておく。
……正直、わざわざ説明するほどの無いようじゃないのだが、事細かに説明する。業務連絡のように説明すればするほど、なにやってんだろう俺、と脳が冷静に冷めていく。
「なるほどね……楽しそうで結構です」
「楽しそうに見える?」
「ええ、馬鹿みたいに。バカ騒ぎってやつ」
……困った、こちらの脳みそ以上にあちらの心情はとても冷めているご様子。
そりゃまあ、遅刻の理由が悪ガキと戯れていただなんて、俺でもなんだそりゃ、って思うわな。
「……マジですみません。やっぱりやるもんじゃないですね、身の丈に合わない真似事は。カッコつけても空回りしてりゃアホみたいだ」
飴の粘り気が微かに残った髪を掻いて頭を下げる。
少しは師匠みたいになりたかったから始めたことだが、これじゃあ自分だけの失敗じゃなくて彼女の教えに泥を塗っているように感じられて、申し訳が無かった。
「ま、今回の件は不問にするよ。そんな気にしなくていいわ」
「リスティアぱいせん……」
「でもね、グレン。そうやって諦めて達観してるのは少々私好みじゃないかな」
肩をポン、と叩いてリスティアは通り過ぎて行く。
少しだけぽかんとしながら彼女の言葉を解釈する。つまり、カッコつけても失敗するだけだ~って初めから決めつけて諦めるのは良くないよ、ってことか。
「……ちょっと今は自信ないから無理ですけど、前向きになれたらまた挑戦して……みます」
「フフ、そう? 今度は上手くいくと良いわね」
目的地へ先に歩いていくリスティアを速足で追いかけて、少し後ろを歩く。
まだ彼女には遠く届かないけど、いつかは彼女のようなリーダーになっても恥の無い人間に、彼女の隣に立てるようになってみせる――目前の目標は、そんなところか。
■
「グレン様、ですね。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
本日の一大イベントの滑り出しは思っていたよりもスムーズだった。
選定の儀の会場――魔力鑑定所は、白く清潔感のある大理石で造られていて、中層部に迷い込んだのかと錯覚する綺麗さだ。まるでダンスフロアのような開放感すらある。
「ほら、行ってきなさい」
そんなことは些細なことだ、と言わんばかりにリスティアに顎で行けと云われる。
一歩、二歩と歩き出せば、不思議と感じていた開放感の理由を悟る。
診断機と思われる装置が真ん中に置かれている部屋は吹き抜けになっていた。二階には口の字に廊下と手すりが付けられていて、まるで診断される様を二階から見下ろされているような感じ。
「……なるほどね」
この施設のスタッフと思われる女性についていきながら、二階から見下ろしている人々に視線を流す。
……言うなら、ここは採掘場だ。眠っていた宝石が掘り起こされる場所だ。ここの奴らはみんな待っている。特大級の素質を持った原石が掘り起こされるのを待っている。見て楽しいコンテンツとしてか、今後のコネ作りの相手探しかまでは察せられないが。
「では、グレン様。真ん中の席へどうぞ」
中央には大層な機械と、白いテーブル、銀のトレイに物が複数。そして一人の女性が待っている。真っ向から対面するように座ることになるのだろう。
「…………わかりました」
俺は流れ作業のようなエスコートに身を任せた。
相手は俺のような奴を何度も相手にしてきたプロだ。任せて大惨事になるだなんてそうそうないだろう。
「それでは、両腕の血管を見せてください」
「? はぁ……こんな感じ、ですか?」
「はい。ううん……では右腕で測らせてもらいますね」
流れ作業のように右腕の二の腕に、なにかゴムチューブのようなものが縛り付けられる。
……圧迫感でやや不快感を感じていると、対面しているスタッフは置かれていた銀のトレーの中の物――銀色の針に、手を伸ばした。
「ッ……!」
動揺する。思わずテーブルに両手を着けて立ち上がる準備までしちゃう。
瞬発的な動きをされて対面してるスタッフまでびっくりしてる。
「ど、どうかしました……?」
「い、その、えっと……針、ですか……こいつぁ、えっと……」
「どうかしました? アルコールだと肌がかぶれるとか?」
「い、いや! 全然! そういうんじゃないですけど……けど……」
席を座りなおして視線を落とすと、そこには清潔なトレーの上で陳列された採血針と、それに繋がれたチューブ。気のせいなのは間違いないけど、ニヤリと俺を笑うように針先がキラリと不気味に輝いた気がした。
「……どーも昔から尖った金属が怖いんスよ。その、こう……インテリアの槍みたいな鉄柵とか見ると、アレの上でうっかりバランス崩して全体重でブッ刺さったら――とか、そういうの考えちゃうタチでして……ハハ」
「なるほど……でしたら、刺す時は目をつぶっておきます?」
「…………ッ、い、いやぁ! 目は開けます! 自分の見えないとこで怖いことされてるってのも不気味でして……」
「い、色々難儀ですね……」
全力での鼻を使った深呼吸。
ニガテとはいえ、ここは俺の晴れ舞台なんだ。これ以上醜態は晒せない。
覚悟、完了。俺は忍び寄る針先が腕の血管に刺さる瞬間を――
「ッッッ!!!」
「ご、ごめんなさい! 痛かったですか!?」
「い、いえ、全く……びっくりするほど痛くなかったです……針が刺さった事実にウッ、ってなったと言いますか……」
「なんなんですか、ホント……」
ついにスタッフに呆れられながらも、採血はトラブルなく終了した。
この採血した血液を使って、自身の魔力の属性を測定する……らしい。
「ガーゼはしばらく抑えててくださいね。それでは測定を開始します」
腕を縛り付けていたゴムチューブから解放され、腕の穿刺部分をガーゼで押さえながら、スタッフの作業を見守る。
俺から取られた血液を取り込んでグォン、と稼働する装置。しばらくは下準備の段階で、もうしばらくすれば結果が出力される。
「これが測定結果の一覧か……」
手元にあったラミネートされた紙を見る。
装置の下部にある丸型フラスコに満たされた液体の色の変化で結果が分かるらしい。今は無色透明だが、緑色になれば風属性。茶色なら土属性、青色なら水属性――のように、分かりやすく表記してくれている。
その後は、自動的に装置は二次検査を初め、“魔石使い”か“魔脈使い”、“魔法使い”かを判定するらしい。
魔石使いは高純度の魔力結晶を摂取――基本は経口摂取らしい――することで魔法を行使できるようになるタイプ。言ってしまえば、貴重な高純度の魔力結晶が無ければ魔法が使えない一番位の低い使い手だ。
魔脈使いは低純度の魔力を帯びている結晶に成れなかった魔鉱脈――至る所にあるらしい――がある環境で、周囲から魔力を汲み取り上げて魔法を行使するタイプ。一番多いタイプだが、結局周りに取り込める魔力がなければ魔法が使えない。
……で、その二つに対して大きな差を付けている魔法使いは、原理は不明だが体内で魔力を代謝のように生成する機能を肉体的に持っている存在だ。
魔力を熱に例えるなら、魔石と魔脈使いがお湯を入れる保温ポッドなら、魔法使いは水を加熱してお湯にできる電気ポッドぐらいに決定的な差がある。当然、世界が求めているのは魔法使いだ。
何らかの属性の魔法使いに成れれば属性に合った固有職業に就ける。最悪、魔石や魔脈使いでも風属性なら中層部でほどほどに良い仕事をして良い給料がもらえるとか。叶うなら、自己の才能がそのどっちかであって欲しいところだ。
「…………」
待つ。ただ、待つ。フラスコの変化に、熱視線を送り続ける。
……不快だ。見世物にされる感覚。二階から覗き見る、その視線が。
一挙手一投足全てを観察されている不自由さ。この閉塞感が、どうも昔から俺は嫌いだ。
完全管理社会。それがこの地下世界の謳う統治された秩序。だが、どうも俺には根底から肌に合わないって感じがする。
だから常々思うのだ。いつかこのくそったれた世界を飛び出してやる、と。そんな飛び出す先の宛なんて、一つも思い浮かばないけども。
「……!」
ポチョン、ポチョン。
フラスコの中に一滴一滴、液体が滴下されていく。
変化が始まる。診断結果がもう間もなく出て来る。果たして自分の未来はどう決定づけられるのか。未来すらも管理されてることに不快感は絶えないが、この瞬間だけは期待を感じずにはいられない。
「結果は――――」
ポタリ、と最後の一滴が滴下された瞬間――フラスコ内部の色が変化した。
フラスコ内部に広がっていたものは、まるで鮮血を思わせる鮮やかな赤色だった。