-41km 分岐点の約束
輸送列車も無事に乗り終え、スカベンジした物品の売買を済ませ、今日中にやることを全て終えた頃には空のスクリーンは夕方を演出していた。
スクリーンに映し出されているノイズのような小さな黒――羽ばたいている鳥を眺めながら歩いていると、不意にリスティアは小走りでパーティーの前に躍り出て、くるりと振り返った。
「――それじゃあ、今日はここで解散。次の活動は二日後の朝ね。私はスカベンジに参加できないけど、見送りぐらいはするわ」
リスティアはパチン、と手を叩いてパーティー全員にそう告げた。
パーティーとはいえ、スカベンジの為の一時的な集まりだ。俺達は仕事の時間以外はバラバラに生活している。
「はい。リスティアさん、どうかお元気で」
「だーかーらー、見送るって言ったでしょ。また会えるんだからそういう最後の挨拶はまだ無しで」
弱気な男が先走って別れの挨拶をして、彼女は微笑みながらそれに答えている。
強気な男がそのやり取りを見て笑い、それに釣られて女性も笑みを浮かべていた。俺も思わず笑みを浮かべそうになったが、この光景がもうすぐ見られなくなるのだと思考が過ぎり、口の端を固く結んで何も言えなくなってしまった。
「では、私はお先に失礼しますね」
「僕も。お疲れ様、みんな」
「あいよ。んじゃあ俺もこの辺で。グレン、次期リーダーとして期待してるからな」
「ぇあ、お、おう……じゃあな」
強気な男からの挨拶を脊髄で返す。急に肩を叩かれたからびっくりしてしまった。
全員解散してしまったし、じゃあ俺もねぐらに戻ろうか――そう考えた直後、リスティアが何か言いたげにこちらへ歩いてきた。
「ねえ、グレン。少し良い?」
まるで“もし用事があるなら日を改める”とでも言うように、彼女は俺の様子を伺うように尋ねて来た。
……いやぁ、珍しい。本当に珍しい。こんな感じに話題を切り出す彼女の姿は初めて見た。気がする。
「大丈夫っス。アレっスか? 引き継ぎの手続きとかナントカ――」
「そんなの後回しよ。そんなことより、いよいよ貴方も出世のチャンスね」
「……???」
珍しいものを見て嬉しくなったので、こちらから気さくに返事をする――と、何か知らない話題が出て来た。
噛み合わない。向こうはその話題を俺が知っている前提で話しているけど、俺にはその前提が全く分からない。そんな心情を表情から読み取られたらしく、彼女はまるで信じられないものを見るような目で俺を見て来た。
……この表情も珍しいなぁ、なんて呑気な感想を抱いてみたり。
「……貴方、まさかじゃないけど“選定の儀”の事、忘れてたとかじゃないわよね!?」
……選定の、儀。
……。
…………。
………………あー。
「……ぇあー、うん、ばっちり。覚ぇ、えてるとも、当然。うん。待ち遠すぎて……えっと、ソワソワしてた、うん」
「ッ……今まで会ってきた人の中で、貴方が一番呑気で忘れっぽいって今確信したわ」
そっかぁ。まあ、それについては結構。自覚あるし。
選定の儀――大層な名前をしているが、つまるところ魔法属性を検査することである。師匠曰く、健康診断のようなものらしい。俺は健康診断なんて受けたことないのでよくわからないが。
俺は先月誕生日を迎え、18歳――成人として指定された。そのため、世界運営からの決まりにより、成人後3カ月以内に魔法属性を判別する義務が俺にはある。
スカベンジで生計を立てるのに忙しすぎて後回し後回しにしていたが、余裕が少しできてきた今が検査を受けるチャンスというやつだ。
「検査は明日の昼でしょ。私も見に行くわ。貴方の未来がどんな道を進むのか。その始まりをね」
「……その結果分かったのが、しょーもない魔力属性だったらどうしよう」
「別に笑いはしないわよ。それに、もしかしたらスカベンジなんてしないで安定した仕事に就けるかもしれないんだから」
「それは……まあ、嬉しいかも」
彼女から教わったことが全て無駄になるのはちょっと悔しいが、俺だって好きで命がけのスカベンジをやっている訳ではない。別の道があるなら、そっちを歩くとも。
「……それにさ、もしも、これはもしもの話なんだけど」
くるり、と彼女は背を向けてから、まるで独り言を呟くように口にする。
「貴方がもし、風属性だったなら、その時は私……本当に嬉しく思う」
「……! そっかァ!? 俺が風属性の魔法使いだったら、師匠と別れずについて行けるかもしれないって訳か!」
俺が無判定者で、彼女が風属性だから別れなきゃならないって訳なんだから、俺も風属性だったら同じく上層部に行けるかもしれないってことだ!
「ま、まあ……そうね。なんていうか……私以上に嬉しそうじゃない」
「そりゃァ当然ッスよ! 一番ハッピーって奴!」
指でV字を作って俺は元気に返事する。
なんだなんだ、ナイーブだった全てがいとも簡単に解決できそうな気がしてきた。俺がその風属性である可能性が低くても、それが0%を上回っているなら希望を感じられた。
もしかすれば、これは彼女と離ればなれになるということへの現実逃避の高揚感かもしれない。でも、それでもあるかもしれない希望に期待しているのは間違いない。
「なんだか明日が楽しみになってきた……! こんな気分初めてッス!」
未来に心が躍る。これは初めての経験だ。今日という一日の終わりに安堵して、明日への不安をごまかすように眠りにつくばかりの人生で、こんな、未来に待ち遠しさを感じるなんて――ああ、なんて新鮮で、嬉しいんだろう。
「えっと、明日! どこに行きゃ良いんでしたっけ!」
「魔力鑑定所。なんだったら一緒に行く? 市役所前で待ち合わせってことでさ。貴方の未来、私も気になるから」
そう言うとリスティアはひらひらと手を振りながら背を向けて俺から離れていく。言いたいことを言って今日は解散する、という感じなのだろう。
「任せてくださいよ。リスティアぱいせんの期待は裏切りませんから」
「あら、強く出たわね。んじゃあ、期待しちゃおっかな?」
「おうとも! それじゃあ明日市役所前に! また会いましょう!」
「ええ。明日が楽しみすぎて眠れず寝坊、だなんてことは無いようにね?」
俺も彼女も、ゆっくりと歩いて離れていきながら、名残惜しむように会話を交える。
「ノー問題! 師匠こそちゃんと見ててくださいね! 俺の晴れ舞台!」
「だから師匠じゃ――ハァ、わかった。胸いっぱいに期待して待ってるわ」
さあ、明日が楽しみだ。
寝坊しないように、今日は夜更かしもほどほどにしてさっさと寝てしまおう――
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